(論文解説)来たるべき朝鮮戦争における中国の役割(U.S. Army War College)
Rinaldi, Jake. China’s Role in a Future Korean War. Parameters, vol. 55, no. 2, Summer 2025, pp. 29–45. US Army War College Quarterly.
1.Introduction
本稿は、中国が朝鮮半島における将来の戦争にどのように関与するかを、単純な「介入するか否か」の二項対立ではなく、北朝鮮の戦力維持能力(resilience)に応じて3つのシナリオに分類して分析している。すなわち、①「全面介入」(Full Intervention)、②「持続的支援」(Sustained Support)、③「限定的支援」(Limited Support)である。
中国は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との同盟関係の実態が希薄であっても、地理的・戦略的な理由から朝鮮半島における紛争に強い関心を抱いており、場合によっては介入を余儀なくされる可能性が高い。とくに、中国が警戒する「リスクは高いが発生確率は低い事態」(high-risk, low-probability events)として、米韓軍の中国国境への接近、北朝鮮の核・生物・化学兵器の拡散、そして大規模な難民流入といった懸念が挙げられる。これらはいずれも中国の国家安全保障にとって深刻な問題であり、政治的・軍事的対応を求められる。
従来の北朝鮮研究では、政権崩壊シナリオに偏った分析が多く、中国の介入可能性を過小評価する傾向があったが、本研究は実際に戦争が起こった場合の現実的対応に焦点を当てている。中国が北朝鮮を支援する主たる動機は同盟関係ではなく、地理的隣接性と安全保障上の必然性にある。このような状況下では、中国は北朝鮮をあくまで戦略的緩衝地帯とみなし、自国のリスク低減のために一定の軍事的・経済的関与を選択するだろう。
中国の関与度合いは北朝鮮の戦争継続能力に左右される。北朝鮮が戦争において急速に劣勢に立たされた場合、中国は「全面介入」に踏み切る可能性があるが、北朝鮮がある程度の領域を保持できる場合には、情報・サイバー・兵站などを通じた「持続的支援」に留まる。北朝鮮の軍事的自立が高ければ、「限定的支援」として外交的・経済的後方支援にとどまる。
こうした3モデルを通じて、米国の防衛計画立案者は、中国人民解放軍(PLA)の関与の度合いを想定し、ISR(情報・監視・偵察)、サイバー、兵站、戦力展開の各領域でどのような中国の行動があり得るかを想定する必要がある。本稿は、中国の文献と歴史的先例を活用しながら、中国の意思決定、戦力展開能力、協同作戦の難易度など、実戦的な要素を踏まえた分析を提供している。
2.Strategic Drivers of Chinese Policy
中国の北朝鮮政策を方向付けるのは、両国の同盟関係というよりも、地理的近接性と安全保障上の戦略的懸念である。中国と北朝鮮は約840マイルの国境を共有し、周辺の吉林省と遼寧省には計6500万人が居住している。このような地理的条件下で、朝鮮半島における軍事紛争は中国にとって極めて大きなリスクを伴うため、中国はその影響を最小化すべく行動する。
第一の戦略的関心は、朝鮮半島の統一による米韓軍の中国国境への接近阻止である。これは1950年の朝鮮戦争時の介入と同様の懸念であり、中国共産党中央党校の学者らは、朝鮮半島を「海洋国家が大陸国家を攻撃するための跳躍台」と位置づけるなど、米国の覇権を抑制する戦略的障壁とみなしている。
第二に、北朝鮮の核兵器施設が中国国境に近接していることも重要な懸念材料である。主要施設である寧辺は中国から約130km、核弾頭貯蔵庫も丹東から65kmの距離にある。中国国内では放射能汚染や核事故による影響への不安が高く、地方政府は住民に対し核緊急対応マニュアルを発行するなど対応している。
第三に、大規模な難民流入リスクも深刻だ。紛争時には30万人規模の北朝鮮難民が流入する可能性があるとされ、中国は国境沿いに難民キャンプを設置する準備を進め、人民武装警察による監視やドローン偵察、衛生訓練などの演習を繰り返している。
これらのリスクに対応するため、中国は北朝鮮体制の安定維持を基本方針としており、エネルギー支援や貿易を通じた支援を継続してきた。中国は公式には年間52万トンまでの原油輸出に制限されているが、実際には60万トン規模の供給があるとされている。また、電力供給も継続しているほか、2023年には北朝鮮から1800万ドル分の物資を輸入し、1億5600万ドル相当を輸出している。制裁の網をかいくぐる形で高級品や農業機械の輸出も続いており、中国は北朝鮮の経済的生命線となっている。
さらに、過去の危機時には、実際に軍事介入の準備をしていたこともある。1994年の核危機では、当時のPRC国防相が8万5千人規模の部隊派遣を計画し、2017年にもPLA将軍らが「いつでも戦争が起こり得る」と警告を発していた。これは中国が体制崩壊を阻止し、自国の安全保障を確保するための軍事的準備も含めた総合的な戦略を保っていることを示している。
3.Models of PRC Intervention
中国が朝鮮半島での将来的な軍事衝突にどう関与するかは、北朝鮮の軍事的「抵抗力(resilience)」、すなわち領土を保持し継戦能力を保てるかに左右される。本稿は、中国の対応を3つのモデルに分類して分析する
①全面介入(Full Intervention):
北朝鮮の抵抗力が低く、韓国・米軍により急速に領土が奪われる状況。初期は後方支援(弾薬、物流、サイバー、情報)にとどまるが、北朝鮮の崩壊が迫れば、中国は長距離攻撃、特殊部隊、地上軍の直接投入に移行する可能性がある。過去の戦争で見られたように、北朝鮮軍の持久戦能力に対する中国の不信がこの対応を後押しする。
②持続的支援(Sustained Support):
中程度の抵抗力を維持できる場合。中国は直接介入せず、ISR(情報・監視・偵察)、サイバー支援、兵站などを通じて北朝鮮の戦闘継続を支える。これはロシア・ウクライナ戦争における米国のウクライナ支援に近く、中国は自国の軍事的リスクを抑えながら、北朝鮮を後方から支える構図となる。
③限定的支援(Limited Support):
北朝鮮が高い戦闘能力を維持し、独力で米韓と対峙可能な場合。この場合、中国は経済・外交支援にとどまり、軍事介入は行わない。
中国の意思決定は、単なる同盟義務ではなく、北朝鮮の崩壊によって引き起こされる難民流入、核拡散、米軍の国境接近といった「高リスク・低確率」事態を回避することに主眼がある。また、中国は米韓軍が北朝鮮領土に進出することを極度に警戒しており、これはTHAAD配備に強く反発した過去にも表れている。
また、論文では中国の介入形態が北朝鮮の「軍事的体力」に応じて変化するという前提に基づき、ISR、サイバー、兵站、指揮系統、部隊配置などの各分野にどのような影響が出るかも分析している。たとえば「全面介入」では、米韓軍の侵攻が中国国境に近づくことを阻止するため、PLAが自ら前線に立つ必要がある一方で、「持続的支援」や「限定的支援」では、間接的な支援にとどめ、中国が直接的軍事損失を被るリスクを回避する方針となる。
さらにこの分析は、PLAが朝鮮戦争や近年の危機対応で示してきた行動からモデル化されており、中国の指導部が軍事介入を検討する際には「介入しないリスクが介入するリスクを上回るか否か」を基準にしていることも明らかにされている。
4.Decision to Intervene
中国が朝鮮半島での軍事衝突に実際に介入するか否かは、戦略環境の評価とリスク分析に基づく政治的判断によって決定される。この意思決定は、人民解放軍(PLA)や中央軍事委員会だけでなく、中国共産党(CCP)指導部の高位レベルの合意を必要とし、場合によっては時間を要するプロセスとなる。
この意思決定に関する中国軍の基本文書『2020年版軍事戦略の科学』では、以下のような三つの条件が示されている:
①介入しないリスクが、介入するリスクを明らかに上回ること
②関係国の核心的利益に重大な損害を与えないこと
③介入による不確実な結果を中国が受け入れられる範囲であること
歴史的にもこの意思決定は慎重であり、1950年の朝鮮戦争時には約3週間にわたる内部討議と複数の情報評価ののちに中国は参戦を決定した。これは現在においても変わらず、中国は同様に慎重で段階的なアプローチをとると予想される。
意思決定プロセスにおける中国の強みは、政治体制の集中性にある。選挙や議会による圧力がなく、世論を管理できるため、時間をかけて方針を固めることができる。また、報道機関の統制によって情報を一元的に発信し、国民の動揺や反発を抑え、介入の決定を外部や自国民に対して戦略的に説明することが可能である。
対外的には、米国や国際社会に向けて情報操作を行い、「中国は被害者であり、正当な防衛を行っている」とする宣伝を展開しうる。また、米国の行動(例えば北朝鮮のWMDへの攻撃や南北統一の推進)を“レッドライン”として強調し、介入の正当性を主張することもありうる。
このように、PLAの行動開始前には、CCP内での慎重な意思決定プロセスが必要であり、同時に国内のプロパガンダ戦、対外情報戦も密接に連携して行われる。特に中国では情報の非対称性や判断権限の集中が特徴であり、戦時にはこの構造が一層顕在化すると考えられる。
以上から、中国の朝鮮半島における軍事介入は、単なる軍事的反応ではなく、政治・情報・戦略環境を総合的に見極めたうえでの計算された決定であるといえる。したがって、米国や韓国の政策決定者は、中国のこの特性を十分に理解し、安易なエスカレーションを避けるよう慎重な対応が求められる。
5.Intelligence, Surveillance, and Reconnaissance
中国は朝鮮半島有事において、北朝鮮へのISR(情報・監視・偵察)支援をいずれの介入モデル(全面介入・持続的支援・限定的支援)においても実施する可能性が高い。とりわけ、持続的支援や限定的支援の枠組みでは、中国は直接の戦闘参加を避けつつ、衛星情報や監視データの提供によって北朝鮮の戦闘能力を大幅に強化することが可能である。
中国の『2020年版軍事戦略の科学』では、共同作戦における「参加部隊の認識の共有」が強調されており、これはISRの共同運用によって実現される。具体的には、米韓部隊の動向をリアルタイムで把握し、北朝鮮に標的情報を提供することで、同国の精密誘導兵器の有効性を飛躍的に高めることができる。また、ISR支援は北朝鮮の戦場状況把握能力を向上させ、米韓の指揮・通信網への攻撃の精度も高める可能性がある。
中国はすでに「北斗」衛星ナビゲーションシステムを一帯一路構想の参加国に提供しており、これは軍民両用の技術である。2014年には北朝鮮の技術者が中国国家リモートセンシングセンター(NRSCC)で地理情報技術の訓練を受けており、2018年にも北京で衛星運用に関する研修に参加している。これらは、戦時において北朝鮮が中国から衛星データを受け取り、米韓の動きを追跡・分析する能力を備えている可能性を示唆する。
仮に中国が全面介入に踏み切った場合、ISR支援はさらに積極的かつ戦術的な役割を果たすことになる。その際の課題としては、PLAが保有する一部のデュアル・キャパブル(通常兵器と核兵器の両用)プラットフォームが、米軍にとって標的識別を難しくする点が挙げられる。つまり、米国は攻撃対象が通常戦力か核戦力かを識別できない可能性があり、エスカレーションのリスクが高まる。
中国によるISR支援は、特に北朝鮮の精密誘導ミサイル攻撃に不可欠となる。同国は自前の衛星や高性能センサーをほとんど持たないため、中国からの目標情報や測位データの提供は、北朝鮮の作戦持続性を支える基盤となる。さらに、北朝鮮のISR部隊は脆弱であり、戦時に本国インフラが損傷した場合、中国側のISR能力が代替手段として機能する可能性がある。
以上のことから、中国は朝鮮半島における戦争で、自国が直接参戦しない場合でも、ISRを通じて間接的に北朝鮮を支援し、その軍事的有効性を大きく高めることができる。米国および韓国にとっては、このような中国の支援能力を正確に把握し、電子戦・妨害戦能力を含めた対応を講じることが不可欠である。
6.Cyber Operations
中国と北朝鮮は、有事においてサイバー領域での協力を行う可能性が高く、これは3つの介入モデル(全面介入・持続的支援・限定的支援)すべてに該当し得る。すでに平時においても、北朝鮮のサイバー戦能力の一部は中国国内から運用されており、その存在は米国などによって確認されている。
たとえば2018年、米司法省は北朝鮮のハッカー・パク・ジンヒョクが中国国内から複数のサイバー攻撃(WannaCryや米企業への攻撃など)を実行していたと公表した。また、2019年から2020年にかけて、北朝鮮の情報機関に属するIT技術者が中国で活動していたことも明らかになっており、これらの活動は北朝鮮の大量破壊兵器(WMD)・ミサイル開発にも寄与しているとされる。
このような状況は、北朝鮮が国内のインフラが破壊されても、中国国内の拠点を用いて作戦を継続できることを意味している。すなわち、戦争中でも北朝鮮は中国のサイバー環境を利用して攻撃・防御行動を継続することが可能であり、継戦能力を高める重要な要素となっている。
「持続的支援」や「限定的支援」のシナリオでは、中国は公式には攻撃的なサイバー作戦に関与しないかもしれないが、北朝鮮のネットワーク運用を支援する形で後方支援を行うことは十分に考えられる。また、「全面介入」モデルにおいては、より密接な連携がとられ、北朝鮮のサイバー部隊と中国人民解放軍(PLA)との協調作戦が展開される可能性がある。
これにより、中国と北朝鮮のサイバー連携は、米韓連合軍の通信・情報システム、兵站、指揮統制機能に対する撹乱・破壊活動において大きな脅威となる。特にサプライチェーン攻撃や衛星通信への妨害、フェイク情報の流布など、非対称的かつ広範な影響を与えることができる。
さらに、中国が北朝鮮の攻撃に直接関与しない場合でも、自国のインフラを北朝鮮の活動基盤として黙認することで、事実上の「作戦空間の提供」を行うことになる。このような曖昧な関与は、国際社会による責任追及を回避しつつ、北朝鮮の軍事能力を実質的に支援する中国の巧妙な戦略である。
したがって、米国および同盟国にとっては、中国・北朝鮮間のサイバー協力を早期に把握し、その兆候を察知するためのインテリジェンス強化と、サイバー防衛能力の向上が急務となる。サイバー領域は物理的戦線と違い、国境の概念が曖昧であり、中国の関与は軍事介入よりも早く、かつ深く進行する可能性がある。
7.Parts and Ammunition
中国は朝鮮半島有事において、北朝鮮への兵器部品や弾薬の供給を通じて軍事支援を行う可能性が高い。とくに「持続的支援」や「限定的支援」モデルでは、装備の共通性を活かして、相互運用性の高い物資の提供が現実的である。一方、「全面介入」では、装備の不一致が支援の複雑化を招く。
北朝鮮と中国の地上装備はともにソ連製兵器に由来しており、たとえば北朝鮮軍が運用する旧式のT-55戦車は、中国の59式戦車と多くの部品を共有している。そのため、ボルト、ホース、砲弾などの共通パーツや120mm・125mm級の弾薬は両軍で互換性が高く、平時からの備蓄や流通網がそのまま活用可能である。これにより、特に「持続的支援」や「限定的支援」シナリオでは、効率的な弾薬供給とメンテナンス支援が行える。
また、中国は世界有数の小火器輸出国であり、小口径弾薬の供給力にも優れている。したがって、継戦能力が限定される北朝鮮にとって、中国からの安定した補給は作戦持続の生命線となりうる。
しかし「全面介入」のシナリオになると、問題はより複雑になる。たとえば、中国軍の主力アサルトライフルは5.8mm弾を使用しており、これは北朝鮮軍の7.62mm弾とは互換性がない。このような不一致は、弾薬の梱包、保管、輸送の面で別系統のロジスティクスが必要になることを意味し、作戦効率が低下する恐れがある。また、通信装置など電子機器でも互換性のなさが障害となり得る。
さらに、人民解放軍(PLA)は近年、兵站や戦術において高度なデジタル化(情報化・智能化)を進めているが、北朝鮮軍は旧式アナログ装備に依存しているため、共同作戦における技術的ギャップも深刻である。地上通信の脆弱性や、信号処理能力の欠如により、中国の高度な装備との統合運用は困難を伴う。
一方で、ロシアとの技術協力により北朝鮮の装備が一部近代化されつつある兆候もあり、この技術格差は今後縮小する可能性もある。しかし少なくとも現段階では、中国による支援は間接的・後方支援型にとどまる方が現実的といえる。
要するに、兵站と装備の互換性の観点から見ると、中国による北朝鮮支援は「全面介入」よりも「持続的支援」や「限定的支援」での方が効果的かつ実行可能性が高い。米韓側としては、こうした補給路の遮断や装備の非互換性を突く形で、中国の支援効果を制限する戦略が有効となる。
8.Force Posture
朝鮮半島における中国の軍事行動において、人民解放軍(PLA)の「北部戦区」(Northern Theater Command: NTC)が主たる作戦部隊となる。この戦区には78・79・80集団軍が含まれ、総兵力はおよそ9万~15万人と推定されている。これらの部隊に加え、他の戦区からの部隊転用や予備役の動員も想定されており、本格的な戦争状態に備えた柔軟な運用が可能となっている。
北部戦区は地理的にも朝鮮半島に最も近く、高機動部隊や空挺部隊(人民解放軍空軍空降兵部隊)を即応展開できる体制が整っている。2012年の中国軍内部資料では「PLAは2時間以内に平壌に到達可能」と述べられており、有事には迅速な展開が見込まれている。ただし、全規模の部隊展開には数週間の準備期間が必要となるため、持続的支援から全面介入への移行は段階的になる可能性が高い。
また、中国は「短期決戦」ではなく「長期的・多層的戦争」を想定しており、総力戦体制を準備している。吉林省軍区の参謀長は、「軍・警察・民間の全ての力を動員し、国境内外で同時多面的に展開する必要がある」と述べている。つまり、正規軍のみならず、人民武装警察、地方民兵、さらには国営企業の人的・物的資源までを統合して国家総力を投入する構えである。
実際、2015年には中国・延辺地域で「民兵による国境警備体制」が導入され、各家庭が監視哨所の役割を果たすように組織された。「10戸1哨制」による24時間体制の監視ネットワークが敷かれており、戦時にはこの体制が後方支援やゲリラ的活動に転用される可能性もある。
また、戦時には鉄道・道路などのインフラを国有企業が迅速に軍用に転用することで、兵員や装備の大量輸送が可能になる。このような「軍民融合」の戦略は、平時の経済開発と戦時の軍事行動を連結する中国の国家戦略の中核をなす。
PLAの戦力展開は、初期段階では高機動部隊による即応対応、その後に陸軍主体の増援、さらに予備役や民間資源の動員という三段階構成になる可能性がある。こうした段階的な構成により、中国は北朝鮮情勢の推移に応じて柔軟かつ段階的に関与のレベルを調整できる。
人民解放軍の展開構想には、正規軍の運用に加え、民間資源を活用した「領域防衛」の考え方が強く反映されている。とくに沿岸・国境地域では、地元住民を民兵として組織し、日常的な監視活動に従事させることで、有事の際には即時に作戦支援や治安維持に転用できる体制が整っている。
中国はこのような戦力構成により、米韓軍との全面衝突を回避しつつも、北朝鮮領内への限定的な介入や重要施設の確保などを迅速に行える能力を保持している。例えば、北朝鮮の核施設やWMD関連施設の確保は、最優先ミッションとして空挺部隊や特殊部隊によって遂行されると予想される。
さらに、PLAの近代化により、高度な通信ネットワークや衛星支援を活用した戦域指揮・制御能力(C4ISR)も大きく向上している。しかし、北朝鮮軍との共同作戦を実施する上では、装備や指揮体系の不一致が大きな障害となりうる。中国軍の指揮システムは高度にデジタル化・自動化されている一方、北朝鮮軍はアナログな手段に依存しており、統合運用には調整時間が必要である。
また、中国の戦区レベルの指揮機構――特に北部戦区聯合作戦指揮センター(JOCC)――は、有事には前方指揮機能を担う中核となる。しかし、北朝鮮が中国の指揮権を受け入れるとは限らず、歴史的にも朝鮮戦争中に金日成と中国軍の間で指揮権をめぐる摩擦があったことが知られている。最終的にはソ連の仲裁によって統一指揮が実現された経緯があり、将来的にも第三国による仲介が必要になる可能性がある。
このように、中国の「Force Posture(戦力配置)」は、純粋な軍事的対応にとどまらず、政治的調整や民間資源動員も含んだ総合的な対応を想定している。米韓側にとっては、中国の高機動部隊の展開能力だけでなく、その背後にある民兵組織、指揮系統の構造、統合作戦への障害などを総合的に分析する必要がある。
9.Command Relationships
中国が朝鮮半島に全面介入する場合、最大の課題の一つは中朝両軍の統一指揮体制の確立である。中国側の司令機構としては、北部戦区聯合作戦指揮センター(JOCC)が中核となると考えられるが、北朝鮮がこの指揮に従うとは限らない。朝鮮戦争中も、金日成は当初中国軍の指揮下に入ることを拒否し、最終的にソ連のスターリンの仲裁により中国主導の指揮体制(中国将校が総司令、北朝鮮将校が副司令)を受け入れた経緯がある。
現在でも、北朝鮮が中国軍の指揮下に自発的に入る可能性は低く、再び第三国(例:ロシア)による調整や仲介が必要となるかもしれない。特に中国が戦術面だけでなく戦略面でも主導権を握ろうとすれば、朝鮮側の抵抗や政治的摩擦が顕在化する可能性は高い。
このような緊張は、両国の政治指導者の性格や統制スタイルにも由来する。習近平も金正恩も、平時の軍経験はあっても戦時の現場指揮経験はなく、トップダウン型の統制に依存している。朝鮮戦争では彭徳懐が金日成に「指揮に直接干渉しないように」と忠告したが、同様の文民指導部の軍事介入が今後の作戦運用を妨げる恐れがある。
また、装備や戦術思想の違いから、PLAが北朝鮮軍に主導権を与えることを避け、中国側が作戦主導権を握ろうとする可能性がある。この場合、北朝鮮軍は「消耗部隊」として高リスクの任務に投入される可能性があり、戦力的な主従関係が緊張を生む要因となる。
一方で、PLAは過去の中国・ロシア共同軍事演習(例:「Joint Sea」「Zapad/Interaction」など)を通じて、外国軍との混成部隊や統合指揮の経験を積み重ねてきた。たとえば、2021年の「共同運命(Shared Destiny)」演習では、中国がモンゴル、パキスタン、タイなどの部隊を混成運用し、中国製装備とシステムで統一的な戦術行動をとらせていた。
そのため、PLAは自軍の指揮体系に他国部隊を吸収する能力をある程度有しているとされ、北朝鮮軍に対しても同様の体制を敷こうとする可能性がある。この場合、北朝鮮軍の一部主力部隊が北部戦区JOCCの指揮下に入るとともに、北朝鮮軍との連携を担う連絡将校チームや副指揮センターの設置が想定される。
ただし、北朝鮮の強い自主意識と政治的自尊心を考慮すると、中国が望む統一指揮体制が実現するには、政治的説得・圧力・外交的調整が必要不可欠であり、それが戦場の即応性や作戦の一体化を妨げる要因にもなり得る。
12.conclusion
本論文は、中国が将来の朝鮮半島における戦争にどのように関与するかを、北朝鮮の「抵抗力(resilience)」に応じた3つのシナリオに分類して検討してきた。すなわち、①全面介入(Full Intervention)、②持続的支援(Sustained Support)、③限定的支援(Limited Support)の3モデルである。これらのモデルは、中国の戦略的利益が米軍の国境接近、核拡散、難民流入といった「高リスク・低確率」事態の回避にあることを前提としている。
北朝鮮の軍事的持久力が低ければ、中国は限定的支援から全面介入へと移行し、地上部隊を含む軍事介入を行う可能性がある。逆に、北朝鮮が高い戦力を維持できる場合、中国はあくまで後方支援(ISR、サイバー、物資補給)にとどまり、自軍のリスクを抑える選択をする。
また、中国のISR(情報・監視・偵察)能力やサイバー支援は、北朝鮮の戦場での精密攻撃力や状況認識能力を著しく強化する可能性がある。米韓連合軍としては、こうした中国の「非正規戦力支援」による間接的関与にも十分な警戒が求められる。
一方で、「全面介入」のシナリオでは、中国と北朝鮮の軍事的統合作戦に困難が伴う。装備・弾薬の互換性の問題、通信システムの不一致、指揮関係の摩擦などが予想される。特に指揮権の調整は大きな障壁となり、朝鮮戦争のように第三国(例:ロシア)による仲介が必要となるかもしれない。
中国はこうした課題を認識しつつ、現在のところ北朝鮮軍との連携訓練をほとんど行っておらず、将来的な統合作戦能力には限界がある。ただし、近年の中国とロシアとの合同演習のように、他国軍を自国の指揮系統に組み込む訓練は進んでおり、北朝鮮軍への適用も視野に入っている。
結論として、本稿は米国およびその同盟国に対し、北朝鮮の戦力と中国の支援能力が組み合わさることで、朝鮮半島有事の様相が大きく変化する可能性を提示している。米国は中国の支援モデルの違いに応じた戦略的柔軟性を確保し、特にサイバー、兵站、情報支援の遮断を含む対応策を構築すべきである。
また、米中関係の改善が進めば、中国の「高リスク・低確率」懸念を緩和し、北朝鮮への支援抑制に繋がる可能性もある。2017年には米中間で北朝鮮のWMD廃棄に関する共同計画もあったとされ、将来的には米国が中国に対し「南北統一後の在韓米軍撤退保証」などを通じて不安を取り除く外交的努力も視野に入る。
総じて、中国の朝鮮半島政策は同盟以上に自国の安全保障の論理に基づいており、米韓はその地政学的合理性を理解しつつ、戦略的対話と抑止力の両面から準備を整えておく必要がある。