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(論文解説)ソーシャルメディアのバードウォッチャー:諜報機関のメディア化(Akademia Sztuki Wojennej)

Schrijver, Peter, Lotte Nietzman, and Peter B.M.J. Pijpers. “Birdwatchers on Social Media: The Mediatisation of Intelligence Organisations.” Security and Defence Quarterly, vol. 49, no. 1, 2025, pp. 1–21. War Studies University

1.Introduction

本論文は、ウクライナやガザでの戦争において、戦闘が物理的領域だけでなく仮想領域や認知領域にまで拡大し、特にソーシャルメディアを通じた情報戦の重要性が高まっている現状を背景に、英国、イスラエル、ウクライナの情報機関がいかに「メディア化(mediatisation)」を活用しているかを比較分析する。従来、諜報機関は活動を秘匿し、情報源や手法を守ることを最優先としてきたが、冷戦終結以降、自由主義的国際関係論の影響やスノーデン事件、さらにBellingcatの登場などを契機に、透明性と説明責任の必要性が増してきた。現在では、スマートフォンやSNSの普及により、誰でも情報収集・分析に参加可能となり、政府機関以外も諜報活動に関与できる環境が整っている。


こうした変化により、情報機関は新メディアを利用して自らの利益を追求するとともに、国民の支持を得るために透明性を高める方向にシフトしている。しかし、この「公開」は常に肯定的効果をもたらすわけではなく、懐疑論や陰謀論を助長する場合もある。そこで重要となるのが、メディアと組織の相互影響を示す「メディア化」という概念である。これはマスメディアやSNSが社会と組織に影響を与えるだけでなく、組織側がそれらを戦略的に利用し、世論や認知を操作する過程を指す。


諜報コミュニケーションは、透明性と信頼性を持って情報を伝達することと、組織目標に沿う物語を形成することの二つの目的を持つ。これは従来の秘密裏の活動から、可視的な広報活動への転換を意味する。西側社会において情報機関と市民の関係は重要性を増しているが、SNSを通じた直接的関係についての研究はまだ不足している。他国の安全保障機関の事例比較は、その組織の戦略だけでなく、各国の社会文化的背景の理解にもつながる。


本研究では、現代戦争の文脈において、英国防諜機関(UK Defence Intelligence: UK DI)、イスラエル国防軍報道局(IDF Spokesperson’s Unit)、ウクライナ国防省情報総局(HUR)の3機関がSNSを通じていかに組織目標を追求しているかを分析する。これらは現在進行中の紛争に関与し、公的に特定可能なアカウントを用いて情報を発信しているため比較に適している。研究では、各機関が収集・分析した情報のうち、通常は公開されない情報や機密解除された情報を選択的に発信し、物語を形成する事例を検討する。なお、本研究は情報の正否を評価するものではなく、その戦術的使用法を分析的に捉えることを目的とする。


2.Theoretical framework

理論的枠組みとして、国際政治におけるメディアの役割増大と、デジタル化・SNSの台頭による「メディア化」の概念が導入される。Strömbäckはメディア化を4段階に分類し、最終段階では政治主体がメディア論理に従うようになると指摘する。HoskinsとO’Loughlinは「逮捕された戦争」段階を提示し、政府や主要メディアがデジタルメディアの力を再び掌握しようと適応する過程を論じる。


Zeitzoffは、SNSが低コストで大衆にアクセスできるため、抗議活動や紛争における動員・情報発信の速度と範囲が拡大したと分析。香港やベラルーシの事例、シリア政権のSNS戦略、イスラエルのガザ紛争時のハッシュタグ監視などを通じ、SNSが戦争のテンポや戦術に影響を与えていることを示す。


Maltbyは、軍・諜報機関がメディアを通じて聴衆に影響を与えるだけでなく、自らの存在感を強化する戦略を採用していると述べ、特に英国軍の事例を分析。これらの戦略には「ブランディング(自組織の肯定的イメージ強化)」と「シェーミング(敵の非難)」があり、両者は相互補完的に機能する。シェーミングは敵の不正や失敗を公にして評判を落とす手法で、感情的反応を喚起しやすい。一方、ブランディングはマーケティング理論に基づき、自らの信頼性や魅力を高めることに焦点を当てる。


これらはメディア化の枠組みの中で最大の効果を発揮し、特にSNSでは低い参入障壁と即時性により、大規模なオーディエンスへの直接的な働きかけが可能になる。ウクライナやガザの紛争では、感情的で拡散しやすい物語がSNS上で戦略的に活用され、世論形成の重要な戦場となっている。メディア化は単なる情報伝達の変化ではなく、軍・諜報機関が情報空間で競争力を持つための構造的条件を提供する概念として位置づけられる。


3.Three cases

本研究では、紛争時のコミュニケーションは多様かつ複雑であり、関与するアクターの数や使用するチャネル、文化的差異などに左右されると指摘する。近年、諜報・安全保障機関はSNSなどのオンラインプラットフォームを活用し、戦略的コミュニケーションやイメージ形成に積極的に関与する傾向が強まっている。研究手法としてはケーススタディを採用し、各国情報機関が公開可能な情報や諜報由来の内容をいかに選択し、物語を構築しているかを分析する。


対象は英国防諜機関(UK DI)、イスラエル国防軍報道局(IDF Spokesperson’s Unit)、ウクライナ国防省情報総局(HUR)の3事例。英国DIはロシア・ウクライナ戦争に関するSNS上の諜報更新をテーマ別に分析し、パターンや重点分野を抽出。IDFは2023年10月7日以降のガザ情勢における諜報情報公開、特に傍受記録や映像の活用を分析。HURはロシア軍通信傍受や作戦映像のSNS投稿を追跡し、その目的や影響を評価する。


各ケースの比較により、機関ごとの選択・分類・物語構築手法を明らかにし、現代戦における諜報発信戦略の差異を検討する。


3-1.UK Defence Intelligence: Tweeting on the war

英国では近年、諜報活動の透明性向上が議論され、GCHQなど従来秘密主義的だった機関もSNSや講演、メディアを通じて役割説明を行うようになった。背景には、偽情報の氾濫する環境での信頼構築や、国内外の誤情報対策の必要性がある。ただし、透明性は必ずしも国民の理解を深めるとは限らず、SNSでの発信が陰謀論や不信感を助長する場合もある。


UK DIは2021〜22年のロシア軍ウクライナ侵攻前後から、従来の政府・軍内部向け諜報提供から一歩踏み出し、Twitter(@DefenceHQ)で日々の情勢更新を発信。侵攻初期の数カ月間に約130件の更新を行い、戦況やロシア軍の動向を発表した。こうした更新はメディアや市民に広く引用され、情報発信の形態が大きく変化した。


本研究では2023年4月、8月、12月の3カ月分・計83件を対象にテーマ分析を実施。主要テーマは①ロシア軍の軍事活動(29件)、②指導層の動き(17件)、③兵員の状況(12件)、④情報環境(7件)、⑤占領地の状況(7件)、⑥ウクライナ軍の活動(6件)、⑦その他(5件)であった。特にロシア軍の不調や指揮官交代、戦況の悪化など敵方の弱点を指摘する投稿が目立った。


例として、ロシア軍部隊が長期戦闘で疲弊していることや、ドナウ川沿いのウクライナ港湾施設への攻撃に無人機を使用していること、参謀総長ゲラシモフの作戦指揮就任とその背景などを伝えている。ウクライナ軍の攻勢や成果にも触れるが頻度は低く、むしろロシアの失敗を強調する傾向が顕著。占領地住民への弾圧や違法住民投票、インフラ破壊も報告された。


諜報源は明示されず、多くは既知の公開情報を整理・補足している可能性が高い。機密解除情報を含む場合でも、商業衛星画像や公開通信と整合する形で提示され、情報源秘匿が図られている。詳細な分析や背景説明は付されず、簡潔な事実列挙が特徴だが、これが逆に共有・拡散されやすく、@DefenceHQの中でも高い反響を得ている。結果として、UK DIは信頼できる公式情報源としてのブランドを強化しつつ、ロシアの評判を損なう効果をもたらしている。


3-2.Israel Defence Forces Spokesperson’s Unit: Shaming Hamas with intelligence

イスラエル諜報機関は伝統的に秘密主義を貫き、首相府などを介して間接的に情報を発信してきたが、近年はSNSの普及と市民の知る権利意識の高まりを受け、直接的な情報公開を増やしている。マゲンは過去50年の分析から、①秘匿維持、②失敗隠蔽のための選択的公開、③愛国心や政治家との協働による世論操作、④意図的な情報操作の4戦略を特定している。


2023年10月7日のハマスによる民間人襲撃後、IDFはISA(イスラエル保安庁)や軍諜報部門と連携し、戦術行動と並行して情報発信を強化。特に「504部隊」がパレスチナ指導者らと通話し避難を促す様子や、捕虜尋問で得られた情報をSNSで公開した。加えて、HUMINTやSIGINTで得た通話記録を公表し、ハマスが市民避難を妨害、援助物資や燃料を奪取、誤射で病院を爆破した事例などを提示。これにより、ハマスの非人道性を国際的に印象付ける狙いがある。


また、国連機関UNRWA職員が人質拘束に関与したとする通話記録も公開し、軍事行動継続の正当性を訴えた。しかし、この戦略は情報源や手法の秘匿リスク、協力者の安全、通信傍受能力の露呈などを伴う。それでもIDFは、自国と国際世論での支持確保のため、このような「敵の恥を晒す」シェーミング戦術を継続している。


3-3.Ukrainian Military Intelligence: Communicating with COMINT

ウクライナ国防省情報総局(HUR)は、従来の「目立たぬ活動」という諜報原則に反し、極めて可視的な存在としてSNSで活動している。Facebook、X、Telegram、Viberなど複数のプラットフォームで戦果報告、兵士の証言、人道活動、敵通信傍受の音声などを積極発信。他の諜報機関(SBU)と合わせ、侵攻後2年間でTelegram投稿は5600件超。


HURは特に海上無人機によるロシア艦撃沈映像や、ロシア軍通信傍受(COMINT)の公開で注目を集める。傍受内容は、①ロシア軍の戦争犯罪(捕虜処刑、略奪、禁止兵器使用など)、②士気低下や脱走計画、③指揮官の無能や腐敗といったテーマに分類される。これらはしばしばロシア軍の評判を貶め、国際的同情や支持を引き出す狙いがある。


HURは侵攻初期から#ГУРперехоплення(傍受)タグを使い、音声付き投稿を600件以上公開。さらにロシア軍・ベラルーシ軍兵士の名簿や個人情報を晒す「ドクシング」も実施し、降伏を促す心理戦を展開。傍受は主にウクライナ支配下の基地局からのGSM通信で、ロシア兵が規則を無視し携帯を使用している実態を利用している。


情報の真正性は言語や文脈から高いとされるが、改ざんの可能性も排除できない。HURは意図的にテーマ性のある音声を選び、議論を喚起しつつ、ロシアの残虐性・無能さを強調する物語を構築。これはイスラエルと同様のシェーミング戦略であり、SNSを通じた国際世論戦の一環である。こうした公開は傍受能力喪失のリスクを伴うが、HURは情報空間での優位確保を優先し、日常的に機密性の高いCOMINTを戦略的資産として活用している。


4.Analysis

現代戦争では、戦場は物理的領域だけでなく情報空間にも広がり、世論や認知の形成が軍事資産と同等に重要な意味を持つ。英国防諜機関(UK DI)、イスラエル国防軍報道局(IDF Spokesperson’s Unit)、ウクライナ国防省情報総局(HUR)はいずれも、SNSを活用して情報や諜報を発信し、敵対勢力の物語を打ち消しつつ自らの立場を強化している。分析は「ブランディング」「シェーミング」「メディア化」という三つの観点から行われる。


ブランディング

ブランディングは、発信主体の肯定的イメージを強化する戦略である。UK DIの場合、戦争初期からのSNS投稿は、分析の精度や情報量そのものよりも「公式筋の情報」という権威性で価値を得ており、組織と国防省(MoD)の信頼性を高める効果を持つ。Lomasの指摘によれば、強いメディア関与は信頼構築に寄与しており、UK DIはこの点で成功している。一方、IDFやHURは直接戦闘に関与しており、発信の主眼は自らをアピールするよりも敵を否定的に描く方向シェーミングにある。


シェーミング

シェーミングは、敵の不正行為や失敗を公にしてその正統性を損なう戦略である。UK DIはロシア軍の軍事的失敗、兵士の士気低下、占領地での弾圧や違法住民投票などを頻繁に報告し、敵のイメージを損なっている。ウクライナ軍の動向にも触れるが頻度は少なく、バランスの欠如は「客観的情報提供者」としての印象を薄める側面がある。

IDFはハマスの民間人避難妨害、物資略奪、誤射事件などの証拠として、HUMINTやSIGINTで得た傍受記録を公開。これはハマスの非人道性を国際的に印象付ける一方で、情報源秘匿や協力者保護にリスクを伴う。

HURも同様に、ロシア軍の戦争犯罪、士気崩壊、指揮官の腐敗を示す通信傍受を日常的に発信。これにより国際世論での支持を引き出し、ロシアの戦争遂行能力や評判を損ねることを狙う。


メディア化

メディア化は、社会全体においてメディア論理が政治・軍事の意思決定やコミュニケーションに影響を与える現象であり、ここではSNSが中心的役割を果たす。UK DIは報道機関などの従来のゲートキーパーを迂回して直接世論に働きかけ、ロシアの偽情報に対抗しつつ自らの存在感も高めている。

IDFは感情や注意を重視する「メディア論理」に適応し、傍受記録をSNSで拡散することで国内外の受け手に直接訴求する。これは従来型メディアでは届きにくい即時性・臨場感を提供し、物語戦の主導権を握る意図を持つ。

HURは、ウクライナの「正義の戦い」という物語を一貫して発信し、ロシアの非道さを繰り返し強調。SNSによる直接発信で国際的支持を確保すると同時に、国家全体の戦略的情報戦の一部を担っている。HURは多様な組織と連携して統一的なメッセージを形成し、受け手の地域や政治的背景に応じた訴求効果を狙う。


まとめ

UK DIはブランディング色が強く、IDFとHURはシェーミングを前面に押し出す傾向が見られる。いずれもメディア化の中でSNSを活用し、敵の正統性を損ない、自らの立場を強化することを目的としているが、戦略の重点や手段は立場や関与度合いによって異なる。


5.Conclusions

紛争時のコミュニケーションは、情報拡散速度、偽情報対策、発信の政治的意味付けなど、多数の要因に影響される。SNSは情報伝達を迅速かつ広範に行える一方で、発信内容がプロパガンダと見なされるリスクも高く、信頼性や操作可能性への懸念も伴う。発信によっては、受け手の認識を形作るだけでなく、逆効果として不信や陰謀論を助長する可能性もある。


発信方針は国家や組織の紛争関与度や社会文化的背景に依存し、イスラエルやウクライナのように存亡に直結する場合は、強い物語形成と世論喚起が重視される。一方、英国のように直接的な戦闘当事国でない場合は、支援国としての信頼性維持や影響力強化が目的となる。


重要な傾向として、諜報機関は従来の情報源・手法秘匿原則から部分的に転換し、選択的な透明性を採用している。IDFやHURのようにHUMINT・SIGINTを公開するケースは特に顕著で、機密保護リスクと引き換えに世論形成効果を追求している。この判断は文脈依存的であり、常に利益とリスクのバランスが問われる。

また、組織としての評判形成もSNS活用の重要な側面であり、メディア化はそれを可能にする構造的条件を提供する。SNS発信により、従来の報道機関などのゲートキーパーを経由せず、直接的にメッセージを届け、物語を自らの都合に沿って構築できる。これは、情報収集と情報発信が一体化する現代の情報戦の特徴であり、秘密作戦と世論戦の境界を曖昧にしている。


結論として、諜報機関は情報を単なる事実報告ではなく、戦略的影響力の手段として位置付けるようになっており、その利用は信頼構築から感情的共鳴の喚起まで多岐にわたる。しかし、過度な政治的バイアスや選択的発信は信頼失墜の危険を孕むため、今後も「透明性」と「秘匿性」の間での綱引きが続くと考えられる。





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