インテリジェント・ワン7
お利口さんの時代。その意味するところは、つまり、彼がそれに対してどういう感情を抱いているのかは、ただその表情で分かるような気がした。
「ついこの前のアークドラゴンとの戦い――」
ぼそりと、思い出したように國井さんが呟く。ろ過装置の方に目を向けたまま。
「あの薄暗くてクソ暑いダンジョンを抜けるまでの戦い、アークドラゴンの熱線が頭のすぐ上を飛んでいく瞬間の痛いような熱さ……、奴の爪や牙が目の前を、その形状が分かるぐらいの距離を掠めていく時の顔に感じる風圧……、モンスターを斬った時の、あのムッとする臭い。そういうものも……やがてなくなる」
まあ、平和で何よりだ――最後にそう付け足して、彼はろ過装置の方へと足を向けた。
俺も後に続く。
城攻め、そしてアークドラゴンの討伐。人間のこの島での活動範囲は着実に広がっている。
そして当然ながら、土地は有限だ。
皮肉な話:人間がその活動範囲を広げれば広げる程、その先陣を切った俺たちの活動範囲は狭められていく。
そして残されるのは、現代と何も変わらない、ごく普通の社会――それこそ、俺が嫌気がさして辞めてしまったような。
「……」
己のいく末、そんな大げさなものでもなく、今後の身の振り方、そんな事を考えながら彼に続く――全く気の進まないそれが、長く続くはずもなかったのだが。
ろ過装置に向かって真っすぐ伸びる道の左右には、木々の合間に石造りの平屋建てや、木々を組み合わせて作った簡単な作業場が点在し、そうした場所でエルフたちお手製の魔法道具が作られているのだろうということは、なんとなく分かる。
途中で何人か出会った、ここに派遣されているアークドラゴン戦の時のメンバーは、みんなその作業の邪魔にならないように道から外れないで警備を続けているようだった。
その区画を一巡すると、今度は踵を返して洞窟の前に戻り、それから反対側に伸びている道を進む。
「こちらは住宅街というか……、まあ住宅街と言った方がいい場所」
反対側とは対照的に地形に沿って曲がりくねっているその道を進むと、確かにその通り、その道沿いに反対側より小さな半球状の建物や、門から洞窟までの間に見たような巨木をくり抜いたような木の家が点在していて、所々そこの住民が顔を出しては、俺たちなど気にせず日常生活を営んでいる。
その道をしばらく進んでいくと、金属の触れ合う音と独特な掛け声のようなものが、そうした生活音に混じって聞こえてきた。
「あれは……?」
その音の方へ目を向ける。
日本で言えば公園か公共の運動場か、そういうちょっとした広場のような場所が現れて、そこで数組のエルフたちが向かい合って剣を向け合っている。
「あれがエルフたちの武術の稽古です。彼等も自分たちのコミュニティを外部から守る必要があると考えているのでしょう」
そう言って國井さんが示した彼らは、左手に木製のバックラーのような小盾を、右手には身幅の広いマチェットのような片刃の直剣を持って向かい合い、恐らく型稽古の類なのだろう、ダンスの振り付けのようにお互いの剣と盾を交互に動かしての攻防を繰り返している。
その構え方は独特で、日本でよく見る刀剣の使い方=剣道やフェンシングのようなそれとは異なり、剣を持った右手は上半身に出来るだけ近づけるように肘を折りたたんで刀身は相手に刃を見せるように顔の横で上を向く。
左手は右手よりもやや前、顎を守るボクサーのように小盾を喉と顎の前に置く。
その姿勢のまま足をやや広げたスタンスをとり、腰を落として肩をほとんど動かさずに肘から先の動きで相手の首や脇の下、太もも、股間などを狙って攻撃を繰り出している。
一撃で相手を断ち切るというより、装甲で覆えない場所を狙う事で多少浅い傷でも十分にダメージを与えるための剣術――恐らくはそんなところだろう。
「あの動きには、恐らくこの森が関係している」
横で見ていた國井さんが、彼等の奥に密集している木々を指さしながらそう言った時、俺は彼等の動きに見とれていたことに気付いた。
「森、ですか?」
「エルフの集落と言うのは、ここ以外の場所も皆森林の中にあるそうです。故にエルフたちにとって、戦いの場所は必然的に森林、即ち障害物が多く足元の悪い場所となる」
その説明を聞きながら再び彼らの剣術を見ると、成程そういう状況では確かに理に適った技術と言えるだろう。
彼等の攻撃には肩を大きく動かす動作は少なく、振りかぶるような大きなテイクバックをする動作もない。
「森の中では、大きな動きは腕や武器の動きが周囲の障害物と干渉してしまう。加えて見通しが悪く、近接戦闘は平地より近間で始まりやすい。更に足場の悪い場所では体をしっかりと安定させておく必要がある。そうした条件が、ああやって腰を落として体を安定させ、近間で小さな動きを何度も繰り出す剣術を生み出した……多分、そんなところでしょう」
言われれば言われるほど、興味深いものだった。
彼等の剣術は踊るように剣と小盾を交互に繰り出し、交差させる。
その動きはどうやっている――いや、そうではない。
あれとどうやって戦う?
「そしてアレが――」
と、そこで思考を中断する。
國井さんの指し示す先には、エルフたちには剣術よりこっちが人気なのだろうと一目でわかる人だかりの出来ている森の一角があった。
「エルフたちの弓術の練習」
こちらもまた、現代で見る弓道やアーチェリーとは大きく異なるものだった。
木々の隙間にエルフの言葉なのだろう、何か文字なのか記号なのかが描かれたターゲットが点在しており、恐らく指導者なのだろう年長のエルフが射手の横でそれのうちから一つを告げると、即座に射手が的を探してそこに小型の弓で矢を射る。
弓は小さく、的までの距離は近い。
恐らくこれも森の中故だろう。
森の木々の中では長い射線を確保するのは難しい。
故に求められるのは正確な長距離の狙撃よりも、近距離での速射の技術だ。
――あれとどう戦う?あれと森林で遭遇した場合の対処法は?
「……やっぱり」
再びの思考を中断させたのは、今回も國井さんの声だった。
彼のどこか嬉しそうな声。振り向いた先の表情もまた、同じように見えたのは多分錯覚ではないだろう。
「あんたは俺と同じタイプの人間だ」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




