インテリジェント・ワン8
「同じタイプの人間……ですか?」
オウム返し。
しかし意味が分からなかった訳ではない。
むしろその逆だ。これまでに垣間見てきた彼の考えは、俺自身が考えていなかった俺自身のように思えてならなかった。
アークドラゴンとの一戦における興奮、いや、ダンジョン攻略というもの自体に対する興奮。
そもそも、俺はそれが好きで好きでたまらなくてごく普通の社会人の道を捨てたのだ。
「そうとも、ダンジョンの攻略やモンスターとの戦いで興奮を、それこそ中毒になるぐらいに覚えているのでは?」
知らず知らずのうちに、俺は頷いていた。
俺たちはこの仕事が好きだ――自分の人生には一生縁が無いと思っていた言葉。
そうだ。俺はこの仕事が好きだ。ダンジョンに潜って、モンスターと戦って、子供のころ夢想したような夢物語を現実に出来るこの仕事が、その夢物語を忘れられなかった俺には最高の仕事だ。
その仕事は、そう遠くない未来になくなってしまう。
その現実はあまりにも寂しく不安にさせるものだった。
俺たちはそのままエルフたちの訓練場を通り過ぎて、その道の終点=沖合が一望できる小さな岬まで歩いた。
灰色の海と、その岬から見える乳白色の霧に包まれた水平線が、胸中に生まれて根付いた寂しさをより一層強くしていった。
あの水平線の向こうに別の島でも大陸でもあれば、或いは別の感情を抱いていたのかもしれない。
霧に包まれた海。この島の周囲は全て、その決して晴れぬ霧の海に囲まれている。
これまでに何度かその向こうに何があるのか、無人機による調査が行われていたそうだが、あの霧を越えたものは一機たりとて存在しない。
あの霧の中に入ると決まって通信が途絶え、そのまま行方不明になってしまう。
一度生身で舟をこいで霧を越えるプロジェクトがあったが、その映像も沖合に達したところで通信が途絶えてそれっきりだ。
この現象自体はホーソッグ島のみならず、世界各国と繋がっている別の異世界においても同様らしい。
結局、夢には終わりがある――あまりに悲しい結末だが、動かしようがない事実はそれだ。
それを抱えたまま、俺たちは洞窟内の宿舎に戻る。警備のルートとシフトを伝えられ、後はその時間まで待機。俺と國井さんは時折アークドラゴンの死体やら、この施設の奥で保管されているメガリスやらについて寸暇も惜しんで研究に明け暮れる財団やエルフたちからの質問に答える事もあるかもしれない。
「……」
暇を持て余して、その様子をぶらぶらと見に行き、結局すぐに自分の部屋に戻った。
彼等は目の前にあるのが宝の山だと信じて疑わない様子で、部外者には何一つ分からない様々な作業や会議をそこかしこで続けている。
――正直、彼らが羨ましかった。
俺たちの仕事はいずれ終わる。どれほどそれが楽しかろうと、そう遠くない未来に。
だが、彼等のそれはまだしばらく続くのだ。
「……」
硬い寝台の上に寝袋を広げ、その上に横になってぼうっと天井を眺める。
木の模様が顔に見えるやつではないが、ここの天井には奇妙な模様のようなものが刻まれている気がする。
それが単なる模様なのか、ここを造った何者かの彫刻なのか、或いは別の意味がある何かなのか――多分、財団はそうしたことの研究にも取り組むのだろう。
「……し。もし……、もしもし、もしもし聞こえる?」
「うわっ!?」
呼びかけにハッと意識が戻る。眠りかけていたのかもしれない。
「あ、ああ……聞こえる」
オペレーターの声。つい数時間前に別れたはずだが、随分久しぶりに聞いた気がする。
「何かあったのか」
「いや、ちょっとした連絡事項と、異常ないかの確認」
体を起こしながらやり取りを続ける。
「あ、ごめん。ひょっとしてお休み中だった?」
「ああいや、大丈夫。起きているよ」
連絡事項と言っても緊急の要件はない。ただの事務的な連絡だけだ。
そのやり取りをしながらふと考える。オペレーターとのこういうやり取りも、この仕事がなくなればそれきりだ。
正直、俺はオペレーターに恵まれていた。彼女は十分にその役目を果たしてくれるし、単純に馬が合う。
「……何か、不安な事でもあるの?」
当たり障りのない事務連絡の通話だけでこちらの状況を言い当ててくるのだ。間違いなく優秀だ。
「いや、あー……」
一瞬言うべきかを迷った。
「……いや、大丈夫」
「そう……」
彼女の方こそ、なにか心配なのだろうか。
「……何かあったら連絡を」
或いは、俺の迷いが見抜かれて気を揉ませているのか。
「ああ、わかった」
とりあえず、将来について悩むのは後回しにしよう。
今は目の前の仕事に集中だ。
「と言ってもな……」
通信を終了してすぐ、時計と渡されたばかりの警備計画を見比べる。
俺のシフトまではまだかなり時間がある。そしてその時間帯的には今のうちに眠っておいた方がいい。
そう判断して、シフトの30分前にアラームをセットし、部屋の壁を探して明らかに後から取り付けられたと思しきスイッチをいじって外と同じ照明を消すと、寝袋に潜り込んで程なく眠りにおちた。
「……!……!!」
「――ッ!!?」
どれぐらいの間眠っていたのか。寝る前にセットしたアラームはまだ鳴っていないはずだ。
「何だ……?」
外の騒がしさに目を開ける。まだ一時間以上眠っていられる時間だ。
「何騒いで……」
その外の騒ぎに舌打ち交じりにぼやきながら寝袋を出て扉を開ける。
「ッ!!」
寝起きの気だるさは、その瞬間に吹き飛んだ。
咄嗟に扉から離れ、枕元に置いていた己の得物を探す。
「グァァァッ!!」
扉の向こう、いるはずのないバーゲスト=犬型のモンスターが、その牙をむいて室内に飛び込んできたのは、まさに俺の手が柄に届くのと同時だった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




