シロイヌ
〈住宅地四角に切れり畑打人 涙次〉
【ⅰ】
先日の* 結城家土藏破りの一件で、怪盗もぐら國王一味は、莫大な収入を得た。掛け軸類が髙く賣れたせゐである。後は、戦國武将ゆかりの茶器類。
故買屋Xは、さゝやかながら、配当金の余つた予算を使ひ、宴を開いた。
故買屋「この儲けを考へると、カンテラさんの誘ひの仕事は、断らない方がいゝ、と云ふ事が分かるね」獨立獨歩の人であるもぐら國王も、それには賛成した。** 惠都巳の件でカンテラに散々世話になつた枝垂哲平にも、それに叛對する理由は、ない。
朱那「あたしたち、カンテラさんのお蔭で、どんなに潤つてゐるか- カンテラさまさまだわ」國王「全くだ、認めたくはないが」
* 当該シリーズ第138話參照。
** 当該シリーズ第127・128話參照。
【ⅱ】
叛仲本グループ、と云ふのが、警視庁内に瀰漫してゐた。「魔界壊滅プロジェクト」は、予算の無駄遣ひだと云ふ連中である。その連中、カンテラ一味、及び係累の者の、イリーガルな行為には目を瞑る、と云ふ「プロジェクト」の不文律にも、勿論叛對であり、もぐら國王に至つては、即刻逮捕すべきだ、との自分たちの説を曲げなかつた。
だが、誰に國王が逮捕出來たらう? 今まで彼の仕事は、警察の手に余るものとして、半ば放置されてきたのではなかつたか。
それにノンの聲を突き付ける者らが、叛仲本グループを形成してゐたのである。國王、捕らへるべし、との方向に、彼らは傾き、結果として、刑事・白山犬儒郎の出馬、と相なつた。
白山- 通稱「シロイヌ」。盗人退治のプロフェッショナル、専門家、である。40歳絡みの精悍な顔つきが、如何にも「私、やりますよ」と云ふ雰囲氣を醸し出してゐた。
彼には、だうやら、もぐら國王一味逮捕の、秘策があるやうだつた。
【ⅲ】
國王には氣紛れに、時折、予告狀を發表する癖があるのは、愛讀者の皆さん、ご存知であらう。先日の結城家土藏破りは、予告なしで行はれたが、予告あり、の仕事の時は、赤外線センサーなどよりも、張り込みの方が効果が髙い。盲点、であつた。今まで、犯行現場の地面に、大穴が開いてゐる(中は埋め立てられてゐるが)のが見られても、どのやうに、國王たちが去つたか、警官たちにはさつぱり分かつてゐなかつたのである。増してや、國王がその名の通り、大もぐらの妖魔である事など、彼らは知る由もない。
そこで、シロイヌは考へた。(警官一人張り付かせれば、そんな「神秘」など、直ぐに解ける。)まあ危険覺悟の上、ではあつたが。國王が予告を發した仕事なら、前もつて警官を立たせる事は、出來る筈だ。問題は、庁内の誰もがその役を尻込みする事... それなら、俺が自分で「張つて」やる!
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〈口内の掛け蕎麦なるは成れの果て口唇で知る夏なのだつた 平手みき〉
【ⅳ】
國王はそんな警視庁内の動きを知らなかつた。だが、仲本から話を聞いたカンテラは、國王に、予告を出さないやう云つた。が然し、一足遅かつた。次の、元子爵家の土藏破り、國王は(間の拔けた事に)予告を發してしまつてゐた!
「カンさん、これはだうしたものか- お知恵を拝借したい」-「簡単な事だよ。元子爵家には、あんた、行かない事だ」-「流石に予告通り參上、と云ふ譯には行かないか」-「何事も用心するに越した事はない」
シロイヌ、立ちんぼで、待たされ、結果國王は現れず、全く時間のロスであつた。しかも...
【ⅴ】
一夜明け、徒勞に終はつた張り込みの後、シロイヌは身柄を拘禁されたのである。黑装束・覆面- と云へばじろさんだ。じろさん、密かに彼の後を追ひ、隙が出來たところを見計らつて、彼を捕縛。「な、なんだ、あんた、誰だ、むぐゞゞ」猿轡を嚙まされ、聲を出す事も出來ぬ。
眞つ暗な部屋- プロジェクターから映像が、スクリーンに投影された- それは今までの國王の盗みの映像。そして、
聲(女の聲だ=悦美のナレーション)。「あなたは、こんな盗みを自分一人で食ひ止める事が出來ると、お考へか...」催眠術である。これは勿論、カンテラが仕掛けた。「この映像を観ながら、あなたは段々眠くなる-」シロイヌ、眠りに落ちた...
【ⅵ】
解放された時、シロイヌは、自分の努力の無駄さ、ばかりを思つてゐた。この仕事は、全くの無駄足だつたのだ! 彼は完全に、自信を喪失してゐた。
數日後、辞令が出、シロイヌは「もぐら國王ご用」の役目を解かれた、と云ふ。
【ⅶ】
その後改めて元子爵家に踏み入つた國王と枝垂。またも仕事は大当たりで、そのカネの半額は、カンテラ一味に納めた、との事。
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〈じやが芋を植ゑて今日から農の人 涙次〉
お仕舞ひ。畸妙なエピソオドだつた。