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(論文解説)ロシアの無力化:EUはいかにしてクレムリンに対抗し、弱体化できるか(European Union Institute for Security Studies)

Ditrych, Ondrej, and Steven Everts, editors. Unpowering Russia: How the EU Can Counter and Undermine the Kremlin. European Union Institute for Security Studies, May 2025. Chaillot Paper, no. 186, doi:10.2815/9980241. Accessed 5 Aug. 2025.

Introduction

The EU needs to ‘unpower’ Russia

欧州連合(EU)は、単にロシアの攻撃的行動に耐えるのではなく、積極的にロシアの影響力を削ぎ落とす、すなわち“unpower(無力化)”する戦略を採るべきである。本稿では、そのためにEUが講じるべき三本柱として、①強固なレジリエンス(回復力)、②信頼性ある抑止力、③ロシアの有害な能力を積極的に削ぐ戦略(unpowering)を提唱している。


ロシアは依然として巨大な国土、資源、核兵器を有し、国際的影響力を維持している。しかし、GDPは米国の約1/10、EUの約1/7に過ぎず、軍事・経済面での実力は過大評価されている面がある。そのためEUは、ロシアの破壊的な能力に対処するため、過剰な恐怖ではなく、実際の脆弱性に目を向けた戦略が求められる。


EUはウクライナ支援を継続・強化し、ロシアが戦争を通じて不当な和平を獲得するのを阻止しなければならない。ウクライナの安全保障は欧州全体の安定に不可欠であり、ロシアがウクライナやベラルーシを支配下に置くことで地政学的な優位を得ることを阻止すべきである。


この戦略の中核として、EUはロシアの世界各地での影響力拡大を妨害する行動を取りうる。中国との関係では、ロシアが中国に対して依存度を増しており、特に軍事・経済面での非対称性が拡大している。中国はロシアの重要な輸出相手国となっており、機械・電子機器・自動車などの輸出が増加している一方で、戦略的にはロシアを利用して自国の影響力を拡大しようとしている。このような関係の脆弱性をEUが利用し、中国に対する外交・経済的圧力を強化することが推奨されている。


ロシアの影響力は他地域にも及んでおり、バルカン半島ではナショナリストへの支援、アフリカではワグネルなど準軍事組織を通じた資源確保や親ロ政権の支援などが行われている。これらの活動は、非対称的で機敏な外交手法により効果を発揮しているが、EUはそのような複合的戦略に対しても、情報戦の反撃、価値観の訴求、パートナーとの連携強化などで対応可能である。


さらに、ロシア経済は構造的な問題を抱えており、原油依存、低生産性、サプライチェーンの脆弱性、高金利、汚職、労働力不足などの課題に直面している。特に原油価格が想定以下で推移することで、国家財政は不安定化しつつある。加えて、制裁の影響でEUとの貿易は大きく減少し、代替先として中国やインドへの依存が高まる一方、これらの国もロシアに対して戦略的に自己利益を優先する傾向が強いため、ロシアの外交的余地は狭まりつつある。


EUにとって重要なのは、ロシアの情報操作プロパガンダやディスインフォメーションを打ち破ることである。ロシアは「被害者」や「正義の守護者」を装ってグローバルな認知戦を仕掛けているが、その虚構性を暴露し、風刺やメディア戦略を通じてその正統性を弱体化することが有効である。


結論として、EUは今こそ行動すべき時であり、単なる防御ではなく、ロシアの影響力を積極的に削ぐ攻勢的な戦略が必要である。それはロシアの軍事力を奪うことではなく、その破壊的手段を封じ、情報・外交・経済の複合的影響力を無効化することにある。


1.CHINA: Reducing its calculated support for Russia

中国は公式にはロシアによるウクライナ侵略戦争を支持していないが、現実にはロシアにとって不可欠な支援を行っており、EUの安全保障に深刻な影響を与えている。中国とロシアの関係は「無制限の友情」とは言いながら、実際には利害に基づいた計算された連携である。欧州連合(EU)がロシアの「無力化(unpowering)」を目指すにあたり、中国の支援を制限・抑制することは極めて重要である。


両国の関係は、軍事・経済・外交・情報の四つの「資本(capital)」を通じて相互補完されているが、ロシアはその非対称性に不安を抱いている。特に、ロシアは経済的・軍事的に中国への依存度を高めており、中国の支援なしでは戦争継続が難しい状況にある。EUにとっては、この依存構造の脆弱性を突くことが戦略上の鍵である。


軍事面では、中国がロシアに大規模な兵器を供与している証拠は乏しいものの、デュアルユース(軍民両用)物資の提供が行われている。2023年にはロシアへのデュアルユース輸出の9割が中国からとされ、その中にはコンピュータ部品、金属加工機械など戦争継続に不可欠な物資が含まれていた。しかし、2023年末にアメリカが発動した制裁(大統領令14114)により、中国の一部銀行はロシアとの取引を停止。これにより、2024年には輸出が減少した。このことは、中国が外圧に敏感であることを示しており、EUにとっても圧力を通じた影響力行使の余地がある。


経済面では、中国はロシアにとって最大の輸入元となっており、機械や自動車などの分野での輸出が急増している。一方で中国にとってロシア市場は3.3%に過ぎず、経済的な依存度は非対称である。ロシアから中国への輸出も増えているが、これは主に安価なエネルギー資源の輸入であり、戦略的には中国が優位である。さらに、中国の企業は国際市場へのアクセスを重視しており、制裁を意識した慎重な姿勢を取っている。このような経済的関係の非対称性は、EUが制裁や投資管理を通じて中国に圧力をかける根拠となる。


外交面では、中国とロシアは国連などでしばしば協調しているが、必ずしも完全な一致ではない。実際、安保理や総会での投票一致率は、英仏間の方が高い。また、中国はロシアのウクライナに対する領土主張を承認しておらず、戦争がEUとの経済関係に悪影響を与えることも懸念している。これも中国側の戦略的判断の余地を示しており、EUが外交的働きかけを行う余地がある。


情報面では、中国はロシアの情報戦略を繰り返し支援しており、NATOの拡大を戦争の原因とする主張やウクライナの「ナチ化」などのプロパガンダをSNSなどで拡散している。とはいえ、中国はこの分野でもロシア発の情報に依存しており、その信憑性には疑義がある。この依存自体が戦略的な脆弱性であり、EUは対外発信を強化することで影響力を打ち消す可能性がある。


総じて、中国はロシアを全面的に支援しているわけではなく、国内経済や外交的利益に応じて調整を図っている。したがってEUは、「ロシアと中国を引き離す」ことは非現実的でも、「中国の支援を凍結または段階的に削減する」ことは可能であり、そのためには以下のような具体策が必要とされる:


・デュアルユース品の輸出規制を2021年水準に凍結する脅し

・対中投資制限や輸出管理の強化

・対中外交メッセージの明確化と一貫性ある情報戦略

・米国やG7との連携による制裁の信頼性向上


EUは戦争の帰結に関わらず、ロシアへの中国の支援を減少させる努力を継続すべきであり、それがロシアの「無力化」につながる最大の一手となる。


2.THE INDO-PACIFIC: Navigating constraints and opportunities

本章では、インド太平洋地域におけるロシアの影響力拡大の動向と、それに対抗するために欧州連合(EU)が取り得る選択肢と制約を分析している。著者は、インド太平洋がEUにとって直接的な戦場ではないにもかかわらず、戦略的影響を受ける重要地域であると強調し、EUが域外でロシアの影響力を「unpower(無力化)」する戦略を採るべきと主張する。


ロシアは、インド太平洋地域において以下の4つの手段を通じて影響力の拡大を図っている:

①外交的関与と軍事協力

ロシアは、中国、インド、ASEAN諸国などとの二国間関係を深め、特に軍事演習を通じた関係構築を図っている。たとえば中国との共同演習は、頻度と規模が増加しており、ロシアにとって戦略的「連帯」をアピールする手段となっている。また、東南アジア諸国の一部とは、武器売却や軍事交流を通じた協力を続けており、特にベトナムやミャンマーではロシア製兵器への依存度が高い。

②情報操作とプロパガンダ

ロシアは、インド太平洋地域の世論に対して欧米の「二重基準」や「帝国主義」を批判するナarrative(物語)を展開しており、これは中国のナarrativeとも一致する。中露はともに「多極化した世界秩序」を提唱し、特に途上国での支持を得ることを目指している。ロシア国営メディアは東南アジアや南アジアにおいて活動を強化し、西側に対する疑念を煽る言説を発信している。

③経済的影響力の拡大

ロシアの経済的足場はインド太平洋地域では限定的であり、中国やインドを除けば広範な市場展開は見られない。ただし、エネルギー輸出(原油、LNG)を通じてインドやASEAN諸国との関係を強化している。また、制裁逃れの経路として第三国(特に東南アジア諸国)が利用されている可能性があり、EUとしては監視と制裁強化が求められる。

④国際制度・地域機構への働きかけ

ロシアは、インド太平洋における多国間枠組(例:ASEAN関連会議、東アジアサミットなど)を活用して、欧米主導の秩序に対抗する影響力の場を模索している。ただし、ロシアの制度的関与は象徴的なものであり、経済力やソフトパワーに欠ける点で中国と比べても制限されている。


EUの課題と機会

この地域におけるEUの行動は、以下の3つの制約によって困難を伴う:

①戦略的優先度の違い:インド太平洋はEUにとって地理的にも遠く、政治的優先度は欧州近隣地域より低い。

②能力の限界:EUの外交・軍事的プレゼンスは限定的であり、米国や中国に比べて影響力は小さい。

③パートナーとの利害の不一致:インドやASEAN諸国は、ロシアとの関係を完全に断ち切る意志がなく、西側とロシアの間でバランスを取る「戦略的曖昧さ(strategic ambiguity)」を維持している。


それでも、EUには以下のような「機会」が存在する:

・価値観に基づく協力:人権、民主主義、法の支配といった原則を重視する国々(日本、韓国、オーストラリアなど)とは、安全保障協力や技術分野での連携が可能である。

・規範形成の影響力:EUは国際法と多国間主義を重視する立場から、ルール形成やデジタル・サイバー空間の規範構築において影響力を行使できる。

・制裁とサプライチェーン監視の強化:第三国経由での制裁逃れを防止するため、貿易経路の追跡と経済的圧力の強化が有効となる。


著者は、EUがロシアの影響力拡大を抑制するためには、正面からの「対決」よりも、地域の複雑な政治的現実に即した「機敏で現実的な戦略」が必要であると主張する。特に、情報戦やソフトパワーの分野で中露に対抗するためには、現地の価値観と共鳴する形でEUの立場を発信する工夫が求められる。


結論として、本章はインド太平洋をEUの対ロ戦略の周縁に位置付けつつも、無視できない戦略的領域として認識し、「機会」と「制約」を同時に捉える柔軟なアプローチの必要性を訴えている。


3.THE SOUTHERN MEDITERRANEAN: Reducing Russia’s footprint in the post-Assad era

南地中海地域、特にシリア・リビアを中心とするアラブ諸国におけるロシアの影響力は、2010年代に大きく拡大した。シリア内戦への軍事介入(2015年以降)を通じて、ロシアはアサド政権の存続を保証し、タルトゥース海軍基地やフメイミム空軍基地などの軍事インフラを得ることで、地中海東部に恒常的なプレゼンスを確立した。本章では、アサド後の地域秩序が変化する中で、EUがいかにしてロシアの影響力を削減(“unpower”)し、域内の安定と民主主義を支援できるかを検討している。


ロシアの影響力拡大の手段

ロシアの南地中海戦略は、以下の3本柱に基づいてきた:

①軍事的関与

ロシアはシリアを足場として地中海での軍事的影響力を拡大してきた。空爆・地上支援を通じてアサド政権を支え、アメリカやトルコの影響力を相対的に抑え込んだ。さらに、PMC(民間軍事会社)ワグネルを通じてリビアやスーダンなど他地域にも存在感を拡大し、地域の非国家武装勢力との関係構築も試みた。

②外交的・情報戦的アプローチ

ロシアは「非干渉主義」や「西側の二重基準」への批判を通じて、地域諸国の対西側不信を利用してきた。また、中東・北アフリカ諸国との関係では、イデオロギーよりも実利を重視し、現地の独裁体制とも柔軟に関係を築いてきた。シリア、アルジェリア、エジプトなどとは軍事・エネルギー分野を中心に多角的な協力関係を維持している。

③経済的・資源外交

南地中海では、ロシアの経済的プレゼンスは限定的だが、エネルギー分野(特に天然ガス)では依然として重要な役割を果たす。アルジェリアとはエネルギー協力を継続し、エジプトでは原子力発電所の建設計画(ロスアトムによるダバア原発)などを通じて影響力を保持している。また、穀物や肥料の輸出も重要な外交カードとして活用されている。


アサド後の戦略的機会

著者は、今後のアサド政権の弱体化やシリア内戦の終息といった情勢の変化が、ロシアの地域プレゼンスを削減する好機になると分析している。以下はEUにとっての戦略的チャンスである:


シリアの再建支援における条件設定

EUはシリア復興資金の主要供与国である可能性が高いため、資金提供の条件として政治的改革や非軍事化を求めることができる。これによりロシアやイランの影響を抑制する交渉材料とすることが可能である。


リビア和平プロセスへの関与

リビアでは、ロシアはワグネルを通じてハフタル派を支援し、欧州と競合してきた。だがワグネルの組織再編(アフリカ軍団への移行)やプリゴジンの死後、影響力が後退している。この空白を利用して、EUは国連主導の和平支援や治安部隊訓練を通じて存在感を強化できる。


経済支援とソフトパワーの活用

EUは教育、ジェンダー平等、環境、デジタル化といった分野で高い評価を得ており、これらの「軟資源(soft power)」を活かすことでロシアのハード・リアリズム的アプローチとは異なる影響力を確立できる。


EUに求められる対応

Sidłoは、EUにとって重要なのは単なる対抗措置ではなく、現地の市民社会・経済的利害と共鳴する形での長期的関与であると主張する。その上で、次のような具体策を提示している:

・復興支援における地政学的条件の明確化

「政治的移行なき再建なし(no reconstruction without transition)」の原則を維持し、ロシアの関与が縮小されるよう条件を設定する。

・ワグネルの脱合法化支援と情報公開

ロシア準軍事企業の関与と人権侵害に関する調査・情報発信を強化することで、ロシアの正統性を損なう。

・現地パートナーとの協働

地域内の信頼されるNGOや地方自治体、国際機関と協力し、草の根レベルでの関係構築を進める。

・エネルギー・食料外交の戦略化

ロシアが利用している「穀物外交」やエネルギー依存を相殺するため、代替供給路の構築や価格安定化支援を進める。


南地中海はロシアにとって欧州との競争空間であると同時に、その影響力が限界に直面しつつある地域でもある。EUが柔軟で包括的な関与戦略をとることで、ロシアの足場を崩す現実的な可能性が存在する。アサド後の地政学的変化を見据え、EUはその道徳的信頼性と経済的資源を活用し、同地域での“unpowering Russia”を現実のものとすべきである。


4.THE WESTERN BALKANS: The power of connection

西バルカン地域は、欧州連合(EU)との地理的・歴史的・文化的つながりが深い一方で、ロシアが影響力を維持・拡大しようとする重要な地政学的空間である。本章では、ロシアがこの地域で行使している影響力の手段と、その脆弱性、さらにEUがいかにして“unpower”=ロシアの干渉力を削ぐことができるかについて論じている。


ロシアの影響力の構造

ロシアは、西バルカン諸国(特にセルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、北マケドニア)において、以下の4つの要素を組み合わせて影響力を行使している。

①歴史・宗教的つながりの活用

ロシアはスラヴ的・正教会的アイデンティティを共有することを通じて「文化的な親近感」を訴え、セルビアを中心にロシアへの友好感情を高めている。このナラティブは、ユーゴスラビア崩壊後の不満や西側への不信と結びつき、「ロシア=伝統と主権の擁護者」として受容されてきた。

②政治的ネットワークと支援

ロシアは、西バルカンのナショナリスト政党や分離主義勢力と連携し、欧州統合に対する懐疑心を煽っている。特にボスニア・ヘルツェゴビナのセルビア人民族主義勢力(スルプスカ共和国)への支援や、北マケドニアでの過去のクーデター未遂への関与が指摘されている。

③メディアと情報戦

ロシアはRT(旧Russia Today)やスプートニクなどのメディアを通じて、偽情報や西側批判のナラティブを拡散し、地域の分断とEU・NATOへの不信感を助長している。SNSを活用した拡散も活発であり、ロシア語から現地語への翻訳を通じて“受け入れやすい反欧的情報環境”を構築している。

④経済的関与(特にエネルギー)

ガスプロムなど国有企業を通じて、セルビアをはじめとする地域諸国のエネルギー依存を高めてきた。エネルギー供給の安定を盾に影響力を行使する「エネルギー・ツール外交」が展開されている。


ロシアの限界と脆弱性

しかしながら、ロシアの影響力は全能ではない。Zorićは以下の3つの脆弱性を指摘している。

①経済力の限界:EUが地域最大の投資国・貿易相手であることに比べ、ロシアの経済的関与は象徴的な域を出ていない。対外援助やインフラ整備能力でもロシアは明らかに劣っている。

②支援の不確実性:ロシアが約束する支援はしばしば履行されず、特にウクライナ戦争後は資金や外交的余力が縮小している。例えば、セルビアへの天然ガス供給問題やリビア・シリアへの資源投入が優先され、西バルカンは後回しになりつつある。

③NATO・EU加盟志向の継続:世論調査では多くの国民がEU加盟を依然として望んでおり、特に若年層を中心に欧州統合支持が根強い。対ロ好感は年配層や保守的勢力に偏っている傾向がある。


EUの「つながり」の力と対抗戦略

Zorićは「unpowering Russia」は、ロシアを締め出すというよりも、EUが西バルカンとのつながりを強化し、相対的にロシアの影響力を薄める形で進めるべきだと提唱する。その手段は次の通り:

・制度的連携の強化:EU加盟交渉プロセスを加速し、条件や透明性を高めながら各国に実利を示すことが重要。具体的な成果(ビザ自由化、インフラ整備、教育支援など)を可視化することで、市民の信頼を確保できる。

・対プロパガンダ能力の強化:現地メディアや市民社会と連携し、誤情報に反論する能力を高める必要がある。ジャーナリズム支援やメディアリテラシー教育への投資も効果的である。

・地域統合支援とインフラ開発:道路、鉄道、エネルギーなどの越境インフラ投資を通じて、地域の相互依存と欧州との接続性を高めることで、「欧州との運命共同体」という感覚を醸成する。

・エネルギー多様化と気候協力:グリーン投資を通じてロシアからのエネルギー依存を低減し、脱炭素や再エネの分野での協力を強化する。


西バルカンはロシアにとって「文化・歴史的に近く、政治的には揺さぶりやすい」地域であるが、EUにとっては「最も身近で、結びつきを深めやすい」地域である。ロシアを締め出すことではなく、EUとの結びつきを増強することで、ロシアの余地を相対的に狭めていくことが、“unpowering Russia”の現実的で持続可能な戦略となる。


5.SUB-SAHARAN AFRICA: Debunking the Russian mirage and strengthening EU-Africa ties

サハラ以南アフリカにおいて、ロシアは比較的限られたリソースで不釣り合いな影響力を発揮しているように見える。これは実際には「幻影(mirage)」にすぎず、実体以上に過大評価された存在である。本章では、このロシアの「幻影」を打ち壊し、EUとアフリカ諸国の関係を再構築するための具体策を論じている。


ロシアの影響力の実態と限界

ロシアはサハラ以南アフリカで、次の3つの手法を中心に影響力を行使している:

①民間軍事会社(PMC)を通じた安全保障支援

特に有名なのが「ワグネル」で、中央アフリカ共和国(CAR)、マリ、ブルキナファソ、スーダンなどで活動している。ロシアは反政府勢力の制圧、政権の維持、要人警護などを提供する見返りに、鉱物資源や採掘権を獲得してきた。このような「セキュリティの見返りとしての資源外交(guns-for-gold)」は、アフリカ諸国の弱いガバナンスを利用した搾取型の関与といえる。

②情報操作と対西側ナラティブの拡散

ロシアはSNSや国営メディア(RT、スプートニク)を通じ、反植民地主義・反西欧・主権尊重を謳うメッセージをアフリカ諸国で展開している。例えば、旧宗主国フランスへの憎悪感情を利用し、EUやフランスを「アフリカを搾取する存在」と描き、自らを「独立と真の友人」として位置づけている。この情報戦は現地の若年層に響きやすく、EUのイメージ低下に寄与している。

③象徴的な外交関与

ロシアはロシア・アフリカ首脳会談(2019年、2023年)などを開催し、「大国としての存在感」を演出している。しかし参加国の多くは実質的利益よりも象徴性を求めて出席しており、ロシアとアフリカ諸国との間に安定した制度的関係が築かれているわけではない。また、貿易・投資・開発援助の面ではEUや中国と比べて遥かに遅れている。


ロシアの脆弱性と過大評価

著者らは、ロシアの影響力がしばしば誇張されて受け止められていると警告する。たしかにワグネルの存在は一部政権にとって頼りになるように映るが、長期的には市民への暴力や統治の腐敗、国際的孤立を招いており、地域の安定には貢献していない。また、ウクライナ戦争以降、ロシア国内のリソース不足により、アフリカでの活動も制限されている。


また、ロシアは一部の権威主義的リーダーと関係を築いているが、市民社会や若者とのつながりは乏しく、信頼や共感を欠いている。こうした構造的弱点は、EUが影響力を回復・強化する余地を残している。


EUの戦略:関係再構築とロシアの「幻影」打破

EUは、アフリカにおけるロシアの影響力に対抗するために、「排除」ではなく「再関与」を基本方針とする必要がある。そのための戦略は以下の通り:

・信頼の再構築とイメージ改善

アフリカの多くの若者は、EUを「上から目線で説教する存在」と見ている。これを打破するには、対話を重視し、共通の課題(気候変動、雇用、教育など)に焦点を当てる「対等なパートナーシップ」が必要である。EUの価値観(民主主義、人権など)を強調するだけでなく、それを実践する具体的な行動が求められる。

・民間セクターと創造産業への支援

アフリカの創造経済(映画、音楽、デジタル産業など)は急成長しており、EUがこれを支援することで、若者世代との新たなつながりを形成できる。ワグネルのような暴力的関与とは異なる形での「希望の供給者」としての立場を確立できる。

・反ディスインフォメーション能力の強化

EUは、ロシアによるプロパガンダに対抗するため、現地ジャーナリズム支援、ファクトチェック機関、SNSプラットフォームとの協力を強化するべきである。現地語での情報発信と透明性ある報道が鍵となる。

・安全保障支援の見直し

フランスなどの過去の軍事介入は反発を招いてきたが、それでも安定化支援や治安部門改革などを通じて、合法的で市民支持のあるセキュリティ枠組みの構築は可能である。EUは多国間協力やアフリカ連合(AU)との連携を深めることで信頼回復を図るべきである。


ロシアのアフリカにおける影響力は、実体以上に過大評価されている。その「幻影(mirage)」は破れるものであり、EUが誠実かつ持続的にアフリカと関与を続けることで、ロシアに代わる信頼できるパートナーとして再登場できる。重要なのは、単なる資金提供ではなく、尊重と共感に基づく関係を築くことである。


6.HYBRID WARFARE: Dismantling the hypocrisy of Russia’s rhetoric

本章は、ロシアが西側諸国を非難する際に多用する「ハイブリッド戦争(Hybrid Warfare)」という概念を分析し、その偽善的・自己矛盾的な使用法を明らかにすることを目的とする。ロシアは「ハイブリッド戦争」を欧米の専売特許であるかのように描写するが、実際には自らも広範かつ組織的に同様の手法を用いてきた。本章では、ロシアの語る「被害者としての自画像」と、その一方での加害行動との間の乖離を明らかにし、EUがこの情報環境にどう対応すべきかを論じている。


ロシアの主張する「ハイブリッド戦争」とは?

ロシアの主張によれば、「ハイブリッド戦争」とは、軍事力に頼らず、情報操作、経済制裁、サイバー攻撃、NGO支援などを通じて国家の内部から不安定化を図る、巧妙かつ非対称な戦争形態である。ロシアはこれを主に西側諸国(特にアメリカとEU)が他国政府の転覆や価値観の強制に使っていると非難している。


特に以下の事例でロシアは「ハイブリッド攻撃を受けた」と主張している:

・2004年と2014年のウクライナの「カラー革命」

・ベラルーシ、ジョージア、キルギスにおける政権交代運動

・EUによる制裁や経済圧力

・NATO拡大の動き

・西側メディアやNGOによるロシア内部への「思想浸透」

・ロシアはこれらの動きを「主権侵害」であり、「政権転覆のツール」とみなしている。


ロシアの偽善:加害者としての実態

著者 Veera Parko は、ロシアが主張する「ハイブリッド戦争の被害者像」は、現実には自らの行動と完全に矛盾していると主張する。以下はロシアが他国に対して実際に行ってきたハイブリッド攻撃の例である:

・情報戦・プロパガンダ

RT、Sputnik などを通じて、選挙干渉、偽情報拡散、社会分断の助長などを組織的に行ってきた。欧州やアフリカ、中東では、移民問題や民族間対立を煽る情報操作が確認されている。

・サイバー攻撃

エストニア(2007年)、ジョージア(2008年)、ウクライナ(2015年の停電攻撃)、ドイツやフランスの選挙干渉など、多くの事例で国家主導のサイバー作戦が行われてきた。

・経済的影響力と脅し

ガス供給停止、農産物禁輸、物流遮断といった手法で、特定国に政治的譲歩を迫ることが頻繁に行われている。これも典型的なハイブリッド戦術の一環である。

・代理勢力の利用と不安定化工作

ウクライナ東部の親ロ派武装勢力支援、モルドバの沿ドニエストル地域、ボスニア・ヘルツェゴビナ内のスルプスカ共和国への政治的関与など、ロシアは国内外での分離主義を支援することで地域を不安定化させている。


このように、ロシアが非難する「ハイブリッド戦争」の手法を、最も積極的かつ体系的に用いているのは他ならぬロシア自身である。


ハイブリッド戦略の目的と危険性

ロシアのハイブリッド戦略の目的は、主に以下の3つに集約される:

①西側の正統性と結束の弱体化

自由、民主主義、人権といった価値観に疑念を投げかけ、欧州諸国やアメリカの内部分裂を誘発する。

②欧州周辺の不安定化

「緩衝地帯」における親欧米政権の崩壊を狙い、ロシアに有利な勢力図を形成しようとする。

③自国民への正当化

外敵による「ハイブリッド攻撃」を喧伝することで、国内の抑圧的統治を正当化し、ナショナリズムを煽る。


これにより、真の脅威(例:独裁、軍事侵略、人権抑圧)から目を逸らさせ、情報空間を支配しようとする構造が浮き彫りになる。


EUに求められる対応

Parko は、EUがロシアの偽善的なハイブリッド戦争レトリックに対抗するために、以下の戦略を取るべきだと提案する:

・言説の主導権確保

ロシアの「ハイブリッド戦争=西側の策略」というナラティブに対し、EUは「透明性、合法性、責任ある関与」を軸にした自己像を積極的に構築し発信するべきである。

・法的および規範的整備

偽情報の拡散、サイバー攻撃、外国勢力による選挙干渉などに対し、EU域内での法的対応能力を高め、対処枠組みを共通化することが不可欠。

・市民社会との連携

メディアリテラシー教育、ジャーナリズム支援、ファクトチェックの普及を通じて、EU市民がロシアの影響に気づき、免疫を持つ環境を整える。

・国際協力の強化

NATOやG7などと連携し、ハイブリッド脅威への国際的対処を制度化し、ロシアの「偽りの主張」を体系的に反駁する構造を構築する。


ロシアの「ハイブリッド戦争」批判は、自己の加害行為を覆い隠すための偽善的戦略である。EUが取るべき対応は、単なる否定ではなく、戦略的な言説形成・制度構築・社会的免疫の強化である。ハイブリッド戦争における「意味の戦い(battle of meaning)」において、EUはその価値と原則を守るための積極的かつ攻勢的な姿勢が求められている。


7.THE RED LINE PLAYBOOK: Understanding and neutralising Russian escalation threats

ロシアは、欧州とそのパートナーがウクライナ支援や対露制裁に踏み込むことを抑止するため、「エスカレーションの脅し(escalation threats)」を巧妙に用いてきた。本章では、ロシアが用いる「レッドライン(越えてはならない一線)」の構築方法と、それが実際の戦略的行動とどのように食い違うかを分析し、EUと同盟国がその脅しに過剰反応せず、冷静かつ戦略的に対応するための指針を示す。


ロシアの「レッドライン」戦術とは何か?

ロシアは長年、敵対的行動を抑止するために曖昧な「レッドライン」を設定し、その線を越えた場合に「重大な報復」があるとほのめかす。こうしたレッドラインはしばしば法的拘束力のない恣意的なものであり、政治的・心理的効果を狙った戦略的メッセージに過ぎない。


たとえば、

・NATO拡大への反発

・ウクライナへの西側の武器供与

・欧州からの対露制裁強化

・クリミアやドンバスに関する言及


といった行為に対して、「重大な結果が伴う」と警告を発する一方で、その報復の実行は曖昧で一貫性に欠けている。


レッドラインの背後にある論理

Notteは、ロシアの「レッドライン戦術」が以下の4つの柱に基づいていると分析する。

①戦略的曖昧性(Strategic Ambiguity)

意図的にどこまでが許容範囲かを明示せず、相手に「リスクの予測不能性」を抱かせることで、自主的な自己規制(self-deterrence)を誘発する。

②エスカレーションの演出(Theatre of escalation)

軍事演習、ミサイル試射、核兵器の運用態勢変更などを通じて、「今にも行動に出るかもしれない」という演出を行うが、実際には心理戦としての意味合いが強い。

③相手の意思の試験(Testing resolve)

欧米がどこまで対応できるかを小出しに試すことで、反応の閾値や内部の分裂を探る。「試し行為」によって曖昧な均衡を調整しようとする。

④被害者の演出(Victimhood narrative)

西側がロシアを「包囲」しているというナラティブを流布し、正当防衛的措置としての「レッドライン防衛」を主張する。


現実の行動とのギャップ

著者は、ウクライナ戦争の経過からも分かるように、ロシアの脅しはしばしば「ブラフ(bluff)」であり、実際には越えられたレッドラインへの対応が伴わないことが多いと指摘する。


たとえば:

・西側諸国が主力戦車(Leopard 2、Abrams)やF-16戦闘機の供与を検討・実行しても、ロシアは大規模な軍事報復には至っていない。

・ウクライナによるクリミア攻撃に対しても、限定的な空爆で済ませている。

・NATO加盟国によるウクライナ訓練支援に対しても、外交的非難にとどまっている。


これは、ロシアが実際には西側との全面衝突を避けようとしていること、リソースが限定されていること、国内の制約を抱えていることを意味している。


EUにとっての含意:脅しに動揺しない戦略

著者は、ロシアの「レッドライン演出」に対してEUがとるべき戦略を以下のように提言している:

・一貫性ある行動

過去の譲歩はロシアを助長させた。したがって、EUは一貫した対露政策と反応を維持することで、レッドラインの設定そのものの信頼性を崩す必要がある。

・明確なメッセージと抑止力

EUとNATOは、ウクライナ支援が「欧州の安全保障に不可欠である」と位置づけ、ロシアの脅しを超える強固な姿勢を内外に明示すべきである。

・情報戦への対抗

レッドラインをめぐるロシアのナラティブが国内外に広がることを防ぐため、ファクトベースの説明や専門家の介入によってディスインフォメーションに対応すべきである。

・信頼性ある抑止の維持

西側が設定する自らの「レッドライン」(例:NATO加盟国への攻撃)については確実に報復可能であるとの信号を送り、対抗的なレッドライン競争ではなく、信頼性ある抑止を維持することが求められる。


ロシアの「レッドライン戦術」は、その脅しに過剰反応することで欧州諸国が自らの行動を制限するよう仕向ける「心理操作」の一環である。EUにとって重要なのは、この戦術の構造と限界を冷静に見極め、ブレない支援と抑止、戦略的意思表示によってロシアのブラフを無力化することである。


8.THE SHADOW FLEET: Time for action not reaction

ロシアは、ウクライナ侵攻以降に科された国際的制裁の抜け道として「シャドウ・フリート(影の艦隊)」と呼ばれる不透明な石油輸送ネットワークを拡大してきた。本章では、その構造・危険性・欧州への影響を明らかにし、EUがこれに対して「受動的対応(reaction)」ではなく「能動的行動(action)」を取るべきだと提言している。


シャドウ・フリートとは何か?

「シャドウ・フリート」とは、ロシアの石油や精製品を国際市場に流通させるために使用される、実体の見えにくい輸送船団である。これらの船は以下のような特徴を持つ:

・所有者や運航者が匿名

ペーパーカンパニーによる所有、国際的な海事登記簿の分散化、曖昧な保険契約などによって追跡が困難。

・古くてリスクの高いタンカー

大半が30年以上使用されている老朽船であり、事故や環境災害のリスクが高い。

・制裁逃れのための積み替え

アジア・アフリカ・中東の公海上での「船から船への積み替え(STS)」が頻繁に行われており、出所や目的地を偽装している。

・価格上限(price cap)回避

G7が設定した価格上限制度を回避するため、保険・船舶管理を非G7国で完結させる構造を持つ。


2023年末時点で、ロシアは約630隻のタンカーのうち、3分の1以上をこうした“シャドウ・フリート”で構成しており、世界の石油流通に大きな影響を及ぼしている。


シャドウ・フリートの運用目的と地政学的影響

ロシアにとってシャドウ・フリートは、次の3つの目的を達成する手段である:

①経済制裁の無力化

価格上限制度や禁輸措置を骨抜きにし、石油収入を維持・拡大する手段。2023年以降、インド・中国・アラブ首長国連邦などへの輸出はシャドウ・フリート経由で増加している。

②エネルギー武器の再構築

制裁による市場からの排除を逆手にとって、「選ばれた国」にだけ安価なエネルギーを提供することで、新たな依存関係を構築し、地政学的な優位性を維持しようとしている。

③規範の転覆

国際的な海事基準や金融規範を無視し、「法の支配よりも実利」を重視する流通経路を作ることで、欧米主導の秩序に挑戦している。


シャドウ・フリートのリスクと脆弱性

Maria Shagina は、シャドウ・フリートが以下のような重大なリスクを孕んでいると指摘している:

・環境破壊のリスク:老朽化した無保険のタンカーが事故を起こした場合、ギリシャ沿岸やマルタ沖などのEU周辺海域で深刻な海洋汚染が起こる可能性がある。

・制裁信頼性の低下:抜け道が常態化すれば、制裁そのものの信頼性が揺らぎ、他の国家にも悪例となる。

・制度的空白の拡大:監視・取り締まりが及ばない“法のグレーゾーン”が拡大し、国際秩序が掘り崩される。


EUの対応:受動ではなく能動的戦略を

本章は、EUが現状のような「遅れた反応型対応」から脱却し、「構造的・予防的対策」に転じるべきだと強調している。主な提言は以下の通り:

・海運情報の透明化強化

AIS(船舶自動識別装置)の常時オンを義務付け、意図的な信号遮断に対して罰則を科す。

・旗国制度の改革と強化

ベネズエラ、モルディブ、パナマなどの「便宜置籍国」における審査基準を国際的に引き上げ、リスクの高い登録船への制限措置を導入する。

・保険・再保険会社への規制強化

海運保険会社に対し、シャドウ・フリート関連船舶への保険提供を拒否するよう義務化。Lloyd’s などの再保険市場の活用が鍵。

・金融追跡と制裁の連動

石油取引に関わる銀行・仲介業者の資金フローを監視し、G7の価格上限制度に違反した場合の罰則を強化。

・多国間協力の制度化

EU・G7・IMO(国際海事機関)などが連携し、シャドウ・フリートに対する共通の法的基準と摘発枠組みを構築する。


「シャドウ・フリート」は、単なる制裁逃れのテクニックではなく、ロシアが国際秩序の隙間を突いて構築した新しい「影のエネルギー体制」である。EUがこの体制に対抗するには、法的・制度的手段による「能動的な戦略的対応」が不可欠であり、受け身でいては既存の規範すら危機にさらされる。いまこそ「反応」ではなく「行動(action)」のときである。


Conclusion

UNPOWERING RUSSIA: How to do it

本章「Unpowering Russia: How to do it」は、全体の総括として、ロシアの対外的影響力(power projection)を効果的に削ぐために、EUがとるべき包括的な戦略を提言している。「unpower」とは単なる封じ込めや排除ではなく、ロシアが他国や地域で影響力を行使する条件を構造的に損なうプロセスである。その戦略は単発の政策対応ではなく、全方位的かつ能動的な関与を必要とする。


ロシアの「力の源泉」の理解

著者らはまず、ロシアの影響力は単に軍事力に依存しているわけではなく、多層的な要素から構成されていると強調する。

・ナラティブと認知支配:西側の偽善・二重基準を訴え、自らを「多極的世界秩序の擁護者」として描くことで、グローバル・サウスや旧ソ連圏で共感を誘う。

・代理的行動者の活用:ワグネルや親ロ派武装勢力、ナショナリスト政党などを通じて、自らが直接介入せずとも現地で影響を行使する仕組みを作り上げている。

・不安定化を通じた交渉力の確保:地域紛争の「火種管理」によって、停戦交渉や資源供給をカードに変え、関与を強制させる構造を構築している。

・制度外の影響力:海運、エネルギー、武器輸出、サイバー空間など、国際制度の外部で行われる活動を通じてルールを再構成しようとする。


EUがとるべき「Unpowering」戦略の原則

①意味と言説の戦いに勝つ

EUは、ロシアの偽情報や被害者ナラティブに対抗し、「なぜ我々が戦っているのか」「なぜウクライナ支援が必要なのか」を内外に明確に伝える必要がある。言説は戦略の中核であり、感情・共感・正義を訴える言葉で語られるべきだとする。

②ロシアに頼らない選択肢を提供する

エネルギー、食糧、安全保障といった生活の基本的側面において、EUは他国に「脱ロシア化」の道筋を提示しなければならない。これは一方的な制裁や切断ではなく、パートナー国が主体的に選べるような構造的代替手段の構築を意味する。

③インパクト重視の関与と支援

「単なる存在」ではなく「効果を生む支援」が重要。例えば、バルカン諸国やアフリカにおいては、象徴的外交ではなく、雇用、教育、医療、インフラといった実質的便益を通じて信頼と期待を築く必要がある。

④制度の強化と規範の適用

ロシアは制度の外側に影響力を置こうとするが、EUは国際制度(国連、国際刑事裁判所、制裁制度、WTOなど)を通じた規範の再強化に努めるべきである。とりわけ、新興国の支持を得るため、制度が公平であることを保証する必要がある。

⑤マルチレベルでの一貫性のある行動

外交、安全保障、エネルギー、貿易、テクノロジー政策は分断されるべきではなく、相互に補完し合うべきである。たとえば、シャドウ・フリートへの対策と金融規制は同時進行で行われる必要がある。


統合された全方位的アプローチ

本書全体を通じて示された教訓をもとに、筆者らは「Unpowering Russia」の実践には以下のような“レイヤー的アプローチ”が必要だと提案する:

・地理的レイヤー:ウクライナを中心とした欧州周辺だけでなく、西バルカン、南地中海、サブサハラ・アフリカ、インド太平洋といった「周縁地域」でも影響力競争が起きており、それぞれへの文脈に応じた対処が不可欠。

・戦術的レイヤー:サイバー、情報戦、経済、軍事、規制といった分野ごとに、ロシアの影響力の仕組みを分析し、破断するための手段を整える。

・制度的レイヤー:EU域内の制度(エネルギー連帯、移民政策、対外援助の連携など)を強化し、対外政策と整合性を持たせる必要がある。

・価値レイヤー:自由、法の支配、人間の尊厳というEUの根本価値をあくまで行動の軸に据え、短期的利益のために妥協しない姿勢が問われる。


結論:Unpowerとは再接続のプロジェクトである

「Unpowering Russia」とは、ロシアの影響力を力ずくで封じ込めるだけでなく、むしろEU自身が持つ“関係を築く力(the power of connection)”を最大限に活用し、信頼と共通の利益を軸に新たな秩序を構築することにある。世界は単なる二極化ではなく、選択肢を求めている。EUはその「希望ある代替」として振る舞えるかが問われている。

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