(論文解説)ロシアの新型核兵器とその戦闘能力について(US. Army War College)
Warren, Spenser A. “Russian Novel Nuclear Weapons and War-Fighting Capabilities.” Parameters, vol. 55, no. 1, Spring 2025, pp. 39–51. US Army War College Press,
1. Introduction
2018年、プーチン大統領は5種類の新型核兵器システムを発表し、そのうちキンジャール(Kh-47M2)だけが当時運用中だった。2023年までに3種類が配備され、残る2種類も試験完了とされた。ウクライナ戦争ではキンジャールとツィルコン(3M22)が使用されている。著者は、これらの核搭載可能兵器は東欧でのロシアの戦闘能力を限定的に強化し得ると評価するが、戦略的転換をもたらすほどではないと指摘する。高速度や精密性向上はNATO東側防衛の妨害要因となり得るが、実戦では米国製パトリオット等の高度防空システムに脆弱であることが判明しており、性能はロシアの主張より低い可能性が高い。対象となる5システムは、アヴァンガルド極超音速滑空兵器、ブレヴェスティニク原子力巡航ミサイル、キンジャール極超音速空対地ミサイル、ポセイドン核動力無人潜水艇、ツィルコン極超音速巡航ミサイルである。ロシアはこれらがミサイル防衛を突破できると主張するが、既使用の2種から見ても誇張や誤認の可能性がある。論文はまず5兵器の背景、次にキンジャールとツィルコンのウクライナでの使用状況、さらにNATOとの地域戦における使用構想(エスカレーション管理、防空・海戦、限定核攻撃など)を分析し、最終的に米国・同盟国の政策的対応を提言する構成となっている。
2.Russia’s Novel Nuclear Weapons
ロシアは核抑止維持、国際的地位確保、国内関係者の利益促進を目的に5種の新型核兵器を開発・配備中であるが、用途は抑止だけでなく戦闘にも及ぶ可能性がある。アヴァンガルドはICBM搭載型の極超音速滑空兵器で、高度約100kmから分離しマッハ20で変則軌道を取る。ツィルコンは艦載型の極超音速巡航ミサイルで2023年に実用化、陸上・潜水発射も可能で、運動性により迎撃困難とされる。キンジャールはMiG-31Kなどから発射可能な空対地ミサイルで核・通常弾頭を搭載可能だが、速度低下や機動性欠如から「真の」極超音速兵器と見なされない場合もある。ブレヴェスティニクは小型原子炉推進でほぼ無限の航続距離を持つ巡航ミサイルだが、試験失敗や放射能事故が相次ぐ。ポセイドンは核動力・核弾頭搭載の無人潜水艇で、沖合で爆発し放射能津波を発生させる。
ウクライナ戦争ではキンジャールが2022年3月から使用され、2023年3月には最大規模の一斉発射を行ったが精度に難があり、パトリオット配備後は迎撃が多発。ツィルコンも2024年初頭に使用された可能性があり、高速・機動性で迎撃困難とされるが確証は不明。
ロシアはこれらを地域戦で戦略非核兵器として運用し、エスカレーション管理、海戦、防空、限定核攻撃に利用し得る。特にツィルコンは敵艦船や空母群攻撃で有用で、ポセイドンも第二撃能力として脅威だが実戦運用は困難。アヴァンガルドやツィルコンは防空突破力が高いとされるが、戦略的均衡を覆すほどではない。ブレヴェスティニクは長距離・防衛突破能力を持つが、放射能被害と政治的リスクから戦闘利用には不向きで第二撃専用と考えられる。著者は、米NATOはパトリオットやTHAADなど高性能防空配備、極超音速追跡センサー開発、地域通常戦力強化で対応可能としている。
3.Kinzhal and Tsirkon Use in Ukraine
ロシアはウクライナ戦争でキンジャールとツィルコンを使用した。キンジャールは2022年3月に初使用とされ、2023年3月には軍事・民間施設への大規模一斉攻撃を実施。高精度を主張する一方、実際は大型目標への攻撃が多く、破壊力は他の兵器と大差ない。初期は迎撃困難だったが、2023年春のパトリオット配備後は迎撃される事例が増え、キーウへの6発中5発が撃墜されるなど効果低下が顕著となった。ツィルコンは2024年2月に使用されたとロシア・ウクライナ双方が主張し、住宅やエネルギー施設を攻撃。2023年末にも使用の可能性が示唆されたが確証はない。ツィルコンは機動性と速度でキンジャールより高度だが、ウクライナ側はSAMP/Tやパトリオットによる迎撃可能性を示唆し、2024年3月に迎撃例が非公式に報告された。両兵器は防空突破力を有するが、特にキンジャールは高度防空網に脆弱であることが実戦で明らかになった。
4.Potential Uses of Novel Nuclear Weapons in War Fighting
ロシアの新型核兵器は二重用途性を持ち、通常・核いずれでも運用可能で、ウクライナ戦争でのキンジャールやツィルコン使用に加え、地域戦争においても投入され得る。米国やNATOとの衝突時、戦略非核兵器としての使用や、誤算や誤認、あるいは非合理的決定により限定的核攻撃が行われる可能性もある。これらは戦術的有用性が見込まれ、米・同盟国が直接反応しないと判断されれば限定的行使が選択されることも想定される。具体的には、エスカレーション管理、海上戦闘、防空、限定核戦などの形での運用が想定されており、次節からそれぞれの領域での統合方法が分析される。
4-1.Russian Nuclear Modernization and Escalation Management
ロシアは新型兵器を象徴的存在かつミサイル防衛突破手段と捉え、地域戦でのエスカレーション管理に用いる可能性がある。米露間で抑止が破れた場合、戦争終結や拡大防止、体制存続確保を目的に限定的行動を選択する。西側ではこれを「エスカレートしてデエスカレート」戦略と結び付ける見方もあるが、実際の公式政策は不明で、非戦略核より戦略非核兵器使用が現実的との分析もある。目的は①ロシアへの直接攻撃抑止、②紛争拡大阻止、③体制存続を脅かす能力使用阻止、④ロシアに有利な形での戦争終結である。攻撃対象は重要インフラや軍事拠点、エネルギー施設など。新型兵器は精密攻撃力や防空突破力の向上により、米同盟国のミサイル防衛を無力化する可能性があるが、ウクライナでのキンジャールの脆弱性を踏まえれば、アヴァンガルドやツィルコンも戦略均衡を崩すほどではない。ツィルコンは速度と運動性で迎撃困難とされるが、航続距離が短く米本土ICBM攻撃には不向きで、性能主張にも誇張の疑いがある。アヴァンガルドは速度と軌道変化で防空困難だが、配備数は限られている。
4-2 Russian Nuclear Modernization and Naval War Fighting
海上戦では新型兵器、とくにツィルコンが大きな効果をもたらす可能性がある。主任務は敵の防空・ミサイル防衛搭載艦の撃破で、これにより敵の先制攻撃やロシア報復阻止能力を低下させる。空母打撃群も重要目標であり、現有戦力では対抗困難なため新兵器投入が有力視される。ツィルコンは高高度飛行で防空網を回避し、精密攻撃が可能な通常・核両用型を持つ。キンジャールも同様の用途を持つが、実戦での性能不足が露呈。ポセイドンは第二撃用とされるが、空母群攻撃にも理論上利用可能。しかし、発射母艦ベルゴロド潜水艦が目標接近時に対潜戦の脅威に晒されるため、実用性は低い。総じて、海上戦ではツィルコンが最も有望な新型兵器とされる。
4-3 Russian Nuclear Modernization and Aerospace Defense
ロシアは新型核搭載可能兵器を航空宇宙防衛に統合する可能性があるが、核型よりも通常弾頭型の使用が現実的とされる。核使用はエスカレーションや第二撃能力の消耗、自国環境への放射能被害などのリスクが高いためである。通常型のアヴァンガルド、キンジャール、ツィルコンは高精度攻撃が可能で、敵航空戦力を地上にあるうちに破壊する先制攻撃に利用され得る。これは防空の一環として有効だが、戦略的あいまいさ(核・非核の判別困難)や貴重な報復兵器の消耗という欠点がある。とくに、こうした兵器を航空基地や防空拠点に対して使用すれば、敵の空軍力を早期に削減し得るが、米NATO側の誤認や不測のエスカレーションを招くリスクも伴う。
4-4 Russian Nuclear Modernization and Limited Nuclear Strikes
ロシアが限定的な核使用に踏み切る可能性は低いが、特定の状況下では否定できない。低出力核弾頭を搭載した新型兵器は、防空突破能力と精密性により、単発で確実に目標を破壊できる可能性がある。これにより、多数発射による誤解やエスカレーションの危険を減らし、被害を限定しつつ戦場効果を得られる。ただし、ロシアには既存の限定核戦力も豊富であり、新型兵器の投入は必須ではない。アヴァンガルドは配備数が少なく、ツィルコンは主に海軍用であるため、実戦で最も可能性が高いのはキンジャールと考えられる。キンジャールは通常弾頭での使用実績があり、戦略核攻撃には不向きだが戦術核運搬には適する可能性がある。
4-5 Burevestnik: A Poor Tool for War Fighting
ブレヴェスティニクは原子力推進による長大な航続距離と防空突破能力を持ち、米本土を含む遠距離の価値目標をほぼ予告なく攻撃できる潜在力を持つ。飛行経路上に放射性物質を散布し、爆発地点外にも甚大な被害を与えるため、第二撃兵器としては有効だが、初撃やエスカレーション管理、戦闘用には不向きである。理由は、余分な放射能被害が米国の報復を誘発し、限定核戦を全面核戦争に拡大する危険が高いこと、自国領内にも放射能被害を与えることが挙げられる。特に、先制攻撃や限定戦で使用すれば、国内の生態系や住民に深刻な影響を及ぼし、政治的抵抗も強まるため、現実的には抑止・報復専用の兵器と考えられる。
5.Recommendations
著者は、新型核兵器は抑止力や地位誇示の役割に加え、戦闘使用の可能性も否定できないと指摘する。ただし既存兵器でも同様の任務遂行は可能であり、これらが「ゲームチェンジャー」となる可能性は低い。米国とNATOは、キンジャールやツィルコンへの対抗策としてパトリオットやTHAADなど先進防空システムを東側に配備し、抑止を強化すべきである。また、通常戦力優位の維持が重要であり、地域防衛のための核兵器前方配備やポーランド等への追加配備も選択肢となるが、政治的リスクを慎重に評価する必要がある。特にツィルコンは米空母群への脅威となり得るため、米海軍の艦載防空力向上、新型SM-6やHypersonic and Ballistic Tracking Space Sensor(HBTSS)の開発・配備が有効とされる。ウクライナの防空成功例を活用し、迎撃能力を強化すべきだ。ブレヴェスティニクは限定戦向きではないため、使用脅威は信憑性が低く、むしろ極超音速兵器関連の脅威に重点的に備えるべきと結論付けている。
6.Conclusion
ロシアは核抑止維持と国際的威信のため、新型核搭載可能兵器を開発してきたが、戦術・戦闘用としても利用され得る。ウクライナ戦争ではキンジャールとツィルコンが使用されたが、戦略的に革命的な効果はなく、速度や精密性向上による漸進的強化にとどまる。米NATOは、特に北方・東欧での防衛力強化と防空能力向上により、この脅威に対抗可能である。キンジャール・ツィルコンの性能不足やアヴァンガルドの配備制限、ブレヴェスティニクとポセイドンの開発途上状態は対応の猶予を与えている。この時間を活用し、地域防空システム強化、HBTSSなどの追跡技術開発、抑止力維持策を講じることが重要である。こうした備えは被害を軽減し、抑止効果を高め、ロシアに攻撃成功の可能性が低いと認識させることで危機発生の確率を下げる。防衛力拡充には資金と計画が必要だが、ロシアの拡張主義や情報戦、対NATO強硬姿勢が続く中、この脅威への対処は喫緊の課題であると結論づけている。