第3話 羽の生えた戦乙女
「……なんだ、これは」
庵の外へ出たエルフリーデは、自分の掌を見つめ、何度も握り直した。
ただ、立っているだけで分かる。
大気を吸い込むたびに、肺が大きく膨らみ、酸素と魔力が全身の末端まで、淀みなく送り届けられる感覚。
足の裏が地面を捉える感覚が、以前の数倍も鮮明だ。
「調整したからね。君の右肩だけじゃない、全身の経絡を繋ぎ直した。今の君は、内燃機関の排気効率を極限まで高めたような状態だ」
レンが庵の縁側に腰掛け、のんびりと茶を啜りながら言う。
その直後だった。
――ガサッ、と茂みが大きく揺れた。
現れたのは、三頭の『黒鋼の牙狼』。
Bランクに相当する魔物で、その名の通り鋼鉄並みの硬度を持つ体毛と、岩をも砕く顎を持つ。王都の騎士団でも、数人のパーティで当たるのが常識の強敵だ。
「……っ」
エルフリーデは反射的に腰の剣へ手を伸ばした。
以前の彼女なら、ここで右肩にズキリとした鈍痛が走り、抜刀がコンマ数秒遅れていたはずだった。
だが。
(――軽い!)
シュンッ、と空気を裂く音が響く。
抜刀したことすら自覚できないほどの速さで、銀の剣身が陽光を弾いた。
「グルアッ……!?」
先頭の牙狼が、戸惑ったように足を止める。
彼らの動体視力ですら、今の彼女の動きを捉えきれなかったのだ。
「いいかい、エルフリーデ。魔力は『出力』じゃない。『効率』だ」
レンの声が、戦場に静かに響く。
「今までの君は、ブレーキをかけたままアクセルを踏んでいた。今の君に、摩擦はない。イメージしろ。魔力を――一気に爪先から剣先へ滑らせるんだ」
「……分かった」
エルフリーデが地を蹴る。
爆発的な加速。
以前のような、無理やり魔力を振り絞る不快感は一切ない。
まるで、背中に羽が生えたかのように体が浮き、流れるように牙狼の懐へと潜り込む。
「はぁっ!」
一閃。
鋼鉄の毛皮を、バターでも切るかのように銀閃が通り抜けた。
手応えすら、無い。
抵抗を一切感じさせないほど、彼女の放つ魔力が鋭く、そして純粋に研ぎ澄まされていた。
ドサリ、と巨体が崩れ落ちる。
残りの二頭が驚愕に立ちすくむ間に、エルフリーデは舞うように旋回し、一息にその首を跳ね飛ばした。
わずか数秒。
辺境の森に、沈黙が戻る。
「……信じられん。私が、これほどまでに……?」
剣を納め、エルフリーデは自分の肩を触った。
激しく動いた後だというのに、呼吸は乱れていない。むしろ、動けば動くほど体内の魔力が浄化され、力が湧いてくるような心地よさがある。
「トトノイ、完了だね」
レンがパチパチと小さく手を叩く。
「傷を塞ぐだけの魔法じゃ、この『キレ』は取り戻せない。人間の体は、もっと複雑で、もっと自由なんだ」
「レン……私は、謝らなければならない」
エルフリーデは、レンの方へ向き直り、深く頭を下げた。
「君の技術を、呪術などと疑った。この一振りの重み……王都のどんな大魔導師の言葉よりも、真実に満ちている」
「別にいいよ、慣れてるし。それより――」
レンが、エルフリーデの腹部を指差した。
「戦って血行が良くなったせいで、お腹が空いたんじゃない? 養生には食事が一番だ。……ちょうどいい肉も手に入ったことだしね」
レンの視線の先には、先ほど倒したばかりの牙狼。
「……これを、食べるのか?」
「薬膳だよ。魔物の肉には、適切な処理をすれば最高の滋養強壮剤になる部位があるんだ。さあ、手伝って。皮を剥ぐのは君の方が上手そうだ」
戦乙女と恐れられたエルフリーデの口元に、初めて、少女のような柔らかい笑みが浮かんだ。
第3話、いかがでしたでしょうか。
「針を刺しただけで、こんなに強くなるの?」
はい、なるんです。なぜなら、彼らの世界には「身体のメンテナンス」という概念がなかったからです。
圧倒的なスペックを持つヒロインが、主人公の手によって「リミッター」を外される快感。
これこそが本作の醍醐味の一つです。
次回からは、いよいよ二人の「養生旅」が始まります。
第4話「魔物の肉は、最高の薬膳です」。
ただ食べるだけじゃない。身体の内側から変えていく、レンの「食の知識」が炸裂します。
「エルフリーデ、もっと強くなってほしい!」
「レンの料理も気になる!」
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