(論文解説)ソーシャルメディアの影響力:ロシアのTwitterボット-ウクライナ戦争(MİLLİ SAVUNMA ÜNİVERSİTESİ )
Taban, Muhammed Hayati, and İsmail Gür. “Social Media as an Agent of Influence: Twitter Bots in Russia - Ukraine War.” Güvenlik Stratejileri Dergisi, vol. 20, no. 47, 2024, pp. 99–122.
トルコ国防大学(MİLLİ SAVUNMA ÜNİVERSİTESİ )の論考となります。
Introduction
2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻以降、ヨーロッパでは第二次世界大戦以来最大規模の武力紛争が進行している。この戦争の犠牲者には市民だけでなく「真実」も含まれると筆者らは指摘する。特にSNSの普及と共に、事実と虚偽の境界は曖昧になりつつあり、プロパガンダや誤情報の拡散は戦争と密接に関係している。
SNSはすでに伝統的メディアに代わって人々の主要な情報源となり、約50億人が利用している。これにより、意図的な操作が容易になり、プロパガンダの主戦場は物理空間から情報空間へと拡大した。特にTwitterのようなプラットフォームは、ボット(自動化アカウント)を活用した情報戦の舞台となっており、政治勢力や国家が世論操作を目的に用いることが多い。ボットは迅速・安価・広範に情報を拡散できるため、特に危機時において有効である。
ロシアは、2016年の米大統領選挙における干渉を機に、Twitter上のボット活用が注目された国家である。そのためTwitter社は対策として情報品質向上策を導入し、ロシア政府関連アカウント300以上の投稿を制限する措置を講じた。これに対しロシアはTwitterの国内アクセスを遮断した。
本研究では、戦争開始から8日間(2月24日~3月4日)におけるロシア語圏Twitter(ロシア語投稿)のデータを収集し、ボット判定ツール「Tweetbotornot2」によって、ロシアのボット使用実態と、なぜロシアがTwitterを遮断したのかを分析対象とする。この期間は戦場での物理的攻撃と同時に、情報空間でもボットを使った第一波の情報戦が展開されたと仮定される。
本論文はまず、SNSとボットによる偽情報の関係性を明らかにし、次にロシアによる具体的な情報操作戦略を整理し、最後にデータ収集と分析手法を述べたうえで、結論と今後の研究課題を提示する。
1. Disinformation on Social Media and Bots(SNS上の偽情報とボット)
本章では、SNS上での偽情報(disinformation)拡散の中心的手段としてのボットの役割が論じられる。まず「偽情報」は「誤情報(misinformation)」や「プロパガンダ」と混同されがちだが、前者は意図的な虚偽の流布、後者は広義の操作戦術を意味する。つまり偽情報は、明確な意図を持って虚偽を発信し、認識を歪めることを目的とする行為である。
近年、選挙や政治危機のたびにSNSでの偽情報が問題視されるようになり、EUをはじめとした国際機関も対策を強化してきた。その中でも特にTwitterは、ボットによる操作に対して脆弱である。ボットは人間のように見せかけながら、反復的かつ機械的な投稿を行い、特定の話題や感情を増幅させる。彼らは単なる投稿にとどまらず、他のアカウントへの言及やハッシュタグ操作、あるいはネットワーク的連携を通じて、実在する人々と区別しがたい影響力を発揮する。
ボットの出現頻度はテーマや時期によって異なるが、ある研究では全Twitterユーザーの8.5%~15%がボットと推定されている。また、ニュースリンクの66%がボットによって投稿されているとの報告もある。とくにアメリカ大統領選やBrexit、COVID-19に関連する偽情報の拡散にはボットが深く関与していた。さらに、ボットは感情的なトピック、たとえば移民、テロ、宗教、銃乱射事件などを取り上げることで社会的分断を煽る傾向がある。
このような現状に対し、米国防総省のDARPAはボット検出技術の開発コンペを実施するなど、国防レベルでの対応も進んでいる。研究者たちは監視学習(supervised learning)や深層学習(deep learning)、自然言語処理(NLP)などの手法を用いてボット検出ツールを開発してきた。
本研究でも使用された「Tweetbotornot2」は、ユーザーのプロファイル、投稿内容、投稿時間など多様な要素を分析し、ボットらしさを0~1でスコア化する手法である。これにより、対象となるロシア語ツイートのうち、投稿者がボットである可能性を高精度で判定することが可能となった。
以上のように、ボットはSNS上の情報戦における不可欠な存在であり、特に国家が戦略的に用いることで、世論や感情を巧みに操るツールとなっている。次章ではロシアがいかにこのツールを駆使しているかが詳細に論じられる。
2.Russian Disinformation(ロシアの偽情報戦略)
この章では、ロシア連邦による組織的な偽情報(disinformation)戦略と、その中核的手段としてのソーシャルメディアおよびボットの利用について論じている。筆者らは、ソビエト連邦の後継国家であるロシアが、過去数十年にわたり意図的な情報操作を国家政策の一部として活用してきたことを指摘し、その実態を2014年のクリミア併合以降の事例を中心に詳述する。
情報戦の転換点は、2014年のクリミア危機とされる。この危機をきっかけに、ロシアはSNSを利用したプロパガンダ戦術を全面的に展開するようになった。西側諸国やNATOの関係者もこの動きを脅威と認識し、欧州議会は2016年11月にロシアによる偽情報の脅威を正式に非難する決議を採択している。
ロシアは他国からの情報戦を糾弾する一方で、自国ではTwitterに対して「禁止情報の拡散」などを理由に非難を繰り返しており、2022年には実際にTwitterをブロックしている。さらにロシア国内では、ウクライナ戦争に関する「虚偽報道」への関与を刑事罰の対象とする法律まで制定された。
このような国家的枠組みの中で、ロシアが偽情報を「情報戦争(information warfare)」の一形態として捉えていることがうかがえる。ロシア軍の元情報将校ヴラジーミル・クヴァチコフや参謀総長ヴァレリー・ゲラシモフの発言からは、現代戦では軍事力よりも非軍事手段、特に情報操作の重要性が強調されている。
実際に、ロシアがボットを活用してきた事例は多い。2014年のウクライナ大統領危機やマレーシア航空17便撃墜事件の際にも、Twitter上に大量のロシア発信の偽情報が確認されている。ボットの活動は、単に自国の立場を広めるだけでなく、対象国の世論を撹乱する「分断・信用失墜・気を逸らす(divide, discredit, distract)」という三重戦略に基づいて行われる。
ボットの戦術には以下の三点が挙げられる:
①ジャンクニュースの拡散:特に危機的状況下では、信頼性の低い情報や感情的な内容を急速に拡散させ、混乱を誘発する。
②ローカルメディアの悪用:地元メディアの報道を装うことで、信頼性を偽装し、ターゲット社会に自然に受け入れられるようにする。
③社会的分断の助長:極端な意見や対立を煽ることで、相手国の内部統一を崩し、政策対応を困難にする。
こうした手法は、「コンピュテーショナル・プロパガンダ(computational propaganda)」と呼ばれ、従来の宣伝活動と比べ、遥かに広範かつ精密な操作が可能である。SNSの特徴として、世界中の誰もが瞬時に情報を受信・発信できるがゆえに、その影響力は巨大であり、一方で悪用されやすいという二面性がある。
ロシアは、自国の利益に直接関係のあるテーマのみならず、他国の内政問題(例:難民、選挙、宗教、経済)にも積極的に介入している。これにより国際社会における混乱や不安を助長し、相対的に自国の立場を有利にすることを狙っていると考えられる。
本章の終わりでは、ロシアが2022年2月にTwitterをブロックした理由について、次の仮説が提示される。
【RH(研究仮説):ロシアはTwitterを操作できないと判断したとき、同プラットフォームを遮断するという選択を取る。】
この仮説は、ロシアが常に情報環境の掌握を目指していること、そして自らにとってコントロール困難な状況においては、情報チャネルそのものを遮断することを厭わないという国家戦略を裏付ける。
このように、ロシアの偽情報戦略は、計画的・体系的であり、国家主導のプロパガンダとソーシャルメディアの自動化技術を融合させた新たな情報戦のかたちである。SNS上の「見えない戦場」は今後も国際安全保障上の主要な関心事となるだろう。
3. Data and Methods(データと方法)
本章では、ロシアによるウクライナ侵攻の初期8日間(2022年2月24日〜3月4日)におけるロシア語圏Twitter(ロシア語による投稿)のボット使用状況を明らかにするためのデータ収集と分析手法が述べられている。著者らは、情報操作の主要手段としてのTwitterボットの存在を検出するため、機械学習ベースの分析を実施している。
使用したボット検出ツールは、R言語のパッケージ「tweetbotornot2」である。このツールは、投稿者のプロフィール情報、ツイートの内容、投稿間の時間間隔などの複数の要素を学習し、ボットの可能性を0から1のスコアで提示する。スコアが0.5を超える場合、そのアカウントは「ボット」と分類される。本ツールは高速かつ無料で利用でき、他の有料ツール(Botometerなど)と比較しても精度・処理速度ともに優れているとされる。
データ収集にはTwitterのAcademic Research APIが用いられ、Rパッケージ「academictwitteR」を通じて実行された。このAPIにより月間最大1000万件のツイート取得が可能で、キーワード検索や言語・地理的フィルターも適用可能である。
収集されたデータセットには以下の条件が課された:
対象期間は2022年2月24日から3月4日までの8日間
言語はロシア語
検索キーワードには「ウクライナ(Украина)」「ドネツク(Донецк)」「ルハンスク(Луганск)」「NATO(НАТО)」「軍事」「作戦」など、戦争に直接関連する語句と、戦時中に流行したハッシュタグ「#IStandWithPutin」「#IStandWithRussia」が含まれた
これらの条件により、88万9,193件のロシア語ツイートが取得された。その後、2022年4月12日・13日・28日の3回にわけてボット判定が実施された。Twitterの利用規約の変更や削除・凍結されたアカウントの影響で、65,500件のツイート(約7.3%)は判定不能(NA)となった。これらはTwitter社によって削除・凍結された可能性が高く、他の研究と照らし合わせても、こうしたアカウントはボットである可能性が高いと判断され、分析上はボットとして扱われた。
分析結果では、最終的に18万3,287のユニークユーザーのうち、約15.93%がボットと分類された。ツイート数においては、74万7,510件が人間による投稿、14万1,683件がボットと推定された投稿であった。
また、ボットアカウントは単なる投稿だけでなく、他アカウントへのメンションなどを通じて積極的に相互作用を行っていた。これにより、ボットは独自のネットワークを形成して情報拡散の促進を図っていた。2022年2月25日のボット活動が最も活発だったため、この日に限定してネットワーク可視化が行われ、ForceAtlas2レイアウトを用いてボット相互作用の可視化がなされた。相互作用データからは、64万6479件の双方向的な通信が記録され、そのうちボット由来のものは81万6336件で全体の約12.6%を占めた。
ボットによる活動内容には、親ロシア的見解の拡散、ウクライナの非難、NATOや西側諸国に対する不信の助長などが含まれ、政治的メッセージの強調や敵対的情報の増幅が観察された。
本章を通じて明らかになったのは、ロシア語圏Twitterにおいてボットが大規模に存在し、戦争初期の情報戦において重要な役割を果たしていたことである。また、Twitter社が迅速にボット削除やアカウント凍結を行ったことで、ロシアが期待した影響力を十分に行使できなかった可能性が高いことも示唆された。
4. Findings(分析結果)
本章では、2022年2月24日から3月4日までのロシア語ツイート約89万件を対象としたボット判定の結果が示され、ロシアによるウクライナ侵攻初期におけるTwitter上のボット活動の実態が明らかにされている。著者らは、ツイートデータを3回(4月12日・13日・28日)にわけて分析し、「tweetbotornot2」ツールによりボット確率を算出した。
まず、収集された総ツイート数は889,193件であり、そのうち65,500件(約7.4%)はボット判定不能(NA)であった。これらのアカウントは、分析期間中に削除または凍結されており、Twitterのボット対策によって削除されたと推定される。これに基づき、筆者らはこれらNAアカウントも実質的にボットと見なし、分析に組み入れた。
判定可能な823,693件のうち、ボットによるツイートは12,865件、人間によるツイートは810,828件と分類された。一方、ユーザー単位で見ると、全体で183,287ユーザーのうち15.93%(約29,200件)がボットと推定された。ツイート総数に占めるボット投稿の割合は16%に満たないが、特定のトピックに集中して大量投稿されることで影響力を発揮していたと考えられる。
日別データを見ると、侵攻初日の2月24日から3月3日にかけて、ツイート数は日を追って減少する傾向にあるが、ボットの割合は必ずしも減少していない。特に2月25日にはボットユーザーが最も多く、全体の約22.4%を占めていた。この日はボットによる活動が極めて活発であり、著者らはこの日を対象にボットの相互作用ネットワークを可視化している。
ボットの役割は、単に情報を一方的に投稿することにとどまらず、他アカウントへのメンションやリツイートを通じて、双方向のコミュニケーションや情報拡散を図る点にある。著者らはこの相互作用を計測するために、ユーザー間の「誰が誰に言及したか」の双方向ネットワークを構築した。その結果、約647万件の相互作用が記録され、そのうちボット由来のものは81万件強(12.6%)であった。
また、ボットによる投稿の具体例も分析されており、次のような特徴が浮き彫りとなった:
・ロシア側の立場に立った主張(ウクライナの「ナチス」化や民間人殺害の誇張)
・ロシア政府の公式声明の拡散(例:外務省、国防省などの情報)
・NATOや西側諸国の批判
・YouTubeリンクや他メディアとの連携による外部情報への誘導
これらのツイートは、必ずしも常に政治的な内容ではなく、日常的・中立的なツイートも織り交ぜながら活動しており、これによって「人間らしさ」を装い、信頼性を高めているとされる。
著者らは、Twitter社の対ボット対策がこの期間中に迅速に機能していたと評価している。特に、データ収集からボット分析までの間に30,873のアカウントが削除または凍結されており、これは同社の過去の姿勢(2016年米大統領選後の対応強化)とも一致する。
最後に、図表として示されたボットの投稿数・ユーザー数・相互作用ネットワークなどから、ロシア語圏Twitterが情報戦の一環として戦略的に活用されていたことが定量的に確認された。ボットは単なるスパム発信装置ではなく、組織的かつ政治的意図を持って活動しており、その存在は無視できないレベルに達していた。
5.Discussion and Results(考察と結論)
本章では、ロシアによるウクライナ侵攻初期(2022年2月24日~3月4日)におけるロシア語Twitter上のボット活動に関する分析結果を総括し、それが情報戦争においてどのような意味を持つかが論じられている。筆者らは、戦場での物理的な攻撃と並行して展開された情報戦の重要性を強調し、ボットの活用はその中核的手段であると結論づけている。
まず、本研究は戦争開始直後において、ロシア語圏Twitter上にボットが実在していたことを実証した。分析によって判明したボットの割合(全ユーザーの約15.9%、全ツイートの約16%)は、他の国際的な情報戦に関する研究と比較して控えめではあるが、これはTwitter社による迅速な対処の結果と解釈される。特に30,000件を超えるアカウントがデータ収集後に削除・凍結されており、その多くがボットであった可能性が高い。この事実は、Twitterが戦争初期からロシア発の偽情報に対して強い姿勢を取っていたことを裏付ける。
さらに、ボットによる投稿の内容や相互作用を分析した結果、ロシアは情報戦を物理的戦争と同等に重要視していることが分かる。ボットは、ロシア側のプロパガンダを拡散するだけでなく、他アカウントへのメンションやリツイートによってネットワーク的に情報の信頼性を装い、社会的分断や混乱を助長する役割を担っていた。特定の話題に関する世論操作を目的として、組織的かつ連携的に活動するこれらのボットは、単なるスパムではなく、戦略的資産とみなすべき存在である。
筆者らはまた、分析結果が従来のボット研究とはやや異なる点についても触れている。たとえば、ボット単体の投稿は全体の1.4%に過ぎなかったが、削除された(=到達不能)アカウントの投稿を含めると、ボット関連の投稿は全体の約8.8%に達する。この数値は従来の研究と整合的であり、Twitter社の規制強化による影響も考慮する必要がある。したがって、ロシアは従来通りボットを活用してTwitter上で情報戦を展開していたが、今回はその影響力が制限されていた可能性がある。
特筆すべきは、ロシアが情報戦で成果を上げられなかった結果として、Twitterそのものを遮断するという措置をとった点である。本論文は「ロシアがTwitterを遮断したのは、もはやプラットフォームを制御できないと認識したからである」という仮説を提示しており、分析結果はこれを裏付ける内容となっている。ロシアは、SNSを通じたプロパガンダが自国にとって有利に働かないと判断した段階で、その情報チャネル自体を封鎖するという戦術を取ることが明らかになった。
今後の研究課題として、英語圏ツイートにおけるボット分析や、投稿内容そのものに対する内容分析(ナラティブ、感情傾向など)、さらにTwitter以外のプラットフォーム(例:TikTok、Telegram)におけるロシアの情報戦戦略の分析が挙げられる。とりわけ、ロシアが戦争初期にTwitterから別の情報空間へと活動の主軸を移した可能性は高く、今後の偽情報対策を考える上での重要な焦点である。
最後に筆者らは、本研究を通じて、ボットの使用が単なる技術的問題ではなく、国際政治と軍事戦略に深く組み込まれた現象であることを強調して締めくくる。情報の「真偽」や「信頼性」が簡単に揺らぐ現代において、SNS上での戦いは見えにくいが極めて深刻な次元の戦争であり、これに対する制度的・技術的対策の強化が急務であると結論づけている。