第14話 絶望の患者。――医師団が用意した『死のコリ』
王立魔法学院の中央広場に、巨大な特設舞台が設営された。
『王立医師団対、異端の治療師』。
そのセンセーショナルな掲示に、学園の学生のみならず、噂を聞きつけた王都の市民たちまでもが黒山の人だかりを作っている。
「……随分と大掛かりだな。見世物小屋のつもりか?」
舞台裏の控え室。レンは、リセッテが磨き上げた銀針の束を確認しながら、外の喧騒を鼻で笑った。
隣では、エルフリーデが落ち着かない様子で剣の鯉口を切り、セラフィナは祈るように胸元で手を組んでいる。
「レン、無理はしないで。……医師団が用意した患者は、あの方だ。……『鋼腕』のガウェイン。十年前、北方の魔王軍をたった一人で食い止めた、伝説の英雄よ」
エルフリーデの声には、尊敬と、それを上回る悲痛さが混じっていた。
ガウェイン。
その名は王国で知らぬ者はいない。しかし、十年前の戦いを境に、彼は忽然と表舞台から姿を消した。巷では「名誉の隠居」と言われていたが、現実は違った。
「……入れ。公開討論の前に、患者との『顔合わせ』だ」
マルファス副団長が、勝ち誇ったような笑みを浮かべて控え室の扉を開いた。
奥の部屋に鎮座していたのは、車椅子に深く腰掛けた、巨躯の老戦士だった。
だが、その姿を見たリセッテが、短く悲鳴を上げた。
「……嘘。これ、人間なの……?」
ガウェインの右半身。
肩から指先、そして足先にかけて、皮膚はどす黒く変色し、まるで岩石のように硬質化していた。
呼吸をするたびに、その「石の皮膚」がミシリと嫌な音を立てる。魔力の拍動は感じられない。そこにあるのは、生命の通わない『物』としての沈黙だけだ。
「魔力石化症。……魔法の過剰行使によって経絡が結晶化し、肉体を内側から石に変えていく。わが王立医師団が十年の歳月と数万本のポーションを費やしても、進行を止めるのが精一杯だった絶望の病だ」
マルファスがレンに一歩近づき、耳元で低く囁いた。
「どうだ、少年。この『死のコリ』を、貴様の安っぽい針で解せるとでも思うか? ……無理だ。これは医学ではなく、神が与えた死刑宣告なのだからな」
レンはマルファスを無視し、ガウェインの前に歩み寄った。
老戦士の瞳は濁り、もはや希望の光など欠片も見当たらない。ただ、生ける屍としてそこに在るだけだ。
「……失礼。少し触らせてもらうよ」
レンの指先が、ガウェインの「石の右腕」に触れた。
――冷たい。
熱を完全に失い、魔力の導電率がゼロに近い状態。
レンは精神を集中させ、網膜の裏に『魔力循環の方程式』を展開した。
$$C = \int_{body} \frac{1}{\rho + \epsilon} dV$$
($C$:魔力伝導容量、$\rho$:抵抗/コリ、$\epsilon$:石化定数)
魔法医たちは、この $\epsilon$(石化)という現象を「呪い」と定義し、外部から浄化の魔力を注ぎ込み続けた。
だが、それが間違いだったのだ。
注ぎ込まれた魔力は、逃げ場を失い、堆積し、さらに石化の層を厚くしていった。
「……ひどいな。十年間、あんたたちはこの人を『ゴミ捨て場』にしていたのか」
「な、何だと……ッ!?」
レンはガウェインの石化した腕の、ある一点――肘の裏側にある、微かな『拍動』を見逃さなかった。
石の下で、わずかに残った生身の経絡が、今も必死に血を、気を送ろうと震えている。
「マルファス。……この患者を選んだのは、あんたの人生で最大のミスだ。……これこそ、僕が一番得意な『コリ』だよ」
「……負け惜しみを! ならば見せてみろ、大衆の面前でな!」
マルファスが怒りに顔を真っ赤にして部屋を去る。
レンは残されたガウェインの瞳をじっと見つめた。
「ガウェインさん。……重かっただろ、十年間。……今から、その重荷を全部削ってやるから。……少し、熱いどころじゃ済まないぞ」
ガウェインの濁った瞳が、一瞬だけ、力強く動いた。
運命の公開討論。
銀の針が、伝説の英雄の「石の呪い」を打ち砕く刻が迫っていた。
第14話、いかがでしたでしょうか。
医師団が用意した「最強の難病」――魔力石化症。
魔法で治せないものを「死」と呼ぶ既存医学に対し、レンはそれを「ただの蓄積」と断じます。
英雄ガウェインの絶望。
そして、それを見つめるレンの静かな怒り。
次話、いよいよ舞台の上で、全王都が目撃する「奇跡の施術」が始まります。
「ガウェインさんの石の腕、レンがどう治すのか楽しみ!」
「マルファスの鼻をあかしてほしい!」
と思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】と【ポイント評価(★★★★★)】をお願いします!
皆様の熱い応援が、レンの針を加熱し、石をも溶かす力となります。
次回、第15話「岩を穿つ一刺し。――英雄の帰還」。
公開討論、決着。お楽しみに!




