(論文解説)中国は如何にして台湾に侵攻するか(U.S. Naval War College )
Wood, Piers M., and Charles D. Ferguson. "How China Might Invade Taiwan." Naval War College Review, vol. 54, no. 4, 2001, article 5. U.S. Naval War College Digital Commons, https://digital-commons.usnwc.edu/nwc-review/vol54/iss4/5. Accessed 5 Aug. 2025.
1.Introduction
論文「How China Might Invade Taiwan」は、中国の台湾侵攻の可能性について、既存の2つの主要な分析的立場を批判的に検討し、第三の視点――段階的侵攻(phased invasion)――を提示することを目的としている。中国による台湾への軍事侵攻の脅威は長年にわたり議論されてきたが、分析者たちはおおむね2つの立場に分かれる。
第一の立場は、中国が台湾に対して兵力、航空機、潜水艦などで数的優位を持ち、さらにロシアからの先進兵器導入(例:ソヴレメンヌイ級駆逐艦やSS-N-22ミサイル、Su-27戦闘機など)によって軍事的脅威が高まっていると主張する。この立場では、アメリカが台湾との軍事関係を強化する必要性を唱え、台湾の防衛力強化を急務とみなす。彼らは中国による短期的な勝利を予測するわけではないが、特に今後数年間における台湾の軍事的相対劣化を懸念する。
第二の立場は、台湾の空軍や海軍の質的優位、さらには防衛側の地理的・戦術的有利性を評価し、中国による侵攻は複雑で困難であると指摘する。中国の軍事近代化が脅威となる可能性は認識するものの、その現実性は10年から20年先の話であると見る。
筆者らは、これら2つの立場に共通する欠点を指摘する。まず一方は定量的な「ビーンカウント」(兵器数の比較)に偏重し、実戦に即した運用的視点が欠如している。他方は、西洋的な戦争観に依拠しすぎており、アジア諸国の「決意」を軽視するという過去の失敗(朝鮮戦争やベトナム戦争)を繰り返している可能性がある。
さらに、両者とも「侵攻=一挙全面戦争」という前提に立っており、段階的な侵攻という可能性に十分な注意を払っていない。著者らは、軍事的専門家の多くが現実には段階的・持続的な戦役を前提に行動していることに注目し、台湾侵攻においても「一撃必殺」ではなく、戦略的に段階を踏むことで成功の可能性を高めるシナリオが存在するという新たな視点を提示する。
その文脈において、台湾海峡を渡る主侵攻ルートに存在する澎湖諸島(Peng Hu Islands、旧称Pescadores)の地政学的な重要性が再評価される。これらは、戦術的に「居間にいる牛」のように無視しがたい存在であるにもかかわらず、近年の議論では見落とされがちであった。
このように、著者たちは中国が現時点で即座に侵攻を成功させる能力を有しているとは考えていないが、決意と戦略的計画を持つことで、5年、10年、あるいは20年という従来の予測よりも早期に侵攻を実行し得ると警鐘を鳴らしている。その上で、本稿では段階的侵攻の軍事的・戦術的実現可能性について、米国の揚陸作戦ドクトリンを踏まえて詳細に分析していく。
2.PHASED INVASION(段階的侵攻)
「PHASED INVASION(段階的侵攻)」では、中国人民解放軍(PLA)が台湾本島を直接攻撃するのではなく、3つの段階に分けて徐々に支配地域を拡大し、台湾を戦略的に孤立させて最終的な制圧を狙う構想が論じられる。この3段階とは、①金門島(Quemoy/Kinmen)など中国本土に近い島嶼の奪取、②澎湖諸島(Peng Hu Islands)の占領、③台湾本島西岸への本格侵攻である。
この「ステッピングストーン戦略」は、中国にとって複数の戦術的利点をもたらす。まず各段階で局所的に圧倒的な兵力集中を行うことで、防衛側の資源を分断し、各防衛拠点の防御力を相対的に低下させる。また、初期段階の戦闘を国内的に「戦時モード」への世論形成に活用し、大規模な軍備増強や訓練の正当化に利用することも可能である。さらに、第1・第2段階の戦闘経験を第3段階(台湾本島上陸)への予行演習と位置づけることで、軍の練度を向上させることができる。
初手として想定される金門島侵攻は、地理的に中国本土に極めて近く、実質的には「河川渡河」に近い作戦となる。中国軍は対空ミサイルや地対空砲を駆使して制空権を確保しつつ、空軍機の損耗を抑える戦術を採ることが可能であり、また圧倒的な対空火力で台湾空軍の出撃を制限できる。特に金門島には5万5千の防衛兵力が存在するが、5対1以上の兵力差を形成できれば、攻略は現実的である。
第2段階の澎湖諸島攻略は、台湾本島侵攻のための前哨戦として位置づけられる。これらの島は地理的に本島の戦略的側面を脅かす存在であり、中国にとっては確保必須の要衝である。ここでは制空権および一定の制海権を確保できなければ、作戦の継続が不可能であるとされ、戦術的な成否を左右する重要な局面となる。
この段階的戦略の大きな意義は、米国の軍事介入を回避する可能性を高める点にもある。全面侵攻ではなく、限定的で段階的な行動であれば、米国側にとって「台湾関係法」の発動根拠が曖昧になり、政治的決断を遅らせる可能性がある。また、時間を稼ぐことで中国はさらなる装備増強や港湾・空港整備を進め、最終的な本島上陸作戦に向けた準備を整えることができる。
このように、段階的侵攻は、戦術的にも戦略的にも中国にとって合理的かつ実行可能性の高い選択肢として提示されており、台湾・米国にとっての警鐘となる。
3.Operational Requirements(作戦上の要件)
本章では、中国が台湾への本格的な揚陸作戦を実施するにあたり、満たさなければならない4つの基本的要件を米国の揚陸戦ドクトリンに基づいて分析する。これらは、①制空権の獲得と維持、②制海権または海上拒否能力の確保、③統制された海上輸送と上陸能力の確保、④火力優勢の確保、である。著者らは、これらの要件を踏まえたうえで、中国の現状と課題を客観的に評価している。
第一に、制空権は最も重要な要件であり、これを確保できなければ他の条件も達成不可能となる。中国空軍は戦闘機数で台湾に圧倒的な数的優位を持つ(最大で約5600機に対し、台湾は540機程度)が、その多くは旧式機であり、質的には台湾のF-16やミラージュ2000に劣る。しかし、制空戦における中国の主目的は、空対空戦闘で優位に立つことではなく、台湾側の空軍基地や滑走路を攻撃して出撃回数(ソーティ率)を抑制することである。また、台湾に近い22の基地には約1100機の戦闘機を配備可能で、老朽機でも出撃可能な距離にある。したがって、空軍力の質的劣位を量と地理で補う可能性がある。加えて、中国が滑走路や空港を新設・拡張すれば、短期間で航空展開能力を高めることができる。ミサイル攻撃については、命中精度が依然として課題だが、将来的にクラスター弾頭やGPS誘導が導入されれば、滑走路や防空システムを効果的に無力化できる可能性がある。
第二に、**制海権(海上の安全確保)**の要件は、特に上陸部隊の輸送と補給の観点から極めて重要である。中国海軍は戦闘艦艇数で台湾を上回るが、質的には依然として劣っており、制海権の確保は困難である。しかし、中国が有利な点は70隻におよぶ潜水艦戦力である。台湾海峡の狭さと浅さは潜水艦の隠密性を制限する一方で、地形的制約を逆手に取り、台湾艦隊の行動を阻止する「海上拒否(sea denial)」戦術を展開できる。潜水艦によって上陸作戦前の航路を掃討し、上陸部隊の安全通行を確保する形が現実的とされる。
第三に、海上輸送能力(sea lift)と上陸戦力の展開が挙げられる。中国の商業艦隊は2000万人規模の兵員輸送が理論上可能であり、軍用の揚陸艦50隻、上陸艇200〜350隻を活用すれば、第一波で250両以上の戦車、700門以上の火砲を上陸させることができる。ただし、この数は決して十分とは言えず、アメリカの機甲1個師団にも及ばない。兵站の大部分を民間船舶に依存する必要があるが、民間貨物船を仮設的に兵員輸送に転用するのは技術的に可能である。中国沿岸部の港湾能力は現状では20万人程度の同時乗船しか対応できないが、港湾整備も含めた資源再配分を行えば、短期間で改善可能である。
また、小型民間船の活用も大きな輸送力の補完策となる。中国には10万隻以上の小型漁船が存在しており、1隻に30名ずつ搭乗すれば150万人以上の兵員輸送が理論上可能である。もちろん、こうした民間船は軍用上陸艇に比べて組織化が困難であり、兵員の戦術的隊形や物資の順序的積載(戦闘積載)など、作戦の整合性を確保するには高度な統制が必要とされる。しかし、GPSなどの近代的航法技術を活用すれば、混乱の一部は抑制可能であり、中国が独自の「ドクトリン的革新」を遂げる可能性もあると指摘されている。
最後に、火力優勢の確保が求められる。揚陸部隊は上陸と同時に敵の防衛ラインを突破する必要があるため、制空・制海権の下での艦砲射撃、航空支援、野戦砲兵による支援が不可欠である。これには中国軍の火力連携能力と兵站維持力が問われる。
総じて、中国が台湾侵攻に必要な4大要件を同時に満たすには、現状では複数の弱点を克服する必要がある。しかしながら、中国が戦略的な意思決定の下で国家資源を再配分し、インフラや戦力展開能力の強化を進めれば、数年以内にそれらの条件を現実のものとすることは不可能ではないと著者らは指摘している。
台湾本島への上陸戦では、通常の防御戦とは異なり、攻撃側に「時と場所を選べる」主導権があるため、奇襲効果が期待される。中国は200万規模の兵力を動員可能である一方、台湾は約21個師団で250マイルの海岸線を防衛しなければならず、各師団の前面は広大である。さらに、中国は大量の船舶で台湾の監視システムを飽和させ、侵攻地点を秘匿できる可能性が高い。空と海の制圧が達成されていれば、上陸後の反撃も困難になる。西海岸の干潟や潮汐、モンスーンといった自然的制約はあるが、中国はそれを克服する装備・経験を持つと見られ、例えば朝鮮戦争の仁川上陸作戦や第二次大戦のタラワ攻防戦を例に挙げ、困難な地形条件下での成功の前例があると指摘される。以上から、上陸作戦は極めて複雑だが、条件が整えば中国は実行可能と見なされている。
本節では、中国による台湾侵攻の現実的可能性と条件について、多角的視点から評価されている。筆者らは、中国が現時点で台湾本島への大規模侵攻を即時に実行できるわけではないとしながらも、将来的には十分に現実的脅威となり得ると警告する。
まず、中国が台湾に侵攻できるか否かは、戦力の「数」だけでは測れない多くの“もし(if)”に依存している。たとえば、中国空軍が制空権を確保できなければ、作戦は開始前に破綻する。また、人民解放軍が港湾能力を拡張し、十分な兵力と物資を効率的に輸送できるかどうか、そして台湾海峡を横断する航路を潜水艦などで守りきれるかどうかといった複数の条件が整ってはじめて、作戦の現実性が生まれる。輸送が成功しても、上陸部隊が整然と展開できなければ、防御側に撃退される可能性もある。
しかし、筆者らは「もし」に加えて、中国が有する多数の「〜できる(could)」可能性にも注目している。たとえば、中国は民間資源を大規模に軍事動員(merchant fleet, 小型船舶など)することが可能であり、それにより100万人以上の兵力を輸送しうる。さらに、3000機以上の戦闘機を活用して、段階的に制空任務を展開することも現実的である。仮に初動で一定の損害が出ても、中国の圧倒的兵力と動員力は、持久戦によって台湾の防衛体制を徐々に崩す可能性を秘めている。
4.侵攻の可能性(Likelihood of an Invasion)要約(1500字)
とりわけ重要なのは、著者が「段階的侵攻(phased invasion)」というアプローチを、中国の地理的・戦略的現実に適合するシナリオとして評価している点である。中国は、まず金門島や澎湖諸島など台湾周辺の離島を奪取することで、台湾本島に対する軍事的圧力を強化しつつ、防衛戦力を分散・疲弊させる戦術が可能である。こうした作戦は、**時間の経過とともに優位性を強める「消耗戦(war of attrition)」**の形を取り、中国に有利な展開をもたらす可能性がある。防衛側である台湾は、すべての地点を防衛しようとすれば兵力の分散を余儀なくされ、結果的に個々の地点で敗北を喫する「各個撃破(defeat in detail)」の危険に直面する。
一方で、著者はアメリカや台湾がこのバランスを変えることが可能であるとも指摘する。たとえば、アメリカが台湾に対して高性能な兵器や装備を大量に供与すれば、台湾は防衛力を強化できる。しかし、それは同時に中国による「時間的猶予」の喪失を意味し、逆に中国の側が武力行使を早める誘因ともなりうる。特に、台湾が新たな兵器体系を導入しても、それを運用・統合するまでには時間がかかるため、供与が開始された時点での「移行期」は防衛上の脆弱性を伴う。その隙を突いて、中国が先制攻撃(preemptive strike)に出る可能性もあるという。
また、台湾が自国生産や他国との調達によって武装強化を進めた場合でも、それが対中国抑止となるかどうかは、軍事的数値の差だけでなく、政治的意志と戦略的判断によって左右される。中国が「国家統一」を最優先目標とみなす限り、軍事的コストや国際的批判があっても、台湾への武力行使を排除することはできない。
結論として、筆者らは「中国はすぐには台湾を侵攻できない」とは言いつつも、「その能力を近い将来に持ちうることを否定すべきではない」と主張する。そして、アメリカおよび台湾が中国の段階的作戦や長期的戦略に適切に備えなければ、最悪の事態に直面する恐れがあると警告している。特に、空軍基地、潜水艦戦力、商用輸送船の動員能力、段階的戦略といった要素を過小評価することは、将来の台湾有事において重大な判断ミスを招きかねないと締めくくっている。
四半世紀前の論文ですが、注目がまたかなり集まっているらしく、この機会にご紹介いたしました。