表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

第5章 王国崩壊 & 世界の中心へ!

 もう数日前から、「王国が完全にヤバいらしい」という噂はあった。

 けど、こんなにも早く“本当にヤバい”ところまで落ち込むなんて、正直オレは思ってなかった。


 朝っぱらから街の門付近が大騒ぎになっているという報せを受けて行ってみると、そこには難民のような人々が次々と押し寄せていた。

 商人、農民、職人、貴族っぽい高級な衣装を着た連中まで入り混じって、皆そろって「助けてください!」「アインハルトに住まわせてほしい!」と叫んでいる。


「王都はもう経済崩壊で食えないんだ!」

「バカ王が重税をふっかけたあげく、通貨の価値が紙くず並みに落ちてるんですよ!」

「自分たちが生きるには、もうここしかないんです!」


 悲痛な声が四方八方から響き渡り、門の前は大混雑。ここの兵士や冒険者たちが必死に列を整理しているが、人の波が絶えない。中にはすでに立ち尽くして涙を流す者や、家族連れで疲れ切っている者もいる。どうやら本当に王国が限界を迎えたらしい。


「なるほど、これは本格的な“王国崩壊”が始まってるってことだな……」


 オレは混乱する人々の間をかいくぐりながら、なんとも言えない気持ちになる。

 追放されてからここまで事態が大きく動くなんて、さすがに予想外だ。しかも彼らの口ぶりを聞けば、王国では通貨が暴落し、兵士に払う給料すら確保できず、貴族は私腹を肥やすこともできなくなって悲鳴を上げているらしい。

 最初に「無能」と言ってオレを追い出したバカ王が招いた結果とはいえ、ここまで急激に崩れるものなのか。


「よし、落ち着いて! ひとまず順番に話を聞くから、列を崩さないでくれ!」


 門番をしていた兵士が大声を張り上げる。さらに傭兵団のグラハムが現れて、あっという間に場をまとめ始める。彼らは慣れた手つきで難民たちをエリアごとに分け、ひとりひとりの事情を聞き取っている。

 元々は平和な辺境だったここで、こんな大掛かりな“難民対応”をする日が来るとは……時代の変化ってやつはすごいもんだ。


 そんな様子を見つめていると、ふとオレの前にひとりの少女が近づいてくる。ボロボロの服を着て顔も汚れているが、目だけはしっかりこちらを見据えている。連れている弟のような男の子は今にも泣きそうだ。


「すみません、ここでは食べ物が手に入るんですか? もう三日も何も食べられなくて……」

「もちろんあるよ。焦らなくて大丈夫。ここの人たちが何とかしてくれるはずだ」


 オレがそう言うと、少女は安堵の笑みを浮かべて頭を下げる。そして弟の手を握って列のほうへ戻っていった。ほんの少しの会話だったけど、それだけで王国の現状が痛いほど伝わってくる。よほどひどい扱いを受けていたんだろうか。


「レオン様! こちらにいたんですか!」


 慌ただしい足音がして、エリシアが駆け寄ってくる。彼女も朝からずっと難民対応の指揮を執っていたのか、手には大量の書類を抱え、やや息を切らしている。

 周囲のガヤガヤに負けないよう、少し大きめの声で話し始めた。


「王国からの流入が凄まじい勢いで増えてます! 夜通しで押しかけてきた人も多いみたい。それに一部の貴族や官僚まで、王都を捨ててこっちへ亡命してますよ……」

「貴族まで? そりゃ本格的に終わってるな、王国」

「バカ王が新しい税法を無理やり通そうとして、かえって国民の生活を破綻させたとか。商人ギルドはこっちに移転しちゃって、王都の市場は完全に冷え込んでるとか……もう要するにボロボロです」


 エリシアは苦々しい表情でため息をつく。

 かつては帝国の王女として、それなりに王家や貴族の世界を知っている彼女にとっても、この光景は衝撃らしい。でも今は感傷に浸ってる暇もなさそうだ。目の前には大勢が救済を求めている。


「彼らをどう受け入れるか、なるべく混乱を避けたいので、わたしは住民会議を開いて指針を決めます。レオン、よかったら出席してほしいの。あなたの顔があると、住民のみんなも安心して方針を受け入れやすいから」

「オレができることは限られてるけど……わかった、できる範囲で協力するよ」


 そう答えると、エリシアは「助かるわ」とうなずき、職員たちに次々と指示を出しながら立ち去っていった。その背中はいつになく切迫感がある。

 そりゃそうだ、王国崩壊で押し寄せる人々をどう扱うかで、この街の未来も大きく変わる。

 もしうちが受け入れ態勢を整えられなければ、治安や経済が混乱し、あっという間に破綻しかねない。一方で上手く対応できれば、さらに巨大な勢力へと成長できるチャンスでもある。


 住民会議は午後から開かれた。市街地の広場にはありとあらゆるギルドや商人、職人、そして新たに合流した亡命貴族らしき面々まで集まり、急ごしらえの円卓を囲む。

 昔なら考えられない雑多な顔ぶれだが、今のアインハルト自由都市ではこれが当たり前らしい。議題は「王国難民をどう受け入れ、どんな仕事や住居を提供するか」。もはや国家運営そのものの話だ。


「まず、すぐに食べ物を配給できる仕組みを作るべきだと思います!」

「我々、商人ギルドとしては彼らに合った働き口を斡旋したいのですが、住む場所はどうしましょう? テントだけじゃ限界があります」

「温泉施設で観光客向けの仕事が増えてるから、適性のある人にはサービス業に回ってもらうのはどうでしょうか」


 火花を散らすような激しい議論かと思いきや、意外にもみんな率直に提案を出しては「それいいね!」と乗っかったり、「こうしたらもっとスムーズだ」なんてアイデアを追加したり、とんとん拍子に話が進んでいく。どうやら「手を差し伸べることは悪いことじゃない」という共通認識が根付いているらしい。

 ここには王国みたいな“搾取しよう”という貴族目線は少ないし、失敗しても自分たちで改善するという気概がある。


 会議の途中、エリシアがうまく議論を整理して、ひとつの大きな方針を提案する。


「では、アインハルト自由都市として、“難民受け入れプログラム”を正式に設立しましょう。紙幣を利用して、労働と生活支援を両立できる仕組みを作ります。具体的には、空き地に仮設住宅を建てて、そこから徐々に常設住居へ移行。仕事は温泉街、農業、工場、ギルド関連など、多岐にわたる業種に振り分ける。みんな、賛成してくれるかしら?」


 一斉に拍手が起こり、誰も反対しない。うちの街は不思議なくらい話がまとまるのが早いんだよな。

 もちろん課題は山積みだけど、とりあえず「やってみよう」で始まって、ダメならまた改善しようという空気がある。かくして“難民受け入れプログラム”は会議中に一瞬で可決され、さっそく動き始めることになった。


「ありがとうございます、これで多くの人が救われる……!」


 会議が終わるころ、王国の貴族だったという年配の男が涙目で感謝している。どうやら彼は王国の財政官を務めていたらしいが、バカ王の圧政に耐えかねて逃げてきたそうだ。貴族というよりは疲れ切ったじいさんのように見える。かつては「王国こそ最強」と鼻息荒かった連中も、今じゃ完全に立場が逆転しているわけだ。


「こっちも人手が増えるし、うまく融和すればウィンウィンなんじゃないのかね」


 オレが言うと、男は何度も深く頭を下げる。彼もまたここで再出発するんだろう。別にオレは偉いわけじゃないが、こうして困っている人が少しでも救われるなら、悪い気はしない。

 何より昔のオレを“無能”と罵倒していた貴族階級の人間が、こうして必死に頼ってくる姿を見ると、ちょっとした皮肉な気分にもなる。


 会議を終えて外に出ると、空はすっかり夕方の色だ。今日の門前も相変わらず人の波で、王国から来た人々を傭兵団のメンバーが誘導している。グラハムや兵士たちが手際よく案内しているから、どうにかなりそうだ。

 ちらほら「これ、ほんとに国の崩壊だよな……」という呟きが聞こえてくる。


 すれ違いざまに、何人かの王国民らしい人が「バカ王め、どうしてくれよう……」と毒づいているのを耳にする。どうやら税金だけでなく、軍も瓦解して山賊が横行するようになったとか、王都から馬車がほとんど出せなくなったとか、もう八方ふさがりらしい。

 さすがにここまで壊滅的だと、救いようがない気がするが……まあ、さすが“バカ王”だ。自爆芸にもほどがある。


「こりゃあ王国の連中、そのうち“レオン様、戻ってきてくれー!”って泣きついてくるかもな」


 隣を歩くフェンリスが鼻をひくつかせ、まるで「バカなやつらだ」と言いたげだ。

 もし本当に王国が全滅寸前なら、バカ王も引き下がりたくなるかもしれない。けど、追放されたオレに「戻ってきて」って言われても、今さら知るかって話だ。ここにはオレの仲間と温泉がある。しかもこの街が発展しきって、もはや王都なんかに見劣りしないどころか、こっちのほうが圧倒的に豊かなんだから、あちらさんにメリットはないだろう。


 ふと、遠くから悲鳴混じりの声が聞こえる。


「うわあああっ、もう通貨がゴミなんだよ! 金貨に換えようにも王国の造幣所が止まっちまってるし、国の保証なんて信じられない!」


  どうやら王国の貨幣を山ほど抱えて逃げてきた商人がいるらしい。手元に大量の王国硬貨を持っているが、何の価値もなくなったんだとか。そういや、こっちでは“アインハルト紙幣”がすっかり主流になってしまい、王国硬貨のレートはもう見る影もない。

 まさかこんなところで通貨が完全に死ぬとは。そりゃあ、みんな食えなくなるわけだ。


「商人は金のにおいに敏感だから、行き先はやっぱりアインハルト一択なんだな……」


 自分で言っておいて、しみじみと感じる。多くの人が言うように、この街はすでに“世界の中心”になり始めている。紙幣の流通や温泉資源、さらには軍事力や外交関係も整い、もともと弱かった地盤がかえって新しい秩序の土台になっている。王国が崩壊しても、こっちは繁栄を続けるばかりだ。


 夜。広場では即席の“難民歓迎祭”みたいなものが始まっている。あちこちから提供された余剰作物や、温泉地帯で生産された野菜や肉が振る舞われ、疲れ切った人々がささやかながら食事にありついている。

 ギルド員や商人が出店を開き、「紙幣がなくてもまずは腹を満たせ!」と声をかける。なんというか、こっちはこっちで大らかだ。


 その様子を見ながら、オレは屋台で焼かれたトウモロコシをかじる。香ばしい匂いが腹にしみる。すぐ隣では子どもたちが笑い合いながらスープをすすっている。

 彼らの表情には、生き延びるための必死さと、新しい生活への期待が混じっているように見える。


「レオン様、難民の皆さんがあなたにお礼を言いたがってますよ。ちょっと顔を出してもらえませんか?」


 傍にいた職人ギルドの青年が声をかけてくる。見れば、食事スペースのはしで数人がこっちを見て頭を下げている。その中にはさっきの少女と弟らしき子もいるじゃないか。やっぱり何か伝えたいんだろうか。


「構わないけど……オレは何もしてないぞ? 住民会議で決まっただけなんだが」

「それでも、あなたがいると安心するんです。『奇跡の人』というか、『無自覚チートの領主様』というか……なんかそういう感じで、みんな心の支えにしてるんですよ」


 青年は照れ笑いしながらそう言う。ほんと、いつの間にオレはそんな頼られる立場になったんだろうか。無意識のうちに畑を豊かにし、温泉を掘り当て、紙幣の発想をちょっと口にしたら世界が動いて……気づいたら人から「神」「奇跡」と呼ばれる始末。皮肉なものだが、まあ悪い気はしない。


 オレはトウモロコシを食べ終え、難民たちが集まるスペースへ足を運ぶ。少女がこちらに気づき、少しそわそわした様子で弟の背を押す。弟は小さく頭を下げながら、おそるおそる口を開く。


「……あ、ありがとう。まだちゃんとわかんないけど、ここなら生きられるかもって、姉ちゃんが言ってる」

「そうか、よかったな。困ったことがあったらエリシアやグラハム、他のみんなを頼るといい。オレでもいいけど、あんまり役に立てるかわからんしな」

「そんな! レオン様の存在が頼りなんです! あなたがいれば、この街はきっと大丈夫だから……」


 口々に感謝の言葉を述べる人たち。中には王国の富裕層だったと思しき人もいて、「レオン様さえいてくだされば、我が家も再起できる!」と握手を求めてくる。おいおい、そこまで持ち上げられてもなあ……と思いつつ、笑顔で応じるしかない。

 オレが不安げな態度を見せたら、かえって混乱を招くだけだし。


 夜も更け、広場のざわめきが落ち着いてくると、エリシアやグラハム、ルカ、そしてフェンリスも合流して簡単な打ち合わせをすることになった。テーブルには野菜スープとパンが並び、何だかんだで腹を満たしながらの会合だ。


「難民対応は一応のめどが立ったけど、明日以降もどんどん人が流れてきそうだ。このままだと仮設住宅だけじゃ足りないぞ」


  グラハムが地図を広げながら言う。彼の軍事拠点近くにも空き地があるが、すぐには住居にはできないため、当面はテント暮らしが増えそうだ。


「私のほうで建築ギルドに声をかけているわ。仮設から常設への移行を早めるため、大規模な住宅開発計画を立ち上げるつもり。ルカも新しい施工技術で手伝ってくれるんでしょう?」


 エリシアがそう言うと、ルカはウキウキした顔で頷く。


「任せてください! 温泉熱を利用したコンクリート類似素材を試作中なので、それがうまくいけば家の建設が一気に進むはずです!」

「確かに、食料のほうは農業改革と商人の流入で何とかなるだろうが……いや、すげえ勢いだな」


  グラハムは苦笑いしながら頭をかく。一方、エリシアはさらなる準備を進めるべく書類をがさごそと取り出し、ペンを走らせる。こういうとき、彼女の手際は本当に助かる。帝国出身の知識と外交センスが存分に発揮されているのだろう。どんなに無茶な計画でも、彼女のリーダーシップでそれなりに形になってしまうのが今のアインハルトだ。


「王国はもう完全に干上がっていて、各国も“アインハルトと取引したほうが得策”と判断し始めてる。このままいけば、王国は自滅して滅亡寸前。最終的にはこっちに『助けて』って泣きつくだろうけど……レオン、あなたはどうするつもり?」


 エリシアがペンを止め、真っ直ぐこちらを見る。その声はどこか探るような響きを含んでいる。オレは少し考え込みながら、率直に答える。


「うーん、どうもこうもないよ。オレに“王国を建て直す”義理なんてないし、戻る意味もない。そもそも追放したのは向こうだ。正直、今さら泣きつかれても困るよな」

「そうよね。たぶん向こうが“戻ってきて”とか“助けて”とか言ってきても、この街のみんなが許さないかもしれない。もうここが新しい故郷だもの」

「まあ、そんときはそんときさ。とりあえずこっちは自分たちでやるしかないだろ」


 自分で言いながら、改めて腹を括る。このアインハルト自由都市こそ、オレにとっての居場所になった。王国は自業自得で崩壊に向かうだけだし、もし本気で助けを求めるなら、こっちにはそれ相応の交渉材料がある。何が起きても受けて立つさ。

 そう思うと、グラハムがニヤリと笑って杯を挙げる。


「おう、それでこそ“最強領主”だ。王国なんぞもう用なしってわけだな。」 「最強領主はやめろって……って、まあ今さらいいか」


 みんながどっと笑い、それに乗せられてオレも肩の力が抜ける。確かに“最強”とまでは言わないが、この仲間たちと協力すれば、大抵のことは何とかなるだろう。

 バカ王がどう泣こうが、こっちは自分たちの道を進むだけだ。今ここにいる“新住民”たちを、より豊かに、より幸せにするのが優先だ。


 夜が更けたあと、オレは少し散歩がてら温泉街のほうへ足を伸ばしてみる。街中には難民向けの施策や、商人たちが立ち上げた新店舗など、いろんな看板が増えている。人の往来も多いが、どこか安心感があるのは、アインハルト軍がしっかり巡回して治安を保っているからだろう。


「王国があれだけ崩壊してても、こっちはどんどん発展していくんだな」


  自分のことながら、呆れるほどの急成長。だが、ここまで来たらもう止める必要も義務もない。グラハムやルカ、エリシア、そして住民たちが望むなら、この街はいくらでも大きくなる。農業改革だってまだ伸びしろがあるし、温泉資源だってすべて掘り尽くしたわけじゃない。紙幣も周辺国での信用度が増し続け、他国の通貨を圧倒する勢いだ。


「まあ、王国側にすれば『レオンのせいで国が滅ぶ!』とか思ってるのかもしれないけど……オレはほんと、ただここで温泉浸かって畑耕してただけなんだけどな」


 苦笑しつつ路地を抜け、ひと気の少ない場所へ出る。そこには星空を映す湯煙の景色が広がっていて、やけに幻想的だ。さすがに夜遅いから、観光客も引き上げているらしく、閑散とした空気が漂う。

 フェンリスが横を歩いていても、誰も驚かないのが面白い。今じゃ当たり前の風景だ。


「なあ、フェンリス……もし、あっちの王国が完全に崩壊して、バカ王が土下座しに来たら、オレはどうすりゃいいと思う?」


 フェンリスは鼻をひくつかせ、ゴソリと身を動かす。もちろん言葉にはしないが、その仕草からは「余計なことは気にするな」というニュアンスを感じ取れる。オレもそのほうが気楽だ。もう戻らないと決めた以上、向こうを手助けする理由はない。

 今は街を救うのが最優先だし、住民や難民たちの声に応えるほうが何倍も意味がある。


 夜空を見上げる。王国が崩れ去るのは時間の問題として、ここに集まる人々は「新時代」を求めている。いつの間にか、アインハルト自由都市がその“新時代の中心”になりつつあるのをひしひしと感じる。農業、温泉、紙幣、軍事、外交、技術。あらゆる要素が詰まったこの街こそが、新しい世界の姿なのかもしれない。


「悪いがバカ王、オレはお前を助ける気はない。……そうさ、ここがオレの国だ。追放してくれたおかげで最高のスローライフを得たし、世界が勝手に踊ってくれるなら、ますます楽しい」


 自分だけに聞こえるようにつぶやき、夜風に息を吐く。王都にいたころは、こんなに自由に生きられるなんて想像もできなかった。だが、今のオレは“世界を揺るがす最強領主”だの“無自覚チートの化身”だの好き勝手言われようが、何の不都合もない。むしろそうやって神格化されるなら大歓迎だ。皆が豊かになるなら、利用できるものは利用すればいい。


「オレは明日も温泉に入りつつ、難民対策を手伝って、畑の様子も見て……忙しいけど退屈しないで済みそうだ」


 ふっと笑みが漏れる。足元を見ると、フェンリスがゆるりと尻尾を振っている。まるで「それでよい」と言わんばかりだ。王国崩壊も大事件ではあるが、オレたちの自由な生活はそれに左右されずに続いていく。今さら誰が何を言おうと、ここではもう別のルールが動いているから。


 少し前までは“王都”と聞けば、威圧感ときらびやかさの象徴だった。けど今は、薄暗い噂が絶えず、貴族も平民も流出していく荒廃した空間に成り果てているんだろう。

 それに比べたら、こっちの夜空は明るいランタンと温泉の湯気に照らされて、あたたかな笑い声が響く。やっぱりこっちのほうが、オレには合ってる。


 門のほうからまだ時々、王国民らしき人が転がり込んでくるのか、ざわつく声がかすかに聞こえてくる。でももう慌てずに受け入れられる態勢は整った。ルカの新技術やグラハムの軍事力、エリシアの外交力があれば混乱は小さい。さらに住民会議とギルドが連携して、うまく就業や住居を振り分ける。大丈夫だ、きっと。


「じゃあオレは温泉で汗を流して、さっさと寝るか。明日もやることたくさんあるし、王国崩壊の話もどこまで広がるかわからない」


 ゆっくりと温泉街の坂道を登る。フェンリスが横を歩いてくる足音は安定感があって、心強い。世界の中心になりかけているこの街で、オレは明日も“のんびり”とやることをやるだけだ。


 夜風に当たりながら、一日の終わりを感じると不思議と充実感が湧いてくる。王国の崩壊は決して小さな出来事じゃないけど、ここでは皆が笑顔で未来をつかもうとしている。その姿を見ると、オレも“がんばるか”という気持ちになる。

 アインハルト自由都市は、王国の瓦解を横目に見ながら、ますます世界の中心へと駆け上がっていくのだろう。


「明日はもっとたくさんの人が押し寄せるかもな……さて、どんな面白い展開が待ってるんだか」


 “王国崩壊、そして世界の中心へ”――いや、もうあの王都のことなんか気にしなくていいくらい、こっちは一歩先へ進んでいるさ。そんな確信を抱きつつ、夜の街へ足を進める。

 今夜は難民たちも温かい食事と寝床を得られただろうし、オレだって温泉に浸かって一杯飲んで、最高の気分を味わう。

 追放者にとって、これ以上のご褒美はないんだから。

面白い/続きが読みたい、と感じて頂けましたら、

ページ下の【☆☆☆☆☆】から評価をお願いします!

ブックマーク、感想なども頂けると、とても嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ