第2話 響き――銀針、魔力回路を穿つ
庵の中に、パチッと爆ぜる小さな音が響いた。
乾燥させた薬草――モグサが燃える、独特の青臭くも落ち着く香りが、エルフリーデの鼻腔をくすぐる。
「……っ」
木のベッドに横たわったエルフリーデは、シーツを握りしめた。
騎士としての誇りも、銀髪の女騎士という肩書きも、今は関係ない。ただ、一人の『患者』として、背中を少年の視線に晒している。
冷たい空気が肌を撫でるが、不思議と恐怖はなかった。ただ、レンの指先が触れる場所だけが、熱を持ったように脈打っている。
「いいかい、エルフリーデ。君の右肩にある『肩井』というツボ……魔力節が、完全に潰れている。ハイヒールで急激に肉を盛ったせいで、魔力の逃げ道が、不自然に癒着した筋肉に挟み込まれているんだ」
レンの声は、先ほどまでの脱力した響きとは一線を画していた。
低く、研ぎ澄まされ、どこか深い静寂を纏っている。
「今から、その癒着の隙間に針を通す。魔力が一気に流れるから、驚いて動かないように」
「……ああ。分かって、いる……好きにしろ」
エルフリーデが答えた直後だった。
レンの指先が、彼女の右肩の付け根――最も「重い」と感じる一点を、鋭く捉えた。
「――通すぞ」
銀の針が、皮膚の抵抗を無に帰して沈み込む。
痛みはなかった。
だが、針が一定の深さに達した瞬間。
「ッ、ぁ……あああああぁぁぁ……ッ!!?」
エルフリーデの背中が、弓なりに跳ねた。
叫びとも吐息ともつかない声が漏れる。
それは、痛みではない。
体の奥底、魂の回路に直接『巨大な杭』を打ち込まれたような、圧倒的な重圧感。
(なっ、何だ、これは……!? 熱い、重い……右腕が、千切れるような――!)
「それが『得気』だ。魔力が、本来の道を見つけた合図だよ」
レンの声が遠くで聞こえる。
直後、ダムが決壊したような衝撃が彼女を襲った。
ドクン、と心臓が跳ねる。
滞っていた魔力が、針という一点を導火線にして、爆発的な勢いで指先へと駆け抜けたのだ。
ヘドロのように固まっていた魔力の残滓が、清冽な奔流によって洗い流されていく。
視界が真っ白に染まり、頭の芯まで痺れるような感覚が通り抜ける。
「はっ、……はぁ、はぁ、はぁっ……!」
数秒後、レンが針を抜くと、エルフリーデは崩れるようにベッドに沈み込んだ。
全身から汗が噴き出している。だが、先ほどまで彼女を支配していた『あの重さ』が、嘘のように消えていた。
「腕を、動かしてごらん」
レンに促され、エルフリーデは恐る恐る右腕を上げた。
「……え?」
軽い。
あまりに、軽い。
まるで自分の腕が空気でできているのではないかと思うほど、滑らかに、何の抵抗もなく肩が回る。
それだけではない。
全身の隅々まで新鮮な空気が行き渡ったような、脳が洗われたような、かつて経験したことのない透明な感覚。
「これが……本当の、完治……?」
「いいや、まだメンテナンスの第一段階だ。君の体は、もっと強くなる」
レンはそう言って、今度は小さなお灸を手に取った。
エルフリーデは、もう疑わなかった。
この少年の指先が、自分の運命を、そしてこの世界の魔法の常識を、根本から書き換えてしまうのだということを。
「レン……。君は、一体何者なんだ?」
「ただの鍼灸師だよ。……さて、次は足の冷えを治そうか。冷えは万病の元、魔力不足の元だからね」
そう言って笑う少年の横顔に、エルフリーデは騎士団の誰にも抱かなかった、深い敬畏を抱き始めていた。
第2話もご覧いただき、ありがとうございました!
針が入った瞬間の「ズーン」という響き……。
一度味わうと病みつきになるあの感覚を、異世界風にアレンジしてみました。
エルフリーデの「トトノイ」は、まだ始まったばかりです。
次話、ついに彼女が「本来の力」を解放する戦闘シーンへ。
「続きが読みたくなった!」
「このままレンに全身を診察してほしい!」
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執筆のスピードが、針の速さ並みに上がります。
次回、第3話「羽の生えた戦乙女」。
彼女の剣が、魔物をどう切り裂くのか。お楽しみに!




