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(論文解説:番外編)正当化し得ないものの正当化:ロシアのウクライナ侵略、国際法、カール・シュミットの「大空間理論」(Oxford University)

Hilpold, Peter. "Justifying the Unjustifiable: Russia’s Aggression against Ukraine, International Law, and Carl Schmitt’s ‘Theory of the Greater Space’ (‘Groß raumtheorie’)." Chinese Journal of International Law, vol. 22, no. 3, 2023, pp. 409–433. Oxford University Press

1.A two pronged approach: Justifying Russia’s attack against Ukraine with arguments from inside and outside the United Nations Charter

国際連盟時代から戦争違法化の流れは強まり、特に国連憲章は武力行使を原則禁止している。このため、戦争を正当化するには、国連安保理の第7章による承認や憲章51条の自衛権といった厳格な例外に該当しなければならない。ロシアのウクライナ侵攻に際し、プーチン大統領は複数の「法的」理由を提示したが、具体的な裏付けを欠き、聴衆に断片的論点をつなぎ合わせさせるような手法だった。国際法学者の間では、これらの主張に国際法上の根拠はないとの広範な一致がある。しかし、ロシアは「西側諸国の挑発と包囲が侵略の原因」という、国連憲章の枠外にあるメタ法的な論理も展開した。NATO拡大や隣国での「反ロシア同盟」形成がロシア存亡を脅かしたとし、自衛を名目に侵攻を正当化するが、この論理は国連体制の根幹と矛盾する。著者は、プーチンの発言から伝統的国際法に基づく議論を抽出し検証する第一段階と、それを超えて別の国際秩序を構築しようとする第二段階を区別すべきだとする。前者は概念の混同と誤用に満ち失敗必至であり、後者こそが真の狙いで、旧時代の思考様式を現代に復活させる危険がある。


2.Justifying Russia’s aggression against Ukraine with traditional international law arguments—an impossible challenge

2-1.The primary point of reference: President Putin’s address of 24 February 2022

ロシアの侵略正当化を検討する際、2022年2月24日のプーチン演説が中心的資料となる。ロシア国内では「特別軍事作戦」と称されたが、国際的には事実上の「宣戦布告」と認識された。国際法学界はこの演説を国際法の既存解釈に基づき分析したが、法的正当性はほぼ見いだせなかった。著者は、プーチンの主張には伝統的な国際法論拠と、より根本的に現行秩序を否定する思想的・理念的主張が混在すると指摘する。前者は既に多く論じられているが、後者は現行国際法秩序全体を揺るがす危険があるため看過できない。国連憲章下では武力行使は禁止され、安保理承認か自衛権のみが例外である。プーチン演説の「防衛」論は、明確な軍事的脅威に基づかず、西側の敵意や歴史的危機感といった抽象的要素に依拠しており、憲章51条の適用要件を満たさない。結果として、侵攻の伝統的法的正当化は成り立たず、代わりに戦間期的な「別秩序」の提示が主眼となっている。


2-2.Using the agreed language of international law

プーチン演説には、国際法の共通用語を用いた部分があるが、それは「文明的対話」の外観を装うためのものであった。安保理常任理事国による侵略は、国連憲章の根幹原則である武力行使禁止(jus cogens)に反し、正当化はほぼ不可能である。侵略は国連総会決議3314の「侵略行為」の全例に該当し、「特別軍事作戦」との呼称変更は無意味である。正当化の余地を探る場合、自衛権が最も頻繁に用いられるが、現代の自衛権要件は厳格であり、侵攻前の大規模露軍集結や攻撃開始は侵略の証拠とされる。予防的・先制的自衛の拡張解釈は国際法秩序を脅かすため慎重であり、学界・国際実務の最大限の譲歩は「差し迫った攻撃」に対する防衛までである。しかし、プーチンは具体的・差し迫った脅威の証明を一切示せず、西側の陰謀論的批判に依拠した。さらに人道的介入、招請による介入、集団的自衛、在外自国民保護など複数の国際法概念を援用したが、いずれも要件を欠き、国連安保理の承認もなく成立しない。結論として、伝統的国際法の言語はロシア侵略の正当化を提供できず、むしろ国際平和法の用語を歪めて戦争を正当化する試みである。


2-3.Is the Russian aggression an act of self-defense?

ロシアの侵攻は国連憲章第7章による安保理の承認を得ていないため、正当化には憲章51条の自衛権か、やや幅の広い慣習国際法による自衛権が唯一の拠り所となる。しかし、自衛権はその適用要件が極めて厳格であり、武力行使禁止の実効性を最大限確保するよう構成されている。2022年2月24日以前、衛星情報や諜報により、ロシア軍が国境沿いに大規模集結し、ウクライナ防衛線や民間施設を攻撃、キーウ包囲を試みた事実が明らかになっていた。国連総会決議3314第2条は、憲章違反の武力行使の最初の使用を侵略の推定証拠とするため、この時点で自衛権主張は極めて困難になる。


確かに、一部では差し迫った攻撃(imminent attack)への先制自衛を認める拡張解釈が議論され、特に9.11以降は米国の2002年国家安全保障戦略などで「差し迫り」の概念が広げられた。しかし、国際社会では予防的・先制的自衛は原則違法とされ、許容されるのは真に差し迫った脅威への対応に限られる。国連ハイレベルパネル報告(2004年)や国連事務総長報告(2005年)も「差し迫った脅威」への対応を認めつつ予防的行動は否定した。その後のチャタムハウス原則(2005年)、ライデン勧告(2010年)、ベスレヘム原則(2012年)も、差し迫った脅威の実在と重大性を厳格に要求し、抽象的・将来的な危険や推測は排除している。


差し迫り性の評価は時間要素だけでなく、攻撃の確実性・重大性など総合的に判断されるが、核開発のような深刻事案でも差し迫りと認定されない場合がある。したがって、主張する側には詳細かつ説得力ある証明責任がある。プーチン演説は、西側の敵意やNATO拡大といった抽象的要因に依拠し、具体的軍事攻撃の差し迫り性を立証しなかった。歴史的危機感や「1940~41年の再現」のような比喩は、法的自衛権の適用条件とは無縁である。1945年以降、通常兵力の潜在的脅威を自衛権の根拠とした例はなく、これは古代ローマのカルタゴ戦争や真珠湾攻撃の論理と同様、現行国連法と両立しない。よって、ロシア侵攻を自衛権として正当化する余地は皆無である。


2-4.Other (theoretically possible) justifications based on international law

自衛権以外にも、プーチン演説には国際法上の複数の正当化概念が混在していた。第一に「人道的介入」論で、ウクライナ政府がルガンスク・ドネツク住民に対しジェノサイドを行ったと主張した。しかし、人道的介入は国際法上の合法性が強く疑問視され、2005年国連世界サミット成果文書は、重大な人権侵害への対応は安保理が承認する場合に限ると明記した。ロシアは安保理承認を得ておらず、独立した証拠も存在しないため成立しない。


第二に「招請による介入」や「集団的自衛」論がある。プーチンは、侵攻2日前にロシアが承認した「ドンバス人民共和国」との相互援助条約を根拠にしたが、国際法上の国家承認要件を満たさない実体であり、ほとんどの国が承認していない。さらに、招請や集団的自衛は主権国家間で成立し、介入はその領域に限定されるが、ロシア軍は全土に侵攻しており要件を逸脱している。


第三に「在外自国民保護」論があり、クリミアやセバストポリのロシア国民保護を口実とした。しかし、国際法上この概念は限定的で、特定の個人に対する即時の生命・安全の脅威が必要である。本件では人数や場所も特定されず、差別の具体的事実も示されていない。これらは人道的介入論と境界が曖昧で、いずれにせよ比例原則に反する。加えて、ロシアは「パスポート化」により住民に一方的に国籍を付与しており、保護主張の正当性はさらに疑わしい。総じて、これらの代替的正当化論は、いずれも要件不備か国際法の枠外であり、侵攻を正当化することはできない


2-5. First conclusion: The language of law is not able to provide acceptable justifications for the Russian aggression

ここまでの検討から、伝統的国際法はロシアのウクライナ侵攻を正当化し得ないことが明らかである。国連憲章は武力行使を原則禁止し、ごく限定的な例外のみ認める。ロシアはその例外を根本的に歪曲し、自衛権や人道的介入などの用語を本来と逆の意味で用い、侵略を擁護する「オーウェル的ニュースピーク」を展開した。このような操作は、国際法の基本原則を骨抜きにし、平和秩序を掘り崩す危険がある。


提示された全ての論拠は詳細な検証に耐えず、プーチン自身や顧問団もその脆弱さを認識していた可能性が高い。そのため、演説には従来の国際法言語による説明に加え、現行秩序を否定し、別の国際秩序の構築を志向する説明が含まれている。これは戦間期や1930年代のような、国際社会が大きな岐路に立たされた時代を想起させる。こうした「代替秩序」論は、現行の国連体制や平和秩序の根幹に挑戦するものであり、その影響は法的議論の域を超えて深刻である。著者は、これら新旧入り混じる論法の危険性を看過すべきでなく、現行国際法の防衛のためにも厳密な反論が必要であると結論づけている。


3.A “Schmittian” versus a Kelsenian view of international law: Are we faced with a change of paradigm?

プーチン演説には、表面的な国際法用語を用いた正当化とは別に、西側による「包囲」やNATO拡大を生存上の脅威とみなす発言が見られる。これは第一次世界大戦前のドイツ帝国の「包囲」恐怖や、カール・シュミットの「大空間理論(Großraumtheorie)」を想起させる。この理論は、各「大空間」の覇権国が周辺国に優越的権利を持ち、外部勢力の介入を排除できるというもので、国連憲章の「主権平等」原則と相容れない。


歴史的に、包囲感は戦争の引き金となってきたが、それは交渉よりも武力で打破しようとする指導層の主観的判断に依存する。国連体制下では武力行使禁止が根幹であり、包囲論による先制攻撃は現秩序を根底から否定する。ソ連は革命直後から資本主義国家に包囲されているとの認識を持ち、教授コロヴィンらは「過渡期国際法」理論を展開した。そこでは、資本主義国との協力は可能だが、まずは自国防衛が優先される。この考えは地政学的・領土的防衛観に基づき、1939年の独ソ不可侵条約で極端化した。


シュミットの理論は、地域覇権国が自らの「大空間」で特権を持ち、外部干渉を禁じる秩序を構想した。こうした枠組みでは国際法は消滅しないが、弱小国への保障は希薄化し、権利は段階的に制限される。冷戦終結後、東西のイデオロギー対立は消えたかに見えたが、ロシアは経済・政治的影響力の回復を目指し、EAEU(ユーラシア経済連合)やロシア・ベラルーシ・ウクライナの統合構想、「大ロシア」構想などを模索した。2014年、ウクライナがEU連合協定に向かったことで経済的影響圏拡大の望みは絶たれ、以後は軍事力による「大空間」形成へと傾斜した。


著者は、西側の過去の国際法違反(コソボ1999、イラク2003、リビア2011など)を持ち出す「tu quoque」論法は無効だと指摘する。なぜなら、武力行使禁止や人権保護などの根本規範の廃止を意味しないからである。プーチンの「包囲」や国力低下への危機感は現実的課題だとしても、それを軍事行動で解決することは違法かつ危険であり、経済・技術的課題を優先すべきだった。


また、戦後秩序を維持するためには、ロシアの侵略による領土支配は国際法上認められず、他国は承認を禁じられる(国際法委員会国家責任条文第41条2項)。和平条約であっても、この禁止を覆せるかは疑わしい。著者は、現状は国連憲章型のケルゼン的法秩序(普遍的・平等な規範支配)と、シュミット的地政学秩序(地域覇権優越)の衝突であり、後者が受容されれば国際法は根本的に変質すると警告する。


4.Conclusions

ロシアのウクライナ侵攻は、被害国だけでなく国際法秩序全体にとって大惨事である。1945年以降、紆余曲折を経ながらも国際法は価値体系として発展してきたが、多くの原則が今回の戦争で揺らいだ。プーチンが望んだ「東方大空間」は実現せず、ロシアは政治的・軍事的・経済的に弱体化し、多大な人的損失を被っている。領土拡張によって人口減少を補うという目論見も破綻し、「領土への執着」は歴史的に破滅的結果しかもたらさなかった。


国際社会は、この執着が侵略を通じて利益を生むという考えを断ち切るため、1930年代以降一貫して努力してきた。現行国際法は領土獲得を侵略の成果として認めず、この点で妥協の余地はない。もし包囲論や大空間論に一定の正当性を与えれば、弱小国の主権平等や武力行使禁止は空洞化し、戦間期の不安定な秩序へ逆戻りする危険がある。


著者は、今回の戦争は国際法を破壊するだけでなく、ロシア自身をも損なっていると指摘する。軍事手段は経済・技術格差是正の有効な解決策ではなく、むしろ国際的孤立と制裁を招く。領土占領を恒久化する試みは、他国による不承認義務と将来の返還要求に直面する。さらに、戦争による損害賠償義務も生じており、国連総会は既にロシアに賠償を求める決議を採択、欧州評議会は損害登録制度を設けている。


最終的に、著者は「ケルゼン的」国際秩序の維持を強く訴える。これは、普遍的規範と合意に基づく平等な法秩序であり、地政学的勢力圏論や領土拡張主義とは対立する。国際社会は、ロシアの侵略に対して一貫して違法性を確認し、承認拒否と賠償要求を継続する必要がある。さもなければ、国際法の根幹である武力行使禁止と主権平等は致命的に損なわれ、1930年代型の不安定で危険な世界秩序が再来する危険が高まる。著者は、侵略の正当化を拒否し、現行国際法秩序を守り抜くことが唯一の道であると結論づける。



ルハンスクおよびドンバスの独立についての合法性については下記論文にて議論されている。

本吉,「ロシアによるウクライナ侵攻と岐路に立つ国連憲章体制」,『防衛学研究』,69号,2023年,日本防衛学会


本吉は国家成立の要件を示した上で、自決権および国家承認を論点としている。

※国家の成立要件を判断するかは客観的に判断しようがないため、追加論点として発生する。


自決権については、「ケベック分離事件などを踏まえれば、過酷な抑圧の存在など一定の条件下で、当該地域の分離独立が認められることは「理論上」の可能性としてはありえよう。しかし、そもそもどのような状況で分離独立が正当化されるか、という基準についての国際的同意がいまだ存在しないことこそが大きな問題である。それゆえに、ここまでの議論を踏まえれば、「救済的分離」は形成途上の権利であり、国際法上確立したものとはいえない。また、明確な基準無しに分離独立を認めることは、既存国家の国境線の変更をもたらし、領土保全原則に反する」とし、


また、国家承認について「新国家が平和裏に話し合いで独立した場合は「宣言的効果説」が妥当し、本国との対立により分離独立した場合は「創設的効果説」が妥当」とする「宣言的効果説」と「創造的効果説」の折衷案の立場を取る。


本規範から両地域の国家としての独立を検討した場合、外交能力については「「両『人民共和国』は、ロシアの政治的、軍事的影響を強く受けており、自主的な外交関係を処理できていたかは疑わしい」と論じた上で、自決権については「『救済的分離』は国際法上の権利として確立していないため、現時点でそれを適用することは困難である。またロシア側は、ウクライナによるジェノサイド行為の存在を主張しているが、その主張は一方的なものであり、具体的な証拠は挙がっていない」とし、国家承認としては限られた国家からしか承認を得ていないとする。


一方で、あくまで国交樹立ができたという事実に基づいて国家の成立要件を満たしているという主張も存在はしている。


Nindito&Setiyonoは、宣言的効果説において国家の要件を満たしていることを前提としつつも、創造的効果説をとったとしても、キューバ等との国交樹立を行っていることから国家として認められるとする。

(Nindito A. S., Setiyono J. "Recognition of Donetsk and Luhansk as a country by Russia reviewing from state recognition theory" . International Journal of Law, Volume 8, Issue 6, 2022, Pages 80-83)


本件に関して言うならば、現在の通説は宣言効果説であり、その意味で本吉の主張は弱いのではないかと思われる。ただし、自決権については両者ともに説得力のある議論ができていない。


加えてそもそも、国家の成立要件の一つである「他国と関係を取り結ぶ能力」についてはNindito&Setiyonoは有効な議論を提示できていない(論文中ではBoer氏の議論で述べられているとするが、本文中に参照文献がなく、また調べる限りにおいてそのような資料は存在していない)。

つまり、「尚早の承認」ではないかという論点については答えることができていないのである。なお、日本における論文を見る限りにおいては「尚早の承認」とするものがほぼ全てである。

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