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(論文解説)現在の日本と自衛隊(The Institute for Strategic Research at the Military School)

Vanbaelinghem, Marjorie, and Alice Ortega. The Japanese and Their Self-Defence Forces Today. Research Paper No. 127, IRSEM, May 2022.


フランス軍事学校戦略研究所の論文です

1.Introduction

本報告書の序論では、現在のインド太平洋地域における安全保障環境の悪化を背景に、日本の防衛体制の特殊性が問題視されている。自衛隊は装備、人員、予算の面で世界有数の戦力を持つが、法的・象徴的には「軍隊」として認識されておらず、その存在は日本国憲法第9条の下で独自の位置づけにある。この矛盾は、日本国民が自衛隊をどのように見ているかというイメージに大きく左右されている。報告書では、こうした自衛隊と日本社会との関係、歴史的経緯、地政学的背景を踏まえ、自衛隊の地位や政策の変化を妨げる要因と促進要素を明らかにし、現代日本における「軍事力」のあり方を探ることを目的としている。


2.HOW JAPAN CREATED (H)ARMLESS ARMED FORCES

2-1.The unique status of the Self-Defence Forces can be explained by their troubled historical origins

日本の自衛隊は、その設立の経緯から他国の軍隊と一線を画す独特な存在である。日本は明治以降、軍国主義の影響下にあり、第二次世界大戦に至るまで軍が国家と社会を支配してきた。敗戦後、GHQ主導で制定された「平和憲法」により、戦争放棄と軍隊の不保持が明文化され、国民の間にも軍事への不信と忌避が根強く残った。朝鮮戦争と冷戦の影響で再軍備の必要が生じ、1950年に警察予備隊、1954年に自衛隊が発足するが、その正統性は常に憲法第9条との矛盾の中で問われ続けた。特に日米安保改定に伴う1960年の安保闘争では、自衛隊の存在意義に対する社会的抵抗が顕在化し、その後も自衛隊は「戦力」としてではなく、「自己防衛のための非軍事的存在」として制度上もイメージ上も制限されてきた。こうした歴史的背景が、自衛隊の限定的な役割や法的曖昧性、そして国民との距離感を形作っている。


2-2.The Japanese Self-Defence Forces: a legally contested existence

1954年に正式に創設された自衛隊は、法的正当性の問題に常に直面してきた。発足当時、吉田茂首相は経済再建を優先し、軍備増強に消極的であり、アメリカの圧力により最小限の「防衛力」として自衛隊を容認した。しかし、この立場は憲法第9条の解釈を巡る論争を招き、以後、自衛隊の法的位置づけは曖昧なままにされた。自衛隊は防衛庁の下で国内防衛と治安維持に限定され、海外派遣は禁止されていた。自衛隊の存在は、装備の充実にもかかわらず、今なお軍隊とはみなされず、2017年のNHK調査でも約3分の1の国民がその合法性に疑問を持っていた。法的に軍隊と認定されていないことから、海外派遣や同盟国との共同作戦にも支障が生じており、制度面でも文民統制の強さや非軍事性を維持する枠組みが自衛隊の行動を制限している。このように、自衛隊は憲法上も制度上も常に「軍隊未満」として位置づけられ、その存在意義が国内外で問われ続けている。


2-3.What and who are the Japanese Self-Defence Forces in 2022?

2022年現在、日本の自衛隊は世界第5位の戦力規模を誇り、陸・海・空の3部門で約23万人が所属している。女性の割合は約8%と依然として低いが、増加傾向にある。予算は年額420億ユーロに達し、装備も近代化が進む一方、部隊間の連携はまだ不十分である。採用制度は多様で、地域との連携を通じた地方採用が主体であるが、少子化と若年層の減少により志願者数は減少しており、採用年齢の上限も引き上げられた。都市部よりも地方出身者が多く、入隊理由は安定した収入、社会貢献、自己実現などが挙げられる。基地は全国に配置され、迅速な対応が可能な体制が敷かれている。また、在日米軍との連携も維持されており、基地の一部は共同使用されている。市民との「調和(調和/chōwa)」を重視し、災害対応や地域貢献活動などを通じた信頼構築が図られているが、依然として防衛政策と自衛隊の能力との間にギャップが存在している。


3.JSDF EMPLOYMENT OUT OF STEP WITH DEFENCE POLICY

3-1.First paradox: the Japanese are increasingly aware of the deterioration of their security environment, but the place of the JSDF in political discourse remains limited

冷戦後、日本社会では中国の軍事拡張や北朝鮮の核・ミサイル開発、ロシアの軍事行動の活発化など、地政学的脅威の増大が認識されてきた。特に中国の東シナ海での活動や北朝鮮の挑発行動により、世論調査では多数の日本人が将来的な戦争の可能性を懸念している。こうした脅威認識の高まりにより、自衛隊の役割強化への理解が徐々に進んでいるものの、政治的議論における自衛隊の存在感は依然として薄い。かつては、護憲・反軍の左派と再軍備志向の右派との間で激しく対立していたが、現在では大きな対立は弱まり、全ての政党が一定の防衛力強化を容認する姿勢を見せている。それでも、自衛隊は首相演説などの政治的発言においてほとんど触れられず、取り上げられたとしても主に災害対応や人道支援など非軍事的側面に限定されている。政府の公式ウェブサイトでも、自衛隊に関する情報発信は乏しく、防衛政策の一環としての自衛隊の役割は曖昧にされたままである。このように、安全保障環境の悪化が顕著であるにもかかわらず、自衛隊は政治的語りにおいては脇役にとどまり、国民の意識との間にギャップが生じていることが、本パラドックスの核心である。


3-2.Second paradox: while Japan was increasingly deploying the JSDF abroad, their ‘internal’, civil security role became the most important and high-profile

冷戦終結以降、日本は国際貢献の必要性に迫られ、自衛隊の海外派遣が進んだ。1992年のPKO協力法や2001年以降のテロ対策特措法などにより、海外活動の法的根拠が整備され、イラク支援や国連平和維持活動への参加が可能となった。しかし、これらの海外派遣は厳しい条件付きで行われ、戦闘地域からの排除、限定的任務などによって制限されていた。また、国内では自衛隊の国外活動に対する国民の懸念が根強く、イラク派遣時などには反対運動も発生した。一方で、自然災害や公衆衛生危機など、国内での「民生的」任務においては、自衛隊の存在が不可欠なものとなり、その活動は広く国民に認知されるようになった。特に2011年の東日本大震災では10万人超が動員され、複合的で危険な任務を遂行。さらに、2020年からの新型コロナ対応でも、自衛隊は検疫・医療支援・ワクチン接種などに関与し、その存在感を高めた。このように、海外での展開が進む一方で、国内では非軍事的活動が自衛隊の主要な役割と認識されるという矛盾が生じ、軍事組織としての本来の機能との乖離がますます顕著になっている


3-3. In addition to the paradoxes underlying actual JSDF employment, several factors keep hindering the JSDF’s development, including in times of crisis

自衛隊の運用における矛盾に加え、制度的・法的・社会的な複合的要因が自衛隊の発展を妨げている。最大の障害は憲法改正の困難さであり、2017年には安倍首相が自衛隊を「正式な軍隊」と位置づける条文追加を提案したが、世論の分裂により実現しなかった。さらに、派遣のたびに特別法が必要となるなど、法体系が断片的かつ不透明であり、計画・即応性に支障を来している。文民統制の強さは、政治的調整の困難さや自衛隊の行動制限を引き起こし、例えばPKO派遣中の自己防衛すら制度的に困難とされている。2001年以降の対テロ任務拡大の法制化も期待されたが、運用は限定的で実質的な能力拡張には至っていない。2015年に成立した「平和安全法制」によって自衛隊の集団的自衛権行使が部分的に認められたが、依然として政治的・国民的反発が根強く、運用の現実性には疑問が残る。さらに、ウクライナ危機時における装備支援や医療派遣の提案にも、法的根拠の曖昧さから反発が生じた。このように、日本の防衛政策が徐々に現実的方向に転換しようとする一方で、自衛隊の役割拡大を妨げる構造的な障害は未解決のままである。


4.JSDF DEVELOPMENT HAMPERED BY THEIR IMAGE AMONG THE JAPANESE

4-1.Growing popularity despite the struggle to attract people to a military career

自衛隊は近年、世論調査において9割近い国民から好意的に受け止められており、特に災害派遣など民間支援活動が高く評価されている。しかし、この人気にもかかわらず、自衛隊への入隊希望者は年々減少しており、志願者数は2011年の約5万人から2020年には約3万人にまで減少した。背景には、少子化による若年層の減少に加え、大学進学率の上昇や好調な経済環境によって、若者が民間企業など「より一般的な」進路を選ぶ傾向がある。また、自衛隊の海外派遣時期には志願者が減少する傾向が見られ、2003~2006年のイラク派遣中には大きな低下が確認された。さらに、職業としての自衛官の魅力が乏しいことも影響している。仕事と家庭生活の両立が難しく、家族支援制度の不十分さも入隊のハードルとなっている。実際、2018年の世論調査では、日本が攻撃された際に自衛隊に志願すると答えた人はわずか5.9%にとどまり、半数以上が「支援はするが参加はしない」と回答している。このように、自衛隊は国民からの支持を得ながらも、個人の職業選択としては魅力に欠ける存在であり、人材確保における深刻な課題を抱えている。


4-2.Communication policy has evolved, but not enough to change the archetypal image of the JSDF

自衛隊に対する公式の広報・コミュニケーション戦略は近年大きく進化しており、各地でのイベントやSNS、アニメなどを通じた親しみやすいイメージの発信が行われている。しかし、これらの努力にもかかわらず、自衛隊の「典型的なイメージ」の変化には限界がある。調査では3分の1の国民が自衛隊に関心を持っておらず、その理由として「自衛隊について知らないから」が最多となっている。これは、防衛省や自衛隊が学術研究に対して非協力的であることや、軍事に関する議論自体が「平和憲法に反する」と見なされやすい日本社会の風土に起因している。また、戦後日本では兵士の地位や労働条件に対する政治的関心が希薄であり、自衛隊員の職業的実態に関する研究も乏しい。そのため、採用や定着を促進する施策の根拠が不十分である。現状の広報は一般的な好印象の醸成には成功しているが、職業としての魅力や軍事組織としての正当性を訴求するには不十分であり、結果として自衛隊の存在が社会に広く受け入れられているとは言い難い。イメージと現実の乖離が続くなか、根本的な認知変化には至っていない。


4-3.Changes in the image — and the employment — of the JSDF are slowed down by internal and external factors

自衛隊のイメージや運用の変化は、日本国内外の複雑な要因によって遅延している。国内ではまず、法制度上の制約が大きく、憲法第9条の解釈をめぐる論争や、軍事行動に対する国民の慎重な姿勢が、自衛隊の任務拡大を阻んでいる。また、平和主義が教育やメディアを通じて広く共有されており、「軍隊」に対する根源的な不信感が自衛隊の正統性確立を難しくしている。加えて、若者の政治的関心の低さや徴兵制への強い反発なども、自衛隊の社会的認知や人材確保に影響している。対外的には、アジア近隣諸国の歴史的記憶が日本の再軍備に敏感に反応するため、国際的なイメージ戦略も慎重を要する。たとえばカンボジアPKO派遣時には、旧植民地の反発が日本国内にも影響を与えた。さらに、米国との安保体制に基づく対外政策の中で、日本独自の防衛戦略形成は制限されやすく、自衛隊の自主性ある運用が難しい。結果として、自衛隊は国内外の視線を意識しながら限定的な役割にとどまり、「軍隊」としての成長が抑制され、イメージの変化も緩慢にとどまっている


5.Conclusion

本報告書の結論では、自衛隊が直面している矛盾と限界、そして今後の課題が多角的に論じられている。日本は現在、世界第5位の軍事力を持ちながらも、その「軍事力」は法的・制度的に不明確であり、「軍隊」ではないとされるという矛盾を抱えている。この特殊な地位は、自衛隊の設立経緯に根差した歴史的なトラウマ、憲法第9条による制約、国民の平和主義的価値観、そして国際社会からの警戒感といった複数の要因により維持されている。


特に災害救援などの非軍事的任務においては高く評価され、国内での存在感を増している一方で、軍事組織としての基本的な任務や運用に関しては曖昧さが残っており、政治的にも言及されることは少ない。このことは、日本社会が自衛隊を「軍事力」として認識することに慎重であるという構造的な問題を反映している。政治的には、防衛政策に関する議論が進んでおり、特に近年の地政学的危機(中国、北朝鮮、ロシアなど)を受けて、防衛費の増加や法制度改革の必要性が叫ばれているが、具体的な制度変更には至っていない。たとえば、安倍政権による憲法改正案も最終的には頓挫しており、法的正統性の確保は依然として未解決である。


さらに、世論における自衛隊の人気は上昇しているものの、職業としての魅力は乏しく、志願者数の減少が深刻な課題となっている。これは少子化に加え、自衛官の職務が「戦う兵士」ではなく「支援・救援の要員」として認識されていることが影響している。また、国民の間には防衛への関心が薄く、軍事的専門性や戦略への理解も深まっていない。


国際的にも、自衛隊の運用拡大には慎重な姿勢が求められる。近隣諸国の歴史的記憶と結びついた反発を回避するため、日本は常に「非攻撃的」「平和的」な姿勢を強調し続けており、この制約が実質的な戦略的展開を抑制している。また、自衛隊の行動には法的裏付けが求められ、派遣時ごとに特別法を制定する必要があるため、迅速な対応や柔軟な運用が困難である。


このような現状を踏まえ、報告書は、まずは自衛隊の役割と存在についての国民的理解を深める必要があると強調している。そのためには、法制度の明確化、文民統制と自衛隊の機動性のバランスの見直し、そして広報戦略の強化が求められる。また、現実の脅威に即した防衛力の整備と、それを支える社会的基盤づくり(教育、世論形成など)も不可欠である。将来的に日本がより主体的な防衛国家として機能するためには、自衛隊の法的・象徴的地位を見直し、「軍隊」としての自覚と正統性を確立することが不可避であるというのが本報告の到達点である。

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