(論文解説)インド太平洋地域における米国と中国の地政学的対立と地政戦略を活用したインドネシアの経済発展(Indonesia Defense University)
Ibrahim, Muhamad Rizal, et al. “Indonesia's Economic Advancement through Leveraging the Geopolitical Rivalry and Geostrategic between the USA and China in the Indo-Pacific Region.” Jurnal Pertahanan: Media Informasi tentang Kajian dan Strategi Pertahanan yang Mengedepankan Identity, Nasionalism dan Integrity, vol. 9, no. 2, 2023, pp. 379–387. Indonesia Defense University,
1.Introduction
本稿は、インド太平洋地域における米中間の地政学的・地政戦略的競争を背景に、インドネシアがいかに経済的機会を拡大できるかを探るものである。地政学は単なる政治的駆け引きの表現ではなく、地理的視点と政治文化の結びつきを示す概念であり、インド太平洋は固有の歴史・文化を持つ地域として位置付けられる。中国は「一帯一路」構想を通じて影響力を強化し、米国は自由で開かれたインド太平洋構想(FOIP)を推進しており、この対立は地域諸国にバランス外交やヘッジ戦略を迫っている。インドネシアは戦略的な位置から潜在的な主要プレーヤーとなり得るが、消極的な外交姿勢や大国依存、国内開発課題が障害となっている。経済安全保障の観点では、食料・金融の安定確保や地域成長の回復、デジタル経済の包括的転換が重要課題である。既存研究は、米中競争が地域や経済安全保障に与える影響を論じてきたが、インドネシアが具体的にどのように自国の利益に結び付けられるかという戦略的視点は不足している。本研究は、米中両国との関係をどう均衡させ、戦略的位置や友好関係を活用し、雇用創出や生活向上を実現するかを明らかにすることを目的としている。また、規制やビジネス環境の改善を通じて企業の革新・競争力向上を促し、デジタル経済の発展を支える方策についても検討する。
2.METHODS
本研究は質的研究デザインを採用し、文献レビューを通じて米中競争がインドネシア経済発展に与える影響を多面的に分析している。学術論文、政策文書、ニュース記事など多様な情報源を用いて、現状と課題を包括的に把握。得られた知見から概念的枠組みを構築し、インドネシアが米中地政学的競争を活用する戦略の方向性を導き出している。質的手法により、複雑な国際政治経済の力学を深く掘り下げ、単なる統計的傾向にとどまらない洞察を提示することが可能となった。
3.RESULT AND DISCUSSION
3-1.Indonesia Leverages the Geopolitical and Geostrategic Rivalry between the USA and China in the Indo-Pacific to Enhance its Economic Opportunities
インドネシアは低所得国から中所得国へ移行したが、持続的発展のためには経済安全保障の強化が不可欠である。米中競争を利用する戦略として、まず研究開発の推進や政策決定の高度化により資源活用効率を高め、ショック耐性を備える必要がある。米国の関税障壁や世界的インフレリスクは国内経済を圧迫し得るが、戦略的位置と大国双方からの投資を活用することで競争力を維持できる。米中双方は主要貿易相手国かつ投資国であり、関係維持は貿易拡大や資源市場アクセスの確保に直結する。特にインフラ整備は経済成長の基盤であり、総額4120億ドル規模の計画や5年間で5000億ドルの投資ギャップが示すように、大規模な資金流入が不可欠である。ただし、大国依存による政治的影響には注意が必要であり、環境・社会負荷の少ない持続可能なインフラ整備が求められる。
さらに、デジタル経済分野では中国との協力が進み、スマートシティやICTインフラ整備、Eコマース成長が顕著である。政府は2021~2024年のデジタルロードマップを策定し、デジタルインフラ、デジタル人材、デジタル経済、デジタル行政の4分野を重点化。2025年には市場規模1240億米ドル超が見込まれる。しかし、対中依存の拡大は権威主義的影響の懸念を伴い、米国との協力を含むバランス外交が必要である。米中対立は一次産品価格の下落や世界需要の減退、東アジア生産ネットワークの変化を通じてインドネシア貿易に影響しており、安定した経済成長には多角的な外交・貿易戦略が欠かせない。インドネシアは米中双方と積極的に対話を行い、技術・投資誘致、デジタル貿易強化、サイバーセキュリティ確保などを推進することで、地域安定と自国の持続的発展を両立させることが期待される。
3-2.The Implications of the USA–China Rivalry on Indonesia’s Economic Growth and Development
米中対立はインドネシアの経済成長・発展に多大な影響を与えている。中国の一帯一路構想(BRI)と米国の自由で開かれたインド太平洋(FOIP)戦略は、両大国の地政学的影響力を競わせ、インドネシアにバランス外交とヘッジ戦略を強いている。インドネシアは中立的立場を維持することで両国との関係を保っているが、この姿勢は経済機会の最大化を困難にする要因ともなっている。米中貿易戦争は一次産品価格の下落を招き、輸出収益を減少させたほか、世界需要の低迷や生産ネットワークの変化により、貿易と投資の不確実性が増大した。これにより、インドネシアは輸出市場の多様化や投資源の拡大を迫られている。
また、デジタル経済の成長は米中競争の重要な影響領域である。インドネシアは中国からの投資を積極的に受け入れ、Eコマースやデジタルインフラ分野で急速に発展している。Tokopedia、Shopee、Lazadaなど大手プラットフォームは中国資本の影響を強く受けており、これが国内デジタル経済の拡大を後押ししている。しかし、同時に中国の権威主義的影響力拡大への警戒も必要であり、米国との協力やデジタルインフラ整備での均衡が求められる。政府は包摂的かつ参加型のデジタル経済への移行を目指し、デジタルインフラの質向上、デジタル格差の解消、デジタル包摂の促進に取り組んでいるが、受動的な外交政策や戦略的依存、国内開発の制約が課題として残る。結局、米中対立はインドネシアにとって経済的機会とリスクを併せ持つ現象であり、その影響を最小化しつつ利益を最大化するためには、両国との均衡関係維持と戦略的主体性の確立が不可欠である。
4.CONCLUSIONS, RECOMMENDATIONS, AND LIMITATIONS
本研究の結論として、インドネシアの経済成長と発展は、米中対立をいかに活用するか、インフラ依存度の管理、デジタル経済の推進に大きく左右されることが示された。持続的な貧困削減と経済安全保障の達成には、緻密に設計された政策と多角的アプローチが必要である。米中双方とのバランスの取れた関係は投資誘致や貿易拡大に不可欠だが、インフラや資源管理における過度な影響力行使を回避するための慎重さも求められる。特にデジタルインフラ、人材育成、デジタル経済、電子政府分野への集中投資は、デジタル経済の発展と国際競争力の強化に直結する。しかし、受動的な外交姿勢や国内の制度的制約が、この潜在力の完全な発揮を阻害する可能性があるため、両大国間での微妙な均衡を維持しつつ、能動的かつ戦略的な外交・経済政策を展開する必要がある。
提言としては、貿易パートナーの多様化、インフラ投資の強化、デジタル包摂の促進、技術革新の奨励が挙げられる。また、国内制度の強化や環境保護を重視することで長期的な回復力を高めるべきである。ASEANなど地域経済協力フォーラムへの積極的関与は、貿易多角化や経済統合の好機を提供する。米中競争を活用する戦略としては、技術分野への投資誘致、デジタル貿易関係の強化、サイバーセキュリティの確保が重要である。
ただし、本研究にはデータの入手可能性や信頼性、デジタル経済や米中対立の動態的性質、研究範囲の制約、地政学的状況の複雑性、結論における主観性といった限界が存在する。これらを踏まえ、今後の研究では貿易摩擦の影響、デジタル人材育成、規制環境、包摂戦略、地政学的帰結がインドネシアのデジタル経済に与える影響を深く検討することが求められる。