第4話 魔物の肉は、最高の薬膳です
黒鋼の牙狼の解体は、驚くほどスムーズに進んだ。
エルフリーデが驚いたのは、レンの指示の的確さだ。
「そこ、筋膜に沿って刃を入れて。……そう、そこが魔力の通り道になっていた場所だ。そこを切り離せば、肉の硬さが一気に抜ける」
レンは自身の『魔力透視』を使い、肉の中に残る魔力の流れを読み取っていた。
彼の手にかかれば、鋼鉄のように硬いと言われる牙狼の肉も、上質なヒレ肉のようにしなやかな部位へと切り分けられていく。
「さて、次はこれだ」
レンが取り出したのは、森で摘んできた数種類の薬草と、生姜に似た香りのする『火龍の根』だった。
庵の外に据えられた鍋に、細かく切った肉とこれらの薬草を放り込み、じっくりと煮込んでいく。
「……良い香りだ。だが、魔物の肉をこれほど大量の薬草と煮込む料理など、王都でも見たことがないぞ」
鍋から立ち上る、スパイシーでいて、どこか身体の芯を温めるような芳香に、エルフリーデの喉が自然と鳴る。
「これは『薬膳』という考え方だよ。僕たちの体は、食べたものでできている。針で流れを整えても、その流れに乗せる『燃料』がスカスカじゃ意味がないからね」
煮込むこと一時間。
琥珀色のスープに、ホロホロになるまで煮崩れた肉が踊る『牙狼の薬膳煮込み』が完成した。
「さあ、冷めないうちに。今の君の体は、魔力の循環が良くなりすぎて、エネルギーを激しく求めているはずだ」
差し出された木皿を、エルフリーデは恭しく受け取った。
スプーンですくい、まずはスープを一口。
「っ……!」
口に含んだ瞬間、爆発的な旨味が舌の上で跳ねた。
ただ美味しいのではない。
スープが喉を通った瞬間から、胃の腑がカッと熱くなり、その熱が血管を通じて全身の末端へと、力強い拍動と共に広がっていくのが分かる。
「熱い……だが、心地よい。力が、底から湧いてくるようだ」
「それが『気』の充足だよ。牙狼の肉に含まれる強靭な魔力を、薬草の成分が分解して、君の体に吸収しやすい形に変えてある。……噛まなくていい、溶けるから」
エルフリーデは次に肉を口に運んだ。
あんなに硬かった牙狼の肉が、舌の上でホロリとほどけ、濃厚な肉汁を撒き散らす。
彼女は夢中でスプーンを動かした。
騎士団での食事は、常に効率と栄養価(と称する味気ない干し肉)を求めるものだった。
食事で「癒やされる」という経験を、彼女は十九年の人生で初めて知った。
「ふぅ……。ご馳走様、レン。……体が、ポカポカして、少し眠くなってしまったな」
一皿を平らげたエルフリーデの頬は、林檎のように赤らんでいた。
先ほどまでの鋭い女騎士の面影はどこへやら、とろりとした瞳でレンを見つめている。
「それが正常な反応だ。しっかり食べて、しっかり眠る。それこそが最大の養生だ。……さあ、今日はもう休んで。明日の朝、君は自分の体が『別人』のように軽いことに、改めて驚くはずだよ」
「……ああ。おやすみ、レン」
エルフリーデが庵の奥で眠りについた後、レンは月を見上げながら、一人静かに針の手入れを始めた。
彼の目には、夜の森のあちこちで、魔力の『澱み』が燻っているのが見えていた。
「……さて。次は誰を『調律』することになるのかな」
その呟きに応えるように、森の奥から、一人の少女が這い出してきた。
ボロボロの法衣を纏い、青白い顔をした彼女――王国の聖女セラフィナが、救いを求めてレンの庵の灯火を目指していた。
第4話、お楽しみいただけたでしょうか。
「食事もまた治療の一部」という東洋の知恵。
異世界の美味しい魔物肉と合わさることで、最強のグルメ描写が誕生しました。
そしてラストには、早くも二人目のヒロイン(?)が登場です。
エルフリーデを「完治した」と突き放した聖女様が、なぜこんなボロボロの状態で……?
「エルフリーデの赤らんだ顔が可愛い!」
「聖女様の登場にワクワクする!」
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次回、第5話「聖女の絶叫――氷の体とお灸の炎」。
教会の権威が、レンの「熱い」施術の前に崩れ去ります。お楽しみに!




