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洗礼名を持つアイドル・悠斗

 クロスロードの一応リーダーとなっている俺、赤井悠斗、当年二五歳は、芸能界には全く興味のない人間だった。


 数年前までは。


 インタビューなんかでよく聞かれるのは、デビューのきっかけとやらだ。

 人には色々とあるわけで、その色々は現在、役に立っていないことも、ない。


 数年前の俺を知ってる人間から言わせれば、信じられないと言うけれど、実はとっても人なつっこ方だと思う。

 面倒見もいい方だと思う。

 じゃなきゃ、顔だけならばアイドル向きなのに、性格がアイドルに全くと言っていいほど向いてないトラブルメーカーの俺様海里様のお目付役なんて出来るはずがない。

 ちなみに海里にはよくからかわれるが、これでもクリスチャンで洗礼名だってある。


 あえて言いたくはないけど…

 だから、公表もしていない。


 商社勤務の父親の都合で、俺は英国で生まれ10歳までを英国で過ごした。

 そう、世間で言うところの帰国子女。

 帰国子女と言えば聞こえはいいけど、実はとんでもない苦労を抱えていたりするものだ。

 英語が出来た方が将来困らないという両親の教育方針に従い、俺は日本人学校には通わず、地元の小学校に入学した。

 幼い頃はそれが当然だと思っていた。

 周りはみんな英語を話していたし、近所の遊び相手だってみんな英語を話していた。

 それを疑問に思ったことはなかった。

 まあ、今考えれば、日本人のくせに同郷の友人は一人もいないのは、異常な状態だったのは間違いない。

 けれど、幼い子供の頃にそれに疑問を持てという方が絶対に無理なわけで、気がつけば日本語より英語の方が得意な子供だった。


 ところがある日、父親が本社に呼び戻されることになり、急に日本への帰国が決まった。

 俺の小さな世界は瞬く間に崩壊して、様変わりすることになった。

 仲の良かった友人達とは別れることになり、生活様式も一変した。

 確かに子供というのは順応性が早い生き物ではあるが、突然変われば戸惑いもする。

 

 最初に苦労をしたのは、私立の小学校に編入だった。


 アメリカンスクールやインターナショナルスクールあたりなら、さほど面を喰らう事もなかった。

 ところが、両親は今後進学する大学の事を考えてエスカレーター式の附属にいた方がいいと言い出したのだ…。

 そんなの、海外の大学を受ければいいだけじゃないかと思うが、当時はまだ子供だったため、親に逆らうことなく苦労に苦労を重ねて私立に編入した。


 苦労はその編入試験だけではなかった。

 幼い頃から英語を中心として生活をしていたため、俺の日本語はどこかおかしかったのか、よくからかわれていた。

 苛めとまではいかないけが、言葉をからかわれるのは、幼心にも傷つく。

 気がつけば自分から進んで話しに混じることもなく、クラスでは目立たないようにしていた。

 

 まあ、確かに。


 未だに海里辺りには「英語と日本語がごちゃ混ぜで、意味わかんない」と言われるから、当時もそうだったに違いない。


 小学校をなんとか無事に終えて、エスカレーター式の中学に入学した頃、五歳年上の姉が、熱を上げていた大人気の男性アイドルがいた。

 それだけなら勝手に熱を上げていればいいし、テレビを占領しようが毎日、同じ歌を聴かされようが、多少の迷惑だからなんとも思わなかった。

 ところが、この姉と来たら何を思ったのか、そのアイドルが所属する事務所のオーディションに勝手に俺を応募してしまった。


 なんで自分じゃないんだか。


 大体、海里もそうだけど「姉が絶対的な強権」を振るっている場合、弟はたいてい大人しい生き物となる。


 ましてや中学生から見た五歳年上の姉といえば大人である。

 逆らおうなんて、これっぽっちも思えなかった。


「一緒においで」と無理矢理に手を引かれて向かったのは、姉が熱を上げていたアイドルが所属している事務所のオーでション会場だった。

 おっかなびっくり、言われるままダンスを踊り、おかしくもないのに笑えと言われ、仕方なく笑ったのを今でも覚えている。


 合格の通知が来たとき、何がなんだか分からない両親は姉を締め上げていたが、俺は、オーディションの時に踊ったダンスが楽しいと思っていた。

 その事務所のダンススクールに通いたいとガミガミと姉に説教をカマしている両親に懇願した。

 喧々囂々と両親と姉はやり合っていたが、俺が自分から何かをやりたいと言い出したことがなく、この頃はすっかり内向的な性格だったので、両親もダンススクールに通うだけならと渋々承知してくれた。


 様々な家庭環境の、さまざまな年代が一緒にダンスを踊る。


 気がつけば、俺は本当にダンスにのめり込んで、学校よりも楽しく通っていた。

 この頃には、スクールで仲のいい友達もできて、休日は自宅に呼んだり呼ばれたりと、一般的な男子中学生になった。


 そして大学進学を控えたある日、あのハイテンションな社長から「明日から、クロスロードね」と、それはとってもかる~く宣言された。

 何が何だか全く理解出来ないうちに竜巻のように社長は去っていき、社長の右腕として働いている江村さんから、「デビューが決まったよ。おめでとう」と言われて、「あれ、もしかして芸能人になるのか?」と気がついた。


 喜ぶ前にまず思い浮かんだのは、芸能界の活動に大反対をしている、両親をどう説得しようかということだった。

 中学の頃は芸能界には興味は持って居なかったけど、この頃にはダンスやお芝居が楽しいと感じ始めていて、出来ればもう少し続けたいと考えていた。

 漠然とした未来だけど、大学を卒業するまでは現状のままで…と簡単に考えていた。

 けれど、このスクールに所属している以上、いずれはデビューもありえるということを、俺は頭からすっぽり抜け落ちていた。


 現実にデビューが決まれば話は別で、両親に話をするしかない。と、意気込んでみたものの、案の定、両親は大反対した。

 母親はヒステリーを起こしたあげく、泣き落とし作戦に入り、父親は懇々と毎日「普通のサラリーマンが一番だ」と人生を説き、ウンザリしていた頃、姉から話を聞いた父方の祖父母がわざわざ上京して「毎日、ゆうくんをテレビで見れるのね」の一言であっさり事務所契約を許された。


 父親も母親も結局は自分の両親には頭があがらない生き物だ。


 そりゃ、そうだ。

 俺だって、両親には頭が上がらないんだから。


 その父親と母親を兼任し、強権振るう姉を持った海里が「お姉さん子で頭が上がらない」というのは当然だ。


 両親と事務所との契約のために社長と面談し、事細かな取り決めを決めた後、江村さんから、デビューの詳細を知らされたけれど、突然すぎた出来事に何一つ頭には残ってない。

 ただ、江村さんに連れられて、俺とグループを組むことになるメンバーを紹介された時、はじめて海里と桂に出会った。

 颯太の事はスクール時代からよく知っていたし、同時期に入所したから仲も良く面識もあったが、海里と桂とははじめてだった。

 そのはじめて出会った二人は、とんでもない美少年の二人だった。


 うちの事務所はそれなりに人気のあるアイドルも多数在籍しているし、絶大な人気のアイドルもいる。

 圧倒的な支持を受けてるバンドもある。

 美形とか、格好いいとかそういう類を見慣れているはずの俺でも、海里と桂には度肝を抜かれたが、海里は「随分と仏頂面なガキだな」という印象しか残らないような奴だった。

 デビューまで半年しかないのに、こいつと仲良くなれるのかと心配していたけど、わずか一ヶ月で意気投合出来たのは、二人とも強権振るう姉がいたから他ならない。

 ただし、俺と海里の「姉」の大きな違いは海里の姉さんは「綺麗なお姉さん」であることだ。



 それも、とびっきりの美人さんだ。



*********



 それは、突然の誘いだった。

 正式なデビューを目前に控えたある日、レッスンを終えて帰り支度をしていたら、海里が「姉ちゃんが、よかったらみんなでご飯を食べに来ないかって言ってるけど、どうする?」と聞いてきた。

 前々から海里が「うちの姉ちゃん、美人だよ」と自慢するから、逢いたいとは思っていた。

 なんといっても、この海里の姉だから、美人ではあるだろうけど、どの程度の美人なのか興味はあった。

 だから俺も颯太も二言返事で「行く」と告げた。



 二時間後、度肝を抜かれて、すっかり腑抜けにさせられるなんて、想像もしてなかったけど。



「海里のグループのメンバーね」

「うん」

「全員まとめて連れてきたのね。初めまして、海里の姉の里海です。弟がいつもご迷惑をお掛けしてます」


 四人も居ればちょっと手狭な玄関に足を踏み入れた直後。

 目の前に突然、美しい女性がエプロン姿で現れて、俺たちをまじまじと見つめたのち、屈託なく微笑んで頭を下げた。


「あなた、ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ★た★し」


 などという妄想が一瞬浮かんだほど、綺麗な人だった。

 ほっそり目の体をブラックジーンズとベージュのセーターで包み、長めの黒髪を後ろで無造作に束ねられているが、清潔感がある。

 手は白くすべすべしていて、流行のジェルネイルを施された爪も、華美さはなくシンプルだ。

 休日のためか、化粧はしていないのに「素材」には、海里同様の高級感があり、似ているところは全くと言っていいほどないのに、持っているものというか、空気感が海里によく似ている。

 とにかく、美形の姉と弟で、探そうと思ってもそうそう見つかるものではない

 ……と思った。

 その海里の姉さんが身につけていたセーターは、この間、女性ファッション誌の撮影の際、女性用の衣装を眺めていた海里が「あ、これ、姉ちゃん似合いそう」と呟いて、スタイリストさんから買い取ったもで、確かに良く似合っている。

 というよりも、この人ならなんでも自分流に着こなしてしまいそうな気がする。


 海里が日頃から、「うちの姉ちゃん、美人なんだよ」と得意満面で自慢し、海里の幼なじみである桂も「うん。里海さんは、とっても綺麗な人だよ」とこれまた、頬を染めつつ力説するから、どんだけだよと思ったけど本当に「綺麗なお姉さん」で驚いた。

 横を見れば、颯太も目を丸くしている。


「どうぞ、あがって。海里、みんなの鞄とかコート、あんたの部屋に持って行きなさい」


 ちょっと乱暴な言い回しだけど、声も綺麗だ。

 高くてよく通るけど、キンキンした声とは違って聞きやすい。


「海里の姉ちゃん……本当に美人だったんだ…」


 隣で颯太が惚けたように呟いている。

 俺も同意見だ。

 美人だとは聞いていたし、海里の姉だからある程度は美人だと思っていたけど、心底驚いた。

 これじゃ、海里が姉ちゃん子になって、ことある事に自慢するのも無理はない。

 誰が見ても、正真正銘のべっぴんさんだ。



 あれから7年。


「ちょっと、あんたたち、食費払いなさいよ! うちはあんた達専用の食堂でもないし、私は賄い婦じゃないのよ」


 広めのリビングに置かれたテーブルに、次から次へと配膳されていく温かな晩ご飯。

 対面式のキッチンで、お味噌汁をつぎながら、綺麗な里海姉さんが、文句を言っている。

 文句をいいつつも、俺達全員分の食事をちゃんと用意してくれるんだから、この人は本当にいい人だ。

 そして、面倒見がいい。


「ちょっと聞いてるの? 海里、お醤油もっていって。あと、柚胡椒もね」


 俺の隣に座っていた海里が「は~い」という、仕事の時には絶対聞けないであろう、上機嫌な返事をしつつ、冷蔵庫を開ける。

 海里が素直に言われたことを聞くのは、里海さんだけだ。

 その海里に釣られるように立ち上がった桂が、「里海サン、コレ運んでいいよね」と率先して手伝いを申し出る。

 いつの間にか、特に予定のない日は、海里の自宅で里海さんの作る晩ご飯を食べるのが、習慣になってしまった。


 最初は恐縮していた俺等の両親達も、今では里海さんに「アレを持って行け、コレを持って行け」と……親戚のような付き合いになっている。

 未だに一人暮らしをしてない俺等も悪いけど、実家暮らしの身としては、ここはパラダイスだ。

 居心地もいいから、ついつい長居してしまうし翌日、海里と一緒だったりすると、全員がここに泊まっていく。

「ここは、あんたたちの合宿所じゃないのよ」と、里海さんは文句を言っているが、洗濯物まで面倒をみてくれる。

 本当にいい人だと思う。


「里海姉さん、俺、明日は撮影で木更津に行くんですよ。新鮮な魚を仕入れてきますんで、晩ご飯は魚料理でお願いしたいです」

「この時期なら、何がいいかな? 仕入れに成功したら連絡して」


 と、のっちゃうあたり、里海さんもノリがいい人だ。

 いろんな意味での綺麗なこの人が、不幸になるなんて有ってはならない事だ。

 あの件は未だに、俺達の中ではタブーになってるけど、逆にあの一件で俺達は一つにまとまった感じもある。

 海里の言うとおり、里海サンには、本当に、幸せでいてほしい。

 こうして毎日、笑顔でいて欲しい。

 そう、綺麗な人には笑顔が似合う。



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