インテリジェント・ワン1
企画の終了後、ゲートをくぐった俺は、ある問題に直面した。
戦闘の興奮が冷め、冷静さを取り戻してから――ついでに言うと、その姿をオペレーターに見られてから気付く。
「……いくらするかね」
今の俺の状況=衣服もプレートキャリアも損傷。武器もアークドラゴン戦で取り落した後、奴の巨体の下敷き。ダガーも奴の骨の間に突き立ててそのまま。
衣服だけなら何とかなるだろうが、他の損耗が痛すぎる。全て新調するとなると決して安い額では済まないだろう。
「……まあ、必要経費か」
そう考えて割り切らなければやっていられない。
※ ※ ※
夢を見た。
忘れていたと思っていた、もう克服したと思っていた悪夢。
サーデン湾での爆発。途絶える通信と、消滅する信号。何度も何度も、狂ったようにまだ組んだばかりの相方の名前を叫び続ける。
薄暗いオペレーションルームから、モニターの中のサーデン湾へ。
そこには何もなかった。
全てが終わってしまった後だった。
初めてオペレーターを担当した、業界の先輩に当たる相方。オペレーターでありながら、彼に教えられることの方が多かったベテラン。私を一端のオペレーターに鍛え上げてくれたその人は、一瞬で光の中に消えて、そして二度と姿を見せなかった。
あの人の消えた世界。
あの人が消えた直後の世界。
夢の中で、私はそこに立っていた。
生まれたばかりの巨大なクレーター=爆心地の中に一人ぽつんと立って、あの人を呼んでいた。
聞こえるのは泣きそうな私の声と、寂しい風の音だけ。
たった一人だけ、私一人だけ。ついさっきまで話していた、少し前まで笑っていた――そんなあの人は、もういない。
「……ッ!!!」
夢の中で叫びそうになって布団を跳ね上げたのは、アラームをセットしたいつもの起床時間より10分以上前。
「夢……?」
喉の奥から搾り出したような声は、自分でも分かるぐらいに鼻声だった。
「……」
目元を拭う。濡れているのは寝起きだからだけではない。
そのまま数秒、ぼうっと部屋の壁に目を向ける。
「うーん……」
もう一度横になろうか。一瞬だけ浮かんだそれも、どうしても気が進まなかった。
どうせ後10分もしたらいつもの時間だ。それに、あんなものを見てもう一度布団に入ろうとは思えない。
「ったく……」
頭をかきながら、サイドテーブルの上をまさぐってスマートフォンとセットで置いてある煙草と100円ライターを手に取る。
寝起きの一服。随分長い間辞めていたが、こんな時には仕方ない。
カーテンを開け、差し込む朝日に対してガンくれるように睨みつけながら、昨日以来となる煙草を口へ。
朝日と室内とを隔てている窓を開けると、すぐ目の前にある高速道路の入口から聞こえるエンジン音と僅かな排気ガスの臭いが、冷たい空気と共に流れ込んだ。
「……」
くゆらせる紫煙を、その朝の空気の中に吐き出しながらスマートフォンに目をやる。
「……大丈夫だよね。一条君」
ネットに繋いで表示したのは、私と彼との二人三脚のチャンネル。
まだまだ大手に比べれば吹けば飛ぶようなものとはいえ、アークドラゴン討伐で最近人気も出てきた今の相方の視線から切り抜いたサムネイルの列。
彼は腕は立つ方だろう。配信にも慣れている。私とも息が合う。これまでだって危ない所を切り抜けてきたのはここに並ぶ動画が証明しているし、何より私が一番よく知っている。
「……」
それは分かっている。
なのに、漠然とした不安がずっとこびりついている。
「夢のせいかな……」
大きく空気を取り入れ、それから煙を一気に吐き出す。
普段のオペレーションルームでなら冷静さを取り戻させるその煙も、今回こびりついた不安には効果が上がらなかった。
※ ※ ※
心配事の90%以上は実際には起こらないと言うが、アークドラゴン戦の直後に感じていた懸念も、杞憂とまではいかないまでも何とかなった。
八島との取り決めに従って配信したダンジョン攻略及びアークドラゴン討伐の動画は、恐らくこれまでで一番の反響だった。
八島総警という配信二大大手の一方が大々的に宣伝していたことに加え、地上波でも取り上げられたことは大きい。
と言っても俺や俺のチャンネルが……というのではない。
アークドラゴンの存在は島の開拓を行うあらゆる企業の悩みの種になりつつあった訳で、攻略前に國井さんから聞かされていた話通り、奴を討伐することはそうした企業の活動、ひいてはこの国の経済に関わって来る代物だった。
そういう事情から今回の一件はダンジョン配信とは無縁のお堅いニュースでも扱われることとなった。
そうしたニュース番組でダンジョン配信などが話題にされることはない――その割に韓国の配信者などは特集を組んで取り上げたりはしているが――とはいえ、ネットの世界での話題性を稼ぐうえで意味があったのは確かだろう。
お陰様で我がチャンネルは開設以来の大騒ぎになっていた。再生数にチャンネル登録者数に高評価。ちょっとしたバブル状態だ――今回の動画だけで、もしかしたら装備品を揃えるための金額に達してしまうかもしれないなどと考えるぐらいには。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




