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(論文解説)ロシア-ウクライナ戦争:フィンランドとラトビアの安全保障に与える影響(Puolustusvoimien tutkimuslaitos)

Bērziņa, Ieva, and Sari Voinoff. The Russo-Ukraine War: The Implications for the Security of Finland and Latvia. Finnish Defence Research Agency, Research Bulletin 2–2024, 6 Feb. 2024,


フィンランド国防軍研究所のレビューとなります

1.Introduction

本稿の序論では、2022年2月24日に開始されたロシアのウクライナへの全面侵攻が、長期的に見て世界およびヨーロッパの安全保障に深刻な影響を与えるとし、特にラトビアとフィンランドの安全保障に与える影響を分析対象としている。両国はかつてロシア帝国およびソ連に属した歴史的背景を持ち、ロシアの領土的野心とネオ・インペリアルな外交方針が再びこれらの国々に脅威をもたらす可能性があるとの認識が示されている。


本研究の目的は、ロシアの将来シナリオを分析し、その動向がフィンランドとラトビアの安全保障にどのようなリスクをもたらすかを明らかにし、最終的に両国が取るべき対策を提言することである。分析の起点として、欧米、ロシア、ウクライナの研究者や機関によって提示された13の将来シナリオが取り上げられた。それらはロシアの政治、経済、外交、安全保障の将来展望を含む。


この研究では、シナリオ群に見られる共通テーマを「政権の安定性」「経済発展」「外交政策」「軍事的含意」の4つに分類し、各テーマにおいてロシアの将来展開が近隣諸国にとってどのようなリスクをもたらすかを評価している。10のシナリオセットを用いてクラスター分析を実施し、80の将来イベント(シナリオ内の事象)を共通要因と主導因に基づき10の「ジェネリック・シナリオ(一般化シナリオ)」に分類した。


分析の結果、最も多く示された将来像は「ロシアは恒久的な脅威であり続ける」(40%)というものであり、次いで「不安定なロシア」(21.25%)、「ロシアの崩壊」(12.5%)、「ロシアの弱体化」(11.25%)などが続いた。一方で、「ロシアの民主化」や「西側との関係正常化」といった、緊張を和らげる可能性を含むシナリオは1〜2%程度と非常に少数にとどまっている。これは、多くの専門家がロシアの今後について非常に悲観的に見ていることを示している。


こうした前提のもと、本研究はフィンランドおよびラトビアが備えるべき最も現実的なシナリオとして「ロシアは永続的な脅威であり続ける」という前提に基づいており、各国が将来的な国家安全保障のリスクをどのように軽減すべきかを模索している。シナリオ分析の最終段階では、政権変化、経済の停滞、外交の孤立といった個別の要因が絡み合いながら、ロシアの対外的脅威がどのような形で進展しうるのかを浮き彫りにし、その中でフィンランドとラトビアが取り得る具体的行動を論じる構成となっている。


また、本稿の特徴として、シナリオに基づいた事象の「頻度」と「質的特徴」の両面からの評価を行っており、単なる未来予測ではなく、国家安全保障政策への応用可能性を重視した実践的なアプローチが採用されている点が挙げられる。


総じて、本稿はロシアの将来的展望に対する多元的かつ包括的な分析を通じて、フィンランドとラトビアというロシアの近隣諸国にとって現実的な安全保障戦略の構築を支援することを目的としており、その基礎として「ロシアはしばらくの間、脅威であり続ける」という現実認識を明確に打ち出している。


2.Russia's future development trajectories

2-1 Regime stability

ロシアの政治体制の安定性は、周辺諸国への軍事的脅威の可能性に直接影響する重要な要因である。権威主義体制では戦争的政策への反対意見が抑圧される一方、民主化が進めば平和志向の野党が台頭し、権力者の地政学的野心に歯止めをかける可能性がある。しかし、調査されたシナリオ群はロシアの民主化の可能性に悲観的であり、当面は権威主義体制の継続が見込まれる。


分析対象となった将来シナリオ群では、ロシアの政権安定性に関する3つの主要なシナリオが示された。第一にプーチンが政権を維持し続けるシナリオ、第二にエリート層によるクーデターやプーチンの死去によって権力が移行するシナリオ、第三に後継者選定をめぐる合意形成に失敗し混乱が生じるシナリオである。Fesenko(2022)やSchulmann(2023)などは、現実に即してプーチンの継続を最も現実的とする。実際、開戦から2年を経てもプーチンの権力基盤は崩れておらず、プリゴジンによる反乱も即座に鎮圧された。


ただし、長期的には戦争の失敗や経済的悪化によって官僚層や富裕層の不満が高まり、エリート間の対立が激化する可能性がある。その結果、権力闘争が生じたり、プーチンの死後に後継者不在となったりして、政治の混乱が進行する恐れがある。最悪の場合には国家の分裂につながる可能性も、複数の分析(Futures Platform 2023、Kowal 2023)で指摘されている。


プーチンの死や失脚が起これば、西側との関係改善の可能性が一時的に開かれるとDamen(2023)やRowley(2022)は指摘する。しかし、たとえ対立の緩和が起きても、長期的には再び権威主義が強化される可能性が高く、根本的な脅威は続くと見られている。Allan(2023)は、プーチン後のロシアはさらに強硬な権威主義、あるいは穏やかな権威主義のいずれかに進む可能性が高いと示している。


さらに、Fesenko(2023)は3つの後継者モデルを示している。ひとつは軍や治安機関出身の「シロビキ」が政権を握るケースで、国内外において強硬政策を維持する。次は「テクノクラート(技術官僚)」による政権で、体制の安定と対外関係の正常化を志向し、部分的なリベラル化を進める。三つ目はこれらの折衷型であり、国内統治の効率化とともに対外的には強硬姿勢を維持する。


総じて、民主的な民衆蜂起によって体制転換がなされる可能性は非常に低く、今後もロシアは権威主義的あるいはさらに強硬な体制へと向かう可能性が高い。いずれのシナリオにおいても、ラトビアやフィンランドといった隣国にとっては安全保障上の重大なリスクを孕む。最も望ましい「穏やかな権威主義」でさえも、長期的には再び強権化し、外部への攻撃的姿勢が復活する恐れがある。一方で、ロシアが無秩序状態に陥れば、難民の流入、武器取引の拡大、環境災害など、非伝統的な脅威が生じるため、安定性の欠如もまた周辺国にとって深刻な安全保障上の課題である。


2.Economic development

ロシアの経済発展は軍事力の再建や国家の安定性に直接関わる要因であり、フィンランドやラトビアにとっての安全保障リスクを評価する上で不可欠である。経済が強ければ軍備拡張が可能となり、同時に社会の生活水準や政権への支持率も左右されるためである。


現在、ロシアはウクライナ侵攻によって欧米からの厳しい経済制裁を受けている。しかし、それでも経済の完全崩壊には至っておらず、一定の回復余地を持ち合わせている。ロシアの経済機関や専門家による将来予測には、いくつかの異なるシナリオが提示されている。たとえば、Belousov(2022)は以下の3つの展開を提示している。


第一に「制度的慣性」シナリオであり、金融安定性は維持されるが成長は停滞し、技術、生活水準、安全保障面での後退が進む。これは最も可能性が高いとされ、47%の確率で起こるとされている。次に「成長への努力」シナリオでは、政府と企業の協力によって新市場開拓や技術導入を図り、中国への依存回避も目指す。このシナリオは40%の確率とされる。最後に「自給自足オータルキー」シナリオでは、技術的孤立や生産の質低下、生活水準の悪化が生じるが、これは13%とされ、最も可能性が低い。


ロシア政府の公式見解である「2024〜2026年の経済見通し」では、「基本」と「保守」2つのシナリオが提示されている。「基本」シナリオでは、原油価格の上昇、失業率の低さ、実質所得の増加、設備投資の拡大などを背景に2026年にはGDPが2.2%成長すると予測されている。一方、「保守的」シナリオでは、制裁強化や資源価格下落による影響を想定し、GDP成長率は1.5%にとどまる見込みである。


しかしBlant(2023)は、こうした政府予測は楽観的すぎると指摘している。戦争によって構造的な経済歪みが生じ、公共支出と民需との間にギャップが広がり、輸入依存や労働力・部品不足、インフレ、占領地域への資源投下など、複数の要因が経済に悪影響を及ぼしているとされる。


本研究では、たとえ経済成長が停滞していても、ロシア政府が軍事支出を優先させることで再軍備を実現する余地があるとされる。2024年の国家予算では、総予算の29.4%、約10.78兆ルーブルが国防費に充てられており、この配分は医療や教育、社会福祉を犠牲にしてでも軍事力強化を最優先する国家方針を明確に示している。


仮に政治的に「穏やかな権威主義」へと移行し西側との関係改善が進めば、ロシア経済は成長機会を得て軍備増強にも資金を回すことが可能となる。これは一見、国際緊張の緩和に見えるが、長期的には再び強権体制が復活し、軍事的脅威が強化される可能性をはらんでいる。したがって、経済成長そのものが近隣諸国にとって安全保障上のリスクとなるという逆説的な構図が浮かび上がる。


結論として、ロシアの経済発展は、短期的には制裁や戦費によって抑制されるものの、国家の政治意志次第で軍事再建への資源集中が可能であり、政治体制との相互作用の中で安全保障リスクを複雑に増幅させる要素として作用し続けると考えられる。


2-3 Foreign policy

ロシアの将来における外交政策は、その国内政治体制や経済発展と密接に連動しつつ、近隣諸国への軍事的圧力や対西側関係の方向性を左右する重要な要素である。分析対象となった10の将来シナリオセットにおいて、外交政策に関しては以下のような主要な傾向が抽出された。


まず、多くのシナリオで共通するのは、ロシアが今後も帝国的野心を維持し続けるという点である。Fesenko(2022)は、現体制下のロシアがソ連の「勢力圏」を再構築しようとする野望を持ち続けており、特に旧ソ連諸国に対する影響力回復を最優先していると分析している。この戦略は、軍事力、経済的圧力、情報操作など多様な手段を通じて実行されると予測される。


外交政策の方向性に関しては、主に三つのパターンが浮かび上がっている。第一は「対立の継続・拡大」路線で、これは現在のプーチン体制を継承または強硬化させた場合に起こり得る。第二は「限定的協調」であり、穏やかな権威主義体制が部分的に国際協調を模索するケースである。第三は「外交孤立と内部回帰」であり、ロシアが国際舞台から一層後退し、国内重視型の政策に傾くシナリオである。


対西側関係では、欧米との全面対立が続くとする見方が支配的である。特に欧州諸国やNATOを仮想敵として捉える対立構図は、今後もロシアの安全保障ドクトリンの中心に位置づけられると考えられる。また、中国との戦略的連携は今後さらに強化される可能性が高いが、その関係性は対等ではなく、むしろロシアの従属的立場が強まると指摘されている(Belousov 2022)。


一部のシナリオでは、プーチン後の政権交代により、西側との関係改善の兆しが見られる可能性も示唆されているが、そのような展開は少数であり、継続的な対立の構図が大勢を占めている。また、たとえ一時的な融和が生じたとしても、それは戦略的偽装や時間稼ぎの手段として利用される可能性があるとの警告もある(Rowley 2022)。


近隣諸国にとって特に重要なのは、ロシアがバルト諸国や北欧、特にフィンランドやラトビアに対し、NATO加盟や欧州統合の動きを「敵対行為」と見なす姿勢を続ける可能性が高いという点である。これにより、ロシアはこれらの国々に対してサイバー攻撃、情報戦、領空侵犯、さらには武力威嚇といったハイブリッド戦術を継続または強化する可能性がある。


また、ロシア外交の構造的特徴として、「相手の譲歩=弱さ」と解釈する傾向があり、抑止の失敗が即座に攻勢行動に転化する危険がある。このため、外交的抑止力と信頼性ある軍事的備えが常に必要である。


要するに、ロシアの外交政策は今後も帝国的野心と安全保障主義に基づいた強硬路線が支配的であり、短期的な戦術的変化はあっても構造的変化は起こりにくいと予測される。フィンランドやラトビアなどの隣国にとっては、外交的圧力と軍事的威嚇の両面から常に警戒を要する状況が続くとみなされる。


2-4.Military implications

ロシアの将来的な軍事行動に関するシナリオ分析では、その軍事力の量的・質的変化が、近隣諸国の安全保障状況を根本的に左右する可能性があると強調されている。特に、国家予算の軍事偏重、再軍備政策、核戦略、そしてハイブリッド戦の常態化が、フィンランドやラトビアにとっての主たる脅威として浮かび上がる。


現在、ロシアの防衛予算は急増しており、2024年には国家予算の29.4%(約10.78兆ルーブル)が軍事費に投じられている。この割合は、医療や教育など他の公共分野の予算を大きく上回っており、国家運営が「戦争経済」に傾いている実態を反映している。これは、たとえ経済が停滞していても、国家の意志さえあれば軍事力を維持・増強できることを示している。


戦力の構造的変化としては、従来の通常戦力に加え、無人機、極超音速兵器、電子戦能力、そしてAI技術の導入などによって、軍の「質的進化」が進んでいる点が指摘される。特に無人航空機(UAV)の戦術的運用はウクライナ戦争で実証され、今後の軍事作戦に不可欠な要素となることが予測される。


また、ロシアの核戦略の役割も無視できない。戦術核兵器の配備・使用に関する議論は、ロシアの軍事ドクトリンにおいて実戦使用のハードルが低い可能性を示唆しており、バルト海や北欧諸国にとっては重大な戦略的懸念事項となっている。さらに、核を「エスカレーション抑止」ではなく「エスカレーションツール」として扱う傾向は、従来の抑止理論を根本から揺るがすものとして西側諸国に深い不安を与えている。


ハイブリッド戦の要素も注目に値する。サイバー攻撃、ディスインフォメーション、政治干渉、経済的威圧など、非軍事的手段を駆使した総合的な脅威が今後も継続する。特にバルト諸国では、ロシア語話者の存在を利用した社会分断工作や、民族的緊張の煽動といった情報戦が頻発する可能性が高い。これは、直接的な軍事行動がなくても、国家の安定性を著しく損なう危険を孕んでいる。


一部のシナリオでは、ロシア軍の人的損耗や戦争疲れによって再軍備が一時的に鈍化する可能性も示されているが、その場合でも「非対称戦力」や「代理勢力」を利用した戦略的活動が続けられるとされる。たとえば、ベラルーシや親ロシア武装勢力を通じた圧力行使などがこれに該当する。


要するに、ロシアの軍事的脅威は単なる国境侵犯や侵略の可能性だけでなく、情報戦や核戦略、技術的優位、代理戦争を含む多層的で複雑な構造を持っている。そのため、フィンランドやラトビアはNATOとの連携、軍事力の強化、社会的レジリエンスの向上などを通じて、単なる国境防衛を超えた「戦略的防衛態勢」の整備が求められる。


2-5 A summary of Russia's future development trajectories

本節では、ロシアの将来展望をめぐる13のシナリオ研究を総合的に分析し、ロシアが今後もフィンランドおよびラトビアにとって長期的な安全保障上の脅威であり続けるという結論を導いている。多数のシナリオで、民主化の可能性は極めて低く、むしろ体制のさらなる強権化や経済的資源を背景とした軍備再建、そして西側諸国との緊張の継続が予測されている。


プーチンの退陣や死亡後も、下からの民主革命が起こる可能性はほとんどなく、体制は継続または混乱へと向かう見込みである。政権が交代したとしても、穏やかな権威主義に留まり、最終的には再び強権的な路線に回帰する可能性が高い。加えて、経済成長の回復は、軍事力の再構築や影響力拡大に用いられる恐れがあり、隣国にとっての脅威は続く。


ロシアの崩壊や分裂も一部では議論されているが、Gusev(2023)は地理的・経済的・政治的要因により、現実的には極めて低いと分析している。それでも混乱や内戦が起きた場合には、周辺国に難民、武器拡散、環境破壊などの新たな脅威をもたらす可能性がある。


また、民主化が仮に起きたとしても、Doyleの民主的平和論が示すように周辺国にとって好ましい一方で、Snyderが指摘するように民主化の過渡期には逆に戦争のリスクが高まるともされている。つまり、ロシアがいかなる形で変化しても、フィンランドやラトビアにとってのリスクは容易には低減されない。


結論として、フィンランドとラトビアは、たとえロシアとの関係が一時的に正常化する場面があったとしても、長期的には軍事力の再拡大や影響力行使の再開を視野に入れ、安全保障体制を強化しておく必要があるとされている。


3.Strengthening the security of Finland and Latvia

3-1.Strengthening democratic values and national identities of Finland and Latvia

フィンランドおよびラトビアが直面するロシアの脅威に対抗するためには、軍事的備えだけでなく、民主的価値観と国家的アイデンティティの強化が極めて重要であるとされる。両国はロシアと国境を接しており、地政学的に「民主主義」と「権威主義」の境界線ともいえる位置にある。そのため、自国の民主的体制の意義や正当性を国内で再認識させ、特に若者を中心に教育を通じて国家を守る意識を高めることが重要視されている。


民主主義の価値、法の支配、市民の自由、選挙制度などの重要性を市民に伝えることは、ロシアの影響力拡大、特に情報戦や世論操作の影響を減退させる上で不可欠である。ロシアはしばしばメディアやソーシャルメディアを通じて、権威主義的価値や偽情報を浸透させようとするため、それに対抗する「精神的防衛」が必要である。


この目的のため、学校教育のみならず社会全体での市民教育が求められており、高齢者層にもアプローチすることが推奨されている。ウクライナ侵攻やソ連時代の占領の歴史を教訓として、国家主権の防衛の重要性を日常的に伝えていくことが、国民全体の防衛意識を高める鍵である。


また、このような社会的レジリエンスの向上は、ハイブリッド戦への耐性を高める効果もある。たとえば、偽情報や分断工作に対して、国民が冷静かつ統一的に反応する能力は、ロシアの攻撃を抑止する一因となる。したがって、価値観とアイデンティティの強化は、安全保障戦略の一環として最優先事項とされる。


3-2.Support for Russian and Belarussian democratic opposition in exile

フィンランドとラトビアにとって、ロシアおよびベラルーシの民主化は最も望ましい将来シナリオであるが、実現可能性は極めて低い。両国の体制は権威主義が強く、国内の市民社会は弾圧されており、国外からの支援も限られている。こうした中、国外に逃れた反体制派への支援が、民主化促進の手段として注目されている。


ベラルーシでは2020年の選挙後、反体制運動が激化し、約20~50万人が国外へ流出したとされる。ロシアからも2022年2月以降、戦争や政治的抑圧を逃れる形で80万人以上が出国したと推計されている。これらの人々は、リベラルな価値を体現する存在であり、将来的な変革の担い手となりうるため、フィンランドやラトビアが積極的に支援する意義がある。


具体的な支援策としては、教育、言論活動の場の提供、亡命政府の支援、国際社会との連携強化などが挙げられる。ただし、こうした支援にはセキュリティ上の懸念も伴う。大量の移民の中に治安機関の関係者が紛れ込む可能性があり、スパイ活動や政治的干渉のリスクも高まる。そのため、安全保障と人道支援のバランスを取ることが不可欠である。


また、反体制派が国外から政権転覆を実現することの困難さも課題である。ベラルーシの例では、3年以上にわたる国外反対運動がルカシェンコ体制に決定的な打撃を与えることはできていない。このように、成果は限定的ではあるものの、長期的視点に立てば、支援継続はロシアやベラルーシの政治的変化に向けた重要な布石となりうる。


結論として、フィンランドとラトビアは反体制派への支援を長期的戦略の一部として位置づけるべきであり、民主的価値観の擁護と現実的な安全保障リスクへの対応を両立させる必要がある。


3-3 Limiting diplomatic ties with Russia while it is under authoritarian rule

ロシアが権威主義体制を維持している限り、フィンランドおよびラトビアは同国との外交関係を限定的に保つべきだというのが本節の主張である。ロシアは自由で平和的な国際秩序を脅かす存在であり、特に近隣諸国に対して軍事的・政治的・情報的圧力を常態的に行使している。そのような国家と通常通りの外交関係を維持することは、対外的にも国内的にも誤ったメッセージを送ることになりかねない。


ラトビアとフィンランドは、ロシアとの外交的な対話や協力のチャンネルを必要最小限にとどめ、特に政治的象徴性の強い首脳会談や公式訪問などは控えるべきとされている。経済や文化、教育といった非政治的な分野においても、関係再開に慎重であるべきであり、ロシアの体制が変化するまで協力範囲を縮小すべきとの方針が提案されている。


ただし、完全な断交は推奨されておらず、最低限の外交チャネルは維持すべきである。理由として、予期せぬ軍事衝突や危機管理のための連絡手段が必要であること、また国際的なルールに基づいた行動をロシアに求め続けるための外交的圧力としての側面が挙げられる。


この方針の背景には、過去の「外交的関与(engagement)」政策がロシアの行動変化を促すどころか、かえってその攻撃的行動を助長したという反省がある。特にウクライナ侵攻後、ロシアは西側との協調に関心を見せず、むしろNATOやEUを敵視する姿勢を強化している。こうした現実を踏まえ、民主的な価値観を基盤とした「選択的外交」が必要とされている。


3-4 Decreasing energy dependency from Russia

ロシアへのエネルギー依存は、フィンランドやラトビアの安全保障上の深刻な脆弱性となってきた。特に天然ガス、石油、電力といった基幹エネルギー資源における依存関係は、ロシアがそれを政治的・経済的な圧力手段として利用することを可能にしてきた。ウクライナ侵攻以降、欧州各国はこの依存関係を見直し、エネルギーの脱ロシア化を加速させている。


フィンランドとラトビアはすでにロシアからの電力・ガス輸入をほぼ停止し、代替供給源の確保とエネルギーインフラの多様化を進めている。たとえば、液化天然ガス(LNG)の輸入設備の整備、再生可能エネルギーの拡大、電力網の欧州連結強化などが挙げられる。これにより、両国は短期的な価格上昇に直面しつつも、中長期的にはエネルギーの自立性と安定性を高める方向にある。


また、エネルギー政策は単なる経済政策にとどまらず、地政学的な安全保障政策の一部であるという認識が強まっている。特にラトビアを含むバルト三国では、エネルギーを通じた影響力行使(weaponization of energy)に対抗する手段として、欧州の統合的なエネルギー戦略への積極的な参加が重要視されている。


さらに、今後はロシアからの脱却を進めた上で、第三国(特に中国や中東諸国)からの新たな依存を回避する必要がある。自国内の再生可能エネルギー資源の開発やスマートグリッド技術の導入など、持続可能かつ自立的なエネルギー構造の構築が戦略的課題とされている。


3-5.Economic sanctions against Russia

ロシアに対する経済制裁は、ウクライナ侵攻以降、欧州および国際社会が講じた最も直接的かつ包括的な対応策の一つである。本節では、制裁の目的、影響、課題、そして今後の持続的戦略について論じられている。


制裁の目的は、ロシアの軍事行動に対する経済的代償を課し、同時に戦争継続のための資源(特にハイテク部品、資金、原材料など)へのアクセスを遮断することである。また、政権内部の不満を高め、エリート層や経済界からの圧力によって政策転換を促すことも狙いの一つである。


実際、制裁によってロシア経済は多方面で打撃を受けており、特にハイテク機器の輸入制限、航空機・自動車産業への打撃、金融ネットワークの切断などが顕著である。ただし、ロシアは第三国経由で制裁逃れを試みており、中国やトルコ、中央アジア諸国との非公式な貿易ルートが増加している。このため、制裁の実効性は一部で限定的になっている。


フィンランドとラトビアを含むEU加盟国は、制裁の厳格な実施とその監視体制の強化が求められる。また、制裁の対象を拡大し、軍民両用物資や先端技術の輸出規制をさらに厳密にする必要がある。経済的な圧力は短期的な戦果を求めるのではなく、長期的なロシアの弱体化と行動変容を狙ったものであるべきだとされる。


同時に、制裁がEUや周辺国の経済に与える副作用(インフレ、供給不足など)にも対処が必要であり、域内の経済的結束と耐性強化も求められている。制裁は経済的手段であると同時に、政治的意志と価値観を体現するツールでもある。


3-6 Information environment protection at physical, virtual, and cognitive dimensions

ロシアによるハイブリッド戦、特に情報戦は、フィンランドおよびラトビアにとって深刻な脅威となっている。本節では、情報環境の防護を「物理的」「仮想的サイバー」「認知的(心理的・社会的)」という三つの次元に分け、包括的な対策の必要性を論じている。


まず物理的次元では、通信インフラ、放送局、データセンターなどが攻撃対象となる。これらの施設の安全確保や冗長性バックアップの確保が不可欠であり、災害やサボタージュへの備えも含めた堅牢な防護体制が求められる。


仮想的次元、すなわちサイバー領域では、政府機関、メディア、民間企業、インフラ運営者が標的となる。ラトビアやフィンランドは過去に大規模なDDoS攻撃や情報漏洩を経験しており、これに対抗するためのサイバー防衛能力の強化、早期警戒システムの整備、国家間の情報共有が急務である。


さらに最も見過ごされがちだが重要なのが認知的次元である。これは人々の知覚、信念、価値観、行動に影響を与える情報操作の領域であり、ロシアは偽情報やプロパガンダを通じて社会の分断、政府への不信、民主制度への懐疑を煽ろうとする。このため、情報リテラシー教育、メディアの信頼性向上、ファクトチェック制度の強化が重要となる。


特に認知空間の防衛は、国民の「精神的防衛力」を高めることに直結し、外部の情報操作に対して集団として反応できる力を育む。そのため、教育制度やメディア政策、SNS規制などを通じて、民主的価値観と事実に基づいた社会的対話を維持する必要がある。


結論として、情報環境の保護は軍事だけでなく国家全体のレジリエンスに直結する問題であり、三次元すべてにおける多層的・協調的な対応が不可欠である。


3-7 Countering Russia’s intelligence activities

ロシアは長年にわたり、フィンランドおよびラトビアを含む欧州諸国に対して広範な諜報活動を展開してきた。本節では、その活動の特徴とリスクを整理し、効果的な対抗策を提示している。


ロシアの諜報機関(FSB、SVR、GRU)は、多数の外交官や企業関係者、ジャーナリスト、学生などを偽装して現地に配置し、政治、経済、軍事、技術分野にわたる情報収集を行ってきた。さらに、サイバー諜報や人的工作によって、国家機密の窃取、社会分断の誘発、意思決定プロセスへの干渉などを目的として活動している。


特に2022年のウクライナ侵攻以降、欧州諸国ではロシア外交官の追放が相次いでおり、フィンランドやラトビアもこの対応を強化している。ただし、ロシアは現地住民や外国人をリクルートし、二重スパイや影響工作員として利用する戦術も取っており、潜在的な脅威は依然として高い。


こうした活動に対抗するには、国家安全保障機関の能力強化とともに、立法措置や社会全体の警戒意識の向上が不可欠である。たとえば、スパイ活動を厳しく罰する法律の制定、外部干渉の監視体制の強化、機密情報の管理強化、そして教育機関や民間企業における防諜意識の普及などが重要となる。


また、情報共有と国際連携の強化も効果的である。欧州諸国間やNATOの諜報機関との協力によって、ロシアの活動パターンを可視化し、事前に対処することが可能となる。国内外での連携によって初めて、ロシアの隠密的な影響力行使を封じ込めることができる。


結論として、諜報活動への対応は限定された機関だけでなく、国家全体と国際社会の協力によってのみ効果を発揮する分野であり、継続的な制度整備と意識改革が求められている。


4.Strengthening the solidarity of NATO allies and regional cooperation

ロシアの侵略的姿勢と軍事的脅威に対処するため、フィンランドとラトビアはNATO加盟国としての連帯を強化し、地域的な安全保障協力を深化させる必要がある。本節では、NATO内での信頼醸成、軍事演習の強化、共通戦略の策定、東方防衛における一貫性確保が重点事項として挙げられている。


まず、信頼性のある抑止力の確保のために、NATO内での一貫した政策が不可欠である。ロシアが西側の不一致や弱腰を察知すれば、それを戦略的優位に転じるリスクがあるため、政治的・軍事的メッセージの統一が重要となる。


次に、地域レベルではバルト諸国、北欧諸国間の軍事・政治協力の強化が求められる。すでに進行している軍事訓練の共同実施や装備の相互運用性(interoperability)の確保、国境を越えた後方支援体制の整備などがこれに含まれる。


また、NATOの集団防衛条項(第5条)を補完するために、各国が迅速に対応できる独自の戦略的備えを確保する必要もある。たとえば、フィンランドとスウェーデンの加盟によって北欧とバルト海地域が軍事的に連結されたことで、域内の地政学的防衛線が強化された。一方で、戦略的要地における基地・兵站・輸送インフラの整備がさらに求められている。


さらに、情報共有と共同の脅威評価を行うことにより、偽情報やサイバー攻撃への早期対応能力を強化することも不可欠である。これには、NATOとEUの連携も含めた、多層的な安全保障ネットワークの形成が必要である。


結論として、フィンランドとラトビアはNATO内の連携と地域協力を両立させ、抑止力と防衛力を高めることで、ロシアの軍事的・非軍事的挑戦に対抗していく必要がある。


5.Development of comprehensive national defence system

5-1.Development of defence industry and military technology production

国家の防衛力を長期的に持続可能なものとするためには、国内の防衛産業と軍事技術の自立的発展が不可欠である。フィンランドとラトビアはこれまで防衛装備の多くを輸入に依存してきたが、ウクライナ戦争を教訓に、国内生産体制の強化を急ぐべきだと指摘されている。


両国が注目すべきは、ドローン、通信機器、砲弾、ミサイルなどの重要装備を国内で生産・整備できる体制の構築である。これは輸送のタイムラグや外部依存のリスクを減らし、有事に即応できる態勢を可能にする。また、NATO基準に基づいた共同開発・相互運用も視野に入れており、特に隣国との産業連携が鍵となる。


このような産業基盤の整備は、単に戦時の対応力を高めるだけでなく、経済・雇用の活性化、技術革新の促進といった平時の国家発展にも寄与する。


5-2 Increasing defence capabilities

ロシアの持続的な脅威を前提に、フィンランドとラトビアは防衛能力の総合的な増強を急務としている。特に人的資源、装備の近代化、作戦遂行能力の向上が中心課題である。


フィンランドは徴兵制度を維持しており、国防の即応性は高いが、より高度な訓練と装備の更新が求められている。ラトビアでは徴兵制度の再導入が進行中であり、予備役の拡充や即応部隊の創設が重要である。


また、ドローン、地対空ミサイル、電子戦装備などの先進兵器の導入も急務であり、戦術的・戦略的な柔軟性を高めることが焦点となっている。これらの措置を通じて、迅速な対応力と長期的な持久力を兼ね備えた防衛体制の構築が進められている。


5-3 Strengthening the border with Russia

フィンランドとラトビアはロシアと国境を接していることから、国境地帯の防衛強化が安全保障政策の柱となっている。ロシアが軍事的・非軍事的手段を使って圧力を加える可能性を踏まえ、国境地域における監視体制と物理的障壁の整備が急がれている。


具体的には、電子監視装置、地上センサー、ドローンによる偵察、さらにはフェンスや障害物の設置などが挙げられる。これにより、不正越境、破壊工作、偽装難民流入といった「グレーゾーン」の脅威への即応性が高まる。


また、国境地域に常駐する部隊の配置と即応体制の強化、地元住民との協力体制の整備も進められており、国家の主権と領域の不可侵性を守るための多層的防衛が構築されつつある。


5-4 Accelerate legislative change

安全保障環境が急激に変化する中で、フィンランドとラトビアは迅速かつ柔軟に対応できる法制度の整備を急ぐ必要がある。本節では、国防、危機管理、情報保護、スパイ活動対策などを対象とした法改正の必要性が述べられている。


たとえば、民間資源の動員、通信遮断、国外勢力による干渉の摘発といった非常時対応措置を合法的に実施できる法的枠組みが求められている。また、国家安全保障に関わる情報の取り扱いや報道の自由とのバランスを考慮した法制度の再構築も必要である。


さらに、サイバー領域での防衛活動を合法化し、国家主導のサイバー防衛機構が機動的に活動できる環境整備も重要な課題となっている。


6.Conclusions

本報告書の結論部分では、ロシア・ウクライナ戦争がフィンランドとラトビアをはじめとする欧州の安全保障環境に与えた影響を総括し、今後の戦略的対応の方向性を明確にしている。最大の前提は、ロシアが当面の間、西側にとって恒常的な脅威であり続けるという現実である。たとえプーチン体制が崩壊したとしても、ロシアの政治的・軍事的な行動原理が急激に変わるとは考えにくく、むしろ体制が不安定化することでさらなる混乱や挑発行動を招くリスクさえある。


このような前提の下、フィンランドとラトビアは安全保障のあらゆる側面を見直し、従来の抑止・防衛中心の政策から、社会全体を巻き込んだ包括的防衛戦略へと進化させる必要がある。具体的には、NATOとの連携強化、地域的な軍事協力の拡大、徴兵制度の見直し、国防産業の育成、サイバー防衛と情報空間保護、精神的レジリエンスの向上、さらには法制度の整備まで、多岐にわたる政策が挙げられている。


また、安全保障は軍事だけでなく、政治・経済・社会の全てに関わる問題である。民主主義の価値観、法の支配、国家アイデンティティの強化といった「ソフトな防衛」も不可欠であり、これらがロシアによる情報操作や分断工作への最も有効な対抗手段となる。教育やメディア、国民意識の形成は、時間はかかるが持続的な安全保障の基盤となる。


加えて、ロシアおよびベラルーシの民主化を望む反体制派への支援も、戦略的価値を持つ。たとえ短期的な体制転覆には至らなくとも、将来的な変化の布石となり、ロシア社会における自由や多様性の種を育む可能性がある。しかし同時に、スパイ活動や偽装移民のリスクを抱えるため、安全保障上の配慮とバランスの取れた支援体制が求められる。


経済面では、エネルギー依存からの脱却と対ロ制裁の継続が中核である。これによりロシアの戦争遂行能力を制限し、国際的孤立を維持することが可能となる。ただし、制裁がもたらす自国経済への影響や第三国経由の制裁回避への対応も含め、柔軟かつ戦略的な政策判断が必要である。


結論として、フィンランドとラトビアにとって最も現実的な安全保障戦略は、あらゆるシナリオに備えた「長期的・構造的なレジリエンス」の構築である。ロシアが今後どのように変化しようとも、それに振り回されず、自国の民主的基盤と防衛体制を自立的に強化していくことが、持続可能な安全保障の鍵となる。

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