第10話 神の手、魔の針。――王都を震わせる『トトノイ』
雨音だけが、庵の静寂を支配していた。
ベッドに横たわるのは、王国の盾、公爵バルバラ。
その背中には、どす黒い血管のような紋様が浮き出て、脈打つたびに毒々しい魔力を放っている。
「エルフリーデ、聖水を用意しろ。セラフィナ、君は彼女のバイタルを魔法で注視してくれ。……一瞬でも揺らいだら、すぐに伝えろ」
「了解だ」
「はい、レン様……!」
レンは、布のケースから一本の漆黒の針を抜き取った。
それは、ドラゴンの骨と黒曜石を練り合わせ、レンが前世の知識とこの世界の素材で鍛え上げた『導魔針』。
魔力を「吸い出す」ことに特化した、彼にとっても切り札と言える道具だ。
「公爵、始める。……これまでの施術とは、次元が違うぞ」
「……構わん。この苦しみから解き放たれるなら、地獄の業火すら甘露だ」
レンの瞳が、青白く発光した。
極限の集中――。
バルバラの全身を流れる魔力の奔流が、網の目のようにレンの脳裏に浮かび上がる。
心臓のすぐ裏、脊椎の隙間。そこに、魔法医学が「浄化」の名の下に押し込み、固めてしまった『魔力の泥』が鎮座していた。
「――そこだッ!!」
レンの腕が、視認できないほどの速さで動いた。
黒針が、バルバラの脊髄の最重要拠点――『大椎』を貫く。
「……ッ、が、あああああああああああああああああッ!!?」
バルバラの絶叫が、防音を施した部屋の壁を震わせた。
痛みではない。
彼女の体内で眠っていた、膨大な、しかし「腐っていた」魔力が、黒針という唯一の出口を見つけ、一気に逆流を始めたのだ。
針の尻から、どす黒い霧のような魔力が噴き出す。
それは意志を持っているかのようにレンの腕に絡みつこうとするが、レンは顔色一つ変えず、さらに二本、三本と針を打ち込んでいく。
「逃がすか。君の経絡は、僕がすべて掌握した」
レンの指先が、ピアノを奏でるように針の頭を弾く。
微振動が針を通じて体内に伝わり、癒着していた『魔力の泥』を細かく粉砕していく。
「あ、が……あ……っ、身体の、芯が……溶ける、……っ!?」
バルバラは、自分の体が「再構築」される感覚を味わっていた。
無理やり繋げられていた回路が一度断たれ、本来あるべき形へと組み替えられていく。
泥が抜けた跡に、彼女自身の澄み渡った魔力が、清流のように流れ込み、神経の隅々までを潤していく。
「……ふぅ。……抜くぞ」
レンが最後の一針を抜いた瞬間。
部屋を覆っていた重苦しい圧迫感が、一気に霧散した。
バルバラの背中から黒い紋様が消え、透き通るような白さが戻っている。
彼女はゆっくりと起き上がると、自分の手を見つめ、そして、傍らに置かれていた魔導杖を手に取った。
「……信じられん」
彼女が軽く杖を振る。
それだけで、部屋の中に優しく、しかし圧倒的に純粋な光の粒が舞った。
かつての彼女よりも、はるかに洗練された、無駄のない魔力の行使。
「痛みが……不快感が、塵一つ残っていない。それどころか、魔法の感度が、全盛期を優に超えている……ッ!」
バルバラはベッドから降りると、レンの前に立ち、公爵という立場を捨てて、深く、深く頭を下げた。
「治療師レンよ。貴殿は、私の命だけでなく、魔法使いとしての魂を救ってくれた。……王立医師団の愚か者どもに見せてやりたいものだ。この『奇跡』を」
「別に、医師団を負かすためにやったわけじゃない。……けど、あんたが元気になれば、この国も少しは『健康的』になるだろう?」
レンの言葉に、バルバラは愉快そうに笑った。
「ああ、その通りだ。……明日から、王都の空気が変わるぞ。私が、保証しよう」
***
翌朝。
王宮の会議室は、パニックに陥っていた。
死を待つのみと言われていたバルバラ公爵が、全盛期以上の魔力を纏って現れたからだ。
「ありえん……! 魔導蝕を、あんな街角の自称治療師が治しただと!?」
王立医師団長ゼノスは、報告書を握りつぶし、顔を真っ赤にして叫んでいた。
彼らが積み上げてきた権威、魔法医学の絶対性が、たった一人の「針を持つ少年」によって根底から覆されようとしていた。
「探し出せ! その少年を拘束するのだ! ……いや、消せ! 我らの地位を脅かす異端者は、この街には不要だ!」
ゼノスの怒号は、王宮の冷たい石壁に虚しく響く。
一方、裏通りの小さな診療所。
レンは、エルフリーデが淹れた薬膳茶を啜りながら、新しい患者を迎える準備をしていた。
「……レン、また変な噂が広まっているぞ」
エルフリーデが苦笑いしながら、外の様子を伝える。
「『死者をも蘇らせる、神の指を持つ少年』……だってさ」
「困ったな。僕はただ、みんなの肩こりや魔力詰まりを治したいだけなんだけど」
「もう無理ですよ、レン様。……ふふ、次の方は、お隣の国の王女様だそうですよ?」
セラフィナが、楽しそうに受付の台帳を広げる。
「……やれやれ。王都も、まだまだ『凝り』が激しいみたいだね」
レンは道具箱を閉じ、爽やかな朝の光の中に立ち上がった。
不遇の鍼灸師の快進撃は、まだ始まったばかりだ。
第1章『銀針の調律師、辺境に立つ』
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
ハイヒールを凌駕する「針一本の衝撃」。
バルバラ公爵という巨大な後ろ盾を得たレンは、ここから王都、そして世界全体の「魔力の淀み」を解消する旅へと踏み出します。
第2章では、いよいよ「魔法学園」への潜入や、ライバル医師団との公的な直接対決が描かれます。
そして、エルフリーデやセラフィナとの関係も、さらに一歩踏み込んだものに……?
「第1章、最高にトトノッタ!」
「第2章の無双も早く読みたい!」
と思ってくださった皆様。
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皆様の応援が、次の物語を紡ぐための「生命の気」になります。
それでは、また第2章でお会いしましょう。
次は、さらに「深く」響かせますよ。




