第5話 聖女の絶叫――氷の体とお灸の炎
「……はぁ、……はぁっ……」
深夜の庵に、震える吐息が漏れた。
扉の隙間から滑り込んできたのは、月光よりも青白い顔をした少女。
王国の象徴であり、人々に「奇跡」を分け与えるはずの聖女、セラフィナだった。
「セラフィナ様……!? なぜ、あなたがここに!」
眠りから覚めたエルフリーデが、驚愕に目を見開く。
かつて自分に「魔法は完璧でした」と告げた当の本人が、今は幽霊のように力なく、床に膝をついていた。
「エルフリーデ……分隊長……。……助けて……体が、凍るの……っ」
セラフィナの肌に触れたエルフリーデが、短く悲鳴を上げた。
氷だ。
生きた人間の体温ではない。まるで万年雪に閉ざされた霊峰の石を触っているかのような、芯まで突き刺さる拒絶の冷たさ。
「レン! 彼女を……セラフィナ様を診てくれ! 死んでしまう!」
レンは静かにベッドから起き上がると、ランプに火を灯した。
光の下で見るセラフィナの状態は、想像以上に深刻だった。
唇は紫に腫れ、指先は壊死寸前の白さを見せている。
「……無理もないな。毎日、祈りという名の魔力抽出を繰り返して、全身の『陽気』を使い果たしたんだ。魔法で他人の細胞を温めるたびに、自分の回路には冷たい澱みが溜まっていく。……聖女なんて、皮肉な呼び名だ。その実態は、ただの使い捨ての魔導触媒じゃないか」
「そんな……っ。教会では、これは神の試練だと……」
「試練で人が死ぬなら、それはただの虐待だよ。……エルフリーデ、彼女を脱がせてくれ。針じゃ間に合わない。――『温熱』で強制的に回路を溶かす」
レンが取り出したのは、針ではなく、丸く固められた黄金色の綿。
最高級のヨモギから作られた「もぐさ」だ。
***
法衣を脱がされたセラフィナの体は、細く、痛々しいほどに白かった。
レンは彼女の背中、腰、そして足の裏にある『湧泉』というツボに、小さなもぐさの塊を置いていく。
「……何を、するつもり……? 熱いのは、嫌……。魔法の熱は、すぐに消えて、もっと寒くなるの……っ」
「魔法の熱と一緒にしないでくれ。これは君自身の『生命の火』を呼び覚ますための種火だ」
レンが線香で、もぐさに火を点けた。
じわり、と小さな煙が立ち上がる。
最初は、何も感じなかった。
凍りついた彼女の感覚は、熱を捉えることすら拒絶していたからだ。
だが、火がもぐさの底に達した瞬間――。
「――っ、あ……ッ!!?」
セラフィナの瞳が、カッと見開かれた。
背中の一点。そこから、針で突かれたような鋭い熱が、氷の壁を突き破って体内に侵入した。
「熱い! 熱い、熱い熱い! 何かが、入ってくるのぉぉッ!!」
「逃げるな。その熱を追いかけろ。君の中に閉じ込められた魔力を、その種火で溶かすんだ」
レンの手が、セラフィナの震える肩を力強く押さえる。
一瞬の激痛のような熱。それが過ぎ去った直後。
セラフィナは、信じられないものを感じた。
熱があった場所から、じわじわと、まるでお湯が染み込むような「深い温かさ」が、骨の髄まで広がっていく。
「……ぁ……あ、ああ……っ」
絶叫は、やがて甘い吐息へと変わった。
冷え切り、感覚のなかった四肢に、数年ぶりに「自分の血」が通う感覚。
内側からとろけていくような、耐えがたいほどの心地よさ。
「暖かい……。レン、様……私、生きてる……温かい……っ」
彼女の目から、大粒の涙が溢れ出した。
その涙は、もはや氷の粒ではない。温かな、生身の人間の涙だった。
「……ふぅ。これで第一段階は終了だ。しばらくすれば、指先の感覚も戻る。……さて、聖女様。君をこんな体にした『教会の奇跡』とやらについて、後で詳しく聞かせてもらおうか」
レンの冷徹な、しかし救いに満ちた言葉に、セラフィナは憑き物が落ちたような顔で、深く、深く頷いた。
第5話、お灸の回でした。
「熱っ!」という衝撃の後に訪れる、とろけるような解放感。
聖女セラフィナが初めて知った「本当の癒やし」の味は、彼女の信仰をも揺るがしていきます。
「聖女様のデレが楽しみ!」
「教会の闇をレンがどう裁くのか気になる!」
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評価の星をいただけると、レンのお灸の火力(執筆意欲)が上がります。
次回、第6話「教会の闇と、特製薬膳茶」。
心身ともに解れた聖女様と、少し複雑な顔のエルフリーデ。
不遇の治療師を巡る、賑やかで少し危険な生活が始まります。




