インテリジェント・ワン6
「勿論、突然こんな話をされても突飛すぎると思うかもしれません」
「いや、まあ……」
流石に首肯は出来ずに曖昧に濁しておく。
だが、そのリアクションは予想済みだったようだ。
「ですがこの話は、決してただの空想ではないと思います」
そう言って今度はソルテさんに変わる。
「この島にはここの他にもいくつかエルフの集落があります。そのどれでも伝わっている伝承があるのですが、その内容はただ一言『大いなる者が我らを創り、大いなる石が我らを導く』とあるのみなのです」
大いなる者というのが恐らくそのインテリジェント・ワンの事だろう。では大いなる石とは?思い当たるのは一つしかない。
「私はあなた方がこの地に訪れるようになってから、そちらの世界の様々な神話や伝説の類を知る機会を得ました。そしてそれらには必ずと言っていい程、物語があるのだということも知りました。それに対し、エルフの伝承はその一言だけ。自分たちが何故生まれたのかについての部分だけで、それ以外に一切何も伝わっていない。我々が何者であるのかを規定するものが存在しないのです」
言われてみれば、神話の類というのは大体物語だ。
北欧神話、ギリシャ神話、日本神話。どれも漫画やゲームぐらいでしか知らないが、それでも何らかの物語として伝わっている。
我々はこうして生まれましただけの神話というのは、確かに聞いたことが無い。
「もしインテリジェント・ワンが存在するのだとしたら、彼等について知ることで我々が何者なのかを知ることができる。そしてそのためには、保管されているメガリスについて調べるべき点がいくつかある。今回お呼びしたのは、その実験中の警備と共に、お話を伺うのが目的でした」
ようやく、俺の仕事が判明した。
そしてその仕事のうちのいくつかは、既に終わっていたようだ――先程のアークドラゴン戦についてのインタビューで。
「そういう事でしたか……。因みに、その実験と言うのは?」
特別興味がある訳ではないが、一種の好奇心だった。
だからその問いにソルテさんが少し緊張した表情を浮かべたのには少しばかり驚いた。
「……メガリスには三つの状態があることが現在までに分かっています。一つは休眠状態のメガリス。これは今の状態です。ただの大きな結晶で、特に何かある訳ではありません。そしてもう一つが半覚醒状態。これが所謂ハイブを生成し、ガードに自身を守らせている状態。そしてもう一つ、完全な覚醒とでも言うべき状態がある――」
そこで彼は、俺の表情に気付いたようだ。
つまり、下手な事をすればハイブが生まれてあのMCライリーとの戦いのような事態になるのではないか、と懸念している表情に、だ。
「――完全な覚醒と言っても、ハイブの生成を行うモードを経ずにそこに辿り着く方法をとることになります。それが上手くいけば、我々が何者なのか、そしてインテリジェント・ワンが存在するのかを確かめることができるかもしれない。そのために、どのような邪魔も入ってはなりません」
ソルテさんの目に光が宿っている。
彼以外のエルフをよく知らないため正確なところは分からないが、エルフというものの本質は学究の徒なのだろう。犬養博士や周囲の研究者、そして集まったエルフたちも皆同じように目を輝かせている。
と、そこで聞き覚えのある声が割って入った。
「御用が済んだのなら、警備についても説明したいのですが、いいですか?」
俺を含めた全員が声の方に振り向く。
「あっ――」
思わず声が漏れる。
声の主は配信時の俺と同じようなカーゴパンツにコンバットシャツ姿。ただし腰にはその象徴のような二本差し。
「この前はどうも」
向こうが先にそう言って俺に手を挙げて見せた。
「こちらこそどうも。お世話になりました」
俺も同じように返す。
「おっと、そうでしたな。ではそちらの方をよろしくお願いします」
犬養博士も彼の方を見てうっかりしていたとばかりにそう言うと、彼に俺の身柄を預けた。
國井さん。アークドラゴン戦以来の再会となる。
そういえば、ここも八島との共同警備だった。
「まずは、寝床を確認してもらいましょうか」
そう言ってさっき降りてきた坂道を登っていく國井さんに続く。
我々警備関係者が使用するのは先程の分岐の先、金属製のシャッターが下りていた場所の手前で更に横に分岐した先だった。
「見ての通り照明はこの不思議な奴があるし、空気も絶えず外気が供給されている」
その広々とした廊下を歩きながら國井さんが説明してくれる。
「彼ら研究者からしたら、まさに宝の山だ」
確かにそんな感じでしたね――俺がそう答えると、彼も少し笑いながら頷いた。
「よし着いた。部屋はここを」
そう言って紹介されたのは、同じような扉が並ぶ一角。
横引きの扉はほとんど抵抗なく開き、その向こうにはベッドマットのない寝台と、恐らく事務机の代わりだろう台が一つ。
極めてシンプルな部屋だが、精々三日間の警備なら十分だろう。
「見ての通り、寝床にはマットがない」
「ああ、それなら用意があるので大丈夫です」
と言っても寝袋なのだが、城攻めの時の教訓からクッション多めのものに新調した。硬い場所でもなんとかなるだろう。
「それなら良かった。それじゃ、荷物を置いたら、仕事の場所を確認しましょう」
それから数分後には、俺と國井さんは洞窟を出ていた。
八島の警備は既にエルフたちには知れているようで、洞窟を出てすぐに出くわした住民たちは、一瞬驚きと警戒の表情を浮かべてから、彼の腕にある警備の腕章を見て正体に気付いて離れて行く――警戒の表情は僅かに残しながら。
「……ここにいる時はこの腕章をつけるようにしてください」
「あ、はい。ありがとうございます」
彼から同じものを手渡され、彼に倣って左腕にそれを通す。
「ではまず、この村の説明から」
そう言って、彼は右手側=洞窟前の交差点の右側の先を示す。
「あっちがエルフの職人たちの仕事場と、彼らご自慢の海水ろ過装置がある区画」
「海水ろ過装置……ですか?」
彼の伸ばした指の先、木々の間から見えるのはドーム型の見慣れない建物。
周囲の木々に隠れてよく分からないが、どうやらその建物の裏、本土側の海岸線に向けて何本も太いパイプが走っているようだ。
「この島には水源がない。エルフたちは比較的波の穏やかな本土側の海岸線から水を組み上げ、それをろ過して真水を得ている。彼らが得意とする魔法……彼らがそう呼ぶマナを用いた技術で生み出したあの機械でね」
エルフは魔法の道具を生み出せる――城攻めの時に貰ったネックレスを思い出す。
「あの小さなドーム一つで、一日に最大30トンの真水を造り出せるそうです。当然、そんな技術を、本土であれやこれや開発している連中が放っておくはずがない。そういう抜け目ないお利口さんな連中、或いはそれらの息のかかった連中にも目を光らせておく必要があります」
迷惑配信者だけだと思ったが産業スパイ対策まで必要とは、厄介な話だ。
「……人類の活動領域が広がれば、こういう仕事も増えるようになる。ダンジョンの冒険から、地球と同じくお利口さんの時代だ」
そう付け足した時の國井さんの表情は、どこか寂しそうに見えた。
(つづく)
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