ドラゴンスレイヤー18
「ギャッ!!!」
火鼠の声が、顔面を切り裂いた手応えと同時に響く。
逃げようと顔を避け、振り払おうと腕を振るう。その腕を躱して即座に二の太刀。今しがた切り裂いた傷と十字になるような一撃。
そしてその軌道が、残されていた方の目に達した。
「ギャアアアアアアッッ!!!!!!」
耳をつんざくような咆哮が辺りを満たした。爆発でもあったかのように奴が吹き飛ぶ。
顔面を抑え、辺りを滅茶苦茶にのたうち回っている。
「ギィィィィィッッ!!??ギャァァァァッッ!!!!」
最早パニックなのだろう、光りのなくなった世界で、どこにいるのかもわからない敵を撃つように両手の爪を振り回し、どこにいるのかもわからない様子で足は迷走する。
――このチャンスを逃す手はない。
「オラァッ!!!」
奴が沸騰する池の、そのほとりに背を向けた――今やどこを向いても背を向けているのと同じだろうが――その瞬間、俺は奴に向かって一気に駆け寄り、その勢いのまま踏み切ってドロップキック。
足の裏に伝わる感触=柔らかな毛、それを覆う炎の熱さと痛さ、巨大な質量。
「ぐっ!」
だが、そう長い時間ではない。
着地と同時に転がって足に燃え移った炎を消してから立ち上がる。
――その消火の間も耳に聞こえていた水面を乱暴に叩く音が、消火活動に落ち着きをもたらしていた。
「ギッ……ゴッ……!!!」
奴は確かに落ちた。
沸騰する熱湯=確実に命を奪う死の水の中へ。
「……ッ!!!……!!?」
見た目以上に深いその池の中で、奴の最後のあがきが終わろうとしていた。
ボコボコと、温度以上の激しさで水面を泡立たせながら、それまで纏っていた炎をはぎ取られた体が急速に縮んでいく。
まるで入浴剤――そんな場違いな感想が頭をよぎる。
どういう理屈かは分からないが、奴の体が耐えられずに崩壊していく。
最早声を発することもない、巨大な鼠型の肉塊となったそれが、みるみるうちにその鼠という形さえも維持できないぐらいに溶け出していく。
「火鼠、反応消滅。撃破しました」
オペレーターの声がそう告げる。その頃には、もう残っているのは少しだけ肉のこびりついた骨が数本、沸騰した池の底に、だしをとる骨ガラのように沈んでいくだけとなっていた。
「終わったか……」
その言葉を発言した自分自身で理解した時、俺は腰が抜けたようにその場に座り込んでいた。
「疲れた……」
ここで終わりではない事は分かっている。
だが、それでも今は一瞬でもいいから気を抜きたい――それほどに際どい戦いだった。
「……」
手にしていたダガーと、それを握っていた右手、そしてそれらをべったり厚塗りしている奴の返り血。
「……ペストとか持ってねえだろうな」
一度息をつき、軽口を叩きながら体を起こす。
まだ終わってはいない。
「さっきは助かった。ありがとうオペレーター」
改めて彼女に礼を。
恐らく調べてくれたのだろうあの助言が無ければ、そもそも火鼠の弱点も分からなかった訳だ。
「いえ、ネットに出ていただけの話だったけど、本当に効いてよかった」
そう言ったオペレーターの声は、どこか恥ずかしそうな様子だった。
「……さて、続きだ」
マナブイを一本その場に残し、俺は出口の方へと足を向ける。水は予想外の形で使い切ってしまった。暑いのはそろそろ終わりにしたい。
「お……?」
その望みは、ありがたい事にすぐに叶えられそうだった。
細い通路は先程の広場から出てすぐに緩やかな上り坂になり、そこを歩き始めて少ししてからその先端に光が見え始めた。
「出口か!?」
加えてそこから涼しい風が流れてきたとあれば、自然と足も早まるというものだ。
ほぼ一直線の上り坂、その先に見える光。
求め続けた涼しい空気に誘われるように進んでいった先は、確かに外だった。
「ここは……?」
ただし、両側を切り立った崖に挟まれた、人一人がやっと通れるような谷底だったが。
道を間違ったか――その考えが頭をよぎり、次の瞬間に即座に打ち切られた。
「ッ!?」
崖の形に細長く伸びている空。
厚い雲の隙間から差し込む陽の光の中を、何かの影が飛んでいる。
状況を再認識:アークドラゴンの住処、そして付近には別のドラゴン。
咄嗟に身を伏せる。ここで感づかれて作戦を台無しにするなど、死んでも御免だ。
「……」
上空を一定の速度で飛んでいく影。
こちらに気付いたかどうかは、その姿だけでは分からない。
「國井より各部隊」
それより一拍後にガリガリ言い出した無線が、俺の心配を杞憂に終わらせてくれることとなった。
「全部隊の洞窟突破をドローンで確認した。まずは全員無事でなによりだ」
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
今日は短め
続きは明日に




