第1章 追放 & ぶっ飛び田舎スローライフ開幕!
オレは今、壮大なはずの王都の大広間――
いや、ただの茶番会場に立たされてる。
煌びやかなシャンデリアはぎらぎらと頭上を照らし、左右には貴族どもがぎっしり。
舞台の中央、玉座にふんぞり返るのは“バカ王”と呼ばれる男だ。
どうやらオレを“無能”と認定して追放したいらしい。追放よりむしろ派手に見世物にする気満々だ。
「お前はこの王国に必要ない! 無能め、出て行け!」
バカ王が指示棒を振りかざしてそう言い放つ。まわりの貴族たちが声を合わせて大笑いし、拍手までしている。まるで喜劇の舞台だ。オレは彼らの笑顔が眩しすぎて、つい目をそらす。
正直、怒りなんかほとんどわかない。というか、むしろワクワクする。
だって“追放”ってことは、面倒な貴族生活から解放されるってことだろ? 最高じゃないか。
「王都から追い出されてしまえ! これでお前も路頭に迷うんだ!」
貴族の誰かが嘲笑とともにそう叫ぶ。むしろ路頭に迷うのはあんたらじゃないのか……なんて内心思いつつ、オレは平然と胸を張る。ちょっと前まではこの王都で三男坊としてそれなりに暮らしていたけど、別に貴族の肩書なんかに執着はない。退屈な会議や行事に縛られないなら大歓迎だ。
もうすぐ始まる“自由”を想像して、鼻歌でも歌いたい気分だ。
「連れ出せ! こいつを豪華馬車に乗せて辺境へ送り込め! 盛大に見せものにするのだ!」
ばかでかい声とともに、周囲がぱっと沸く。拍手や口笛まで響く。オレは護衛兵に腕をつかまれ、大広間を引きずられるように後にする。貴族たちの嘲笑はまだ聞こえるけど、気にしない。どうせオレのことなんか無能扱いして、さっさと忘れるつもりだろう。
……いいじゃないか。オレも好きに生きるだけだ。
外に出ると、やたらきらびやかな馬車が待ち構えてる。車体に王家の紋章がどーんと描かれ、車輪には金箔が施されてる。まるでパレードか何かのようだ。周囲に集まる野次馬も興味津々な顔つき。バカ王はドヤ顔で大腕を振り、合図と同時に大量の爆竹が一斉に火を吹く。
ドドドドーンッ!
「さあ、さっさと行け!」
叫び声と同時に御者が手綱を叩く。馬車はバカでかい音を立てて、王都の門を勢いよく飛び出す。すぐ後ろで歓声と笑い声がとんでもないボリュームでこだまする。振り返らなくてもわかる。あれだけ人が集まって見送りしてくれるんだ。
ある意味、盛大な“卒業式”だよな。
「これでオレは自由か……」
小さくつぶやく。誰も聞いていないし、馬車の揺れにかき消されてしまいそうだけど、オレの胸には妙な解放感がある。
こっちは荷物ゼロ。財布もほぼ空。けど大丈夫、何とかなる気しかしない。
目的地は“辺境のド田舎”らしい。そういう土地こそ、のんびり過ごすにはうってつけだ。
馬車が王都を出てどれくらい走っただろう。
山道を越え、川を渡り、いつしか周囲の景色に人工物がほとんど見えなくなる。遠くに見えるのは大きな森と、ぽつんとした小さな村の痕跡だけ。道もやたら凸凹で馬車がガタガタ揺れるたびにオレは天井に頭をぶつけそうになる。
「こんな奥地まで連れてきてくれるなんて……よくもまあ手間をかけてくれる」
思わず苦笑いする。王都が派手に見送ってくれたわりに、いざ辺境まで来ると護衛兵はさっさと帰り支度を始めた。どうやらオレをこの村に放り出して終わりらしい。
馬車から降ろされると、そこには簡素な木造の家々が並ぶだけの静かな風景が広がっている。
「ここが俺の新天地ってわけだな」
日差しが強い。砂埃が舞い、遠くの森からは小鳥のさえずりが聞こえる。人の姿はまばらだ。なんとも平和ボケしたような空気が漂ってる。
護衛兵はオレをほったらかしにして馬車を発進させる。あっという間に砂煙を上げて消えていく。
その背中を見送りながら、オレは軽く伸びをする。
「ふう……よし、ここでスローライフを始めよう。好きに畑を耕して、温泉でも出ればラッキーだよな」
軽口のつもりで言ったけど、実はわりと本音だ。温泉に浸かってうまいもん食ってゴロゴロする生活。それこそがオレの理想だ。ここには王都みたいなうるさい連中もいないし、貴族のしがらみもない。嫌な会議もないし、誰に頭を下げる必要もない。まさに極楽だ。
村を歩くと、ちらほらと住民たちの好奇の目線を感じる。でも、敵意はない。むしろ「お客さんが来たぞ」という軽い驚き程度だ。何人かはオレに近寄り、気さくに声をかけてくる。
「ここへ移住かい? 珍しいね。まあ、ゆっくりしていくといいさ」
「食料や水が必要なら村長に相談するといい。ここの人たちは優しいよ」
彼らは素朴で、どこか人懐っこい。王都の“無能追放”を知っている様子はまったくない。
そりゃそうだ。こんな遠い場所だし、王都の馬車が来ること自体が珍しいのかもしれない。
とりあえず泊まる当てすらないし、村長とやらに会ってみようと、オレは適当に人の多い場所を探す。
すぐに目に入るのは村の中央らしき広場。簡素な掲示板があり、牛や鶏を連れた人が行き来している。その中に、いかにも“まとめ役”っぽい初老の男が立っていた。人だかりから離れたところで、地図のようなものを見ながら頭を抱えている。
「えっと……失礼」
そう声をかけると、男は顔を上げる。渋い表情だが、こちらを見る目は穏やかだ。
「おや? 珍しいね、こんな若者が一人でここに来るなんて。旅の人かね?」
「そういう感じだ。とりあえず長く滞在するつもりだから、村長に挨拶したい」
「なら、わしが村長だよ。住む場所はあるのか?」
「まだ決まってないんだ。土地が余ってるなら、畑なんかもちょっといじりたい。あとは温泉とか出ればいいなーって」
ペラペラ喋るオレに、村長は最初こそ首をかしげていたが、途中から妙な目つきになる。まるで「冗談を言ってるのか?」という表情だ。
でも、こっちは本気だ。温泉が出るかどうかは天任せだが、そこそこ地熱がありそうな場所ならワンチャンあるんじゃないかと踏んでいる。
「よくわからんが……ここは辺境でな、土地だけは余ってる。使いたいなら好きにしてくれて構わん。耕しても温泉掘ってもかまわない。どのみち、今のままじゃ荒れ地と同じだからのう」
村長の言葉にホクホクする。やはりここは最高のスローライフが送れそうだ。
オレは村長の案内で、村はずれにある空き地を見せてもらう。見渡す限り雑草と石ころだらけだが、陽当たりは悪くない。
「ここなら耕す手ごたえがあるな。ちょいと試してみるか」
地面にかがんで、土を手で握る。がっちがちに固い。普通なら何日もかけて耕し、堆肥を混ぜ込み、畑として使えるようになるまで時間がかかるだろう。
でも、オレはなぜか昔から土いじりが得意でさ。触れただけで“こっち”に呼びかけるイメージが湧く。たぶん魔力とかそういうヤツなんだと思うけど、詳しくは知らない。
「これを……こう、ちょっと流す感じかな?」
周囲に誰もいないのを確認してから、オレは土に魔力をすっと通してみる。するとどうだろう、硬かった土がほぐれてふかふかになる。あまり派手にやると目立つから、今日はこの辺にしておこう。
後で種でも撒けば、何か面白い作物ができるかもしれない。
夕方になり、村長の家の軒先を借りて一夜を過ごす。村長の奥さんが作ってくれた素朴なシチューは優しい味だ。王都での高級フルコースなんかより、よっぽど心が落ち着く。
食後、布団を借りてうつらうつらしていると、頭の中で「明日から何しよう?」という妄想が広がる。
「まずは畑づくりか。その後は……温泉、出たら嬉しいよな。もし湯が出たら、のんびり浸かり放題だぜ」
わくわくしたまままぶたが重くなる。眠りかけたところで、遠くの森から狼の遠吠えのような音が聞こえる。そういや、この辺は魔物が出ると聞いた。明日は狩りにでも行って、肉を確保しておきたいところだ。
オレは毛布を引き寄せ、あっという間に眠りに落ちる。
次の日の朝、村長の家を出て畑の様子を見に行く。昨日ほんの少し魔力を流しただけのはずなのに、土が妙に柔らかい。試しに手を当てると、何だかもう作物を植えてくれといわんばかりの気配を感じる。
よし、せっかくだし何か種を手に入れたい。村の人に聞けば余った種ぐらいあるだろう。
「ちょっとすみませーん、何か余ってる種ないですか?」
広場で声をかけると、通りかかったおばちゃんが「あるよー」と笑って袋をくれる。小麦か何かだろうか。オレはひょいと肩に担ぎ、そのまま畑へ戻る。
ばらまくように種を蒔き、埋める程度に土をかぶせる。そして再び“ちょっとだけ”魔力を通す。
「まあ、時間かけて育ってくれればいいかな」
のんびり伸びをしていると、通りすがりの村人が目を丸くしてこっちを見ている。オレは適当に挨拶してその場を後にする。だって種を植えてすぐ結果が出るわけでもないし、過度な期待は厳禁だ。
その日の昼頃、ふと「そうだ、温泉掘ってみるか」という気分になる。オレは地熱の気配がありそうな場所を探して、村はずれをうろうろする。
地面に耳を当て、こっそり魔力を送り込むと、深いところを流れる湯のようなものが微かに感じられる。これは当たりかもしれない。数メートル掘れば出るのか、何十メートル必要かはわからないが、とりあえず試しにスコップを借りてきて掘ってみる。
シャベルを何度も地面に突き立てる。普通ならしんどい作業だけど、オレが少し魔力を通すと土がすいすい崩れてくれるので、予想よりはるかに楽だ。やはりこのチートめいた土いじりスキルはありがたい。それでもけっこう掘り進めるうちに汗が噴き出してきて、腕がじんじんする。
「あー、休憩休憩。どっかで水を……」
そう思って立ち上がろうとした瞬間、地面がぷしゅーっと湿った空気を噴き出す。
何か来る。嫌な予感がして、慌てて飛び退く。
そして数秒後、地面からぼこぼこ泡が立つと同時に、勢いよく湯が吹き出す。
「わわっ、ちょっと待て、出すぎじゃないかこれ――」
ゴオオオオッという轟音とともに、まるでロケットのような熱い湯柱が天高く噴き上がる。あっという間に泥と湯が宙を舞い、辺りがびしょ濡れになる。オレ自身もシャワーを浴びたみたいになってずぶ濡れだ。そこらにいた村人が驚いて悲鳴を上げる。誰かが「うわあああ!」と絶叫してるが、オレも目の前の光景に度肝を抜かれて言葉が出ない。
「ここって……こんなに圧力あったのか?」
勢いは留まる気配がない。空に一直線に伸びる湯の柱が、太陽の光を受けて虹みたいに輝いている。その光景は圧巻だ。周囲の人々はまるでお祭りみたいに騒ぎ始め、歓声や拍手が巻き起こる。
誰かが「すげえ! 温泉だ!」「神の恵みだ!」と口々に叫んでいる。
「あー……なんか、いい感じに盛り上がってるな」
オレが呆然と立っていると、さっきの村長が大急ぎで駆け寄ってくる。
顔は泥と湯でぐしょぐしょだが、その表情は興奮に満ちている。
「まさか、本当に湯が出るなんて……しかもこんな勢い……! こ、これは奇跡だ!」
村長が興奮気味にオレの腕をつかむ。周囲の村人も集まってきて、まるで「神の子が現れた」みたいな盛り上がりになってしまっている。いやいや、オレは普通に掘っただけなんだけど……この噴き出る温泉、どう収拾をつけたものか。とはいえ、湯量が多いのは間違いなく喜ばしいはずだ。今はとりあえず放っておくしかない。
村が温泉騒ぎで大盛り上がりしているころ、オレは着替えを済ませて森へ向かう。どうにも昼飯が足りなかったし、ここらで狩りでもして肉を調達しようという考えだ。
道中、ちらほら村人に声をかけられたけど、みんなさっきの湯柱を見て興奮冷めやらぬ様子。オレが「たまたまだよ」と言っても信じてくれない。
「神の導きだ!」とか「奇跡を起こすお方だ!」とか、どんどん話が大きくなるばかり。
まあ別にそれで困るわけじゃないし、ほっとくか。オレは気を取り直して森に足を踏み入れる。
森は薄暗く、ひんやりしている。苔の匂いと鳥の鳴き声が心地いい。動物の足音があちこちで聞こえ、時おり魔物っぽい気配も混じる。
といっても、そんなに強力な魔物はいない……と聞いていたが、油断はできない。
「何かいい獲物はいないかな」
小枝を踏みながら森を奥へ進むと、遠くでギシリギシリと大きな生き物が動くような音がする。
嫌な予感がじわりと背筋を走る。立ち止まって耳を澄ます。……どうやら相手もこちらに気づいたらしい。ゴゴゴッという低い唸り声が響き、木立の向こうに巨大な影が見える。
「なんだ、あれ……めちゃくちゃデカいんじゃないか?」
普通の狼や熊の比じゃない大きさだ。身体は岩みたいにゴツゴツして、牙がぎらりと光る。こっちを真正面から睨みつけている。普通ならここで逃げるか、仲間を呼ぶかするのだろう。でもオレはなぜかまったく怖くない。むしろ「あ、ちょうど肉が手に入りそうだ」ぐらいの気分だ。
「オレは適当に暮らしたいだけなんだけどな……悪いが夕飯の材料になってくれないか?」
ごくりと唾を飲み、身体に魔力を通す。戦闘経験はそれほどないが、危険を感じたときだけやたら身体が軽くなる習性がある。相手が魔物なら遠慮は無用。向こうが唸り声を上げて牙をむいた瞬間、オレは地面を蹴り、懐に飛び込むように拳を繰り出す。
ドガッ!
物凄い衝撃音とともに、魔物の巨体が吹き飛ぶ。自分でもびっくりするくらいの一撃だ。何か見えない力がオレの腕から爆発的に放出された感覚。魔物は呻き声を上げて木をへし折りながら倒れ込む。まだ動こうとするが、オレは一瞬で間合いを詰め、トドメの一発を叩き込む。
ズシャァッ!
「……うわ、やりすぎたか?」
あっけなく魔物は沈黙する。辺りが突然静まり返り、森の鳥たちの鳴き声すら止まる。こんな巨大なやつを一撃で仕留められるとは思わなかった。
もしかしてオレ、けっこう強いのか? まあ、嫌でも自覚せざるをえないか。何度かこういう場面はあったし。
「とりあえず、倒したやつを解体……いや、でかすぎるな。村へ運ぶにしてもどうすりゃ――」
ぶつぶつ考えながら魔物の死骸を見下ろす。すると、その影からすっと現れたモフモフした存在がある。巨大な狼……いや、毛並みが銀色に光り、目は鋭い。
普通の生き物じゃない気配がビシビシ伝わってくる。オレが身構えると、その狼はすとん、と姿勢を低くした。
「……?」
威嚇でもしに来たかと思ったけど違う。こいつ、尻尾を振ってる。
呆気に取られるオレの前で、狼は頭を下げるようにこちらをじっと見つめる。
「……お前が、主なのか?」
低く響く声――というか念話みたいなものが頭に届く。
まさか、喋ってる? オレは驚きすぎて変な声が出そうになる。
「いや、主って言われても……オレはただ肉を探しに来ただけだぞ?」
混乱するオレをよそに、狼はズズイッと近づき、前足を揃えてまるで忠誠でも誓うみたいなポーズをとる。どう見ても闘争心はない。むしろ「ついて行くぞ」って感じだ。
こんなでかい魔狼が仲間になるなんて、聞いたことがない。しかも鳴き声じゃなく、頭に直接声が響く。
「お前の力、確かに感じた。強い相手と共にあれば、オレも退屈しない」
めちゃくちゃ堂々とした態度だ。というか、勝手にこちらを“主”にするのはやめてくれ。スローライフが台無しになる……という不安がちらりと頭をよぎるけど、こいつを無理に追い払って逆に暴れられても面倒だ。仕方ないか。とりあえず村へ連れて帰るか?
「とりあえずついて来たいなら止めないけど……余計なトラブルはやめてくれよ?」
そうぼそぼそ言うと、狼は満足げに尻尾を一振りする。こいつ、何者なんだろう。村に連れ帰ったらパニックになりそうだけど、下手に森に放置もできない。
オレは魔物の死骸から 手頃な部位だけ回収しようと、必死で解体を始める。狼は大人しく見ているが、時折「大きく振りかぶれ」みたいに合いの手を入れてくる。……なんだこの妙な連帯感。
結局、魔物の肉や牙をそこそこ切り出し、残りは森の動物や魔物に任せることにする。大荷物を抱えて村に戻るころには、日が傾きかけていた。
案の定、巨大な銀色の狼を連れてるせいで、村人たちは悲鳴と驚きの声を上げまくりだ。
「な、なんなんだあの狼は!?」
「危険じゃないのか!?」
みんな腰を抜かしそうな勢いだ。けど、この狼――どうやら“フェンリス”という名らしい――はオレの脇で落ち着いている。牙をむく様子もなく、むしろ軽く尻尾を振って村人をキョロキョロ見回す。
「安心しろ、害はない」と言いたいが、そう簡単に信じてもらえないだろう。
しかも、朝に湧き出した温泉の件で村は既に大混乱状態だという。
村人たちが口々に話すには、噴き出した温泉が凄まじい勢いで湯を吐き出し続け、自然と川ができかけているらしい。さらに通りかかった商人がその光景を見て「これは金になる!」と叫び、あっという間に周辺に人が集まる動きが始まっているとか。
「わずか半日で村の様子が変わりすぎじゃないか……」
あまりの変化にオレは頭を抱える。スローライフどころか、村がちょっとした観光地になりそうな勢いだ。そもそもオレは、ただ土をいじってちょっと温泉を掘っただけで、こんな大騒ぎになるとは思わなかった。しかも魔狼まで仲間になるなんて想定外中の想定外。
その夜。村長の家の縁側で、村長と軽く話す。
昼間の温泉ロケット騒動は“神の奇跡”として半ば崇拝対象になってるらしい。みんなオレを“神様”とか“神に選ばれし者”みたいに呼び始めている。しかも、フェンリスがオレに従う姿を見て、なおさら「尋常じゃない力の持ち主だ」と噂が広まりつつあるようだ。
「実は、あんたの噂はもう周辺の村に伝わってる。明日にはもっと人が来るかもしれん」
村長が疲れたような顔でそう呟く。彼自身、今日一日で事件が多すぎて頭が回らないらしい。
オレもまったく予期してなかったから、どうフォローしていいかわからない。
「オレは別に神様じゃないし、普通に暮らしたいだけなんだけど……」
素直な気持ちを漏らすと、村長は苦笑いしながら背を伸ばす。
「そう言われても、ここまで奇跡的なことが立て続けに起きれば、みんなが崇めたくなる気持ちもわかる。だが安心してくれ、村としてもあんたに迷惑はかけたくない。いずれ落ち着くさ」
「落ち着いてくれればいいけどね」
遠くを見ると、夜空には星がまたたき、森のほうからかすかに風が吹いてくる。
フェンリスは家の外で丸くなって寝ている。巨大な魔狼だけど、こうして見るとただの大きなモフモフだ。ひょっとしてこいつを抱えて寝転んだら最高に暖かいのかもしれない。そんなバカな想像をしながら、オレはゆっくりと夜風を吸い込む。
王都の輝かしい灯りはもう遠い昔のように感じる。追放されて二日目にして、何だかんだと大冒険が始まってしまった気がするけど、オレ自身はわりと落ち着いている。むしろ、この盛り上がりが少し面白い。スローライフを望んでいたはずが、周囲は驚異的な勢いで動き出す。それでも、オレのやることは変わらない。
明日はまた朝早く起きて畑を見に行こう。温泉も、どうにか安全に利用できるように工夫したい。
夜が明けると、村はさらに騒がしくなる。
オレが畑の様子を見に行くと――驚愕の光景が広がっている。夕べ種をまいただけの小麦が、なんともう青々と生長しているのだ。それどころか、一部は穂をつけて黄金色に輝き始めている。
こんな成長速度、明らかにおかしい。
「……うそだろ。いくらなんでも早すぎる」
呆然と立ち尽くすオレの周囲に、村人たちが集まってくる。みんな歓声を上げ、オレを仰ぎ見るような目つきだ。中には腰を抜かしている人もいる。そりゃ驚くよな。たぶんオレの無自覚な魔力のせいで、植物が爆速で育ってしまったのだろう。でも、これがどれほどヤバいことになるかは想像もつかない。
「おかげで大豊作だ!」「商人を呼べば大金が手に入るぞ!」
村人の何人かが大声で喜びを表す。この辺境の地では、こんな奇跡的な出来事はほぼ皆無だったのだろう。温泉に続いて大豊作まで起こるなんて、確かに興奮するのはわかる。でもオレは額に手を当て、軽くため息をつく。
「これ、オレがやったなんて言ったら騒ぎがさらに大きくなるぞ……」
すでに村人たちは騒ぎが収まる気配ゼロだ。誰かが「神の奇跡!」「レオン様万歳!」と叫んで、すぐに彼らがわーっと群がってくる。オレは「やめてくれ、そんなつもりじゃないんだ!」と叫びたいが、一気に人だかりに囲まれて身動きがとれない。
「すごい……昨日の温泉といい、今日の黄金畑といい、あなたは本当に神の使いだ!」
「レオン様、お願いします! わしらの畑も見てやってください!」
あちこちから要望の声が飛んでくる。もう完全に偶像視されてるじゃないか。そうこうしているうちに、村の外から馬車の音が聞こえる。どうやら興味をかき立てられた商人が早速来たらしい。走ってきた馬車から降りた商人が畑を見て、さらにオレを見て、目をむいて叫ぶ。
「こ、これは金の成る麦畑……! しかも温泉まで湧いていると聞いたが……本当とは……!」
商人はそのまま地面にひれ伏して、「お取引させてください!」と懇願する。どんな取引を持ちかけるつもりかはわからないが、村の人たちは盛大に拍手喝采だ。
オレは頭を抱えたくなる。スローライフはどこいった? もうすでに村が“一夜にして大都会化する予兆”すら漂ってる。
一方、王都のほうでは……たぶんバカ王が鼻歌まじりにオレの追放を自慢しているに違いない。オレが無能扱いされて消えたんだから、それで満足しているんだろう。
実際には今、村が大騒ぎで妙な景気づきが始まっているなんて、王都の連中は想像もしないはずだ。
「王都のやつら、オレがこんな騒ぎを起こしてるとも知らずに笑ってるんだろうな」
思わず苦笑する。自分がやったという意識は薄いけど、周囲はそう思ってる。
勢いづく奇跡の連鎖。大型魔物の討伐から温泉ロケット、黄金畑に加えて、謎の魔狼フェンリスまで現れた。どう考えても異常事態だ。
――でも、オレはこの流れを止めることができないし、その必要もあまり感じていない。
「ま、なるようになるか。とりあえずこの熱気に巻き込まれるのも悪くない」
フェンリスがオレの隣でノソノソ歩く。村人たちは最初こそ怯えていたが、今は「あれも奇跡か?」くらいの感じで、逆に拍手される始末だ。
だんだん感覚がおかしくなってきた。これだけ大騒ぎしていても、オレの中では不思議と“やってしまった感”が薄い。むしろ、のんびりする時間を確保しつつ、こういう予想外の盛り上がりを観察するのはちょっと面白いかもしれない。
だが、その一方で、この騒ぎが王都や周辺の貴族に伝わったらどうなるか……と考えると、何やら波乱の匂いがぷんぷんする。村長によれば、商人や旅人の口から噂は一瞬で各地に広がるそうだ。近隣の領主が「この村が急成長しているらしい」なんて聞けば、黙っていないかもしれない。
いや、それだけじゃない。うわさ好きの連中が王都に戻れば、バカ王の耳にもこの一件は届くだろう。
でもまあ、今さら怖がったところで仕方ない。オレは追放された身。向こうが何を言おうと、もうこちらを束縛できるわけじゃない。こっちは自由の身だ。
しかも、もしも何かちょっかいをかけてきたなら、フェンリスやらチート農業やら温泉ロケットやら、色んな手札がある。バカ王や貴族どもが泣こうが喚こうが、もうオレが気にしてやる筋合いはない。
「とりあえず今日は温泉でゆっくりしたい……けど、ここまで湯が噴き出してたら、まず浴槽を作らないと……」
一人ごとをつぶやく。今はまだ湯が垂れ流し状態だ。かといって、完全にせき止めるのはもったいない。うまく湯船を作って利用すれば、ひょっとするとこの村は温泉リゾートとして大化けする。いや、もうすでに化けかけてるのか。
周囲には「あそこに宿を建てよう」とか「あっちに露店を出すぞ」とか騒ぐ商人や村人がウロウロしている。
フェンリスが鼻をひくつかせながら、こちらを見る。鋭い目だが、どこか嬉しそうに尻尾を揺らしている。まるで「面白いことになりそうじゃないか?」とでも言いたげだ。
オレも目を細めて微笑む。このまま村が発展するなら、それはそれで面白い。
夕方、畑や温泉あたりを行き来する商人、職人、あとは旅の冒険者らしき姿まで見える。
みんな目を輝かせて「ここには金がある」「新しいビジネスチャンスだ」と騒いでいる。村長はその対応に追われてて、さっきちらっと見かけたときは青ざめてた。
まぁ、急にこれだけ人が押し寄せると混乱するのも仕方ない。
「村が巨大都市になるかもしれないぞ……そんな未来、オレは想像してなかったけど」
コツコツと簡易の足湯を作りながら、ぼんやり思う。本当はのんびり温泉に浸かって寝たいだけ。けど、こんな調子で突き進んだら一体どうなってしまうのか。村はあっという間に活性化し、商人や冒険者が行き来して、さらに周辺領主まで興味を示すだろう。
王都でオレを追放したバカ王はきっとこう思ってるはずだ。「あいつなんて、もう田舎で朽ち果ててるだろう」と。でも実際には、こっちは盛り上がりまくりで日増しに賑やかになりそうだ。
村人たちが「レオン様、レオン様!」と崇めてくるのも正直照れくさい。
でも、悪い気はしない。畑が豊作になるのは嬉しいし、温泉も楽しい。
フェンリスをモフれるのも最高だ。これが自由ってやつか、と今さらかみしめる。
そして、この瞬間から世界の歯車が大きく狂い始めている……とわかっている人間は、ここには誰もいない。オレ含め。だが、遠くの領地や王都には、もうすぐこの“黄金の麦畑”と“噴き上がる温泉”の噂が届けられる。バカ王や貴族ども、さらには商人ギルドまでひっくるめて、これが何を引き起こすかなんて――誰も予想していないに違いない。
オレはスコップを置いて腰を伸ばす。森から吹く夕方の風が、温泉の湯気を運んでほんのりと暖かい。そこに漂う硫黄の匂いはどこか心地いい。
ふと、フェンリスがこちらをちらっと見る。どうやらこいつも早く湯につかりたいらしい。飼い主であるオレがこんな顔をしていると心配しているのか、それとも単に暇なのか、よくわからないが。
「うん、ま、オレはただ好きにやるさ。気が向いたら浸かってこいよ、フェンリス」
そう声をかけると、フェンリスはうなずくように鼻を鳴らす。なんとも可愛い。思わずその背中のふさふさをわしづかみにして撫で回したい衝動が走るが、今は我慢だ。
こいつを抱きしめたら、村人がまた奇跡だ神だと騒ぎそうだからな。
日が沈むにつれ、村の熱気はさらに増していく。
全国に拡散される噂、チート並みの豊作、そして温泉ロケット……。追放されてわずか二日で、こんな事態になるなんて誰も予想しなかった。いや、オレだってまったく予想外だ。
でも変に深く考えても仕方ない。なるようになるだろう。
オレンジ色に染まる空を背景に、湯の柱が静かに立ち上っている。その光景がやけに幻想的で――思わず笑みがこぼれる。スローライフを求めた結果がこれでも、まあ悪くない。
バカ王がいつ知るかはわからないけど、そっちで何が起きようがこっちの知ったことじゃない。少なくとも、オレが畑を耕して温泉に浸かってゴロゴロする自由は、もう誰にも奪えないはずだ。
ふと背後で村人たちの大歓声が上がる。何か新しい出店の相談でもまとまったんだろう。いやはや、たくましいもんだ。
ここはもはや“地味な辺境”じゃない。確実に明日にはまた状況が変わっているだろう。それでもオレはマイペースに、のんびり暮らすつもりだ。そう決めた以上、多少の大波乱だってどうとでもなる。
今はただ、湧き上がる温泉の蒸気の中で、ほんのりと身体を温めながらひと息つきたい。王都から追放されたって、こんなに楽しく生きられるんだ。
オレは思わず口元を緩めて、一人笑う。
夜のとばりが降り始める辺境の空には、星が瞬き出している。それはまるで、この先のとんでもない展開を祝福するかのように輝いているみたいだ。
――追放万歳、スローライフ最高。
さて、温泉が呼んでる。ちょっとひと風呂浴びに行って、あとは腹いっぱい飯を食って寝るとしよう。
どうせ明日も、面白いことが起きるに違いない。
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