第12話 特別講師レン。――初日の授業は『全員、深呼吸しろ』
「……あんな子供が、バルバラ閣下の推薦した特別講師だと?」
「冗談だろう。魔力もほとんど感じられない。持っているのは……なんだ、あの細い鉄の棒は」
学院の第零講堂。
そこには、将来の王国を背負って立つはずのエリート魔導師たちが集まっていた。
彼らの視線の先に立つのは、いつもの脱力した表情のレン。そして、その横で神妙に控えるエルフリーデと、資料(と針の予備)を抱えたリセッテだ。
教壇に立ったレンは、一通り学生たちの顔を眺め、深く溜息をついた。
「……ひどいな。ここは学院じゃなくて、重症患者の待合室か何かか?」
その言葉に、最前列に座っていた金髪の少年――公爵家の三男にして学年トップの成績を誇るカイルが、不快そうに立ち上がった。
「失礼だな、無名の治療師。我々は日々、血の滲むような修行と、最高級のポーションによって魔力を高めている。君のような野蛮な術師に、我々の何がわかるというのだ」
「修行ね。……カイル君だったかな。君、今すぐ魔法を放ってみて。的は何でもいい」
「ふん、後悔するなよ」
カイルが杖を構える。
彼が放ったのは、高密度の火球魔法。轟音と共に的を焼き尽くすが、その直後、カイルはわずかに眉を寄せ、肩を回した。
「見たか。これが我が魔力だ」
「出力は合格。だけど、効率(燃費)は最低だ。放った後、右の首筋から肩にかけて、電気が走るような鈍痛があっただろう? あと、最近は夜中に何度も目が覚めるはずだ」
カイルの顔が、一瞬で強張った。
図星だった。
「それは、君が『魔力を練る』時に、無意識に横隔膜を固めて呼吸を止めているせいだ。……全員、一度杖を置け。今日の最初の授業は、魔法の練習じゃない。――『深呼吸』だ」
「……はぁ? 深呼吸だと?」
困惑する学生たちをよそに、レンは教壇を降り、カイルの背後に立った。
「魔法は『気』と『魔力』の循環だ。だけど、君たちは効率を上げようとして、体中の『ツボ(節)』をガチガチに閉ざしている。……カイル、少し失礼」
レンの指先が、カイルの胸の中央――『膻中』というツボを鋭く突いた。
「っ、ぐぅ……ッ!?」
「そこは気の集まる場所だ。さらに、首の付け根……ここを針で解放する」
レンが銀針を一本、カイルの天柱へと滑り込ませた。
「――っ、ぁ…………ッ!!」
カイルの身体が、ビクンと大きく跳ねた。
直後、彼の肺が、本人の意思に関係なく大きく、深く膨らんだ。
空気が、肺の最深部まで流れ込む。
それと同時に、今まで「重い塊」のようだった体内の魔力が、サラサラとした清流に姿を変え、全身の毛細血管へと染み渡っていく。
「な……なんだ、これ……っ。空気が、甘い……!? 魔力が、勝手に……溢れてくる……っ!」
「それが、君が本来持っている出力だよ。……もう一度、魔法を撃ってみろ。今度は、息を吐きながらだ」
カイルは、狐につままれたような顔で杖を向けた。
無造作に放たれた火球。
だが、その速度と熱量は、先ほどの倍以上に達していた。
何より、放った後のカイルの表情には、一切の疲労がない。
「……信じられない。魔力消費が、ほとんど感じられない……。たった一本の、針で……?」
講堂が、水を打ったように静まり返った。
エリート学生たちが、自分の手と、そして教壇に立つ「無能に見えた少年」を、畏怖の眼差しで見つめ始める。
「いいかい。強い魔法を撃ちたければ、まず体を『空』にしろ。詰まったままじゃ、どんなに注いでも溢れるだけだ。……さて、次は誰を『トトノわせ』ようか?」
レンが不敵に笑い、針を指先で回す。
先ほどまで嘲笑っていた学生たちが、今度は我先にと挙手を始めた。
魔法医学の常識が、今、一つの教室から音を立てて崩れ始めていた。
第12話、お読みいただきありがとうございました!
「深呼吸」という、現代人にとっても大切な養生の基本を、魔法のブースト理論として描きました。
カイル君、一瞬で「わからせ」られてしまいましたね。
エリートたちがレンの技術に心酔していく中、面白くないのは既存の教師陣。
次回、第13話「魔導医師の逆襲。――『その治療は違法だ』」。
レンの授業を「危険な民間療法」として糾弾する勢力が動き出します。
「カイルの驚き顔が気持ちいい!」
「レン先生の授業、私も受けたい!」
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次回、学院に嵐が吹き荒れます。お楽しみに!




