メガリス1
俺の初陣。
ゴールデンタイムに放送された、徘徊騎士の撃破。
この映像は多くの視聴者に衝撃を与え、瞬く間に期待の新人として俺の名を知らしめ――などという都合の良い展開は当然ながら訪れず、ただその辺りで同接が2人増えるだけという結果に終わった。
まあ、仕方ない。初めから想定済みだ。この映像のインパクトによって瞬く間にスターダムなんていうのは、宝くじ程度の期待しかしていない話だ。
「みんな元気してた~?アウロスフロンティア第六期生、海風レモンだよ~!」
初配信から一週間後。毎日投稿する方針から一日も休まずに投稿を続け――流石に全て生配信とはいかないので録画を活用し、余りハード過ぎる内容は避けて持続可能なものにしてきたが――てきた、どうにも伸びは芳しくない。
俺の初配信から24時間後、業界最大手に所属する女性配信者が、ほぼ同じ内容――そうそう都合よく徘徊騎士に遭遇しない故に完全に一緒ではない――で0が二つばかり多い再生数と、同じく桁が違う高評価と投げ銭を頂戴しているのを、俺とオペレーターは今後の方針を決めるために集まった会社で見ていた。
「アウロスがアイドル路線に舵を切ったっていうのは本当みたいね」
オペレーターがぼそりと呟く。
画面に映っているのは第三世代型強化人間。俺のような第二世代型と異なり、トラバンドと呼ばれる追従型多目的デバイスを用いて第三者視点からの映像を撮影できる現在主流となっている配信スタイルの売れっ子。
俺が刀振り回していた世界とは思えない程のそのキラキラした配信は、成程人気も出ると納得できるその容姿を第三世代型の利点を最大限に活かして常にしっかりと捉え続けている。
一人称視点の第二世代型から三人称視点の第三世代型に主流が移ったことで、配信者に求められる能力は単純な戦闘能力や探索能力、視聴者を飽きさせないトーク力などに加え、単純な容姿も含まれるようになってきた。
この新たなステータスは、もしかしたらこれまで必要とされた領域を代替するやもしれない――現に、戦闘そのものではありふれているこの配信だけで、俺のここ一週間の全ての動画の再生数を半日で上回ったのだ。
既に多数の固定ファンがいる上に、所謂箱推し=所属グループ全体を支持するファンを多数抱えている大手事務所の所属というのは分かっているが、それでもそのインパクトは大きい。
「だとすれば、アウロスの一番得意な分野だろうね」
元々芸能プロダクションの一部門が独立したのがアウロスフロンティアだ。そうしたアイドル的な人気を得られる人材を集めてくるのは得意だろう。
「……で、私たちがどうするか?って話だけど」
まるで安全な自宅から配信しているぐらいキャッキャと賑やかなその配信を一度止めて、オペレーターが本題を切り出した。
併せて俺も頭を切り替える。誰かを追いかけている場合ではない。自分たちの需要をどうやって高めていくかが問題だ。
「この一週間の再生数は、デビュー戦を頭打ちにして伸び悩んでいる。目立って低下しているところはないけど、そもそものサンプル数が少なすぎて何が受けて何が敬遠されるのかが分からない状況ね」
簡単な話。100人いた視聴者がある時急に50人に減れば、その回に何か問題があったのかとか、他に競合する何かがあったのかなどと原因究明に努められるが、10人が9人になったところで誤差でしかない。
「……まあ、逆に言えば常に一定のファンはついているっていう風にも考えられるか」
自分で言いながら、それには現状から目を逸らす以外の意味がない事は分かっていた。
この再生数問題については自分でも当然分かっているし、今日までの推移も掴んでいた。
だが、だからと言って劇的に再生数やチャンネル登録者数を跳ね上げる方法など、当然ながら分からない。
投入できるリソースの限界がパフォーマンスの限界――その夢も希望もない現実が、心地よい言い訳として脳内に響き渡り、同時にそんな風にも言っていられないと、理性が警鐘を鳴らす。
「そこよ」
だから、オペレーターが不意に俺の言葉に食いついたのは意外だった。
「まだ数が少なすぎて何とも言えないけど、言い換えれば実験するリスクは少なくて済むという事」
そう言いながら自身のスマートフォンを取り出すと、何やら操作してから俺に画面を向けた。
「マナブイの観測記録か」
向こうの世界では酸素や窒素のように空気中に常に存在する新物質マナ。その濃度でモンスターの出現や傾向を把握・予想することができるその性質を活かし、島の各地、正確に言えば既に人が踏破した南側には濃度観測用の機器が設置されている。
差し出された画面は今朝自分で確認したものと同じ。
それによれば、初配信の場所であったマトラー湾の北、やや内陸に入った辺りが二日ほど前から高まっている。
机の上に広げたホーソッグ島の地図の上に指を滑らせながら、スマートフォンの画面に表示された濃度が観測された場所をぐるぐると囲む。
「マトラー湾北の森、この辺りの濃度が高い」
「そう。ここらでもう一度、今の方針で人を引き付けられるか試したいと思うの」
マナ濃度が高い所にはモンスターも集まりやすい。
そしてモンスターが集まりやすければ、当然画になる戦闘もしやすい。
顔を出せず、出しても人を引き付けるような代物ではないことなど分かり切っている以上、俺に出来るのはより強烈なインパクトを与える映像を作る事しか出来ない。
「分かった。やろう」
「ただ、一つ懸念事項が……」
そう言うと、彼女は再びスマートフォンを操作する。再び見せられた画面には、マトラー湾の北と他いくつかの濃度の推移が表示されていた。そのどれもがよく似た形をとっていて、まさに今見せられたものにも関わらず、観測した地域が表示されなければどれがマトラー湾の北か分からないほどに似通ったものも存在した。
「これは?」
「これまでにメガリスの出現が確認された場所の、出現時のマナ濃度推移。見ての通り非常に似ている」
「つまり、メガリスが出現する可能性が高い、と」
彼女は小さく頷いて、それからもう一度俺を見た。
メガリスというのはあちらの世界に特有の物質だ。見た目は水晶か何かのようにも思える巨大な石塔で、極めて濃厚なマナを放出している。
それだけならただの不思議な石で済むのだろうが、問題はこのメガリス自体がハイブと呼ばれる自らの空間――つまり、小規模なダンジョンを生成してワームホールで周囲と繋がる事、そのハイブ内にガードと呼ばれる強力なモンスターを住まわせている事。
そして――ハイブ内からの脱出はメガリスの破壊以外では不可能という事だ。
(つづく)
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