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(論文解説)南アジアにおける核抑止に対する現在の課題(The Center for International Strategic Studies)

Hayat, Muhammad Zeeshan, and Misbah Arif. "Contemporary Challenges to Nuclear Deterrence in South Asia." CISS Insight: Journal of Strategic Studies, vol. 1, 2024, pp. 1–22.


パキスタンの国政戦略研究センター(CISS)から。かなり

パキスタンの主張濃いめな印象ですが、米国の戦略がグローバルサウスの不満の種となっている理由がわかりますね

1.Introduction

核抑止は古来より心理的効果を持ち、核兵器時代においても有効性を保っている。核兵器使用の脅威は相手に深刻な心理的圧力を与え、全面戦争を抑止する。しかし一部の国家は、核戦争の敷居を超えないと判断し代理戦争や限定的軍事行動を継続している。核抑止は「相互確証破壊(MAD)」を前提に、双方が相手に受け入れ難い被害を与え得る状態を保つことで成立する。抑止観には、①核戦争の勝利は不可能であり戦争は回避すべきとする立場、②核保有国間ではあらゆる戦争に余地がないとする立場の二つがある。核抑止は大規模な非核攻撃や、戦時の核使用を抑止する役割を持つ。南アジアでは、インドとパキスタン双方が核抑止を安定要因と認識し、2001〜2002年の「ツインピーク危機」から2019年のカシミール危機まで全面戦争を回避してきた。しかし2019年の危機では、両国が核化後初めて空中戦を行い、インド機2機が撃墜され操縦士が拘束されるなど、深刻なエスカレーションの可能性があった。こうした事態は地域の戦略的安定性に新たな脅威を示し、インドの行動が核戦争に発展しうる危機を高めている。本論文は、南アジアにおける核抑止への現代的課題を分析し、それらを緩和する方策を探る。


2.Challenges to Nuclear Deterrence

南アジアの核抑止は長年、危機の核戦争化を回避する役割を果たしてきたが、近年インドの行動により新たな課題が浮上している。パキスタンは、地域の戦略安定を維持するため責任ある行動を取ってきたが、インドは軍事的挑発や政策転換によって不安定要因となっている。特に、インドの無責任な行動や軍拡は、地域の抑止構造に複雑な影響を与えている。こうした背景の中で、核抑止を脅かす新たな要因として、米国によるインドの「ネット・セキュリティ・プロバイダー」化が進行しており、これが地域安全保障環境を大きく変化させている。


2-1.Propping-up India as a Net Security Provider

米国は中国を最大の安全保障上の挑戦と位置付け、競争力強化と同盟連携による対抗戦略を推進している。その一環として、日米豪印の「Quad」やAUKUSが形成され、インドは中国牽制の要として位置付けられた。2008年にはインドがNPT非加盟のまま原子力供給国グループ(NSG)から特例扱いを受け、多国間の原子力協定を締結し核能力を拡大。2016年には「主要防衛パートナー」、2018年には「戦略貿易認可Tier-1」に指定され、西側の高度軍事・デュアルユース技術へのアクセスを得た。米印間ではDTTI、LEMOA、COMCASA、BECAの4協定が結ばれ、軍事即応性や精密攻撃能力が向上。さらにCAATSA制裁の免除によりロシア製S-400を導入し、欧州各国からもラファール戦闘機や潜水艦を購入している。この軍拡はパキスタンの安全保障ジレンマを深刻化させ、核抑止の不安定化を招く。核搭載可能な航空機や潜水艦、防空システムの配備はインドに過信を与え、地域における覇権的野心と核リスクを高めている。


2-2.Belligerence and Brinkmanship

インドの高官は、カシミールやパキスタン支配地域への越境を示唆する発言を繰り返し、軍指揮官も「行動準備は整っている」と応じた。モディ首相も2019年の空中戦時に「大量殺戮の夜」発言を行い、米高官の「12発のミサイルを準備していた」との証言に言及した。こうした言動は相互不信を煽り、核使用の誤解や意図の読み違いによる戦争リスクを高める。脅迫的レトリックは核態勢の変更や軍拡競争を誘発し、エスカレーション優位の錯覚を生む。2016年と2019年には「外科手術的攻撃」を主張し、パキスタン領内への越境攻撃を実施したが、パキスタンは限定的かつ精密な反撃で応じ、全面衝突を回避した。それでも2019年の事例は核保有国による先制的精密攻撃の危険性を示し、地域と世界を核危機に近づけた。こうした挑発的行動は、抑止安定性を損ない核戦争へのエスカレーションを招く危険性を内包している。


2-3.Surgical Strikes

2016年9月28日、インド軍はアザド・ジャンムー・カシミール(AJ&K)内の「テロリスト拠点」に対し特殊部隊による越境奇襲攻撃、いわゆる「外科手術的攻撃」を実施したと発表した。これは同年のウリ襲撃事件への報復とされたが、パキスタン側は「インドが発表するような越境攻撃はなく、実際には国境を挟んだ通常の銃撃戦にすぎない」と否定。事件でパキスタン兵2名が死亡したものの、越境侵入の証拠はないとした。2019年2月14日には、プルワマ地区でインド治安部隊車列が攻撃され40名が死亡。この事件はインド国内で「偽旗作戦」の可能性も指摘されたが、インド政府は武装組織ジャイシュ・エ・ムハンマドの犯行と断定し、同年2月26日早朝にインド空軍がパキスタンのバラコット空爆を実施。イスラエル製「スパイス2000」誘導爆弾を使用したとされたが、人的被害は確認されず森林破壊のみだった。翌日、パキスタン空軍は報復攻撃を行い、インド機2機(MiG-21ビソンとSu-30)を撃墜し、パイロット1名を拘束。こうした行動は、核保有国による先制的かつ一方的な越境攻撃という極めて危険な前例となり、核抑止の不安定化と危機のエスカレーションを招く可能性を示した。パキスタンの抑制的対応が全面衝突を回避したが、インドの行動は国際的にも無責任と見なされている。


2-4.Resumption of Nuclear Testing

インドは条件が整えば核実験再開、特に熱核実験(核融合兵器)に踏み切る可能性があると示唆してきた。1998年のポカラン実験後、DRDO高官は水爆試験の不十分さから追加実験を政府に勧告した経緯があり、空軍研究者も信頼性の高い熱核兵器を得るまで試験継続を提言している。最近では、北京を抑止するためには核融合兵器能力を明確に示す必要があるとの主張も出ている。背景には、Prahaar、BrahMos、K-4といった新型小型核搭載兵器やMIRV搭載ミサイルの開発による弾頭小型化の必要性がある。核実験再開は南アジアの戦略均衡を深刻に崩し、パキスタンにも対抗的措置を迫る可能性が高い。こうした動きは国際的核実験モラトリアムの空洞化を招き、地域全体の核リスクを飛躍的に高める恐れがある。また、インドの核実験再開は米国や西側の黙認を得やすい状況にあり、国際社会の反応を事前に探る「観測気球」的発言や論文が増加している。これは技術的動機と地政学的動機が絡み合った危険な兆候であり、南アジアの抑止安定性を大きく揺るがす要因となっている。


2-5.Nuclear Delivery Systems

インドは陸・海・空の核三本柱トライアドを近代化中で、18種類の核搭載可能ミサイルを保有する。地上発射型弾道ミサイルは短距離のPrithvi-I(150km)から大陸間射程のAgni-V(8000km)まで多様で、巡航ミサイルにはNirbhay(800–1000km)、BrahMos(300–450km)がある。海上発射型には艦船発射弾道ミサイルDhanush(400km)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)K-15(700km)、K-4(3500km)があり、将来的にAgni-V級SLBM(5000km)も計画中。空中発射ではMirage 2000H、Jaguar IS、Su-30、Rafaleが核任務に対応。2018年には原潜INSアリハントが初の抑止パトロールを完了し、二隻目INSアリガートも2024年就役予定。さらにS-4、次世代S-5級SSBNの建造が進行中。2016年のMTCR加盟後、BrahMosの射程は290kmから450km、将来的には800kmへ延伸予定で、Nirbhayも1500kmまで延長計画。高精度巡航ミサイルは反撃能力やカウンターフォース攻撃に有利であり、インドはMIRV化やミサイルのカニスター化を推進している。これにより確実な第二撃能力を確保し、通常戦争におけるエスカレーションリスクが高まる。こうした軍拡はパキスタンに対し戦略的均衡を脅かし、核閾値の低下と危機の深刻化をもたらす危険性がある。


3. Propositions for the West

米国と西側諸国は、中国の台頭を抑える戦略の一環としてインドを優遇しているが、この方針は地域情勢を不安定化させ、最終的には米国自身にも不利益をもたらす可能性がある。インドは西側からの軍事・経済的支援を享受しつつも、独立的な外交路線を維持し、中国との貿易(年間約1350億ドル)や文化交流を拡大している。国境衝突も限定的な小競り合いにとどまり、米国の対中包囲構想に全面的に従う姿勢は見られない。インド外相ジャイシャンカルは著書で、米中競争はインドに挑戦をもたらす一方で、それを利用すべきだと述べており、米国主導の戦略への忠実な従属を否定している。従って、西側はインドを対中戦略の前線基地とする短絡的政策を見直し、包摂性と紛争解決を促進する国際環境の構築に注力すべきである。これにより、米国の国際的地位と影響力を高めつつ、地域・世界の平和と安定に寄与できる。


4. Options for India

中国のような経済大国を目指すなら、インドは近隣諸国に対する強硬・介入的政策を放棄し、地域協力と信頼醸成に注力する必要がある。周辺国との良好な関係維持は、経済発展と国際的信用向上の前提条件である。地域の警察官的役割や覇権的行動をやめ、交通・貿易の連結性向上や紛争の平和的解決に取り組むことで、安定した成長基盤を築ける。パキスタンは一貫して対話と紛争解決を提案しており、相互の領土・政治問題の平和的解決は南アジア全体の平和を促進する。一方で、インドの通常戦力・核戦力の増強に対して、パキスタンは自国防衛のため必要な措置を講じる権利を保持する。インドが対立より協調を選択すれば、経済的利益と地域安定が両立し、長期的な国益にも資する。


5.Conclusion

南アジアの核抑止は、インドの覇権的かつ無責任な政策により極めて脆弱化している。米国を中心とする西側は、中国牽制の名目でインドに特別待遇を与え、核・通常戦力の増強を黙認してきた。この支援はインドの地域的優位追求を助長し、パキスタンとの戦略均衡を崩している。インドは核恫喝や軍事的瀬戸際政策、核戦力の量的・質的拡大を進め、和平構築の取り組みを軽視している。一方、パキスタンは自国の安全保障を目的とした核保有国として、抑止の安定維持と紛争の平和的解決を支持してきた。パキスタンは軍拡競争を望まないが、インドの脅威に対応するため必要な防衛力は確保する方針である。国際社会は、インドの軍事近代化が地域と世界の安定に与える悪影響を考慮し、不当な優遇措置を再評価すべきである。インドの大国志向と地域覇権追求は南アジアだけでなく世界の安全保障環境に深刻な影響を及ぼす。


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