インテリジェント・ワン5
耳を疑う切り出し方だった。
アークドラゴンが人工的に生み出された?どう見ても――異常なまでに強力な存在であったことを別にすれば――普通のモンスターだったのに?
「それってどういう……」
「まずは、普通のドラゴンについてですが――」
そう言うと、教授はすぐ近くの資料の山から大きな箱を一つ持ってきた。
昆虫採集の標本を入れておくようなその箱の中には、まだ新しい骨が一つ。
「これが、以前アウロスの配信者が交戦した普通のドラゴンの骨です」
アークドラゴンの存在が知られるようになったあの動画の事だろうか。
俺もあの動画は見たが、まさか死体を回収していたとは驚きだ。
教授は手袋をはめると、その箱のガラス製の上面を開き、その骨を取り出して俺に見せた。
まだ新しいその骨は、よく見ると中心が空洞になっている。
「これはドラゴンの背骨の一部です。普通のドラゴンの骨は硬い繊維が何本も寄り集まって出来ていて、それが円筒形を形作ることで、強度を維持しています。こうすることで強度を維持しつつ骨の重量を軽くすることができるという訳です」
その説明を聞きながら目の前に差し出された骨を改める。
確かに中央が空洞になったそれの表面には、細い繊維が無数に集まっていると言われればそう見える細かな凹凸がこれまた無数に刻まれている。
細くて、しかし丈夫そうな骨。すぐ背後に横たわっているアークドラゴンの、あの岩塊のような巨大な骨とは明らかに異なる骨。
「対してアークドラゴンの骨はしっかりと中が詰まっていて、岩のような硬さがあります。骨密度は非常に高く、そして重量もしっかりとある」
「確かに、戦った時に見た骨もそんな感じでしたね」
あの骨の塊の感触は今でも手に残っている。ゴツゴツした岩のようなそれだ。
素人目の見立てだが、それは専門家からしても間違いではなかったらしい。教授は大きく頷いて、ドラゴンの骨を元の箱の中に納めながら続ける。
「これまでの研究で、ドラゴンの骨がこのような形状になっているのは効率よく飛行するためであると考えられてきました。実際、他の鳥類型モンスターやハーピーのような飛行能力を持った獣人型モンスターの骨も似た構造をしていました。ドラゴンは骨の重量を軽くし、保温性に優れた表皮と軽くて丈夫な鱗で肉体を覆う事で、飛行能力と外からの攻撃に対する耐久性を両立させていた」
そこまで言うと、教授は今度はアークドラゴンの足に触れた。
「だが、こいつは別物です。地上の大型生物のような重く硬い骨で体を支え、鱗を持たぬ代わりに固く分厚い表皮で全身を覆われている。更に――」
今度はその巨大な顎へ。
「こいつが吐いたのが普通の炎ではなく、より高温のブレス。熱線のようなものだったのはお判りでしょう」
確かにその通りだ。地面を一瞬で蒸発させ、人間であれば遺骨の一本も残さず消滅させたあれは、最早炎と呼ぶことすら出来ない代物だった。
「こちらの世界の普通のドラゴンの体には胃酸を意図して逆流させる能力があることが分かっています。彼らの胃液にはガソリンによく似た性質があり、更に牙の一部には放電する機能が備わっていて、上下に生えたそれらが電子ライターのようにスパークを発生させます。そこを逆流した可燃性の胃液が通過する時に着火。高速で燃焼しながら噴射されることで火を吐くことが出来るのです」
初めて聞かされたドラゴンの火炎のメカニズムだった。
――要するに燃えるゲロだ。
「ですが、アークドラゴンのそれは明らかに性質が異なります。アークドラゴンには胃液を逆流させる機構が無く、食道に寄り添う形で存在する特有の器官で生成された体液を噴射しています。口内に残留していたそれを調べたところ、テルミット焼夷弾とほぼ同様の性質を持つことが分かりました。あの戦いで放たれた熱線は、恐らく摂氏4000度を上回る。この島、いや他の国から行ける島を合わせてもドラゴンが放つ炎で不足する状況は発生していない、加えてドラゴン同士ですら、お互いの吐く炎に完全に耐えることは出来ないにもかかわらず、です。これは明らかに自然界の生物としてはオーバースペックな能力です」
普通、野生動物は必要以上の力を持たないという話を聞いたことある。
普通の炎でどうにかなるドラゴンが存在して、それで十分なはずなのに、それ以上の熱線を吐く必要など本来はないのだ。
加えて、普通のドラゴンの体と明らかに異なる、飛行に適していないと思われる体つきで――恐らくは無理矢理――飛行していたという事実。一体何故そのような進化を遂げたのか。
「つまり、アークドラゴンは普通のドラゴンとは異なる……?」
「まだ詳しい事が全てわかった訳ではありません。ですが、この島で生きていく上では明らかに過剰なスペックであることを考えれば、何か人為的に与えられた能力である可能性は十分にあり得ると思います」
と、ここまで語られたアークドラゴンは、どうやら長い前口上であったようだ。
そこで説明が犬養博士にバトンタッチした。
「こうしたアークドラゴンの性質を踏まえて、世界中の、我々と同じような研究機関の中である仮説が提唱され始めています。それが『高い知性と科学力を備えた何者かがこの世界の生物を作り上げた』という説です。まだ大それた仮説の域を出ませんが“インテリジェント・ワン”と仮に呼称されるこの存在についてはいくつかその存在を示唆する資料があります」
とんでもなく大掛かりな話になって来た。
正直俺のような門外漢からすると「この世界や人類は神様が作りました」となればそれは最早宗教の領域だと思うが、どうも彼らは真面目にそう考えているらしい。
(つづく)
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