おまけ話「ぼくたちの宝物」
唱は朝食で使った食器を軽く流して食洗器にセットする。
「おはよ。唱ちゃん早いなあ。どっか行くン?」
キッチン入口に寝ぼけ顔の竜太郎が立っていた。
黒パンツに上半身ハダカで首元にタオルだけ。
「竜ちゃん、服着てよ」
「そお。シャツ着よ思うたらニャンずに朝メシねだられてもて。
まーあ仔猫は元気が溢れとるから。ついつい遊んで貰うたワ」
「キッチンに居ないと思ったら、寝室まで行ってたんだ?」
「そおやでえ。おかげでベッドは川の字や無うて州の字や」
キングサイズベッドに晶と竜太郎と猫達が転がってる図を想像して。
唱と竜太郎は顔を見合わせて笑う。
きっと晶は猫達をなでるのに忙しくて暫くベッドから動けない。
「なあにい?朝っぱらからあエエコト有ったん?」
今度は彩子が登場。
寝起きだから髪は広がってるし、ゆるいルームウェアから肌が覗き見える。
そんな2人を見ると。
布の面積よりも、本人たちが寒くないならまあイイかと。唱ももうノーコメント。
「オレそろそろ出掛けるね。コーヒーだけセットしとこうか?」
「何処行くのん?」
「塾。そのあと多分自習室使って、何か食べて帰るから。遅くなるかも」
元々くっきりした顔立ちの彩子は寝起きすっぴんでも表情豊か。
ものすごい心配顔になって唱の手を握る。
「じゅくう?何んで?勉強困っとおの?居残りとかさせられとおの?」
「あほ。オマエと一緒にすんな」
「頭悪いンは同レベルやろっ。
頭ン中が、私に似て貰うたンやろか。晶に似たら良かったのになあ」
「ちゃうやんなあ?唱ちゃん。デートやんなあ?
こんな早おから同じ電車乗って同じ塾行って。1日中隣に座っとるんやろ」
冷蔵庫からペットボトルを取り出しながら竜太郎はにやり。
でも唱は照れるよりも、ちょっとタメ息。
「学年が違うからクラスは別だよ。哲さんは受験コースだし。
一緒に居られるのは休憩時間くらいだけど。
そうでもしないと全然会って貰えないし。あ、でも」
彩子のためにコーヒーメーカーをセットしながら、唱は小さく笑う。
「こないだ竜ちゃんがくれたエビのせんべい持って行ったら。
哲さんすごく気に入ってくれて。休憩室でたくさん話出来て楽しかった。
ありがとね」
「おー名古屋に仕事行った時のンな。
そおなんや。もっとようけ買えばよかったなあ」
「それ、どんなヤツ?今度私も買うて来る!
唱の初恋成就のために私も何ンかしいたい!」
「あかんで唱ちゃん。彩子の感覚はズレとおからな。
店丸ごと買うて帰って来るで」
「あたりまえやろ。プレゼント言うンはなあインパクトが大事なんや。
大好きやでーっ言うんをもう疑う余地無いくらい押し付けんと。
今時薔薇100本なんてただのネタや。100本100日続けるくらいの圧無いと。
唱の初恋がアカンよおなったら、もお私まで泣いてまうワ」
「哲さんは…薔薇は興味無いと思う…」
「まあ、あのコはそおやろな。
せやけど。あーゆータイプは外堀から埋めてかなアカンで。
地味ーなアピールでエエから。しっかり横位置キープして。
気ぃついたらアタリマエの存在になっとった、言うくらい詰めて行きや」
いつの間にか竜太郎は真面目顔。彩子は必死な顔だし。
2人とも大切な息子の初恋の行方が気になって仕方ない。
やっと芽が出てこれから育てて行く小さな恋心。
強情で。判りにくくて。弱みを見せたがらなくて。
そんなとってもやっかいな相手だけど。
他のヒトじゃ駄目で。他の誰にも譲れないヒト。
自分にとって一番の宝物。しかも、これから時間と想いを込めて磨いて行く原石。
まだまだそんな程度なんだけど。
唱はにっこり深く笑顔を返す。
「応援ありがと。経験豊かな2人のアドバイスは、すごく有難いけど。
多分だいじょうぶ。
今はただ哲さんのコト想うだけで毎日何んでも楽しいんだ。
要領悪いかも知れないけど。全部楽しいから全然へーきなんだ」
そんな純粋な言葉に、彩子も竜太郎も言い掛けた言葉をひっこめる。
それよりも息子の成長に感動したりして。
小さい頃から、自分達の騒がしい環境の変化に付き合わせてしまっていて。
そのせいですっかり控え目な性格になって。
表に出ることも出すことも少ないコドモだと思っていたのに。
なのに、いつの間にか自分で見つけた大切なモノを自分の足で追いかけ始めてた。
ちょっと涙腺が緩みそうになった竜太郎と彩子の後ろから鳴き声と泣き声。
にゃあにゃあ4匹の猫達がキッチンに飛び込んで来て。
涙でぐしゃぐしゃ顔の晶が立っていて。
「しょ、しょおちゃ。うっうううっ。すごおいなあかっこエエなあ。
いつのま、に。そんなコト言うよおなって。うええ~」
「ははは晶ぐしょぐしょや」
竜太郎が自分のタオルで優しく晶の涙を拭いて抱きしめる。
「私もハグして~」
彩子も晶に抱き着く。
「みんな大好きや~」
こんな風に能良家は晶を中心に毎日ドラマチックで。
いつもの様子に、唱はふっと笑みが漏れる。
唱はコーヒーメーカーのスイッチをONにして上着を手にする。
「じゃあ、行って来ます」
駅に向かいながら、唱はちょっと考える。
(竜ちゃんは、外堀から埋めるって言ってたけど。
哲さん、まっすぐ過ぎるから。根回し的なコトしても敵わないんだよなあ)
そう。
もし外堀ぽいモノが在ったとしても。
唱が埋めるよりも先に、哲はそれを飛び越えてしまうと思う。
あの、ひとめ惚れした幅跳びの瞬間みたいに。
哲はその気になったら、どんな空間だって跳び越えてしまいそう。
そしたらまた自分は見惚れてしまって。
何度だって、憧れて大好きになってしまうだけだと。よーく判っているのだ。




