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読経が目覚ましのアイドル・颯太

 あ…今朝も聞こえてきた。


 夕べは収録が長引いたため帰宅が深夜になり、ついさっき寝付いたばかりだから、出来ればもう少し寝かせてくれ…。

 というか、なんで、俺の部屋が本堂から近い場所にあんだよ。


 と、いうことで、クロスロードのメンバーでサブリーダー格の地位にいる俺、中山颯太24歳の朝は、このようにして父親の低い、低い、読経の声で目が醒める。


 俺の家は、何代も続いた由緒正しいお寺さんで、周辺は下町であることも手伝い、寺は数多くの歴史的遺産も抱えている。

 といっても、小さい子供にそれを理解しろと言われても無理な話で、価値なんて意味を知らなかった時代には、寺の本堂は隠れ場だったし、木魚すらも遊び道具の一つになっていたこともある。

 そんなわけで、寺の住職である父親が朝のお勤めをするのは仕方がない。

 この年齢になってもまだ、一人暮らしの出来ない己が一番悪い。


 別に稼ぎが悪いわけではない。

 こうみえても、一応は事務所の稼ぎ頭のグループになったんだから。

 ただ、この年齢まで実家暮らしで楽を覚えてしまうと今更、一人暮らしをして、炊事だの、洗濯だの、掃除だのをやる気力というか……する気がない。

 なので、どんなに朝早くからありがたくも迷惑なお経が聞こえてきても、文句を言える立場にいない。


 早く終わってくれと心の中で叫びつつ、あとどれくらいかかるのか分かってしまう辺りは、悲しいかな門前の小僧って奴だ。



 俺は生まれも育ちも下町の自他共に認める江戸っ子。

 楽しい事が大好きだし、お祭りシーズンが到来すると当然、血が騒ぐ。

 派手な事も大好きで、自分でいうのもなんだけれど、とにかく元気で気っ風がいい方だと思う。


 まあ、気っ風がいいということは、喧嘩っぱやいということで、海里に便乗して一緒にトラブルを起こすことも屡々で、その度に、悠斗に文句を言われている。


 あと……いや……かなり目立ちたがりだから、グループの切り込み隊長兼広報的な立場にいる。

 というか、自然とそうなってしまった。


 大体、うちのメンバーときたら、日本語より英語が得意で、興奮するとどっちをしゃべっているのか分からなくなるリーダー。

 本来は毒吐きで我が侭小僧のうえトラブルメーカーの割りには、天然装って一番人気の美形アイドルの海里。

 海里のストッパーの癖して、手に負えなくなると微笑んで手を放してしまうような控えめな桂。

 と、お世辞にも進んで馬鹿をやったり、バラエティなんかで気の利いた台詞で笑いを取るなんていう人間ではないため俺が率先してそれを担当するようになった。

 俺の苦労も分かって欲しいモンだ。

 自分達の番組を盛り上げるために、俺がどんだけグループのために身を粉にしていることか。


 話はそれたが、この家に長男として生まれたため、寺の跡取りとして小さい頃から期待された。

 そりゃ、まあ、両親や親戚やら檀家の期待もよく分かる。

 だけど、俺自身は坊さんになる気は更々なくて、逃げ道の一つとして飛び込んだのが芸能界だった。


 仏教系の高校に放り込まれそうだと気がつき、クラスメイトが、芸能事務所の下部組織のダンススクールに通っている話を耳にした。

 自分の写真を送ろうと思ったのは「それ使える」くらいの感覚だったけど、不思議と落とされることは考えていなかったのだから、あの意味不明な自信がどこから湧いていたのか、今となっても謎のままだ。

 海里のように「この俺様がおちるはずないじゃん」なんぞという、絶対的な自信は俺にはない。

 子供というのは、本当に何をしでかすか解らない恐ろしい生き物だと、つくづく思う。


 結果として、この妙な自信が合格の決め手になったのだと、社長から教えられた時も、褒められている気はまったくしなかったけれど、江村さん曰く「それくらいの度胸と自信がなければ、この世界じゃ生き残れない。凜や海里を見ろ」といわれて、妙に納得した。

 

 そりゃ、そうだ。

 引っ込み思案で内気じゃ、目立つモンも目立てない。

 野心やハングリーさがなければ生き残れない。

 生き馬の目をぬくほどのこの世界で、したたかさがなければ食い物にされるだけだ。

 しかも、これがまた不思議だけれど、売れてくれば自信も付くし度胸も備わってくる。

 最初は甘チャンでも。


 オーディションに合格すれば、俺達の事務所は無料で様々なレッスンが受けられるシステムになっている。

 それはダンスから始まって、ヴォーカルレッスンとか、演技指導とか。

 レッスンを通じて、個に何が向いているのかを、社長をはじめとした上層部が総合的に判断していく。

 合格しても即デビューということ絶対にない。

 海里と桂が例外で、あいつらはエリートだ。


 レッスンを受けて社長達のお眼鏡にかなったとしても、また事務所内オーディションがある。

 新しいグループをデビューさせるための選抜や、ドラマなんかの役を貰うためのオーディション。

 受ける受けないは個人の自由だから、レッスンだけを受けたいから所属している連中も少なからず存在している。

 まあ、何百人と所属しているから、デビュー出来る人間は一握りであることには間違いない。


 俺も最初は落ちてばかりで、多少なりとも苦痛になり始めた頃に知り合ったのが、ゆうとだった。

 気がつけばあっという間に意気投合して、それからはレッスンも楽しくなったし、オーディションに落ちても凹みもしなくなった。

 デビューを諦めて、父親の跡をついでお経を上げようかと考えはじめた高校生のとき、社長から突然「クロスロードね」と告げられて面を喰らった。

 あれだけ待ち望んだデビューだったのに、あまりにも呆気なく突然、決まったから感情がついていかなかったということもある。

 同じグループにはゆうとがいると言われて、二人で喜んだものだが、他の二人の名前を聞いて驚いた。



 当時から海里と桂は別格で、オーディションに来たその日のうちに、瞬く間に噂が広まった。

「とびっきりのアイドル候補が、書類面接だけで合格した」と。


 確かに、合格するだろうという容姿を海里と桂はしていた。

 ここはまがりなにもアイドル養成している場所だし、アイドル候補もたんまりいるし、トップアイドルばかりが所属している事務所なわけだから、整った顔立ちならいくらでも見てきた。

 けれど、海里と桂は別次元だった。

 中学生だった海里はすらりとしていて、手足の長さと体躯のバランスは抜群で、運動神経も申し分ない。

 手足が長いおかげで、ダンスには華がある。

 幼さの残る整った顔は視線を釘付けした。

 ちょっと生意気そうな口元にも品がある。

 何よりも俺の目を釘付けにしたのは、アイドルを目指す人間としては致命的なその仏頂面。

 話しかけても「あ、そう」とか「だから?」とか「へぇ~」とか

 …そりゃ、もう驚くほどに笑顔がないし、話が続いていかない。


 そんな海里をいつも横でフォローし諫めていたのは桂だった。

 こっちだって海里に負けてない王子様タイプだった。

 大きめな瞳に、男には珍しい長いまつげ。

 手足は長いけど華奢で、女性と言っても通りそうなほどに繊細さがある。

 その割りには骨格がしっかりとしていて、何を身につけても上品に見えた。


 とにかく対照的なこの二人が、自分の仲間になるなんて、夢にも思わなかったけど、今ではこいつらが仲間で本当によかったと思う。

 なんといっても、毎日が本当に楽しいから。



*********



 そして、とある日。


「………先に言ってくれ」


 と、海里がうんざりという表情で呟いた。

 その隣では同意見だけど、あえて言葉を飲み込んだ桂が苦笑いを浮かべている。

 ゆうとに至っては腹を抱えて笑っている。

 ある意味、このリーダーは信じられないくらい楽天的な性格をしている。


「先に言ったら、お前。来ないだろ」

「当たり前だ」


 再び、ウンザリだとばかりに、車のシートに凭れる。

 運転席にいる江村さんは、俺達の会話を聞いて、笑い声を漏らしている。


「……おまえん家、行きたくないって何度もいってるじゃん」

「お前ね、人の家をそんなに毛嫌いするもんじゃないつーの」

「お前の家じゃない。お前の下が問題だつーの。小さい頃でも手に負えなかったのに、今はもっと悲惨だ。おまえん家は、おれにとって鬼門なの」


 海里の「鬼門」という意味は、寺を指しての事じゃない。

 俺の下にいる四人の妹と弟のことを海里は鬼門だと言っているのだ。


 穏やかな気質の桂すらも「僕もちょっと遠慮したいな」とか言い出すくらいの、とんでもない妹弟達なのだ。

 俺は家族だし、ずっと一緒にいるから、日常の一部として慣れてしまったけれど、海里や桂には予想も付かない騒々しさらしい。

 海里には美人で強権な姉しかいないし……いや、あのお姉さんだけでも充分なインパクトだけど。

 桂には、二人の兄かしかいないから、下に妹弟がいるのは、メンバーの中では俺だけだ。


 最初は興味本位でうちに遊びに来た海里と桂は、当時、まだ7歳だった双子の妹と、5歳の双子の弟の体力と騒々しさに度肝を抜かれたらしい。

 小さな子供は食事のときだってじっとしてることはないから、海里も桂もまるで怪物を見る目つきだった。

 恐ろしげなものに遭遇した人間のように警戒する海里とは対照的に、下町育ちの元気爆弾の様な妹と弟達は、興味津々で大騒ぎし、あれして遊んで、これして遊んでと、新しいおもちゃが何かのように、海里と桂に纏わり付いた。

 冗談抜きで当時中学生だった海里は「目眩がする」と呟いて、本当に倒れた。

 あれは、衝撃的だった。

 その海里を迎えにきた里海さんと言えば、あの持ち前の美人さでうちの両親を一瞬にして虜にして、あの明るい声と笑顔で、妹達を黙らせて、手名付けてしまった。

 今では、妹達の「憧れのお姉さん」となっている。


 デビュー前、どんな可愛いアイドルを見ても「整形か」なんて毒まで吐き、思春期特有の恥ずかしがり屋なのかと思ったけれど、あの姉がいるのだから「美」に対して厳しくなっても当然だ。

 作り替えた場所などひとつもない天然素材で、あれなんだから。


 と。いうことで、俺達はいま、全員で海里の自宅を目指している。

 里海さんが、お客さんから大量にカキを貰ったのでカキ鍋をしないかと、海里に連絡をしてきたためだ。

 明日の撮影場所が、俺の自宅に近いからみんなで泊まろうかって話しをしていたけれど、妹達の騒々しさに、わずか10分で嫌気がさした海里は、里海さんからの申し出に飛びついた。

 で、かくゆう、俺もとびついたわけだ…。


 あの件以来、海里は外泊を極力控えている。

 勿論、里海さんは間違いを起こすタイプではない。

 けれど、姉弟が一緒に居られる時間は限られているんだと改めて思い知らされたのだと思う。


 姉の結婚で一度は離れることを決めた海里。

 けれど、その姉の不幸を目にして、次に姉が誰かを選ぶときまでは、一緒に居て、少しでも長く笑っていたいと思ったに違いない。

 はじめて逢ったときは底抜けするような笑顔を浮かべていた、あの綺麗な人が、どこか寂しそうな表情をしていたから。


 そして、やっぱり。

 今でも里海サンは、俺達にとって綺麗なお姉さんであり、憧れであり、幸せになって欲しい人だ。

 願わくば、次こそは、いい人と巡り会って欲しい。

 勿論、まずは、あの海里を攻略できる人というのが、大前提だけど。



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