第15話 岩を穿つ一刺し。――英雄の帰還
「……無謀な。あんな細い針で、魔導石化症を治すつもりか?」
「見ていろ、どうせ皮膚すら貫けずに折れるのがオチだ」
特設舞台を取り囲む数千の観衆から、冷ややかな声が飛ぶ。
舞台中央。車椅子に座る伝説の英雄ガウェインの右半身は、もはや生きた人間の肉体には見えなかった。灰色の岩石が血管に沿って隆起し、微かな魔力の漏れが、火花となってパチパチと乾いた音を立てている。
「さあ、始めようか。異端の治療師よ」
審判席のマルファスが、ニヤついた顔で合図を出す。
レンは静かに頷き、道具箱から一本の針を抜き取った。
それは、長さ五寸(約十五センチ)を超える、白銀の太針。
「……リセッテ。魔力循環の共鳴周波数を計算してくれ」
「了解! ガウェインさんの石化深度は4、……周波数は 444ヘルツ! そこが、石と肉の境界線です!」
リセッテが叫ぶと同時に、レンの指先が動いた。
ターゲットは、ガウェインの右首筋の付け根。石化の「根」が最も深く、魔力が滞留している『大椎』。
「――響くぞ。十年の眠りを、叩き起こしてやる」
レンの掌が、針の頭を鋭く叩いた。
パキィィィィンッ!!
舞台上に、硬質な音が響き渡る。
観衆が息を呑んだ。針が折れたのではない。……針が、ガウェインの『石の皮膚』を貫き、深部へと到達したのだ。
「……ぐ、あああああああぁぁぁぁぁぁあああッ!!?」
十年間、表情一つ変えなかったガウェインが、天を仰いで咆哮した。
レンは針を離さない。それどころか、針の頭に微かな魔力を通し、高周波の振動を与え続ける。
石化した魔力回路と、レンの針が共鳴する。
ミシリ、ミシリ……。
ガウェインの腕から、不気味な亀裂が走り始めた。
「な……馬鹿な! 石化が……砕けているのか!? 物理的な破壊など、魔法でなければ不可能なはずだぞ!」
マルファスが椅子を蹴って立ち上がる。
「魔法じゃない。……これは『共振』だ」
レンが冷たく言い放つ。
「硬いものほど、特定の振動には弱い。……あんたたちがポーションを詰め込みすぎてガチガチにしたこの『石』は、中が空洞の氷と同じなんだよ。……そこを、この一点から崩す!」
レンが針を深く押し込み、一気に引き抜いた。
シュゴォォォォォォォォッ!!!
針穴から、圧縮されていた漆黒の魔力が、高圧の蒸気のように噴き出した。
溜まりに溜まった十年の澱。それが抜けると同時に、ガウェインの皮膚を覆っていた岩石が、ボロボロと音を立てて剥がれ落ちていく。
その下から現れたのは、赤みを帯びた、瑞々しい「生身の肌」だった。
「……あ……ああ……。暖かい……っ」
ガウェインの右手が、震えながら開閉する。
指先まで、血が通い、魔力が巡り、力が宿る。
彼はゆっくりと車椅子から立ち上がった。
十年間、一歩も歩けなかった男が、大地をしっかりと踏み締めた。
「……レン殿。……恩に着る」
ガウェインが右腕を天に突き出す。
瞬間、石化が解けた反動で、黄金色の魔力が柱となって空を貫いた。
伝説の英雄の完全復活。……その光景に、数千の観衆は言葉を失い、やがて地を揺らすような歓声が沸き起こった。
「ありえん……ありえんッ! 私の、我々の魔法医学が、こんな小僧の針一本に負けるなど……ッ!!」
マルファスは崩れ落ち、震える手で自分の頭を抱えた。
彼が信じてきた「ポーションと浄化」の世界が、目の前で粉々に粉砕されたのだ。
「……マルファス。あんたの負けだ。……次は、あんたのその『腐った根性』のコリでも、解してやろうか?」
レンの冷ややかな宣告が、公開討論の幕引きとなった。
第15話、お読みいただきありがとうございました。
第2章の最大のカタルシス、「ガウェインの復活」をお届けしました。
「石を穿つ針」という、本作ならではのロジカルな勝利。
マルファス副団長の権威が完全に崩壊する「ざまぁ」の瞬間、トトノッていただけたでしょうか。
物語はここから、さらに加速します。
英雄を救ったことで、レンの名は王宮、そして隣国にまで轟くことに。
しかし、追い詰められた医師団長ゼノスは、ついに「禁断の魔導」に手を染めます。
「ガウェインさんの復活が熱い!」
「マルファスの自滅が最高にスッキリした!」
と思ってくださった皆様。
ぜひ【ブックマーク】と、最高評価の【ポイント(★★★★★)】をお願いします!
皆様の評価が、次の強敵を討つための「魔力」になります。
次回、第16話「祝杯と、忍び寄る影」。
トトノった後の休息、そしてエルフリーデたちとの甘いひととき。お楽しみに!




