(論文解説)米国のインド太平洋戦略の変化と沖縄の米軍基地(U.S. Naval War College)
Sherrill, Clifton W. "Changes in U.S. Indo-Pacific Military Strategy and U.S. Bases in Okinawa." Naval War College Review, vol. 77, no. 3, Summer/Autumn 2024, article 7. U.S. Naval War College Digital Commons
US Naval War Collegeの論文です
1.Introduction
本稿の冒頭では、沖縄における米軍基地の存在が長年にわたり県政にとって重荷とされてきたことを取り上げている。日本政府もその負担を認識しつつも、国家安全保障上の観点から米軍のプレゼンス維持を正当化している。近年、中国の軍事的台頭、とりわけ精密攻撃能力の向上や海軍力の拡張により、沖縄を含む在日米軍基地の脆弱性が指摘され、米軍の新たな戦略構想が求められている。
中国は武力衝突を避けつつ地域覇権を確立しようとする野心を持ち、そのために南シナ海における強硬な行動を進めてきた。これに対し、米国と日本は中国の軍事行動を抑止・対処する能力の確保を重要視しており、とりわけ「拒否による抑止」(deterrence by denial)の考え方が重要視されている。これは、敵が目標を達成できないような状況を作り出すことで抑止を図るものであり、固定的で脆弱な基地への依存が危惧される背景となっている。
加えて、グレーゾーンでの中国の活動に対しては、軍事力だけではなく、「暴露による抑止」(deterrence by disclosure)も重視されるようになっている。これは、中国の不正行為を国際的に暴露し、その信用を損ね、プロパガンダの効果を減じ、国際的な反発を引き出すことを目的とするものである。これは、従来の報復的抑止とは異なり、政治的コストを敵に与えることで行動を抑止する方法である。
そのためには、持続的で前方展開されたISR(情報・監視・偵察)体制が不可欠であり、その拠点としての沖縄の価値は、平時の競争において非常に重要である。米海軍の2020年の戦略文書では、「悪質な行動の暴露と特定は、信用コストを与え、プロパガンダの効果を減じ、国際的な抵抗を強める」とされており、この考えは南シナ海や東シナ海での中国の行動を監視・公開するという戦略に現れている。
米国はこのような中国の脅威に対応するため、インド太平洋地域における軍事態勢を抜本的に見直しており、これは特に沖縄の基地にとって大きな影響を及ぼすとされる。米海兵隊のデビッド・バーガー司令官も「グアムやその他の場所に展開し、分散した配置をとる必要がある」と述べ、従来の集中型の配置から分散型・ネットワーク型の軍事態勢へ移行する必要性を強調している。
本論文は、まず沖縄にある米軍基地とそれに対する地元の反発について概説し、続いて中国の軍事的進展を検討し、それに応じた米国の戦略的変化を論じている。特に、沖縄に駐留する部隊にとっての新たな作戦構想と、それが基地の軍事的・政治的必要性にどのような影響を及ぼすかが分析されている。
このように冒頭部分では、沖縄の地政学的重要性と中国の軍事的脅威が相互に関連し、沖縄における米軍基地の再評価が必要とされている現状が明示されている。戦略的には基地の分散が求められる一方で、ISRや抑止の観点から沖縄の基地が依然として不可欠な存在であることが示唆されている。
2.U.S. BASES IN OKINAWA
米国はインド太平洋地域において前方展開の軍事プレゼンスを維持しており、その中核が日本と韓国に位置する基地群である。特に沖縄は、米空軍・海兵隊を中心とする多数の部隊が展開しており、日本に駐留する約5万3千人の米軍人員のうち、およそ3万人が沖縄に集中している。沖縄には嘉手納空軍基地(太平洋最大の空軍施設)をはじめ、第3海兵機動展開部隊(III MEF)の複数のキャンプ、普天間飛行場、さらに海軍・陸軍の小規模施設も存在する。
沖縄は東京・マニラ・ソウルの中間に位置し、台湾や尖閣諸島にも近く、地政学的に非常に戦略的な場所にある。その一方で、沖縄県は在日米軍基地の約70%が集中することに強く反発しており、特に普天間飛行場の都市部への位置は、騒音や安全性の観点から大きな問題となっている。
2006年には、普天間の代替施設(FRF)を名護市辺野古の沿岸に建設することで日米が合意したが、地元の反対運動や法的な挑戦によって計画は大幅に遅れている。2009年に民主党が政権を取った際、鳩山首相は県外移設を模索したが、日米関係と官僚機構の圧力により断念し、県民の失望を招いた。2019年には辺野古埋立てに関する県民投票で反対が72%に達したが、日本政府は工事を継続している。
日米両政府は沖縄の負担軽減策として、海兵隊員のうち4,100人をグアム、2,700人をハワイ、800人を米本土に移転し、さらに1,300人をオーストラリアにローテーション展開させることを計画している。また、北部訓練場の約1万エーカーの返還を含む土地返還も進められている。一方、空軍については大幅な削減計画はなく、訓練の一部を他地域に移すことで地元への負担軽減を図っている。
このように、沖縄における米軍基地は戦略的に重要な位置を占めながらも、地域住民との摩擦が継続しており、その解消に向けた政治的、軍事的努力が求められている。
3.CHINA’S MILITARY ADVANCES
中国はインド太平洋地域において米国の影響力を排除し、地域覇権を確立するための戦略的な軍備増強を進めている。その核心には、第一列島線内の米軍・同盟国拠点を無力化する「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」戦略があり、特に沖縄や台湾、フィリピンなどを対象とした精密攻撃能力の向上に重点が置かれている。
中国人民解放軍(PLA)は、弾道ミサイル、巡航ミサイル、極超音速兵器を含む多様な長距離打撃能力を整備しており、DF-21D「空母キラー」やDF-26(グアム射程内)、さらには多数の短・中距離ミサイルによって、固定基地や艦隊への攻撃を可能としている。これにより、米軍の伝統的な前方展開・空母戦力依存型の戦術は重大な制約を受けるようになった。
加えて、PLA海軍(PLAN)は世界最大の艦隊(隻数ベース)を保有し、空母や駆逐艦、潜水艦、哨戒艦艇など多様な艦種を急速に建造している。この質量両面での海軍力拡充は、日常的なプレゼンスを通じた中国の地域支配を可能とするものであり、米海軍が複数の戦域で活動を求められる中、数的優位による抑止突破のリスクが高まっている。
中国はまた、衛星妨害や宇宙戦を含む情報戦能力の強化にも注力しており、衛星通信やISR(情報・監視・偵察)ネットワークへの妨害を通じて、米軍のネット中心戦能力に打撃を与える狙いを持っている。これには、地上配備のミサイル・レーザーだけでなく、軌道上の非識別型兵器によるサイバー・電子攻撃も含まれる。
空中防衛面では、ロシア製S-400システムなどの長距離防空網により、米軍の航空機が接近しにくくなっている。これにより、精密誘導兵器の多くが使用不能になり、米軍はより高価で遠距離から発射できるミサイルに依存する必要がある。つまり、防御の強化により、米軍の打撃力はコスト面・戦術面での制約を受けることになる。
さらに注目すべきは、中国の「灰色の領域(gray zone)」戦略である。これは戦争とは言えないが、相手国に現状変更を強要する行動であり、海上民兵(漁船を装った準軍事艦艇)や海警を用いた領海侵入、資源収奪、島嶼実効支配などを通じて展開されている。これらの行動は小国の法執行能力を超えたプレッシャーをかけるものであり、裏ではPLANが展開し、軍事的な抑止力も伴っている。
加えて、中国は南シナ海において埋め立てによる人工島建設と軍事拠点化を進め、長射程の地対艦ミサイルや対空ミサイル、ジャミング装置を配備している。スビ礁、ファイアリークロス礁、ミスチーフ礁などがその代表例であり、これによりA2/AD網が強化され、米軍や同盟国の活動はさらに制限されている。
これらの進展に対し、米国は中国の軍事的脅威への対応として分散・機動性のある新たな作戦構想を構築しているが、依然として固定的な基地、特に沖縄のような戦略的拠点の重要性が問われている。特にシミュレーション(ウォーゲーム)では、現在のような集中型の米軍配備では中国に敗北する可能性が高く、分散型の態勢のほうが中国の攻勢を抑止する効果が高いとされている。
沖縄県もまた、こうした戦略環境の変化を受けて、海兵隊の撤退や基地の縮小を主張しているが、同時に、地理的に極めて重要な位置にあることも否定できない。今後の米中間の軍事的バランス、同盟国の信頼、地域の安定といった多くの要因が、沖縄の米軍基地の在り方に影響を与えると予想される。
4.U.S. RESPONSES TO CHINA’S MILITARY ADVANCES
中国の軍事的拡張とA2/AD戦略(接近阻止・領域拒否)は、米国の伝統的な前方展開型の軍事態勢に大きな制約を与えており、それに応じた大規模な戦略転換が進められている。米国の目標は、自由で開かれたインド太平洋地域を維持し、地域覇権の出現を防ぐことである。そのため、同盟国との協力や地域の安定を支える持続的な前方展開、共同訓練、人道支援活動などが中核となっている。
現在の戦略では、たとえ米軍が中国の精密攻撃能力に晒されても、地域からの撤退はあり得ないとされる。前方展開が失われれば、米軍の信頼性は大きく損なわれ、平時の中国による灰色の戦略(グレーゾーン戦術)に対抗する力も失われる。撤退すれば、有事の際に「再侵入(fight back in)」が必要となり、作戦上も政治的にも不利となる。
また、現在では新戦略の柱として「分散・機動・同盟国との協働」が掲げられている。この戦略転換の核心は、大規模な固定基地に依存するのではなく、小規模で自律的な部隊を多数、第一列島線内に分散配置することにある。これにより、中国による一極集中攻撃を困難にし、同時に多方面から中国に圧力をかけることが可能となる。無人システム、AI、精密攻撃能力の向上により、より少数で効率的な戦力展開が可能になると想定されている。
同盟国との協力も強化されており、基地の共有や物資の事前配置、補給経路の整備が進められている。豪州はダーウィンに海兵隊を受け入れており、シンガポールも補給施設を提供。これに加えて、海兵隊の機材を各国に前方配置する取り組みが行われており、いわゆる「常駐ではない駐留(rotational presence)」が軸となっている。
同盟関係としては、伝統的な「ハブ・アンド・スポーク」型安全保障(米国が中心で二国間同盟を個別に結ぶ)から、多国間・地域横断的な連携(クアッド、AUKUS、日米韓の協力)へと移行が進んでいる。特に、クアッド(日米豪印)やAUKUS(米英豪)は、対中包囲網の中核をなす戦略枠組みとして成長しており、軍事演習や装備の相互運用性の向上に重点が置かれている。
日本の自衛隊とも改革を進めており、琉球諸島へのミサイル配備や新たな水陸機動団の編成を通じて、機動力と海洋戦能力を強化している。米軍との共同訓練も活発化し、日米共同でのISR(監視・情報収集)や対艦ミサイル網構築が進められている。日本の地理的・政治的立地により、米国にとって自衛隊は不可欠なパートナーである。
東南アジア諸国では、経済的な理由から中国と距離を取りたくない国もあるが、中国の強硬な海洋進出が反発を呼び、米国との軍事協力を再強化する動きが出ている。フィリピンでは、ドゥテルテ政権末期から米軍との協力が再強化され、複数の基地が米軍に再開放され、共同軍事演習が大規模化。マルコス政権下でもこの流れは続いており、米比の新たな防衛指針の策定や長距離ミサイルの導入が進んでいる。
中国に対する抑止は、単に戦力の物理的展開にとどまらず、存在感の強化と情報公開(deterrence by disclosure)に重点が置かれている。前方展開されたISR資産によって、中国の不法行為を暴露・記録・拡散し、国際的な圧力を醸成する「抑止の政治化」が戦略の柱となっている。
5.U.S. Marine Corps
米海兵隊は、インド太平洋地域での対中戦略に対応するため、従来の重装備・集団展開型から「小規模・分散・高機動」への大規模な組織再編と作戦構想の転換を進めている。その中核が「フォース・デザイン2030」と「遠征前進基地作戦(EABO)」である。
「フォース・デザイン2030」は、中国を“ペーシング・スレット(主たる脅威)”と位置付け、重装甲車両や牽引砲兵部隊の縮小、機動性・ステルス性に優れた部隊への再編を進めている。これにより、従来の大規模な遠征軍(MEF)ではなく、「海兵沿岸連隊(MLR)」を中心とした新編成に重点が置かれるようになった。
MLR(海兵沿岸連隊)は、約2,000人規模の部隊で、ISR、長距離攻撃、補給、航空支援機能を統合した複合型小隊を編成する。2022年にハワイで第3MLRが編成され、2023年には沖縄に第12MLRが設置、2027年にはグアムに第4MLRの創設が予定されている。これらの部隊は、第一列島線内での分散運用を想定しており、即応・即射撃・即撤退の能力を重視している。
EABO(遠征前進基地作戦)は、臨時かつ簡素な基地を多数点在させ、そこにMLRの小部隊が迅速展開することで、敵のA2/AD戦略に対抗する構想である。これらのEABは、常時駐留せず、必要に応じて迅速展開・撤収され、敵の追跡やミサイル攻撃を回避する。航空燃料の補給所、監視拠点、対艦ミサイル発射基地など、多様な機能を担う可能性がある。
EABOを支える火力の要が、無人化車両(JLTV)に搭載された対艦ミサイル「NMESIS」である。これはNaval Strike Missile(射程100〜300海里)を自動発射可能で、C-130輸送機でEABへ迅速搬送が可能。また、HIMARSやトマホーク(INF条約廃止後の再導入)なども展開可能性があり、敵艦艇や地上施設への打撃力を持つ。
さらに、ドローン(UAS)によるISR・攻撃機能が強化されており、部隊規模に応じた無人機運用やAI搭載型の「滞空型兵器」も導入が検討されている。2023年の国防総省「レプリケーター計画」では、数千単位の安価で自律的な無人機システムの早期展開が打ち出された。
MLRの機動力を支えるため、新型の中型揚陸艦(LSM)35隻の調達が目標とされているが、海軍の予算制約と運用構想のずれにより遅延が続いている。当面は商用船改造型や、LCS、EPFなどの代替手段で対応するが、十分な迅速性・隠密性が確保されるかは不明。
EABOの分散化に伴い、補給体制も「チェーン」から「ウェブ」型への転換が必要とされている。複数の拠点から補給できる柔軟性と耐久性を持つ構造が求められ、人員輸送・弾薬補給・燃料運搬を無人システムが担う構想も進められている。
EABO導入後も、全ての部隊が常時分散展開するわけではなく、訓練・整備・交代要員は一定数、沖縄などの恒常的な基地に戻る必要がある。沖縄にはMLRの指揮統制拠点や兵站支援の基盤が整っており、完全撤退は現実的でない。従って、EABOは沖縄の基地の「代替」ではなく「補完」を目的とする。
6.U.S. Air Force
米空軍は、中国の長距離精密打撃能力による在外基地への脅威の高まりに対応して、従来の集中型の運用から、分散・柔軟・即応型の運用へと大きく戦略を転換している。その中核をなすのがACE(Agile Combat Employment)構想であり、これは米空軍のインド太平洋戦略の基盤である。
ACE(機動的戦闘展開)は、複数の分散拠点から作戦行動を取ることで、敵の攻撃による被害を抑えつつ、航空戦力の持続性と柔軟性を確保しようとする戦略である。大規模で固定された主力基地(Main Operating Base)のみに依存するのではなく、開発済みの飛行場や簡易滑走路、さらには舗装されていない場所さえも一時的な展開拠点(Contingency Location)とし、そこから給油・再武装・戦闘行動を行う。
この分散化は、政治的・軍事的観点からも有利に働く。各国に複数の拠点を持つことで、敵は全てを同時に標的にすることが難しくなり、また、複数国での展開は敵の攻撃がより政治的コストの高いものになる。
ACEの実現には、各地の滑走路や燃料供給、弾薬・予備部品の事前配置が不可欠である。米空軍は、北マリアナ諸島、パラオ、ヤップ島、ウェーク島などの空港を整備し、またフィリピンのEDCA協定に基づいて複数の拠点使用権を得ている。ACEはまた、急速な展開と復旧能力を重視しており、滑走路の応急修理能力や指揮通信機能の冗長性も強化されている。
ACEでは、分散拠点での指揮命令系統が断絶する可能性も想定されており、「ミッション・コマンド(mission command)」という、現場指揮官の裁量による自律的な作戦行動が重視される。
分散運用の中で、米空軍は長距離スタンドオフ兵器の導入を加速している。JASSM-ER(拡張型巡航ミサイル)やLRASM(長距離対艦ミサイル)はその代表で、敵の防空圏外からの攻撃を可能にする。F-35A戦闘機の航続距離は1000km強であり、グアムや日本本土から台湾までの距離(約2500〜2700km)では直接支援は困難だが、沖縄(約700km)からであれば迅速な対応が可能である。
このため、嘉手納基地をはじめとする前方拠点の地理的優位性は依然として高く評価されており、完全な後方移転は実行困難である。
分散化が完全に代替できるわけではなく、嘉手納のような主要基地も維持される。これらの基地では、敵のミサイル攻撃に備え、航空機の分散配置、地下燃料・弾薬庫の建設、滑走路の複数化、指揮通信システムの多重化など、受動的防御(passive defense)の強化が進められている。
将来的には、レーザーなどの指向性エネルギー兵器によるミサイル防御の導入も期待されており、電力供給に制限のない固定基地は、こうした兵器導入の実験場としても有利である。
米空軍も無人航空機(UAV)の導入を急速に進めており、「協調戦闘機(Collaborative Combat Aircraft, CCA)」として、有人機とペアで作戦行動を取る高度AI搭載機の導入を目指している。2024年度の予算では、2024~2028年で58億ドルを投入予定。これにより、有人機1機に対して2機以上の無人機を伴わせ、探知・ジャミング・攻撃などを担わせる構想である。
安価な大量生産型無人機も投入され、損耗を前提とした「量の優位性」も戦略の柱となる。遠距離からの発進が可能な機体の開発が進めば、前方基地依存の低減にもつながるが、高性能化すればコストと回転率のバランスが課題となる。
7. U.S. Navy and U.S. Army
米海軍は、中国の精密長距離打撃能力による空母打撃群などの集中戦力の脆弱性を認識し、分散型海洋作戦(DMO: Distributed Maritime Operations)を採用している。これは、従来の大規模艦隊ではなく、複数の小規模・自律型艦隊が同時に展開し、冗長性と機動性を持たせる構想である。
DMOでは、有人・無人艦艇の連携が重視され、無人水上艦・水中艦の開発が急ピッチで進行中。また、極超音速兵器や長距離対艦ミサイルの搭載も進めており、中国のISR網を分断し、複数の起点から攻撃する能力を構築している。
グアムには原子力潜水艦(バージニア級)が初配備され、潜水艦戦力の拡充とAUKUS(米英豪枠組)による地域協調が進行中。ただし、予算不足や造船能力の制限により艦艇数の確保は困難を極め、議会との調整が難航している。
沖縄のホワイトビーチ施設は、米艦艇ではなく海上自衛隊の艦艇が主に使用しているが、海兵隊の揚陸艦(L-class)との連携港として機能しており、EABO支援の中核となり得る。
陸軍は海兵隊とは異なるが、多領域作戦(MDO: Multi-Domain Operations)に基づく再編を進めている。これは、陸・海・空・宇宙・サイバーの全ドメインで同時に作戦を展開するというものであり、現在、米本土とハワイに2個MDOタスクフォース(MDTF)を保有。2027年にはコロラド州に3個目の部隊を創設予定。
MDTFは、長距離精密打撃(例:Typhonミサイル)、電子戦、情報戦、空・ミサイル防衛能力を組み合わせた高度複合部隊だが、現時点で沖縄や日本本土には恒久展開されておらず、戦時動員が前提とされている。
陸軍はPacific Pathwaysという枠組みでアジア太平洋地域での演習とローテーション配備を強化しており、フィリピン、オーストラリア、日本での展開も強化されている。兵站面では、小規模揚陸艦(MSV[L])やArmy水陸両用艦艇、無人補給艇などを活用し、広域分散補給の能力強化を図っている。
陸軍はまた、13隻の小型揚陸艦と兵站部隊を日本のキャンプ座間に新設し、物資輸送体制を整備している。フィリピンではTyphonシステムを演習後も残留させるなど、戦力の「臨時常駐化」も進む。
ただし、太平洋への恒久配備は慎重であり、陸軍の主な役割は、(1)基地防衛、(2)通信と兵站、(3)統合作戦指揮、(4)長距離火力提供、(5)必要に応じた反撃と定義されている。
8.Joint Force Initiatives
本節では、インド太平洋地域における中国の挑戦に対応するため、米軍が軍種間の壁を越えて進めている統合的な取り組み(Joint Force Initiatives)が詳述されている。統合運用は、各軍種(空軍、海軍、陸軍、海兵隊)の強みを最大限に活かし、効率的かつ柔軟な作戦を遂行するために不可欠であり、特に分散・機動・即応性を重視する現代の作戦環境において、その重要性がかつてなく高まっている。
米インド太平洋軍(INDOPACOM)は、「統合戦力(Joint Force)」の基盤の上に、多様な取り組みを展開しており、なかでも「JADC2(Joint All-Domain Command and Control)」の整備が中核的である。JADC2は、陸・海・空・宇宙・サイバーの全ドメインにまたがるセンサーと火力を一体的にネットワーク化し、リアルタイムでの情報共有と目標指示を可能にするものだ。これにより、たとえば陸軍のレーダーで捉えた敵機に対して、海軍の艦艇から即座にミサイルを発射するようなクロスドメイン連携が可能になる。
また、「Joint Fires Network(JFN)」のような取り組みも進んでおり、複数軍種による火力の統合的管理が追求されている。これは、射撃命令を統合的に配分するシステムであり、最も適切なプラットフォーム(空軍の戦闘機、海軍の艦艇、陸軍の地上発射システムなど)から攻撃を行う仕組みを実現する。
加えて、「Project Convergence」や「Global Information Dominance Experiment(GIDE)」といった実験的統合作戦演習が展開されており、AIと機械学習を用いた迅速な意思決定支援や、クラウド共有による部隊間の情報連携の強化が図られている。これにより、従来の階層的な指揮命令体系を超えて、現場指揮官の即応性が飛躍的に向上する。
これらの統合戦力構築は、前方展開された米軍の即応力と抑止力を大きく向上させるだけでなく、同盟国との協力体制強化にもつながる。日米間でも、情報共有・通信インフラの共通化が進みつつあり、JADC2の一部に日本の自衛隊が接続可能になる構想もある。
このようにJoint Force Initiativesは、単なる軍種間の協力を超えた、「全領域統合戦力」の創出を目指しており、中国の戦略に対抗する上で決定的な優位を形成する鍵とされている。
9.EFFECTS ON OKINAWA BASES
本節では、インド太平洋における米軍の新たな戦略転換が、沖縄に所在する米軍基地にどのような影響を与えるのかについて多面的に分析している。結論として、沖縄の軍事的重要性は依然として非常に高く、新戦略においても代替不可能な役割を果たし続けることが明らかにされている。
沖縄は、台湾や尖閣諸島、南西諸島に近接し、第一列島線の中枢に位置している。中国との軍事衝突の可能性を考慮すると、即応性と地理的利便性から見て、沖縄における米軍プレゼンスは極めて重要である。とりわけ、沖縄の嘉手納基地は、空軍の主要な前方拠点であり、戦闘機の展開・補給・整備のハブとして不可欠である。
また、海兵隊に関しても、たとえEABO(遠征前進基地作戦)で前方に分散展開したとしても、沖縄のキャンプ・シュワブやキャンプ・ハンセンなどは、訓練・兵站・休息のための「母基地」としての役割を果たし続ける。
ACEやEABOなどの新構想は、固定基地依存のリスクを軽減するものではあるが、沖縄が完全に代替されるわけではない。逆に、これらの分散型戦略を支えるための補給拠点、整備基地、情報中継地として、沖縄の基地機能はより複雑で多機能になると予測されている。
前方展開部隊のローテーション、武器弾薬の補給、負傷兵の後送、通信インフラの冗長化など、支援機能の強化が求められており、それに伴い地上部隊や兵站部隊のプレゼンスが維持・強化される可能性が高い。
しかしながら、沖縄における基地負担が過度であるという地元の不満は依然として強く、特に辺野古への普天間飛行場代替施設(FRF)の建設は激しい反対に直面している。日本政府は県民投票の結果や世論を無視して計画を進めており、民主主義と安全保障のバランスが問われている。
分散戦略は、軍事的には沖縄の負担軽減と見なされがちだが、現実には分散前方展開部隊を支える後方拠点の需要が残るため、実質的な負担軽減には直結しない可能性がある。
日本政府と米国は、2006年合意に基づき、沖縄の海兵隊を段階的にグアム、ハワイ、米本土、オーストラリアへ移転させる計画を推進している。だが、これには巨額のインフラ整備費用と時間が必要で、2025年現在でも多くの部隊は沖縄に駐留している。
一部土地の返還(北部訓練場など)は実現したが、嘉手納や普天間などの主要拠点は維持されており、全体として沖縄の軍事的役割に大きな変化は見られない。
将来的には、無人機の運用拠点、AI統合の情報センター、共同指揮所など、沖縄は技術革新を支える中核拠点として再定義される可能性がある。たとえば、無人ISR機の展開拠点としての役割、サイバー・電子戦中継基地としての運用などが検討されている。
さらに、日米の共同運用が進展すれば、自衛隊とのインフラ共有、統合演習の拠点、合同司令部の設置といった形で、沖縄の軍事的価値は一層高まることが予想される。
筆者は元々Multi-Domain Operationsをメインの分野としていたので、追々論文紹介などいたします。