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アイドルのスマイルのお値段は

アイドルなんぞという代物は、テレビの向こう側で歌って踊って愛想を振りまくのが商売であるというのが、私をはじめとした一般的な認識だと思う。

 仏頂面のアイドルなんてあんまり聞いた事がないし、お目にかかったこともない。


 私だって思春期には憧れたアイドルだっていたし、好きなアーティストもいた。

 好きなアイドルの載ってる雑誌を買ってみたり、出てる番組を録画したり残したり。

 コンサートに行って騒いだり、友達とそれについて話したりする。

 それは誰もが一度は通過する道だと思う。

 よもや自分の弟がそのアイドルという代物になるなんてこれっぽっちも思っていなかったし、予想もしていなかった。


 歳が離れているから当然、海里が生まれた時からそれこそ、生まれ出た瞬間から知っているわけだし、ありきたりな言い方だけどオムツだって替えて子守りだってした。

 学校の送り迎えにも行ったし、遠足のお弁当をつくって、学校行事にだって顔を出し、殆ど育児と変わらない。


 朝は私も苦手だから朝食は自分でなんとかして貰うけど、晩ご飯はちゃんと手作りしていた。


 海里が高校を卒業するまでは、自分が海里を育てるから手を出すなと宣言していたこともあり筋を通すためにも努力した。


 どんなに帰りが遅くなっても、アイドルの仕事から海里が帰ると同時に食事を作り始めて、暖かいご飯を食べさせた。

 大学に行かないなら芸能人になることは許さないと言ったら、海里は私の約束を守った。

 高校の成績も落とさないように頑張って大学にも入った。

 仕事をしつつも勉強をおろそかにするということはなかった。

 だから私も、海里の努力に報いるために、最大限の協力をしてきた。



 そして、三年前。



 海里は無事に大学に入学した。

 普通ならば就職活動なるものをしなければならない立場だが、芸能界に身を置いた関係で就活とやらは無縁で、純粋に大学生活をエンジョイしているのかと思えば、今まで勉学を中心にしていたがために疎かになっていたアイドルとしての仕事が一挙に増えた。


 雑誌の取材や、歌番組の収録、単発ものなんかが中心だったけれど、ここ最近はぐっと露出度が増えた。


 なんというか。


 小さな頃から育ててきた身としては、海里の声がテレビから聞こえてくるのが慣れない。

 出ているドラマを直視するのはなんか気恥ずかしいし、キスシーンとかを観ていると、なんだか居たたまれ無くなる。

 照れるとかではなく、弟のラブシーンに立ち入ってしまった気まずさを勝手に感じる。


 まあ、一応は観るんだけど。


 雑誌にのっかってる微笑みをみたら、偽物過ぎて思わず吹き出しそうになる。

 テレビや雑誌に出るってだけで妙な気分になるのに、海里の仲間達ときたら、我が家を合宿所と勘違いしてるのか、ほぼ毎日のようにやってきては、勝手に誰かが泊まっていく。


 自分の自宅があるでしょう、といっても居心地がいいと言い出して、気がつけば予備の部屋には、全員分の着替えまで置いてある。


 桂に至っては最近、住み着いているような状態になりつつある。

 あんたには、目と鼻の先に実家があるでしょ!


 あのさ、アイドルってさ、もっと手が届かないものじゃない? 

 テレビの中で動いていて雑誌で微笑んでいるだけじゃないの? 

 逢うためにはライブに行くのが当然だと思ってるんだけど違うわけ?

 だいたい、我が家にいる海里を初めとしたアイドル達は、なんか妙に人間くさい。


 ただね、やっぱり、弟がイケメンとか言われるのはなんだか、くすぐったい。

 口には出さないし、本人には絶対に言わないけれど、確かに海里は自慢の弟ですよ。

 アイドルだからと言われるのは本人のためにもならないと思って、厳しく一般常識と言われるものを叩き込んで躾たし、どこに出しても恥ずかしくない。

 顔だっていい方だと思う。

 我が弟ながら、よくもここまで整った顔つきになつてくれたと思ってくるくらいだもん。

 姉とは言え、目の保養させて頂いてます。


 未成年のウチはタバコなんて吸ったら首締める、酒を飲んだら頭から水かけてやると脅したおかげで守ってるし、私が嫌いで食べないものでも、弟のためにはちゃんと料理にしてバランス良く食べさせたおかげで、身長だって伸びた。

 だからさ、アイドルとして人気があるのはいいんだけど、やっぱり慣れない。


 海里が、注目度ナンバーワンのドラマの主演って、なんの冗談なんだか。

 しかも、クールで天才的な科学者の役って、あんた、どんだけ周りの人を騙す気なのよというか、ちゃんと身の丈にあったドラマに出なさいよ。


 突っ込みどころが満載すぎて、どこから突っ込んだらいいか、姉ちゃん、苦慮してるところよ。

 

 なのに当の海里ときたら、やれ台本読みを付き合えだの、雑誌にのっただのと自慢する。

 

 なに? 

 もしかして、この子ってば褒めて欲しいのかな。

 まったく、子供を育てるって、苦労することだらけだわ。




************************


「なに? 随分と密集度が高くない?」


 広くもなく、かといって狭くもないリビングに足を踏み入れて、仕事から帰ってきた姉ちゃんが目を丸くした。


 あの件があってから、渋る姉ちゃんを無理矢理納得させて、一方的に引っ越ししたマンションは、3LDKで広めのリビングが売りの高級マンション。


 アイドルとして稼いだ金でおれが買ったわけでもないし、姉ちゃんがローンを組んだわけでもない。

 事務所が所有している物件で事務所からの貸し出し。

 だから当然、家賃が発生しているし、給料から天引きされている。

 サラリーマンじゃないのに、給料から天引きってあたりがなんかね。

 でも、ただでここに住むとしたら姉ちゃんが「ただより高い物はないのよ」と荷物まとめちゃいそうだから、家賃をとってる社長には逆に感謝しないとダメかな。

 家賃支払ってるけど、この広さ、この豪華さそして警備の厳しさを考えれば破格ではあるんだけど。


 コートを脱いで、鞄をダイニングテーブルにおいて姉ちゃんが近づいてくる。


「で、どうしたの?」


 リビングの中央を陣取っているガラステーブルに広げられてというよりは、乱雑に並べられているのは高校生の教科書。

 それを俺を初めとしてメンバー全員でにらめっこしてるとなれば、姉ちゃんが目を丸くしても当然だ。


「ヒロのテスト勉強の付き合い。明日の追試に滑ると、コイツ留年すんだよ」

「しかも、うちの事務所始まって以来の留年を作ることになるので、アイドルにあるまじき! と社長が怒って、僕たち全員連帯責任をとらされそうなんです」


 桂の言葉に現在、高校2年生の最年少メンバーの優秀が「それ以上、いわないで」と半泣きしている。


 馬鹿者! 

 半泣きする暇があったら、数式のひとつでも覚えろ。

 お前が滑ったら俺ら全員、責任取らされんだぞ。

 その危機感あるのか! 

 

 と、俺が声を出す前に最年長メンバー二五歳のリーダーの悠斗が「泣き言を言う前にやれ」と命令している。

 おお、さすがはリーダー。

 カッコイイ。

 でも、こうして考えると俺の所属しているグループって、下は一六歳、上は二五歳って結構、離れてるよね。

 そんなことは、今はどうでもいいけどね。


 そもそも、俺と桂は追試なんて受けたことない。

 姉ちゃんが怖くて。

 マジでウチの姉ちゃんは怖い。


 高校に入学したばかり頃、一度だけ追試になったことがある。

 そのときの姉ちゃんの怒りといったら怖くて、あれ以来、俺は真面目に勉強するようになった。

 あのときは、桂も珍しく追試を受けることになって、母親と父親からしこたま怒られた上に、俺の家に来て姉ちゃんにまで説教されてた。

 あれをヒロにやったら、ヒロ、立ち直れないだろうな…。


 姉ちゃんも丸くなったのか?


「それにしても、優秀君」

「ゆうしゅうじゃなくて、ヒロヒデです!」

「優秀君って名前はゆうしゅうなのに、オツムの方は優秀じゃなかったんだね。顔の偏差値なら進級間違いないのにね。アイドルは大変だね。勉学だけは顔じゃ勝負できないもんね。頑張りなさい、アイドルくん」


 前言撤回。

 丸くなってない。

 つーか、姉ちゃん、それ励ましてないって…ほら見てよ! 

 落ち込んでるじゃん! 

 ヒロはこう見えても俺と違って、とってもデリケートなんだよ。

 勘弁してよ、姉ちゃん。

 こいつ落ち込むと長いんだよ。マジで明日の試験ヤバイじゃん!!


「アイドルが留年じゃ格好悪いもんね」


 だから、姉ちゃん。

 余計な事は言わないで! 

 人間も見てみない振りだって大切でしょ! 


「ところでゆうしゅう君」

「ヒロヒデです!」

「君たちも。一生懸命頑張ったら、晩ご飯、お寿司頼んじゃうぞ」


 ガキはモノで釣れって奴ですかお姉さま。

 釣られない、釣られないぞ、

 俺は絶対に、いや、釣られそう。


「ところでさ、姉ちゃん。この数式判る?」


 なに、姉ちゃん。

 その大げさなため息は。


「海里…私が現役卒業してから何年経ってると思ってるの? 私に聞いて判るわけ無いじゃない」


 と、姉ちゃんが胸を張って答えた。

 あのさ、姉ちゃん。

 それ自慢になんないってば。

 一応、大学受験したんだよね? 

 だって、俺にあんだけ偉そうに説教してたよね。


「海里。あんた現役でしょ。私に聞く前に自分でやりなさい。それに、私、数学が苦手なのよね」

「え? 里海さんにも苦手な教科があったんですか」


 桂が以外だとばかりに目を丸くする。

 俺も初耳。

 うちの姉ちゃん、苦手な事なんて無いと思ってた。

 ゴキブリは苦手だけどさ。


「あのね、アイドル諸君。世の中はね、数学なんて出来なくても生きていけるのよ。足し算、引き算、打算と愛嬌があればね。だって、アイドルってバカでもアホでも、間抜けでもプライスレスなアイドルスマイルがあるから、やっていけてるんでしょ」


 姉ちゃん…。

 それ、意味わかんない。




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