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第8章 新たな時代の幕開け & レオンのスローライフ実現!?

 

 オレが世界統一を受け入れる宣言をしてから、数日が経過する。アインハルト自由都市は、もはや「自由都市」どころか事実上の“世界の首都”になりかけている。あちこちで「祝・統一」だの「レオン様万歳」だの大騒ぎが絶えないし、各国の使節や新たな移住者が洪水のように押し寄せてきて、街の規模はもはや“連邦”という言葉すら生ぬるいほど拡大している。

 誰もが「これで争いのない時代が来る」などと口にしていて、期待に胸をふくらませているようだ。


 しかし、大騒ぎに浮かれてばかりいられない。オレに押しつけられた“最高指導者”という肩書きは、実際には責任もでかい。ここ数日、エリシアやグラハム、ルカと打ち合わせを重ねて、今後の国際体制や軍事、経済連携について一気にスケールの大きい議論を進めている。いくら仲間が有能でも、混乱が起きる可能性はゼロじゃない。

 街の広場は連日お祭り騒ぎだが、その裏で地道な作業が進行しているのを肌で感じる。


 夜更け、オレは“最高指導者”専用にあてがわれることになった大きな屋敷に向かっている。

 もっとも、オレ自身は「適当でいいから泊まれる部屋だけ用意してくれ」と言ったつもりだが、住民会議が「象徴としてそれなりに豪華な住まいが必要」と結論づけてしまったらしく、いつの間にか大工と魔導職人が総力を挙げて築き上げたらしい。周囲には警護の兵や冒険者が待機し、「レオン様、お疲れさまです」などと頭を下げてくる。

 大げさすぎて落ち着かないが、断っても引き下がってくれないのだから仕方ない。


「いやはや、本当に“王国の城”みたいになっちまったな。追放されてからここまで変わるとか、皮肉にもほどがあるだろ」


 軽く伸びをしながら玄関に入ると、エリシアが待っていた。彼女は夜勤のように書類を手にしていて、まだバタバタしているらしい。


「ちょうどよかった。今、帝国や小国の代表が続々と統一宣言の準備を進めてるの。明日には“世界合同サミット”を開いて、正式な宣言をしようって流れになったわ」


 サミットとは大げさだが、要は「世界が一つになる」ことを公に宣誓する場をつくる、ということらしい。すでにほとんどの国がアインハルト連邦に加盟する形で合意しているが、“式典”というか、象徴的なイベントを開きたいのだろう。

 オレにとってはまたぞろ大勢の前で挨拶する面倒な仕事になるが、ここまで来た以上、断りきれない。


「わかった。オレにできるのは話を聞いて相づち打つくらいだと思うが、明日やるなら朝イチで場所を教えてくれ。まさかまた臨時で巨大ステージを作るんじゃないだろうな」

「ふふ、それが“統一大ステージ”って案が出てるのよ。ルカたちの魔導技術で空中に舞台を浮かせようとか、グラハムが“ちょっと物騒な演出も欲しいな”とか言い出したりして、もうめちゃくちゃに盛り上がってる」


 エリシアは呆れつつも楽しそうに微笑む。やれ空中舞台だの、やれ花火を百発同時に打ち上げるだの……ここの連中は面白いことなら何でもアリだ。

 隣国でもまず考えつかないアイデアをバンバン実行しちゃうのがアインハルト流。そんな自由さこそが、世界をまとめる原動力になっているのかもしれない。


「ま、好きにやればいいか。結果的に争いがなくなるんなら、オレが多少面倒くさがりでもいいんだろ」


 そう言うと、エリシアは「助かるわ」と書類を胸に抱えて立ち上がる。どうやら彼女は今から各国の連絡をまとめ、最終確認をしなきゃならないらしい。よく体力がもつなと感心する。


「ところで、王国はまだ何の音沙汰もないのか?」


 一応気になるので尋ねると、エリシアは眉をひそめて首を振る。


「ううん、今のところ“バカ王が焦ってるらしい”くらいの情報しかないわ。どうせ土下座するにしてもタイミングを見計らってるんでしょうね。連邦の認可を得ないと生き残れないのを分かってるはずだけど……まぁ、そのあたりは焦らなくてもいいわ」

「だよな。今さら『レオン様、助けて』って言われても、オレはどうこうする気ないし」


 エリシアが「そうね」と言って立ち去る。王国の最後の足掻きなど、もう大勢に影響はない。各国は「どうせバカ王も折れる」と踏んでいるし、そのとおりになるだけだろう。少し胸の奥に「一度はあの王都にいたんだよな……」という感慨めいたものが芽生えるが、すぐにかき消える。今やオレの家はここで、この街こそが世界の中心だ。



 翌朝。街の空がやたら明るい。聞けばルカが開発した“空中照明装置”を使い、大がかりなステージの上空を照らしているらしい。広場には、これまた短期間で組み立てられた巨大な円形ステージが出現し、中央に奇妙な魔導機械が据え付けられている。

 あたりには帝国や小国の使節、商人、冒険者、難民上がりの人たち、観光客まで老若男女が押し寄せ、何万人という規模の観衆がぎっしり詰めかけている。


 オレはグラハムに案内されてステージ裏へと向かう。そこにはエリシアやルカ、フェンリスはもちろん、各国の重鎮が緊張した面持ちで控えている。

 帝国大使は豪華な衣装を身につけ、小国の領主たちも「こんな盛大な式典になるとは」と驚いている。どうやら本気で“世界統一を宣言する”覚悟を決めてここに集まったのだ。


「レオン、用意はいいか?」


 グラハムが低い声で聞いてくる。いつになく真剣な表情だ。


「いや、心の準備なんかできてないさ。でもここまで来たんだから、腹くくるしかねえだろ」


 正直まだ信じられない。追放された“無能”が、わずかな期間で世界のトップに立ってしまうなんて。けど、これがみんなの望みで、それが平和につながるなら拒む理由はない。オレはグラハムと目を合わせ、無言で頷く。

 すると後ろでルカが「照明、いい感じに上がりました!」と声を弾ませて駆け寄ってくる。


「照明? ああ、さっきの空を照らしてたやつか?」

「それだけじゃありませんよ。これからステージを空中に少し浮かせます。観衆に見やすいようにする仕掛けなんです。ビジュアル的な演出も大事じゃないですか!」


 ルカは楽しそうに機械のレバーを引く。するとステージがごごごっと低い振動を発しながら、床から数メートルだけ浮き上がり始める。

 何じゃこりゃ! 慌てて足元を見ても、どうやら魔導装置が下から推進力を生み出しているようだ。こんなものまで実現するとは、ほんとに何でもアリかよ。


 周囲の観客が「うおおお!」と歓声を上げている。すでにテンションは最高潮らしく、空中に浮いたステージを見上げて手を振ったり、紙吹雪をまき散らしたりしている。

 帝国の大使が「おお、これほどの魔導技術を実用化するとは……」と唸り、小国の領主が「空飛ぶ舞台だと……信じられん」などと呆然としている。

 ああ、やっぱりアインハルト連邦は常識の枠を軽々と超える存在なんだなと改めて思い知る。


「では始めましょう」

 エリシアが静かに声をかける。オレは深呼吸し、ステージの中央へと向かう。足元は数メートル浮いているが、ルカの言う通り安定感があり、揺れはほとんどない。逆に下を見ると、何万もの人々がぎゅうぎゅうになって見上げている。

 かすかな緊張感が背筋を走るが、ここで怖気づいても仕方ない。


「皆さん、よく来てくれました」


 エリシアが先陣を切って挨拶する。澄んだ声が魔導拡声器によって広場全体に響き渡ると、騒がしかった群衆が一気に静まる。エリシアは視線を人々に注ぎ、凛とした態度で続ける。


「いま、ここに集まる諸国、諸勢力がアインハルト連邦を中心としてひとつになり、新たな時代を築く決意を固めています。争いも飢えもない世界を目指して、私たちはこれまで多くの障害を乗り越えてきました。王国の崩壊、帝国の内乱、数々の難民の流入……しかし、そのすべてを乗り越えて、今日という日を迎えられたのは、皆さんの結束と努力のおかげです」


 大きな拍手が起こる。エリシアはその拍手を浴びながら、続いて

「そして、この街をチート級に成長させ、数々の奇跡を生んだ男——“レオン・アインハルト”が、世界をまとめる役目を受け入れてくれました」

 と宣言し、手でオレを示す。凄まじい歓声が一気に渦を巻き、その熱がステージまで伝わってくる。

 帝国大使がひざまずくような動作をして、いくつかの小国領主も頭を下げている。


「いや、いいからいいから、オレはそんな偉いわけじゃない。温泉の湧く土地をちょっと掘って、畑をちょっと耕したら、勝手にここまで膨れ上がっただけなんだから」


 気恥ずかしさを隠そうと、なるべく軽いトーンで言う。すると人々がどっと笑い声を上げる。だが、その笑いの奥には親愛と尊敬が混じっているのがわかる。オレは続ける。


「でもまあ、これまでの流れを見てると、世界をひとつにまとめるってのも悪くないと思う。争いがなくなるなら何よりだし、みんなが豊かになるなら最高だろ? オレは誰かを支配したいわけじゃないから、これまで通り好きにやってくれればいい。畑を作りたきゃ作りゃいいし、商売したきゃすればいい。魔導研究で空を飛びたいなら、どんどん飛べばいいさ」


 周囲に小さな笑いが起こる。オレのいい加減な言葉を、それでもみんなが暖かく受け止めてくれている。よし、ここが大事だ。

 世界統一って聞こえはすごいが、結局は“みんなが幸せに暮らせる仕組み”を作るだけだと伝えたい。


「オレが望むのはただひとつ。自由に温泉浸かって、美味いもん食って、たまに畑で汗を流しながら、みんなで笑って過ごせる世界さ。だから、この街を中心にそういう世界を作ろうぜ。誰が偉いとか偉くないとか気にせず、得意なことを伸ばして、一緒に繁盛させていけばいい」


 オレが言い終わると、しばしの沈黙のあと、一斉に拍手と歓声が湧き上がる。人々が「おおお!」と熱狂している。グラハムが「そうだ、自由こそこの街の本質だ!」と叫び、ルカが「エネルギー革命もどんどん進めます!」と胸を張る。エリシアはオレの隣で満面の笑みを浮かべている。フェンリスはステージの縁にどっしり腰をおろし、まるで「これで決まりだ」と言わんばかりに吠え声を一つ上げる。


 そこで帝国大使が進み出て、持っていた書類を掲げる。

 どうやらこれが「世界連合条約」の正式文書らしい。彼は恭しくその書類をオレに差し出し、深く頭を下げる。


「これより、帝国並びに周辺諸国はアインハルト連邦のもとに団結し、新たな時代を築く意志を示す。どうか、レオン様のご署名をいただきたい」


 ああ、やっぱり最後は書類仕事になるのか。しぶしぶ受け取り、ペンを握る。

 サラサラと紙面を眺めると、そこには「争いを放棄し、共通通貨を使い、相互扶助によって発展を目指す」なんて項目が並び、まるで理想郷を宣言しているような内容だ。

 バカ王や帝国皇帝が見たら泡吹きそうだが、もはや逆らってもどうしようもないだろう。都市も軍も経済も、この街に集中しているんだから。


「よし……」


 意を決して、文末の“アインハルト連邦最高指導者”と空欄になっている部分にサインを入れる。自分の名前を書き終えると、周りで息を呑むような空気が生まれ、それから爆発するように大歓声が巻き起こる。ドドーンという花火の音まで鳴り響き、紙吹雪と光の魔法がステージを取り囲む。

 見下ろす街の景色は人で埋め尽くされ、空にはルカの新兵器がいくつも浮かんで祝砲を放っている。すごいスペクタクルだ。


「ただいまをもって、“世界統一”を正式に宣言する……ってことでいいんだよな?」

「ええ、完璧よ」


 エリシアが小さく笑い、そっと書類を抱きかかえる。帝国大使や各国の代表が拍手と万雷の喝采を繰り返し、広場じゅうが祝福と熱狂の渦だ。オレはこんなに大きなイベントの中心に立ったことはないが、その重みとやらを深く考える余裕もないまま、ただ圧倒されている。


 すると、どこかから「レオン様、バンザイ!」という声が飛び、その言葉を合図に群衆が「バンザーイ!」と揃って唱和する。何度も何度も声が響き、空気が震えるほどだ。強い魔力を帯びた祝福のエネルギーが街全体を満たしていく感じがする。

 ふと目をやると、フェンリスが気持ちよさそうに目を細めている。彼もこの熱気に浸っているのだろう。


「やれやれ、これで本当に世界をまとめちまったわけか。信じられないな……」


 ポツリと呟く。追放された三男坊のはずだったオレが、今は世界の統一を宣言し、誰もがそれを祝福している。ちょっと前なら夢物語だったはずが、現実となった今、驚きや戸惑いよりも妙な充足感が湧きあがってくる。友人たちの笑顔や、目の前の光景を見ていると、「ああ、これが理想の形かもしれないな」と素直に思えてしまうのだ。


「いやあ、レオン。ついにやったな!」


 グラハムがステージの上に駆け寄り、豪快に背中を叩く。彼は酒瓶を持っていて、にかっと笑いながらオレに差し出す。


「乾杯しようぜ、世界最強領主さん! これからも一緒に面白いことやろうじゃないか」

「やれやれ、最強領主って言うなよ。……でもそうだな、ここまできたならド派手に飲むしかないか」


 苦笑しながらグラハムと杯を合わせる。ルカが「わたしも混ぜて!」とにぎやかにやってきて、エリシアも笑いながらワインをついでくれる。四人で乾杯をしていると、観衆からも「オレにも飲ませろ!」とか「世界統一ばんざい!」などと声が飛んでくる。すっかりお祭り騒ぎだ。

 花火が次々と夜空を彩り、空中舞台のまわりを光の魔法が舞っている。


 ああ、こういう“自由な祭り”こそがアインハルト連邦をここまで伸ばしてきた原動力なんだな。実際、何もかも適当にやってきた割に、世界最強の軍や最先端の技術が集まり、各国の経済が集約されてしまった。それを正式に認める日が今日。王国はすでに虫の息で、帝国すら味方についている。まるで伝説の英雄のような成り行きだが、オレはただ“温泉掘りと畑いじりが好きなだけ”の男である。今だってスローライフを続けたいと思っている。


「けどまあ、こんなスローライフがずっと続くなら、それが一番いいんだよな。グラハムやルカ、エリシア、みんなが勝手に盛り上げてくれるし」


 ぼそっと呟くと、フェンリスが足元にやってきて頭を擦りつけてくる。

 オレはそっとその毛並みを撫で、夜空を見上げる。星と花火と魔法の閃光が交錯していて、今だけは現実離れした夢の世界みたいだ。


「まあ、明日からは“最高指導者としての業務”みたいなものが出てくるのかもしれないけど、面倒ごとはエリシアたちが引き受けてくれるだろう。オレは温泉の湯加減を見て、畑の具合をチェックして、たまに無自覚チートが発動したらみんなが喜ぶってだけだ」


 自嘲気味に笑う。これほどお気楽な“世界の頂点”があっていいのか。

 けれど、そのお気楽さを求めて人々が集まってきて、結果として最大の勢力が生まれたのだから面白い。もしかして、王国のバカ王に「お前は無能だ」と追放されたのは、全てここに繋がるための運命だったのか? そんな壮大なことを考えると頭がくらくらするが、何でも結果オーライだ。


「これで本当に世界は平和になるのか?」


 不意にそんな疑問が頭をよぎる。だがすぐに、「ならなくても、それを守るのがオレたちの役目だろ」と返事をする自分がいる。

 もし新しい争いを企む勢力が生まれたら、グラハムの軍やルカの技術が対応してくれる。もし国が困窮したら、エリシアの外交とアインハルトの農業・温泉資源が助けになる。だから、きっと大丈夫さ。オレは追放者で、無自覚チートを持ってるだけ。だけど仲間が揃えば最強なんだ。


「よし、それじゃオレは……温泉に行ってこよう。こんな大舞台で緊張したからな」


 誰に言うでもなく呟き、ステージから歩み出す。宴はまだまだ続くが、オレにとってはこれで十分。世界統一を宣言し、仲間と乾杯して、祝福の嵐の中で「やっと終わったな」と肩の力が抜けていく。花火や魔法が次々と夜空に舞い上がり、紙吹雪が星明かりを彩る。遠くで大合唱の声が聞こえ、人々の楽しげな足音が響いている。


 道中で偶然、王国から逃げてきた難民の少女が「あ……レオン様」と気づいて声をかけてきた。彼女はこっちを見て笑う。


「世界がひとつになるって、本当なんですか?」

「まあ、宣言はしたよ。みんなが納得してくれるなら、戦わなくて済むんだ。悪くないだろ?」

「はい、すごく安心します。あたしたちみたいに逃げてきた人が、もうどこにも追い出されずに住める世界なんて、夢みたいで……ありがとう、レオン様」


 その純粋な笑顔を見ていると、少しだけ胸が温かくなる。

 こんな子が安心して暮らせる場所を用意できたなら、オレがこの“神輿”に乗るのも悪い話じゃないか。


「礼はいいよ。好きに生きろよ、この街で。オレもゴロゴロするだけだから」


 照れ隠しにひらひら手を振って去ろうとすると、彼女は弟と二人でぺこりと頭を下げ、やがて人混みに戻っていく。ここは“自由”が当たり前の場所になった。王国のように誰かを見下し、無能と決めつけて追放するような世界とは違う。スローライフを楽しみながら、みんなで豊かになれるなんて最高じゃないか。


「やっぱり追放されて正解だったな」


 小さな声で笑い、温泉街へ向かう路地を歩く。途中でフェンリスが合流し、尻尾を振りながらついてくる。夜空はまだ祝いの花火が上がっているのか、カラフルな光が散らばっている。熱狂の祭りに満ちた世界統一の夜。

 昔のオレなら「そんなバカな」と一蹴しただろうが、今は違う。これが現実で、オレは当事者のど真ん中にいる。そして明日からは“世界統一”という新たなステージが待ってるわけだが……まぁ、焦ることはないさ。


「朝になったら、畑をちょっと見に行こう。温泉にも浸かろう。やること変わらないんだからな」


 フェンリスに話しかけると、鼻をひくつかせて同意しているかのようだ。オレたちは相変わらずのペースで生きていく。世界がどうなろうと、スローライフは譲れない。だけど、もし誰かが助けを求めたら、それに応えられるだけの力や仲間がここにはある。そう信じられるなら、きっと大丈夫だ。


 露地を曲がって、蒸気が漂う温泉へ足を踏み入れる。そこには遅くまで飲んでいた冒険者や商人が何人かいて、オレを見つけると「統一おめでとう!」と笑って言ってくる。

 堅苦しさのかけらもない、ラフな祝福が心に心地いい。どんな崇められ方をしても、やっぱりここで交わす言葉が一番落ち着く。


 湯船に浸かると、身体の芯から力が抜けるのを感じる。夕方から散々派手な演出やステージでのスピーチをやらされ、確かに少し疲れているのかもしれない。

 でも湯の温もりがすべてを溶かしてくれそうだ。外からはまだ花火の残響が聞こえるが、ここではしんと静かな湯気に包まれる。


「いいね、やっぱり温泉は最高だ」


 思わず声が漏れる。隣でフェンリスが鼻を鳴らして軽く身じろぎする。こいつも温泉大好きになったらしく、近くの湯船で湯を楽しんでいるらしい。魔狼が湯に浸かる光景なんて、昔は想像すらしなかったが、ここなら当たり前だ。

 世界がまとまったって、変わらない自由があるのがアインハルト連邦の魅力だ。


 ぼんやりと湯に浸かりながら、明日のことを考える。正式に“世界の頂点”とやらに就くにしても、何か大それた式典があるわけじゃない。もう済ませたも同然だ。あとは常設の行政機関や軍の再編、通貨の拡張、技術の協力……やるべきことは山ほどある。

 でも、そのうち仲間が順番にこなしてくれるだろう。オレは要所だけ顔を出して「面白そうだな」「いいじゃん」「大変そうだから頑張れ」と声をかければ十分かもしれない。


「それで平和が続くなら万事OKだ」


 ぽかぽかする湯の中で、自分がどんどん力が抜けていくのを感じる。世界統一を宣言したその日の夜に、こうしてまったり温泉につかれるなんて、やっぱり贅沢すぎる。だけど、この“贅沢なスローライフ”こそがアインハルト連邦らしさなのだ。

 自由を楽しみ、仲間と笑い、奇跡の力が自然に広まっていく。その延長線上に世界が平和になるなら、オレとしては大歓迎だ。


「ふう……明日は王国の連中が土下座してくるかもしれないな。それも受け流して終わりにするか。面倒はまっぴらだし、バカ王には温泉だけ楽しませてやればいいか」


 そんなことをつぶやいて、自分でも笑ってしまう。もし本当に王都から馬車でやってきたら大混乱になるかもしれないが、もうそこまで焦っても取り返しがつかないはずだ。

 アインハルトの連邦が事実上の世界秩序となった以上、バカ王の権威など吹き飛んでいる。せめて観光客として温泉に入りたいなら許してやらなくもないが。


 湯の中で深く息を吐き、肩まで浸かる。周囲には何人かの客がいて、オレを見て「統一おめでとう」と声をかけてくれる。軽く手を振って応じると、彼らも「世界が平和になるなんて夢みたいですね」などと談笑し始める。

 政治の中心人物をこんな間近で見ながら、一緒に風呂に入って雑談できるのがこの街のいいところかもしれない。堅苦しい礼儀などないし、誰もがフラットに語り合える。


「さてと、もう少し浸かったら飯でも食って寝よう。明日はいよいよ世界統一後の最初の日だって言うし、また騒がしい一日になるかもな」


 そう呟くのを聞いてか、隣の男がクスッと笑う。


「レオン様こそ余裕ですね。いや、そこがかえってありがたいんですけどね。こうして普通にお風呂で会えるなんて、不思議と安心しますよ」


 安定感のある声だ。彼もどこかの国から移ってきたのかもしれない。オレは面倒な偉そうな態度を取りたくないので、なるべく気軽に笑ってみせる。


「偉そうにふんぞり返ってたら、オレが一番疲れるだろ? この街は自由が基本だから、好きに話しかけてくれりゃいいんだよ」


 男は納得したようにうなずき、再び湯に沈んでいく。オレもあくびをかみ殺しつつ、程よい湯加減を楽しみながら体を温める。今日は本当にいろいろあったが、肩の荷が下りた気もする。世界を統一するとかどうとか、大層な話だったけど、終わってしまえば案外あっけなかった。あとはみんなが喜んでくれるなら、それで十分だ。


 夜空から遠くの花火がもう一本、シュルルッと上がり、華やかな音が耳に届く。祝祭はまだ続いているらしい。街の外れまで、人々の歓声が途絶えることはなさそうだ。追放者のオレが、いつの間にか世界の頂点に座ることを誰が予想しただろう。けれど、その中心でオレがやることといえば、やっぱりこうして温泉でのんびりくつろぎ、仲間と酒を飲んで、あとは畑の作物の成長をチラ見する程度だ。


「ん、フェンリス、どうした? もう出るか?」


 魔狼が少しだけ寄ってきたのでそう声をかけると、鼻を鳴らしながら先に風呂場を出ていく。きっと先に外で涼んでいるんだろう。オレもそろそろ上がるか。ふやけてしまうと明日に響く。

 世界を一つにしたらしたで、やることがないわけじゃないし、グラハムやルカも張り切ってるからフォローしてやらないとな。


 最後にもう一度、首まで湯に浸かって目を閉じる。泡の音と周囲のかすかな話し声が混ざり合い、心地よいリズムを生む。ほんの数日前まで、こんな平和な時間が世界中に広がるなんて想像もできなかった。だけど今や、争いはほとんど鎮まり、各地の人々がアインハルト連邦のルールで豊かになり始めている。改めて「奇跡だよな」と思わずにはいられない。


 湯から上がって外の風にあたると、空気が涼しくて気持ちいい。フェンリスが毛を揺らしてこっちをちらりと見る。花火は途切れ途切れに続き、遠くの歓声がまだ上がっている。

 街の灯りがまるで昼間のように明るく、温泉街特有の湯煙が優しく漂っている。ああ、この光景こそオレがずっと求めてたもんだ。スローライフと、みんなの笑顔。それが“世界統一”でより大規模になっただけだ。


「よし、そろそろ寝るか。フェンリス、お前も一緒に帰るか?」


 魔狼が尻尾をゆらゆらさせてついてくる。オレは夜道をゆっくり歩きながら、祝宴の残響を背中で感じる。明日は本格的に“世界連合政府”みたいな組織の設立に向けた会議が続くようだが、みんなのフォローがあれば問題ない。オレは引き続き、温泉と畑を守りながら好きに過ごすだけ。

 そう、世界がまとまったからといって、オレ自身が変わる必要はないのだ。


「さて、寝るか」


 息を吐いて夜空を見上げる。花火の火薬のにおいがかすかに漂い、ランタンや魔導照明が市街地を照らしている。遠くまで広がる街並みは、もはや一介の“辺境の村”の面影なんて微塵もない。

 夜に浮かび上がるのは大都市の賑わいそのもの。そしてその中心にいるのが、追放者だったオレだ。面白いよな、ほんと。


 心地よい疲れを覚えながら屋敷へ戻り、明かりを落としてベッドに潜り込む。

 フェンリスは庭の一角で横になり始めているようだ。明日はまたバタバタして、いよいよ“連合政府”のお披露目かもしれない。王国のバカ王が土下座するために現れるのか、それとも帝国皇帝が正式に降伏状を持ってくるのか……想像すると少しだけ胸がそわそわするが、そこでビクつくオレでもない。


「世界をまとめるとか言っても、要はあちこちの人が自由に暮らせる場所を作るってことだろ? オレは大したことしなくていい。畑と温泉があれば、自然とみんなが集まるさ」


 口の中でそんな言葉を転がし、瞼を閉じる。部屋の外からはまだ遠い祭りの熱気が伝わってくるが、不思議と騒音には感じない。むしろ安心感になっているのだから不思議だ。

 ここにはオレの仲間と民がいて、それぞれが自由に夢を叶えようとしている。誰もが楽しい未来を信じ、笑い合っている。そんな空気の中で眠りにつけるなんて、世界の頂点とは思えないほど幸せなことじゃないか。


「よし……明日も温泉に入って、うまい飯食って、たまにちょっと奇跡っぽいことをしてやるか」


 自嘲まじりに笑い、布団をきゅっと握りしめる。

 オレは追放者で、今じゃ“最強領主”だと言われてるが、本質は何も変わらない。自由で楽しく、スローライフを謳歌する。そんな生き方でいい。そう、世界をまとめたって、オレの暮らしはオレのものだ。


 最後に頭の中で「ありがとう」と誰にともなく呟く。

 バカ王に対しての皮肉交じりの感謝かもしれないし、支えてくれた仲間への思いかもしれない。

 とにかく、オレは今、ここで好きなように生きている。

 世界を統一してしまったって、幸せは変わらない。むしろ自由が広がるばかりだ。そんな確信を抱きながら、夜の穏やかな空気の中で意識が遠のいていく。


 さあ、ぐっすり眠って、明日はもう少しだけ畑も見てやろう。

 きっと驚くほど豊かな作物が育ってるに違いない。


 だって——追放されて始まったオレのスローライフは、こうしていまも続いているのだから。



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