第19話 東方の黒針。――それは治療ではなく、死の宣告
国立調律院の診察室。
先ほどまで流れていた柔らかな空気は、ヤクモという男が放つ『殺気』によって、一瞬で凍りついた。
「……暗黒針? 大層な名前だね。でも、針を抜く前から勝負を語るなんて、少しせっかちじゃないかい?」
レンは白湯を飲み干し、静かに湯呑みを置いた。
彼の背後では、エルフリーデが音もなく剣を引き抜き、セラフィナはいつでも障壁魔法を張れるよう印を組んでいる。だが、ヤクモは彼女たちを視界にすら入れていない。
「抜く必要などない。……そこな護衛の女。三歩動いてみるがいい。右の足首が、自分の物ではないように感じるはずだ」
「な……っ!?」
エルフリーデが驚きに目を見開いた。
彼女は一歩も動いていない。ヤクモとも距離があった。だが、彼がそう告げた瞬間、エルフリーデの右足の感覚が、まるで氷水に浸けられたように消失したのだ。
「……いつの間に。針を投げたのか?」
「いいえ、レン様。……魔力の軌跡が見えませんでしたわ」
リセッテが震える手で計測器を向けるが、数値は『正常』を示している。
「魔力ではない。これは『気の弾丸』。経絡の門を外側から叩き、一時的に封鎖したに過ぎん」
ヤクモは、背負った黒漆の箱から一本の、墨を流したような漆黒の長針を抜き放った。
「西の魔法医学は甘すぎる。傷を治し、痛みを和らげる。……そんなものは医術の片面に過ぎない。真の医術とは、身体の理を掌握し、生殺与奪を司る『王道』であるべきだ」
ヤクモが黒針を指先で回すと、周囲の空気が重く澱んでいくのが分かった。
レンは『魔力透視』を全開にする。
エルフリーデの右足首――『太谿』のツボに、物理的な針ではなく、ヤクモの放った「針の形をした魔力の塊」が突き刺さり、神経伝達を物理的に遮断していた。
「……なるほど。ツボを刺激して治すんじゃなく、ツボを叩き潰して機能を止める。あんた、それは『治療』じゃない。ただの『拷問』だ」
「呼び名などどうでもいい。……レンよ。貴殿の腕、この男で試させてもらおうか」
ヤクモが指を鳴らすと、彼の背後に控えていた大男が前に出た。
男は一切の感情を排した瞳で、自らの胸元をはだける。そこには、数千本の針穴の跡と、黒い血管のような紋様が複雑に絡み合っていた。
「この者は、我がギルドで『強化』を施した被検体だ。心臓の鼓動を三分の一に抑え、痛覚を遮断し、魔力の出力を五倍に引き上げている。……だが、代償として経絡は焼き切れ、余命はあと三日」
「……っ、そんな非道なことが……!」
セラフィナが悲痛な声を上げる。
「レンよ。この男を救ってみせろ。もし救えぬならば、貴殿の唱える『養生』など、ただの綺麗事に過ぎん」
ヤクモが男の背中のある一点を、黒針で弾いた。
ドクンッ!!
男の体が不自然に膨張し、目から血が溢れ出す。魔力が体内で大暴走を起こし、文字通り「爆発」寸前のエネルギー体が、レンの目の前に立ち塞がった。
「……救う? ああ、もちろん救うよ」
レンは静かに立ち上がり、道具箱から、かつて王女を救った黄金の針ではなく、使い古された銀の針を取り出した。
「でも、ヤクモ。勘違いするな。僕はあんたと勝負するために針を打つんじゃない。……目の前の患者が、あまりに苦しそうだから打つんだ」
レンの体が、陽炎のように揺れた。
シュンッ!!
暴走する大男の拳が、レンの顔面を掠める。だが、レンは避けない。
最小限の動きで懐に潜り込み、大男の全身に刻まれた『黒い呪い(針跡)』の隙間――わずか一ミリの「気の通り道」を見抜く。
「……リセッテ、周波数は無視しろ。……エルフリーデ、三秒だけ彼の動きを止めてくれ。セラフィナ、浄化じゃない、彼の『熱』を受け取ってくれ!」
「「はいッ!!」」
仲間の信頼を背負い、レンの銀針が閃いた。
東方の黒針と、現代の知恵を宿した銀針。
二つの医術が、一人の男の命を戦場にして、真っ向から激突する。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「殺す針」と「生かす針」。
同じ知識を持ちながら、正反対の道を歩む二人の対決が幕を開けました。
ヤクモが仕掛けた「余命三日の爆弾人間」。
これを救うことは、魔法でも、そしてヤクモの術でも不可能なはずですが……。
レンは「現代の解剖学」と「経絡理論」を組み合わせ、誰も予想だにしない答えを導き出します。
「エルフリーデさんを無力化するヤクモ、強すぎる!」
「レンの銀針がどう逆転するのかワクワクする!」
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皆様の応援が、レンの次なる「神の一刺し」を呼び込みます。
次回、第20話「点穴解体。――爆ぜる魔力を、優しく受け止めて」。
命を弄ぶ黒針に、レンの怒りの調律が炸裂します。お楽しみに!




