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エピローグ

 まるでいつも通り、朝日が差し込む窓辺でオレは大きな伸びをする。

 だけど、今いるのはほんの少し前と違う場所。いや、もう大して変わらないかもしれない。

 ここは“世界の首都”──なんて大げさな呼ばれ方をするようになったアインハルト連邦の中心、オレ専用に用意された屋敷。

 いまだに豪華すぎるし、周りは警護やら何やら物々しいけど、オレ自身は相変わらずゴロゴロしたいだけだ。


「レオン様、おはようございます」


 外から声がしてドアを開けると、世界各国からやってきたらしい使用人たちがそろって頭を下げる。

第一声が「オハヨウゴザイマス」って、ここにきて世界共通語まで作ろうとしてるらしく、どうやら新しい言語を学習中らしい。驚くほど勤勉だ。


「おはよう。うん、特に朝ごはんは適当に済ませるから、気を遣わなくていいぞ」

「はっ、しかしレオン様は“最高指導者”でいらっしゃいますので……」

「構わんって。オレはそもそも無理に偉そうにされても落ち着かないし」


 苦笑しながら玄関ホールを抜けて外に出ると、柔らかな光と湯気が混ざり合っている。

 夜の間も祭り騒ぎだった街だけど、さすがに朝は静かだ。遠くで誰かが屋台を片付けていて、「昨日は盛り上がったなあ」なんて楽しそうな声が聞こえる。


「あ、レオン様」

 舗装された石畳の道を歩いていると、難民あがりだった青年が笑顔で手を振る。

「新しく始めた店、昨日だいぶ儲かりました! ありがとう!」

「そりゃよかった。オレは何もしてないけどな」

 そう答えると、青年は首を横に振って「レオン様が“好きに稼げ”って言ってくれたからこそ、遠慮なく挑戦できたんです」と言い残し、店へ戻っていく。

 こんな感じで「ありがとう」を言われるのにも、いい加減慣れてきた。


 街をしばらく歩くと、大通りには早朝から大荷物を抱えた人たちが行き交っている。帝国から来た者、あるいは王国から逃げてきた者、さらには新興領の連中まで入り乱れて、品物の取引や情報交換をやっている。皆がアインハルトの紙幣を基準に商売をするようになったから、国境の概念も薄れたらしい。


 そのまま脇道へ入ってみると、グラハムが率いる連邦軍の兵士たちが訓練をしているのが見える。けれど、彼らの表情はやけに楽しそうだ。まるでスポーツ大会に参加しているようなノリで、冗談を飛ばしながら走り込んでいる。傍らにグラハムの姿が見えたので近寄る。


「おはよう。朝っぱらからやけに元気そうだな」

「よお、レオン。見てのとおり、平和ボケってやつかもな。世界がまとまったからもう戦争の心配はほとんどない。だからといって筋肉は錆びつかせたくないだろ?」

「そりゃそうだ。まあ、ほどほどにな」


 言いながら、オレは彼の背後に並ぶ兵士たちをちらりと見る。元帝国兵や元王国兵、あるいは他国の傭兵が混在しているはずなのに、まったく軋轢を感じない。みんな一緒になって笑い合い、「おい、次の演習はどうする?」なんて話をしている。やっぱり“目指すもの”が同じだと、ここまで仲良くなれるんだろうか。


「世界の安定を守るためにも、俺たちは強くあり続けるさ。もし変な奴が出てきても一蹴できるようにな」

 グラハムが頼もしそうに言う。確かに、こんな頼れる奴らがいるなら、王国の残党が何しようと無駄だろう。


「じゃあオレは畑を見に行くわ。引き続きがんばってくれ」

「おう。お前も、張り切りすぎるなよ? “世界の頂点”が疲れ果てたら笑い者だからな」

 グラハムが冗談交じりに笑い、兵士たちも「レオン様、張り切らなくていいっすよ!」などと声をかけてくる。いかにもここの連邦軍らしく、軽妙で距離感が近い。


 街の隅にある畑にやってくると、懐かしい土の匂いが鼻をくすぐる。王国で貴族の三男として生まれながら、結局こういう農作業に興味を持っていたオレが、いつの間にか“世界”をまとめてしまったというのが不思議だ。畝を眺めてみると、小麦や野菜が元気に育っている。土に手を当て、ほんの少し魔力を流すと、じわっと豊かな気配が返ってくる。この感覚が好きなんだよな。


「よし、ここはいい感じだ。あと少しで収穫かな」

 独りごちていると、誰かの足音が近づいてくる。振り向けばルカがスパナを抱えたまま立っていた。彼女は朝から研究所を飛び出して、なにやら新しい灌漑システムでも作るつもりらしい。


「おはようございます、レオンさん! こっちの畑も、水路の技術と温泉エネルギーを融合すればもっと効率よく作物が育ちますよ。世界統一したんですから、大規模にやりましょう!」

「大規模ねぇ……食べきれるのか?」

「はは、食べきれない分は世界中に流通させればいいんです! 世界連合政府ができたんですから、もはや国境も税関も形だけですよ。互いに協力すれば、飢える人なんていなくなるはずです」


 ルカは目を輝かせる。彼女にとっては技術の可能性が無限大に広がったのだろう。世界規模で研究費を投じて、大胆な発明を次々に試せるんだから。確かに、誰も飢えずに済むなら、そりゃいいことだ。


「ああ、好きにやってくれ。何か手伝えることがあれば言えよ? 土の改良くらいならオレの出番かもな」

「ええ、もちろんです! 今後もいろいろお願いすると思います。楽しみにしててくださいね」

 ルカは嬉しそうにスパナを振って、再び研究所へ戻っていく。いつ見てもエネルギッシュだ。彼女のような天才が国の垣根を越えて活躍できる時代になったのだから、世界統一も捨てたもんじゃないと思えてくる。


 畑から少し離れた高台に登ってみる。そこからは街全体が一望できる。以前は村だったはずの場所に、立派な建物や施設がびっしり並び、川のように人や物資が流れている。遠くには温泉が噴き上がる白い蒸気が見え、その向こうに軍の演習場や研究所の塔がそびえ立ち、さらにその先に森や草原が広がっている。その森の先までもいずれ都市化されるかもしれない。何しろ移住者が絶えず押し寄せているのだ。


「ああ、いい眺めだ。まさかこんな巨大な街になるとは想像もしなかったよ」

 頭上では、“魔導飛行艇”と呼ばれる新型の輸送船がスーッと横切っていく。きっと各国の交易品を積んでいるんだろう。音も静かで、見上げていると空を漂う雲みたいだ。


 視線をめぐらすと、遠くに王国方面の街道が見える。そこからは今朝も何台もの馬車が続いていて、どうやら最後の残党が移住してきているようだ。

 バカ王はどうなったんだろう? 

 噂ではもう貴族にも見放され、王都はゴーストタウン状態らしい。いずれ、あの王も折れてやってきて、「レオン様、ご慈悲を」と涙を流すのかもしれない。

 それを想像すると苦笑がこみ上げてくるが、オレは別に意地悪するつもりはない。温泉に入って一からやり直すなら、それでもいい。最悪、フェンリスががっつり脅して終わりかもしれないけど。


 ふと風が吹いて髪を揺らす。太陽の光が暖かくて、畑をいじったあとの身体がほどよく火照ってる。そろそろ一休みして、昼飯でも食べようかと考えていると、背後から足音が聞こえてきた。振り向けばエリシアが軽い息をつきながら登ってくる。彼女は相変わらず書類を抱えているが、微笑みを浮かべている。


「やっぱりここにいたのね。大通りで見かけないと思ったら」

「ちょっと畑を見に来てた。ルカにまた新技術を提案されそうでさ」

「そう……ふふ、あなた、もう最高指導者なのに、仕事らしい仕事はほとんどしないのね」

「オレの仕事はサインするか、『いいじゃん』て言うくらいだろ? エリシアやグラハム、ルカが有能だから、オレはただ温泉と畑を適当に回ってれば物事が動く。いい仕組みじゃないか」


 エリシアはくすっと笑い、手にした書類の束を抱え直す。


「でも、それでみんな納得してるものね。世界各国の代表たちも『レオン様が寝そべってるなら平和の証だ』なんて変な言い方してるくらい。まったく、あなたのチートぶりは恐れられてもいるけど、みんな頼りにしてるのよ」

「はは、まぁ、無自覚チートがどうこうってのはあくまで噂だろ。オレは本当に“たまたま”土をいじって温泉を掘っただけなんだし」


 それでも、その“たまたま”がここまで世界を変えてしまった。追放されたオレと関わった人々が、いつの間にか手を取り合い、世界をまとめる流れを生み出した。それが今や“世界連合政府”として正式に成立し、オレの仲間たちが中心に動かしている状態だ。


「で、どうなの? これからはもっと楽しくなるか?」

 問いかけると、エリシアは穏やかな目で街を見下ろす。


「ええ、とにかく平和で豊かな時代が来るはずよ。王国の崩壊は痛ましかったけど、あれがきっかけでたくさんの人がここで救われた。帝国や諸小国も、戦争より協力のほうが利益になるとわかったし、今さら逆戻りはしないでしょうね。あなたがいる限り、どこもケンカを始めたくないだろうし」

「そっか。じゃあ安心して温泉に篭れるな」

「うん、それでこそレオンよ。あなただからこそ、この街は幸せでいられるの」


 エリシアの言葉に、少しだけ照れる。彼女はすっかり外交の女王みたいになってしまったが、本質は昔から変わらない。夢を追い、世界を動かしながら、オレを支えてくれる心強い仲間だ。


「さてと、オレも腹が減ったし、一緒にメシでも食いに行くか? 最近できたばっかりの“世界料理屋台”とかいうのが気になってるんだ」

「いいわね。実はわたしも国際会議続きでお昼を食べそびれてたの。行きましょう」


 エリシアと並んで高台を降りる。途中でフェンリスが森のほうから姿を見せ、ちょっと離れてついてくる。散歩しているだけで、道行く人が「レオン様だ!」と笑顔で手を振ってくる。誰もが幸福そうな表情で、まるでここが楽園か何かのようだ。実際、戦乱のない平和と豊かさが両立してるなら、楽園と言って差し支えないのかもしれない。


「そういや、ルカが“空飛ぶ温泉遊覧船”を作るって張り切ってなかったか? 今度試作品ができたら乗ってみようぜ」

「ふふ、また思いつきで楽しそうなことを……いいわね、乗りましょう。世界が統一されたんだし、空中から絶景を眺めるのも悪くないわ」


 想像しただけで胸が高鳴る。昔はこじんまりした温泉を掘り当てては「うひょー」なんて喜んでたのに、今じゃ空を飛びながら温泉に浸かる時代が来るなんて。どこまでいくんだ、アインハルト連邦は。夢に描いたスローライフが、世界規模で進化している気がする。


 そのまま大通りへ向かうと、人波が一段と増えてくる。国際市場の屋台を覗けば、帝国の職人が作ったアクセサリーや、小国の名物料理、辺境の珍しい魔石など、どれも目を見張るほど多彩だ。あちこちから立ち上る香りに鼻がくすぐったいし、耳には「うわ、うまい!」とか「この通貨で買えばいいんだな?」なんて声が飛び交う。懐かしい顔もいれば初めて見る顔もあるが、みんな楽しそうだ。


「ああ、ほんとにここが世界の中心なんだな」

 心からそう思う。まだまだ問題がないわけじゃないだろうが、少なくとも、みんな前を向いている。バカ王がのさばっていた王国時代の陰鬱さはどこにもない。

 もし今後、新たな課題や敵対勢力が現れたとしても、グラハムが軍を率いて対処するだろうし、ルカは技術で乗り越え、エリシアは外交でまとめてくれる。オレは最後にちょっとだけ畑か温泉をいじるだけで、奇跡が起こるかもしれない。そんな“無自覚チートの連携プレー”がすでに世界を変えたのだから、これからも大丈夫だろう。


 露店の一角に着くと、美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。エリシアがそそくさと品を選び、「これも試してみましょう」と何種類かの食べ物を頼んでくれる。やがて差し出されたのは、帝国風のスープや、小国のチーズ、辺境で採れた珍しいキノコを使った串焼きなど。全部が一度に味わえるなんて夢みたいだ。もぐもぐ食べながらエリシアと目を合わせる。うん、美味い。


「本当に、世界中のグルメがここに集まったみたいだね」

「そうね。国境がほとんど意味を失った今、みんな自由に行き来できるから、文化も食もどんどん混ざり合ってる。まさに新しい時代の味だわ」


 エリシアは満足げに微笑む。そばで見ていると、彼女がここで幸せそうにしているのが嬉しい。王国や帝国で感じていた息苦しさは、もうどこにもない。オレも同じ気持ちだ。


「そうだ、あとで温泉に行こうぜ。発電装置が増設されたってルカが言ってたけど、そのおかげで湯がちょうどいい温度に安定してるらしい」

「いいわね。わたしもそろそろ一息つきたいところ。今日の夜にはまた新しい交渉事があるから、少しリフレッシュしなきゃ」

「いや、むしろわざわざ夜に交渉なんかしなくていいだろ……」

「ふふ、これが本職だから仕方ないの。大丈夫、温泉に入っておけば元気百倍よ」


 二人して笑いながら食事を続け、通りを抜けていく。遠くには壮大な町並みと、空を飛ぶ船や魔導兵器の影が見える。人々のざわめきはずっと続き、世界中からいろんな方言や言語が聞こえてくる。だけど、そのどれもが朗らかに弾んでいる。王国が崩壊してから、ずいぶん遠くまで来たものだ。


 最後にふと、頭の隅に王都の風景がよぎる。あの豪華な大広間で「無能め! 追放だ!」と罵られ、馬車で放り出された瞬間からここまでの日々を思い返すと、まるで別世界に来たような気分だ。

 けれど、どこかで「よかったな」と思わずにはいられない。もし追放されなかったら、ずっと退屈な貴族の三男坊で終わっていただろう。今こうして最高の仲間や街、そして世界までが手に入るなんて──まあ、人生はわからないもんだ。


「行こうか、エリシア。まずは温泉だ。そのあと畑もチェックして、気が向いたら夜の宴に顔を出そう。何なら明日の朝はまた寝坊でもしてやるさ」

「ふふ、わかった。あなたが自由でいるほうが、みんな安心するみたいだし、好きにしなさい。…とはいえ、ほどほどにね?」

「おう、ありがとな」


 エリシアと共に、オレは雑踏の中を歩き出す。そこかしこから「レオン様、こんにちは!」と声が飛び、その笑顔を見ながら手を挙げる。世界がひとつになっても、オレがすることは変わらない。好きに生きて、気ままに畑と温泉を楽しむ。それだけで、みんなが勝手に幸福を感じてくれるのなら最高だ。


 王国? 帝国? 過去の話だ。これからはアインハルト連邦──いや、もはや“世界”と呼ぶのがふさわしい。誰もが自由に移動し、好きな仕事や研究に打ち込み、豊かな暮らしを謳歌できる場所。それを支えるのが、オレを含めた仲間たちの思いと、この土地の“無自覚チート”な魅力だ。

 天気のいい日が続けば、畑も大豊作だろうし、温泉も湯量十分。ルカの技術で空を飛ぶ温泉施設が完成すれば、さらにみんなが笑顔になるはずだ。


 こうして世界は新たな時代を迎え、それぞれが思うままに輝いている。争いをする理由など、どこにも見当たらない。みんなが気ままで、お祭り騒ぎが好きで、明日がもっと面白くなると信じてる。そんな風にしてオレたちのスローライフは世界規模へ広がり、もはやこの流れは止められない。


「追放されてよかった──ホントにそう思うよ」


 内心でそうつぶやきながら、エリシアと並んでメインストリートを抜ける。空を見上げれば、新たに開発された飛行艇がすいすい飛び、夜には花火や魔法の光が舞い上がる。この風景の中でオレはずっと生きていくのだろう。仲間や民とともに、ちょっとした奇跡を楽しみながら、いつまでも笑っていたい。今なら、それが叶うと確信できる。


「世界最強でも世界の頂点でも好きに言ってくれ。オレはこの温泉があればそれでいいさ」


 笑いをこぼし、温泉街への坂道を上っていく。時代は変わり、世界はまとまり、王都も帝国も過去のものになった。だが、追放されたはずのオレはこうして最高のスローライフを続けている。

 これがエピローグなら、エンディング以上に幸せな結末だ。さて、温泉につかったら昼寝でもして、起きたらうまい飯でも探しにいこう。そんな気ままな生活が、明日も明後日も、そして世界がどれだけ変わろうとも続いていくんだろうな。


 オレは胸を弾ませながら温泉街のゲートをくぐる。そこにあるのは常連の住民も、新参の移民も、遠くの国からの旅行者も変わらずに迎えてくれる場所。湯気がほんのり鼻をくすぐり、どこからか楽しげな音楽が流れてくる。

 世界がひとつになってからも、やることは変わらない。いつものスローライフを思う存分味わいながら、みんなで笑って生きていくだけだ。


 さあ、今日も温泉へ急ごう。

 世界の支配者とか呼ばれても、オレはただ湯船でごろごろしたいだけだから。


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