ドラゴンスレイヤー23
首の後ろ側の傷は十分な深手だ。骨を露出させていることからも明らかだが。
だが同時に、前側の三日月形のそれもまた、同じぐらい深刻なダメージなのだろう。傷口からは血が滴っているのに加えて、何らかの液体がそれに混じって流れ落ちている。
「これは……」
その透明な液体が落ちた先、それによって形成された小さな水たまりが、光を受けて虹色に反射している。
「ッ!」
そこで意識を目の前に引き戻す。これが何なのかは後で、それこそ調査を依頼した財団にでも任せればいい。今はこの巨竜を何とかする方が先決だ。
巨大な爪が再び振りかざされる。俺と國井さんを同時に薙ぎ払うように、全身をフルに使っての大振りな横薙ぎが津波のように迫って来る。
「おおおっ!」
咄嗟の判断:普通の回避動作では間に合わない。
その場での飛び下がりではなく、相手の攻撃の進行方向に移動しつつ間合の外に逃げるように動く。直線の離脱で間に合わなければ、間に合うまで距離を開けるのみ。
「……ッ!!」
その甲斐あってか、目の前を掠めていった巨大な爪の起こした風が顔を撫でる瞬間には、その風以上の冷たい緊張感を味わいながら、同時に生き残った喜びを全身が感じていた。
そしてその感覚が、弾んだボールの如く飛び掛かる原動力となった。
「よしっ!」
爪の振り抜きでこちらに正対せざるを得なくなったアークドラゴン。
その攻撃性をむき出しにした顔に対して左に走る。
唸りが、その背中を追おうとして、即座に反対に爪を振るう=國井さんが逆方向に走った――このチャンスを逃がす手はない。
「よ……っと!」
左側に更にすっ飛ぶ。回り込んだのは地面に着いたボロボロの翼の前。翼面には穴が開き、無数の傷がついているが、鉄骨の如き太さの骨、翼全体を支えているようなそれには全くと言っていい程ダメージを感じない。
それを道しるべにするように、目の前の翼端に飛び乗った。
「ッ!!!」
奴が動く。こちらの行動がバレたのか?いや、そうではない。奴は國井さんを第一の脅威とみなして反応している。
――と、同時に爪とは反対に尻尾が鞭のようにしなる。その時になって初めて、後方から挟み撃ちのように村上さんが迫っていたことを知る。
「そのまま行け!チャンスだ!!」
彼の叫び――何をするつもりかは分かっているが故のそれ。
「おおっ」
何とかしがみついて落下を防ぎ、更に翼を登っていく俺。最早飛べない翼は奴にとって武器ではなく、弱点となった。
「ッ!っととと!!」
激しく揺れ動く翼の上を、何とか振り落とされないように駆け上がる。先程これを難なくこなしていた國井さんの底知れなさを感じながら。
翼の骨格伝いの登頂。再び背中に――つまり、露出した首の骨に向かっている敵を感知したのか、翼の根元辺りに達したところで足元が大きく波を打った。
「うわっ!」
その場に倒れ、反射的に腕を伸ばして奴の硬い表皮を掴む。
その時初めて、この巨大な爬虫類のような生き物には鱗がないということを知った。
鱗の代わりに硬質な皮膚がその代わりを担っているのかもしれないが、こうしてよじ登る側からするとつかみどころが無くて苦労する。
「ぐっ……おおおおっ!!」
何とか突起に手を伸ばして体を支え、広げた両足の内側で翼の支柱となっている骨を絞めるようにして体を固定。全身を固定するために手放してしまった刀が荒れ地の硬い土に突き刺さるのを脇目に見ながら、何とかしがみついて維持。
ドラゴンが暴れ、その頭と尻尾を八島の二人が狙い、その間俺がしがみつき続ける。
八島の二人、俺、アークドラゴン。そのいずれも決定打を持たないまま、この奇妙な戦いは膠着状態に入った――後方からの敵に奴が尻尾を振り抜いた瞬間までは。
「村上ッ!!」
「大丈夫です!」
ずしんと、地面が揺れ動くような衝撃で尻尾が叩きつけられる。
恐らく手負いのアークドラゴンにとってはそれが渾身の一撃だったのだろう。もしかしたら尻尾の付け根から延長線上にある露出した首の骨に衝撃が伝わったのかもしれない。
「ガァァァァァァァッ!!!!!」
耳がおかしくなる程の絶叫が轟き、その間だけは体を反らして動きが止まる。
「うるせえな!」
声を出してその耳を聾する爆音に対抗するように叫びながら、その隙を逃さず体を這いあがる。
翼の付け根から背中へ、そして背中から首へ。手元に残った唯一の武器=ダガーを引き抜いたのは、巨大な岩塊のような骨をケーブルや油圧シリンダーを彷彿とさせる太い器官で繋いだ、その露出部分を足元に捉えてからだ。
「よっしゃぁ!」
ダガーを逆手に、その柄を両手で抱える。
奴は気付いた。だが、もう遅い。
「シャァァッ!!!」
その巨大な骨に向かって体ごとダイブするように、全身でダガーを叩き込む。
「グオォォォォォォォォォッッ!!!!!」
「うわっ――」
足元が隆起、いや振動?
詳細は分からない。唯一確かなのは、骨の間のシリンダーのような器官を一つ断ち切った瞬間、今までで最も強烈な勢いで体ごと宙へ打ち上げられたという事。
「そのまま、そのまま――」
その直後に聞こえてきた声。そして高さのわりに軽い衝撃。
「大丈夫っすか!?」
「Are you OK?」
それが、松沢さんとエレナさんが咄嗟に展開してくれたバリアの出力調整によって受け止めてくれたからと分かったのは二人にそう声をかけられてからだった。
「ギャァァァァァンン!!!!」
直後、咆哮。
反射的にそちらに目をやる。
首の骨を破壊されたアークドラゴンが、それによってうなだれたところを反対側の三日月形の傷にとどめの一撃を受けているところだった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




