(論文解説)ウクライナ戦争の情報作戦(Puolustusvoimien tutkimuslaitos)
Qvist, Andreas, Lauri Lyytinen, and Janne Tähtinen. Ukrainan sodan informaatio-operaatiot. Puolustusvoimien tutkimuslaitos Tutkimuskatsaus 07-2025, 15 Apr. 2025.
フィンランド国防軍研究所(Puolustusvoimien tutkimuslaitos)のレビューです
1.Informaatio-operaatiot osana kokonaisoperaatiota(戦略の中の情報作戦)
ウクライナ戦争における情報作戦は、戦争全体の運用と深く結びついた重要な要素として機能しており、軍事作戦だけでなく、国民、国際社会、敵勢力を対象に戦略的な影響力を行使している。特に情報環境での活動は、意思決定や世論、部隊の士気、国民の抵抗力に影響を与えるため、軍事的成功と失敗に直結する要因となっている。
作戦の一環として、情報活動は特定のフェーズや戦術に直接的な支援を行うだけでなく、戦略的な認知の形成に寄与し、戦況の進展に応じて柔軟に活用される。情報環境における成功は、敵の認識を操作し、自国の立場を強化する「条件形成」や「成果の最大化」を可能にし、一方で失敗や暴露のリスクを「隠蔽」する手段にもなる。
また、効果的な情報作戦には、明確な目的に基づいた運用の自由が不可欠であり、各部門が自律的に手段を選びながら共通の目標に向かって行動する“任務型戦術”の原則が適しているとされる。このアプローチにより、敵の動きへの迅速な対応や、成功を即座に活かすための機敏なアクションが可能となる。
さらに、広範なネットワークの活用による資源の経済的使用、群衆参加型の活動による効果の最大化が特徴である。ウクライナは情報戦において集権化された指令よりも、目的に向けた統合的な方向性を複数の主体が自律的に共有する「分散型戦略コミュニケーション」に成功している。こうした情報環境の管理は、奇襲や欺瞞の原則とも密接に関連し、敵に誤った認識を与えるための手段として活用される。
情報セキュリティは、社会の存続と軍の運用に欠かせない基盤であり、ウクライナの成功例は、戦時下のオープンな情報環境においても、高度な防御と運用安全性を実現できることを示している。
2.Venäjän informaatio-operaatiot(ロシア軍の情報作戦)
ロシアの情報作戦は、国家主導の戦略的影響力行使として、ウクライナ戦争を通じて多層的かつ体系的に展開されてきた。これらの作戦は、戦争の正当化、敵の士気低下、自国民の支持獲得、国際世論の操作などを目的としており、軍事行動と並行して行われる「非キネティック」な戦いの中核を成している。
ロシアは国家メディアと民間メディアを統合し、オリガルヒが所有する報道機関を通じて、プーチン大統領が戦略的メッセージを直接統制している。情報操作には、民間のプロパガンダ組織や「トロール工場」、民間軍事会社ワグネルなども活用されており、国家の意図を隠しながら影響力を行使する構造が確立されている。
戦争前の段階では、ロシアはウクライナの非協力的姿勢や人権侵害を強調し、偽の映像や証拠を用いて軍事行動の正当性を構築しようとした。国際機関の場でも、これらのナラティブが繰り返され、ウクライナを「侵略者」として描く試みが行われた。戦争開始後は、ウクライナ政府や軍を「ナチス」と描写することで、国内の支持を得るとともに兵士の戦意を高めることを狙った。
ロシアの情報作戦は、ウクライナ国民や兵士にも影響を及ぼそうとしたが、ウクライナ側の強い反ロシア感情と高いレジリエンスにより、効果は限定的だった。情報作戦には、偽情報の拡散、サイバー攻撃、通信インフラの破壊などが含まれ、物理的攻撃と連携して行われた。特に「情報遮断(interdiction)」や「個別ターゲットへの欺瞞」、「民間通信の破壊」などが実施された。
戦争が長期化する中、ロシアは徴兵や戦死者の影響を隠すために「真の男」や「祖国のための戦い」といったナラティブを用いて国民の支持を維持しようとした。また、経済制裁による困難な状況を覆い隠すために、国家の勝利や国民の誇りを強調するメッセージが発信された。これらの情報作戦は、国内の不満を抑え、兵力確保を促進する目的も持っていた。
ロシアは、ウクライナ兵士の士気を低下させるために、彼らの忠誠心に疑問を投げかける情報を流し、内部崩壊を狙った。しかし、ウクライナ側の情報防衛が強化されていたため、戦略的な成果は限定的だった。ロシアの情報作戦は、戦術的・作戦的には失敗が見られるが、戦略的には依然として影響力を保持しているとされる。
一方で、ロシアはグローバルな情報環境での影響力を強化しており、アフリカ、ラテンアメリカ、アジアなどでの情報作戦を展開している。これにより、欧米のウクライナ支援に対抗する国際的な世論形成を試みている。ロシアのナラティブは、NATOの拡張を脅威とし、ウクライナを「西側の操り人形」と描くことで、第三国の支持を得ようとしている。
ロシアの情報作戦は、反応的な対応が苦手であるとされ、主導権を失った後の柔軟性に欠けるという評価もある。また、情報作戦の効果を測定する指標としては、独立メディアや著名人がロシアのナラティブを繰り返す頻度、世論調査の結果、現実世界での行動変化などが挙げられる。
総じて、ロシアの情報作戦は、国家の戦略的目標に沿って長期的に展開されており、国内外の情報環境に対する影響力を維持し続けている。その一方で、ウクライナの情報防衛の成功や国際社会の警戒により、ロシアの影響力は限定的になりつつある。今後の展開は、情報環境の変化と各国の対応次第で大きく左右されるだろう。
3.Ukrainan informaatio-operaatiot(ウクライナの情報作戦)
ウクライナの情報作戦は、国家全体が一体となって展開する防衛戦略の中核を成しており、戦争の初期段階から現在に至るまで、国内外の世論形成、敵の士気低下、国際支援の獲得など多面的な目的を持って遂行されている。これらの作戦は、軍事行動と並行して行われる「非キネティック」な戦いであり、戦争の勝敗に直結する重要な要素となっている。
ウクライナの情報戦の特徴は、分散型で柔軟な構造にある。政府、軍、民間企業、市民団体、個人がそれぞれの立場から情報発信を行い、共通のナラティブに基づいて自律的に行動することで、広範な影響力を生み出している。特に大統領ゼレンスキーは、感情に訴えるメッセージを通じて国内外の支持を集める象徴的存在となり、戦略的コミュニケーションの中心的役割を果たしている。
ウクライナはSNSを積極的に活用し、Facebook、Twitter、Instagram、TikTokなどのプラットフォームで、戦況報告、プロパガンダ対抗、国民への呼びかけを行っている。これらのメッセージは、プラットフォームごとの特性に合わせて最適化されており、若年層から高齢層まで幅広い層に届くよう工夫されている。また、政府の公式アカウントだけでなく、軍の兵士や市民インフルエンサーも情報発信に参加しており、情報戦の「群衆化」が進んでいる。
戦争前から情報防衛の準備は進められており、2014年のクリミア危機以降、メディアリテラシー教育や法制度の柔軟化、米国・NATOとの協力による軍の訓練が行われた。2020年には軍内に戦略的コミュニケーション部門が設立され、2021年にはCCD(偽情報対策センター)とCSC(戦略的コミュニケーション・情報セキュリティセンター)が創設された。これらの機関は、偽情報の特定と対抗、国民教育、国際社会への発信を担っている。
戦争開始後、ウクライナは国内の士気を高めると同時に、ロシア兵やその家族に向けた心理的影響を狙った情報作戦を展開。ロシア兵の犠牲や戦争の無意味さを強調することで、敵の戦意を削ぐことを目指した。また、Google Mapsや出会い系アプリなどを活用し、ロシア国内への情報浸透も試みている。さらに、ロシア兵の家族、特に母親に向けたメッセージを通じて、戦争への反対運動を促す試みも行われた。
ウクライナの情報作戦は、証拠に基づいた信頼性の高い報道を重視し、前線からの映像や事実に基づくメッセージを通じて、国内外の信頼を獲得している。ユーモアも効果的な手段として活用され、ロシアのプロパガンダに対抗する手段として機能している。特に「官僚的なバイラル性のパラドックス」を克服し、政府発信でも拡散力のあるコンテンツを生み出すことに成功している。
ただし、ロシア国内への影響は限定的であり、ロシア国民の多くは依然として国家のナラティブを支持している。それでもウクライナは、情報環境の防衛と活用において高い成果を上げており、分散型戦略コミュニケーションの成功例として国際的にも注目されている。情報作戦の成果は、国際社会からの支援獲得、国民の士気維持、敵の混乱誘発など多岐にわたり、戦争の全体的な展開に大きな影響を与えている。
4.Johtopäätökset(結論)
ウクライナ戦争における情報作戦の分析から導かれる結論は、現代の戦争において情報環境の支配が極めて重要であることを示している。国家と軍は、国内、国際社会、敵勢力という三つの主要なターゲットに対して情報作戦を展開する必要がある。これらの作戦は、単なる補助的手段ではなく、戦略的成功を左右する要素として機能する。
情報環境での成功には、社会全体のレジリエンスと情報リテラシーが不可欠であり、外部からの偽情報に対抗する能力が求められる。情報作戦は、明確な目的に基づいて自由度の高い運用が可能であるべきであり、各主体が自律的に手段を選びながら共通の目標に向かう「任務型戦術」が有効とされる。
また、広範なネットワークの活用や市民の参加による「群衆型作戦」は、資源の効率的な使用と影響力の拡大に寄与する。ウクライナは、明確なナラティブと分散型の戦略的コミュニケーションによって、情報環境の多様な領域に効果的な影響を与えることに成功した。
情報作戦は、奇襲や欺瞞の原則とも密接に関連しており、敵に誤った認識を与えることで戦術的優位を確保する手段となる。特にロシアの「マスキロフカ(偽装)」のような伝統的手法は、情報環境の支配と連動して展開される。
さらに、情報セキュリティは社会の存続と軍の運用に不可欠であり、ウクライナは公開情報環境下でも高い防御力と運用安全性を維持している。情報作戦は、戦況の進展に応じて柔軟に活用され、成功の強化や失敗の隠蔽にも利用される。
最後に、情報環境での影響力行使は、すでに敵のナラティブが浸透している場合や、出発点が不利な場合には困難を伴う。したがって、情報作戦は継続的かつ積極的に展開されるべきであり、戦争の全体的な成功に不可欠な要素として位置づけられる。
4.Talousmall(経済モデル)
ロシアの戦略的および軍事戦略的計画における「Talousmall(経済モデル)」は、軍事的資源および経済的資源の持続可能性と最適化を図るための予測・分析ツールである。このモデルはマクロ経済指標と人口動態のプロセスを統合することにより、短期的対応と長期的戦略計画の両方を可能にする構造となっている。
主な目的は、国家の軍事的・防衛的ニーズを満たすために必要な軍の作戦能力を構築・維持することにある。ロシア軍の各戦力構成要素は、国家予算と戦略的能力評価の一環として評価され、人的資源、装備投資、インフラ整備、動員措置、国際活動といった基礎要素が焦点となる。
経済モデルでは、軍事的優先順位に応じて資源の評価が行われる。評価には、シナリオ分析手法のほか、社会経済の発展予測、マクロ経済と人口構造の変化分析が組み込まれており、状況の変化に柔軟に対応できるよう設計されている。各軍事組織の構成が明確化された後に資源の配分が決定され、これによって必要とされる軍事的安全保障水準と長期目標の達成が保証される。
モデルによる予測では、「Vahva globalisaatio(強いグローバル化)」「Kohtuullinen globalisaatio(穏やかなグローバル化)」「Kaksinapaisuus 2.0(二極化2.0)」の3つが最も現実的なシナリオとされている。このうち、経済的観点から最も厳しいのは「Vahva globalisaatio」であり、ロシアにとって好ましいのは「Kaksinapaisuus 2.0」とされている。後者は国家経済と軍事経済の両方の発展を可能にする環境を提供する。
経済モデルはまた、人口減少を最大の課題と認識しており、これは動員力、防衛産業の労働力、兵員確保に直接影響を与える。どのシナリオであっても、軍の能力向上には予算の不均衡が不可避であり、最も効率的な戦力構成は、通常部隊を戦略的抑止力部隊で補完する形式である。この構成により、ロシア軍は各シナリオにおいて求められる軍事的目標の達成が可能となる。