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第2章 気づけば村が大発展!?

 朝起きて外に出ると、村全体がさっそくドタバタしている。

 昨日までのんびりした辺境だったはずが、知らない人やら行商人やらがうようよ歩き回っていて、まるで市場の真ん中みたいだ。


「なんだこりゃ…いつの間にこんなに人が増えたんだ?」


 ぼんやりつぶやく。家のまわりには荷車や荷馬が停まっていて、村人とどこかの商人が言い合いをしているのが見える。そもそも、こんな早朝から商談してるって相当気合入ってるな。何か“もうこの村は辺境じゃないよ”と言わんばかりの熱気が立ちこめてる。


「おはようございます! あの、大麦はどこで買えますか?」


 見慣れない若い商人が、いきなりオレに話しかけてきた。挨拶もそこそこに、いきなり大麦の仕入れ先の質問か。どうやら昨日の黄金畑の噂が、すでに各地に広まったらしい。オレが指をさして教えると、その商人は飛び跳ねるように感謝の言葉を口にして走り去っていく。元気だな……。


「レオン様、おはようございます!」


 今度は村の青年が声をかけてくる。ちらっと見ると、腕に何枚も布を抱えていて、忙しそうに汗を流している。彼の後ろには荷馬車が数台並び、それぞれに山ほどの小麦やら道具やらが積まれている。こんな量、村でさばけるのか? でも表情は悪くない。


「おはよう。どうしたんだ、その大荷物」

「いやあ、昨夜遅くに外から商人がぞろぞろ来て、朝から取引が始まってるんですよ。小麦やら新鮮野菜やら、何でも欲しいって人がどんどん押しかけて……おかげで村長がうれしい悲鳴を上げてます」

「あの村長が悲鳴を……まあ、うれしいならいいことか」


 苦笑いする。確かに、あの温泉と黄金畑の二つが立て続けに起きれば、辺境の村でも一瞬で目玉スポットになるのかもしれない。商人たちからすれば、金の匂いがプンプンする場所だろうし、冒険者にしても温泉で疲れを癒やしながら獲物を探せる――なんて好都合なんだろう。

 結果として、今は朝だというのに人と馬車がわんさか入り乱れてる。


「それにしても、あっという間ですね。こんなに早く人が押し寄せるなんて思いもしなかった」

「あの噴水みたいな温泉と、あの畑を見ちゃったら誰だって騒ぎますよ。何しろ“神の奇跡”だなんて噂が……」


 彼はそこまで言って照れたように口をつぐむ。多分、オレが“神様扱いはやめてくれ”と言ってるのを気にしてるんだろう。まあ今さら止めようとしても止まらないだろうし、好きに信仰してくれたってかまわない。別に損はないし、変な束縛もされたくないけど。


「神は勘弁してほしいけど、盛り上がってるならいいことだ。あんまり無理すんなよ」

「ありがとうございます、助かります。それじゃ、オレは先に行きますね!」


 青年はそう言ってバタバタと走り去る。すぐ横を別の商人が通り過ぎ、そのあとを追いかけるように冒険者っぽい集団が雑談している。

 村人は村人で、外から来た人相手に商談してたり、何やら宿の増築を検討してたり、喧騒に包まれている。


「村がちょっとした観光都市になりかけてるぞ……」


 オレは素直に驚く。昨日から今日にかけて、こんなスピードで人が流れ込むなんて、想像してなかった。まあ、たった二日の出来事で温泉が噴き上がり、畑が爆速成長して、魔狼フェンリスまで現れて……って、どんな辺境だよ。そりゃ話題になるに決まってる。


 昼ごろになると、村の中央広場が完全に市場化している。雑貨や食べ物を並べる露店がズラッと並び、通りはごちゃごちゃの大混雑。何だかもう、露天祭りでも開いてるかのようだ。

 道端からは焼きたてパンのいい匂いが漂ってくる。それが例の黄金小麦で作られたパンらしく、もっちり香ばしい匂いに惹かれて客が群がっている。


「ひとつ味見させてもらえます?」


 オレもこっそり近づいて声をかける。店主らしきおばちゃんが、オレの顔を見るなりパッと明るい表情になり、小さくちぎったパンを手渡してくれる。


「もちろん! レオン様には無料で差し上げますよ。これ、今朝焼いたばかりですから!」

「わ、悪いな。ありがとう」


 ひと口かじると、甘くてふわっとしていて、なんとも言えない旨さだ。確かに黄金小麦っぽさがあるのかどうかはわからないが、普通のパンより弾力がある気がする。これなら人が殺到するのも納得だ。

 おばちゃんが「あんたのおかげでこの村は大繁盛だよ」なんて言うから、ちょっと照れくさい。


「オレは大したことしてないけど、まあ、お役に立ててるならよかった」

「とんでもない! あの畑のおかげで作物がどんどん売れるし、外から仕入れた品物も大人気だし、村のみんなが『もう国に頼らなくていいかも』って盛り上がってます!」


 国に頼らなくていい、か。その言葉には少し意味がある。そもそも、この村を管轄する王国の貴族たちは何もしてくれなかったらしい。税金だけ徴収し、インフラも放置。実際にここへ来るまで、オレもこの村の存在自体ほとんど知らなかった。

 けど、もし今の勢いが続けば――王都の助けや指示なんかより、自分たちで稼いでやっていける可能性はあるのかもしれない。


「そういう独立気質は嫌いじゃないぞ。頑張れ」

「ありがとうございます!」


 おばちゃんは笑顔で店に戻り、次々と客の相手をしている。オレは客にぶつからないように人混みを抜け出し、少し離れた場所へ移動する。

 フェンリスが森から戻ってきてたら、ここを通るのは大変だろうな。

 あの巨体でこの人混みはさすがに危険すぎる。


「いや、ほんと。昨日までの静寂はどこへ行ったんだ……」


 半ば呆れて頭をかく。こうして市場を眺めていると、新しい商売の話やら、いきなり“独自のお金”を作ったほうがいいんじゃないか、といった話題まで飛び交っている。聞くところによれば、外の世界では紙幣なんて発想はあまり一般的じゃないらしいが、ここで導入できないかという動きがあるらしい。


「誰だ、そんなこと考えてるの……?」


 まさかオレが「紙幣って便利そうだよな」とぼやいたのが発端じゃないだろうな、と少し不安になる。昨日の夜、村の若者たちと酒を飲みながら何気なく「硬貨だけだと重いよね。紙にしたら軽くていいのに」と言ったのを、もしかして本気で捉えたんだろうか。


「レオン様、ちょうどいいところに!」


 思わず後ずさりしそうになる。見れば、昨日会った商人の一人が笑顔で手を振っている。彼はどうやら今“村主催”の会合に出席しようとしているらしく、オレの腕をつかんでぐいぐい引っ張ってくる。


「ま、待て待て、オレが行く必要あるのか?」

「ありますよ! 何しろあなたがこの村の発展の鍵ですから! 紙幣の話も出てるし、温泉の利用法とか、商売の流れとか、みんなあなたに一目おきたいんです!」

「勘弁してくれ。オレはただ温泉に浸かりたいだけなのに……」


 抵抗しても聞いてくれず、そのままズルズルと引っ張られ、村の集会場に連行されてしまう。そこは、元々は小さな倉庫だったらしく、テーブルと椅子が即席で並べられている。中には村長や商人、職人らしき人が十数人集まっていて、すでに真剣な顔で話し合いをしている。


「おや、レオン様、来てくれたのか!」


 村長がホッとした表情でこっちを見る。オレはまったく意図して来たわけじゃないんだけど、そうとも言えないし、仕方なく手を振る。


「紙幣だなんだって話をしてるって聞いたけど、そんな大規模なことをいきなりやるつもりか?」

「実はそうなんだ。金貨や銀貨をじゃらじゃら持ち歩くのは大変だから、村独自の証書みたいなものを発行できないかって話が出ててね」


 そう言って村長は、紙切れを何枚か並べて見せる。まだ落書き程度の試作品だが、“アインハルト通貨”みたいな文言がデカデカと書かれている。ちなみにアインハルトってのはオレの姓だけど、そこから拝借したらしい。


「って、オレの名前を通貨の名称にしないでくれよ!」

「いいじゃないか。正直、それが一番分かりやすいし、ありがたみがある」


 村長が悪びれもせずに言うもんだから、部屋の隅にいた商人たちも口々に賛成する。やれ「神の加護がある紙幣」とか「温泉のご利益とリンクする」とか、完全にオレの知らないところでスピリチュアルだのなんだのが暴走してるようだ。

 いや、そういうの嫌いじゃないけど、あまりオレ個人に結びつけられても困るんだが。


「まあ……便利になるなら反対はしないけど、ちゃんと価値が保証されないと意味ないんじゃないか?」


 一応オレもそれくらいは知ってる。お金ってのはみんなが「これで物を買える」と信じてるからこそ成り立つわけで、紙切れを配ったって、信用がなきゃただの紙くずだ。

 そもそも国が発行する硬貨や紙幣だって、国力や流通量が担保になってるから成立する。


「そこは心配いりませんよ。今の時点で、この村(というかアインハルト領?)には黄金小麦や湯量たっぷりの温泉があるでしょう? あれを担保にすれば、十分価値を生むはずです。取引が盛んになれば自然と流通が安定しますよ」


 商人の一人が自信満々に断言する。うーん……まあ、そういうものなのか? オレは専門家じゃないから判断が難しいけど、ここにいる連中は真剣そのものだ。確かに、辺境の小さな村がいきなり独自紙幣を発行するなんて聞いたことないが、今の勢いなら強引にでもやってしまいそうな気がする。


「いやはや、いっそここを“自由都市”として独立させようなんて話もあるんだ。紙幣を発行して、温泉や畑で儲けて、商人を受け入れれば、王国に頼らずともやっていけるだろうという声が多くてな」


 村長が言う“自由都市”なるワードに部屋の中がざわめく。まだ正式に決まったわけじゃないが、みんな期待と興奮で目を輝かせている。話のスケールが大きすぎて、オレとしては「いつの間にそんな計画が進んでるんだ?」としか思えない。

 追放されてきた身からすると、“王国に依存せずに生きる”のは別に悪くない。それが叶うなら面白そうだし。


「……わかった。好きにやるといい。ただ、オレは詳しいことまでは指図できないぞ。こう見えて専門知識はゼロだから」

「ええ、もちろんです。あなたはその存在が重要なんですよ。いざというときにみんなをまとめるカリスマ、というかシンボル的にいてくれたら十分なんです」


 カリスマとかシンボルとか、どっかで聞いたような胡散臭いワードだが、みんな真顔だからどうにも言い返せない。オレが首をすくめていると、村長が「助かった」と言いながら会合を再開する。

 話題は紙幣のデザインから流通の仕組み、税の免除とか、王国からクレーム来たときの対処法まで多岐にわたる。みんな本気だ。


 オレはその熱気に圧倒されながらも、チラチラと周囲を見回す。集会場の戸口からは外の喧騒がちらりと見えるし、少し離れたところにはフェンリスが暇そうにあくびをしているのが見えた。

 こっちへ来たら恐らく大パニックだから、外で待ってくれてるんだろう。賢いぞ、お前。


 会合がひと段落つく頃には日が傾き始めていた。外に出た瞬間、オレは思わず息を飲む。村の街並みがほんの数時間でまた変わっているからだ。

 そこら中に仮設の露店やら、温泉宿予定地の看板やらが立ち並び、人々がドタバタ動き回っている。道端では「温泉サウナも建設しよう!」なんて盛り上がってる集団がいるし、中央広場にはなぜか即席ステージみたいなものまで作られかけている。


「ちょっと目を離すとこれかよ……」


 思わず苦笑いするが、悪くない。むしろこの村に活気があふれているのが気持ちいい。

 王都であくせく働かされていたときの、あの息苦しさとは正反対だ。みんな楽しそうに動いているし、誰かに強制されているわけでもない。勝手に新しいことを始めて、勝手に盛り上がってるのがなんとも自由な雰囲気を醸し出している。


 フェンリスがこちらに歩いてくる。つぶらな瞳――というには少し鋭すぎるが、尻尾をゆらゆらさせているところを見ると機嫌は悪くなさそうだ。


「森へ狩りに行かなくていいのか?」


 心の中に直接声が響く。こいつ、やっぱり器用だな。オレは肩をすくめて答える。


「今日は人が多くて、何だか村を離れづらいんだよ。それに、これだけ商人が増えたら肉とか魚とか勝手に手に入りそうだ」

「ならば余は暇を持て余す。ときに、あの湯はどうなった?」


 そう聞かれ、思わず温泉のほうを振り返る。相変わらず勢いよく噴き上がっているが、どうやら村の人たちがうまいこと水路を作り、湯を徐々に流し込んで“温泉プール”的なものを作り始めているらしい。その結果、一部は噴水のように空高く飛び散りつつも、大半は川のように流れていって、自然に広い湯だまりを形成し始めている。


「見るたびに様相が変わるな……こりゃあ本当に温泉街ができそうだ」


 オレは呆れ半分、興味半分で言う。フェンリスも「フン」と鼻を鳴らす。どうやらこいつも近々湯に浸かりたいらしく、チラチラそっちを見ている。


「ちょっと行ってみるか。見物がてら、どんな感じで湯が広がってるのか確かめたい」


 フェンリスを連れて温泉の噴出ポイントまで行ってみると、そこにはもう野外温泉の建造が始まっていた。村の男たちが木材で土留めを作り、湯船らしき場所を区切るように柵を設置している。建築職人のような人が指示を出し、ああでもないこうでもないと試行錯誤している様子だ。


「おお、レオン様! ちょうどよかった」


 現場監督っぽい男がこっちを見て、板を抱えたまま走ってくる。が、途中でフェンリスに気づき、「うひゃっ」と声を上げて後ずさる。そりゃ巨大な魔狼が隣にいたら驚くよな。でもフェンリスは気にせず、器用に後ろ足で耳をかいている。


「すまん、こいつはただの(ただのじゃないけど)魔狼なんで、害はない」

「そ、そうなんですか…いや、慣れないな、これは」


 汗だくの監督がこわごわと視線を外し、咳ばらいしてオレに向き直る。


「見ての通り、ここを大浴場にしたいんですが、湯の勢いが想像以上で、勢いを弱めるか、別ルートに流すか、ちょっと工夫が必要でして」

「へえ、なるほど。具体的には、湯の圧力が高すぎて作業がままならないってことか?」

「はい。湯が熱すぎる部分もありますし、あまりに噴き出す量が多いので、温度調整をどうするかも課題です。水を混ぜるのか、自然に冷ますルートを作るのか……」


 確かに見ていると、ドバドバと湧き出す湯が空に噴き上がっては地面に降り注ぎ、そこら中が常に湿気と熱気に満ちている。少し近づいただけで肌が汗ばんでくる。下手に裸で飛び込もうものなら火傷するかもしれない。

 今は仮設の水路で村外れの川へ流しているけど、これじゃあせっかくの温泉を活かしきれないだろう。


「オレにできることってあるか?」

「実は、あなたの不思議な力で湯の勢いを少し和らげたり、流れをコントロールできたりしないかな…って。もし無理なら別の方法を考えますが、あなたが土壌を改良できるなら、地盤とかも調整できるのかなと期待してまして」


 ああ、やっぱり頼られるか。オレは少し考える。土の性質を変えたり、地熱を察知したりするのは得意だから、うまくやれば湯のルートを操作できるかもしれない。

 過剰な圧力を拡散させるなり、湧出口を複数に分岐させるなりすれば、出力が下がっていい感じになるんじゃないか。


「やってみるか。まあ、期待しすぎないでくれよ」


 そう言いながら湧き出し口の近くにしゃがみ、手を当てる。ほんのり熱いが、まだ耐えられる。

 そこから少しずつ魔力を送り込み、地中の空洞や岩盤を探ってみる。なるほど、地下にはまだいくつか小さな空間があり、どうやらそこを経由すれば別の地点からも湯が噴き出せる可能性がある。

 しかも、深い層の岩盤を軽くこじ開ければ地下に湯を回して温度を下げる道も作れそうだ。


「――ふう、こんな感じかな」


 息を吐いてから、思い切って少し大きめに魔力を流す。ゴゴッという低い振動が地面を揺らし、周囲にいた職人たちが「お、おい大丈夫か!?」と騒ぎ出す。オレは必死で集中して微調整を繰り返す。あまり派手にやると地割れでも起こしそうで危険だ。

 フェンリスが少し離れたところで待機しているのを横目に、オレは気合いを入れて作業を続ける。


数分後、地面の振動がパタリと収まる。湧き出す湯の勢いが少し落ち着き、代わりにすぐ横の地面がむくむくと盛り上がってきた。そこからシュウシュウと湯気が立ち上り、ほどなくして新たな湧き口が誕生する。以前ほどの噴水レベルじゃないが、ちょうどいい湯量がやわらかく噴き出している感じだ。


「おお、いい感じじゃないか!」


 監督が顔を真っ赤にして大喜びする。周囲の職人たちも拍手している。さらに、噴き出す湯の温度が前より少し下がっているようで、浴びてもそこまで危険じゃなさそうだ。

 地下へ流すルートを増やしたことで、温度が適度に分散されたのかもしれない。


「いやあ、助かりました! あとはここを囲って大きな浴場にして、あっちの湯は宿泊施設向けにしようとか、いろいろ展望が広がりますよ!」

「そうかい。それならよかった」


 オレはどっと疲れた身体を伸ばす。こんな綿密な調整まで頼まれるとはなあ。

 とはいえ嬉しそうにしてる連中を見ると、やっぱり悪い気はしない。こういう“みんなが好き勝手楽しんでる空間”って、王都にはほとんどなかったよな。そこにはひたすら偉そうに命令する貴族と、従うしかない庶民の構図があっただけ。こんな自由な雰囲気、嫌いじゃない。


 夕方、村の広場に戻ると、さらに見たことのない顔ぶれが増えている。自称冒険者や自称投資家(?)が入り乱れ、そこらで情報交換をしている。商人同士が通貨の話題で盛り上がり、村人たちが宿の増築について話し合っている。子どもたちが露店の間を走り回り、何とも活気のある風景だ。

 フェンリスは大きな身体を低くしながら、後ろをついてくる。どうやらここまでにぎやかだと、こいつも少し緊張するらしい。


「こんばんは、レオン様!」


 あちこちから声をかけられる。オレは苦笑しながら手を振り返す。みんな嬉々としてオレに近づき、成功の喜びを口々に語ったり、さらなる商機への期待を語ったり。

 正直、全部に返事するのは面倒だけど、彼らの勢いを見てると邪険にもできない。


「しかし、ほんとに村が大発展していくんだな……。ちょっと前まで誰も見向きもしなかったような辺境が、あっという間に大騒ぎだ」

「うむ、お前のやることなすこと、全部が道を切り開くようだな」


 フェンリスが心の声で面白そうに言ってくる。まるで「悪くないじゃないか」って顔だ。

 確かに悪くない。


 夜になり、村の酒場――というか、急増中の屋台群――でちょっとした宴会が開かれる。誰が主催なのかもよくわからないが、とにかく集まった大人たちが勝手に酒を出し合い、料理を並べてどんちゃん騒ぎだ。オレも誘われるがまま、その輪に加わる。フェンリスは近くの広い場所で寝そべっている。さすがに酔っ払い連中に囲まれるのは苦手みたいだけど、ときどき子どもに背中を触られても大人しくしているようだ。


「お前さん、すごいな! 紙幣とか何とかって、あれ全部あんたの発案だろう?」

「いや、オレはちょっと口にしただけで、実際にはみんなが勝手に盛り上がってるだけだ」

「謙遜するなよ! いやあ、ここまで大きな変化が起こるなんて夢みたいだ!」


 隣に座った陽気な男が、嬉しそうに豪快な笑い声を上げる。他の連中も次々とグラスを合わせてくる。オレも渋々ながら乾杯に応じて酒を飲むと、予想以上にうまくてびっくりする。こんなに旨い地酒があったとは……。


「実はこの辺りは水質がいいんで酒もうまいんだよ。温泉が出たことでさらに味が良くなるかもしれん」

「はは、マジか。温泉パワー恐るべしだな」


 そんなくだらない話をしながら飲んでいると、気がつけば周囲は熱狂の渦。誰かが妙な楽器を奏でて、即興で踊り始める者まで出てくる。これじゃあ祭りだ。

 追放された直後のオレがこんな祭りの中心で酒を飲んでるなんて、正直、想像もしなかった。人生何があるかわからない。


「そういや、これだけ活気づけば、王国のほうに色々影響出るんじゃないのか?」


 ちょっと気になって隣の男に問うと、男はにやりと笑う。


「そりゃ出るだろうな。王都の商人がみんなここへ来て稼ぎたいって思ったら、あっちの市場は空っぽになるかもしれん。あのバカ王とか貴族様はどう思うかね? だがまあ、俺たちは嬉しいばかりさ」

「なるほどな。とはいえ向こうが黙ってない気もするけど」

「まあ、来るなら来たっていい。税金をむしり取ろうとしたところで、俺たちはもう“あんた”に守られた自由都市になるんだ。王都の思い通りにはならんよ」


 男はそう言いながら杯をあおる。すでにほろ酔いなのか言葉が乱暴になってきたが、言ってることは的を射ている。オレが守ってるというより、この村自身が自力で突き進んでるだけなんだけど……まあ、勢いがあるのは間違いない。


 そのまま夜は更け、各所で宴会が続き、オレも酔っ払ってしまう。途中で記憶が薄れかけるが、目が覚めたころには夜空の星が瞬いていて、村の騒ぎはまだどこかで続いているらしい。

 フェンリスがじっとこちらを見つめていて、オレはその頭を軽く撫でる。


「なあフェンリス……このまま行ったら、本当に村が国際都市みたいになっちゃうんじゃないか?」

「そうなるだろうな。お前がそう望む望まないにかかわらず、人は集まり、経済が動く」

「オレはただ自由に過ごしたいだけなんだが……まあ、いいか。面白いもんな」


 オレは立ち上がり、ひんやりした夜風を吸い込む。心地よい酒の酔いが残っているけど、頭の奥では何かドキドキした予感が灯っている。

 この村の発展が進めば、王国は放っておかないだろうし、そのうち隣国だって興味を持つかもしれない。大騒動の匂いがするけど、怖さよりも興味のほうが強い。


「ま、どんなにでかくなったって、オレは温泉に浸かって畑で作物眺めて、好き勝手にやるだけだけど」


 フェンリスはふっと鼻を鳴らして、尻尾をゆらす。どうやら賛同してくれてるようだ。

 周囲を見ると、広場にはまだ明かりがともっていて、笑い声や音楽が漂ってくる。いろんなところで勝手に祭りが始まっていて、それぞれがわいわい騒いでいる。普通なら統制が取れずに混乱するところだが、不思議と嫌な衝突はほとんど起きない。全部が“自由”という熱に浮かされている感じだ。


「いやはや、明日になったらまた人が増えるのかね?」


 もしこのまま観光客や商人、冒険者が大挙して押し寄せたら、ほんの数日で村が町になり、やがて都市へと成長してしまうかもしれない。オレがいくらのんびりしようとしても、その変化の波は避けられそうにない。畑だって、あっという間に拡大するだろうし、温泉施設もどんどん増えるだろう。そうなれば今度は交通網がどうだとか、宿泊施設が足りないとか、次々と問題が出てくる。

 頭が痛くなるような面倒ごとだが――やはりワクワク感が勝る。


「……さて、そろそろ風呂に入って寝るか」


 温泉はまだ工事中だから完全には楽しめないが、湯が流れている箇所の一角を“仮設湯船”として使えると聞いた。ちょっとだけ浸かってリラックスしよう。フェンリスも入りたいなら来てもいいが、狼が湯船に入ると狭いかもしれない。まあ、その辺はうまくやれたらいいか。


 夜の街角を抜けると、虫の声が静かに耳に入ってくる。昼間の喧騒が嘘みたいに落ち着いた空気だが、それでも少し遠くからは宴のざわめきが聞こえてくる。みんな楽しくやってるんだろう。何しろ、こんな短期間で村が急成長してるのを目の当たりにしたら、そりゃあ祭りでもしたくなる。


「そうだ。紙幣に温泉施設に、いろいろ始まっちゃってるけど、オレは変わらずマイペースでいこう。追放なんかされたけど、こっちは意外と最高だぞ」


 小さくつぶやいて、空を見上げる。星がまたたく夜空は澄んでいて、まるで未来が明るいとでも示しているようだ。こうしてる間にも、外の世界には黄金畑と温泉の噂が広まりつつあるだろうし、王都や他の領主たちの耳に入るのも時間の問題。バカ王がどう反応するかはわからないが、その時はその時だ。追放してくれたことを逆に感謝してやりたいくらいだし。


 頭の隅で「王国の商人たちがこのまま流出したら、あっちの経済は傾くかもな」とか勝手に想像してニヤリとする。いや、オレが何をしたわけでもない。向こうが勝手に追い出しただけだ。

 オレは自由になった先で温泉を掘って、畑をいじったら勝手に奇跡が転がり込んできただけ。すべては“結果オーライ”というやつだ。


 フェンリスが足音も静かに寄り添ってくる。そろそろ一緒に湯船に浸かりたいらしい。よし、今宵はちょっと長めに湯を堪能するか。次に目を覚ましたとき、村がまたどんなふうに発展してるか楽しみだ。

 商人が一気に増えて市場が拡大するかもしれないし、紙幣作りが進んで実験的に流通が始まってるかもしれない。


「いや、いくらなんでも急ぎすぎだろ……」


 思わず笑いがこみ上げる。とはいえ、この“猛烈な速度”が今の村の魅力なのかもしれない。各自が自分の欲望に素直で、やりたいことをどんどん形にしていく。それが畑でも温泉でも紙幣でも宿でも、もう何でもアリだ。そういう勢いの中、オレはただ“のんびり”を死守しながら、目の前で起こる奇想天外な出来事を観察するのが楽しみで仕方ない。

 だって人生、一度きりだし、こんな荒唐無稽な展開はめったにないだろう。


 湯の湧き口を回り込み、暖かい蒸気に体を包まれながら、フェンリスと一緒にそっと湯船へ身を沈める。まだ作りかけの仮設だけど、夜空の下でちょうどいい湯加減を楽しめるのは最高だ。

 ごぼごぼと音を立てて湯が溢れ、開放的な気分になる。


「いやあ、やっぱり温泉っていいなあ」


 何とも言えない幸福感に包まれて、自然と力が抜けていく。これこそがオレの求めてたスローライフ……のはずなんだけど、どう考えてもこの村の勢いは“スロー”とは程遠い。

 でも、意外とこの“速さ”と“のんびり”が同居してる感じがクセになるのかもしれない。


 フェンリスの巨体が湯に浸かってぐうっと唸り声みたいなものを上げる。気持ちいいと感じてるのだろうか。ちょっと湯が溢れすぎて路面が水浸しになりそうだけど、まあ気にしない。どうせこのあたり全部を温泉街にしようって話なんだし、多少の水浸しなんて誤差みたいなもんだ。


 遠くから宴会の笑い声が聞こえるたびに、オレは思う。

 もしあの日、追放されずに王都に残っていたら、こんな自由と楽しさは知らずに暮らしていただろうな、と。あのバカ王がオレを“無能”と決めつけて蹴っ飛ばしてくれたおかげで、人生が一変した。皮肉なもんだが、感謝したくなるレベルだ。


「この村はこれから先、どうなっていくんだろうな」


 湯に浸かりながら、思わず呟く。自分で言っておいてなんだけど、答えなんてわからない。だけど、この勢いが続けば、ただの村じゃ済まないのは確かだ。明日にはまた新しい計画が出て、次の日にはそれが現実になってるかもしれない。退屈だけはしそうにないな、と思うと胸が高鳴る。


「ま、オレは流れに乗るだけだ。だって楽しいからな」


 夜風にあたると、ほんのり火照った肌に心地いい。フェンリスも満足そうに目を閉じている。空には星が散りばめられ、湯けむりの向こうでにぎやかな声が響く。

 その一方で、ここには穏やかな時間が流れていて、両方を同時に味わえるのが面白い。


「自由なスローライフ……悪くない。追放されて正解だった」


 夜空を見上げる。遠くで小さな花火でも上がったのか、ちらりと火の粉のような光が見えた気がする。

 もしや宴会で誰かが騒いでるんだろう。どこまでも自由で、どこまでも楽しい。


 オレはそっと目を閉じる。湯けむりの彼方で、笑い声と音楽がいつまでも響いていた。



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