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ある出戻り配信者の顛末  作者: 九木圭人
ドラゴンスレイヤー
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ドラゴンスレイヤー17

「効いたみたいだな……」

 LIFE RECOVERYが働き始め、全身の激痛と熱を感じなくなる。

 火傷から死ぬこともあると思えば、左腕と上半身の左側を焼かれているとなれば、当然発動するだろう。

 次のLIFE RECOVERYを口に突っ込み、一息に飲み干す。残機が一減った。当然命には代えられない。


「ありがとうオペレーター、効いた」

 顔を抑えてのたうち回る火鼠から目を離さずに、焼け落ちた袖や焦げ付いたプレートキャリアのカマーバンド以外は元通りになった体を動かして確認しながら報告する。

 彼女の助言があと少し遅れていたら、この結果は得られなかっただろう。


「ギィッ……ギィィィッ!!!」

 ようやく激痛を乗り越えたのか、火鼠が咆哮する。

「うお……」

 両手を放して再びこちらに向けた顔。それは、命のやり取りをして、自らでそうさせたはずの俺が見ても思わず息を呑む姿に変わり果てていた。

 鼠のそれを巨大化させたような姿の目の前のモンスターは、弱点の水によって顔の周りを覆っていた炎をはぎ取られ、その炎ははぎ取られる時に、周囲の皮や肉も道連れにしたようだった。

 小さな噴火のように白い煙が立ち上る奴の顔。それが生物のそれだったという事を忘れる程に崩壊し、抉り取られた顔の肉の下から白い骨が露出して、その傷口の下限が口と繋がって巨大な空洞となり、その穴の上で左目はその周辺の筋肉ごと消滅。右眼は完全に露出した眼球がぎょろぎょろと憎き敵を探して動き続けている。


 その恐るべき姿には、胴体を横断した刀傷を一瞬で塞いだ回復力も機能しないようだ。


「ギュギィィィィッ!!!!!」

 崩落した口から雄たけびを上げながら残された体の炎を埋め合わせのようにより一層強く燃やして俺の方へと歩み始める。

「警戒して!まだやる気よ!」

「ッ!」

 オペレーターの声でハッと我に返り構えなおす。

「まだやる気かよ」

 それは単純な驚きだった。

 奴の顔を見た瞬間に頭に浮かんだのは、これで戦闘が終わるという予測だった。

 モンスターも生物だ。感覚としては野生動物に近いだろう。そして野生である以上、例え縄張り意識の強いものでも、己の命を顧みずに戦闘を継続するなどという事はあり得ない。

 不退転の決意などというものは人間ぐらいが持っている奇特なもので、野生動物は敵わないと判断した時点で退く――いつ誰から聞いたか忘れたその話は、先程の逃げ回ったリザードマンを見るでもなく正しいと思っていた。


 だが、火鼠にはそれが通用しない。奴はこちらに向かってくる。その崩壊した顔面から殺意の咆哮を上げつつ。


「……ッ!」

 そうだ。こいつらはモンスターだ。野生動物とは似ているが、それとイコールではない。

 己の顔を崩壊させた敵の殺害を身の安全より優先するとしてもおかしい話ではない。

 奴が再び爪を振りかざす。

 最初の大振りな戦い方ではなく、自らの間合のギリギリの距離を保ち、小刻みに斬りつけに来るアウトボクサーのような立ち回り。

「中に人間入っているのかお前は」

 思わず吐き捨てる――その厄介さと、しかし有効な攻撃手段が存在すると分かった余裕とで。


 モルモットを巨大化させたような見た目の癖に、上体を起こして前腕というか前足というかを振り回す姿はさながら人間のそれ。顔面の損傷から噛みつきが出なくなったのはまだ救いと言えば救いだろうが、強烈な重圧から狡猾さにシフトしたというだけで脅威がなくなった訳ではない。

「なら……っ」

 風を切る爪をギリギリで躱しておいて一気に飛び下がり、奴が詰めてくる前に横へすっ飛ぶ。

「ギッ!」

 当然、奴は反応してその巨体を旋回させる。


 推測:奴は学習している。


 目の前の敵は油断ならない攻撃手段=水を持っている。一気に距離を詰めればそれで反撃してくる。だが同時に、自由にさせればそれを利用して攻撃してくるかもしれない――ちょうど先程、自らの懐で奴の片手を自由にした時に水を使ってきたように。


 大方、火鼠の頭にあるのはこういう考えだ。

 そこに崩落して激痛を訴える顔面の分が追加されて攻撃的な姿勢をとらせ続ける。

 近づきすぎると危ない。しかし離れすぎて自由にさせれば何をしてくるのか分からない。その上で生かして帰してやる気はない。

 となれば着かず離れず、自由にさせず、しかし水を使える距離まで踏み込まない戦い方に持ち込む。

 本当に中に人が入っているかのような思考回路。


「ギィィッ!!」

 その巨体からは想像できない小回りで四足歩行と二足歩行とを使い分けて一気にこちらに肉薄すると、両手の爪での攻撃を再開する火鼠。

「速いな……」

 爪の振りかざしは極めて速く、かつ体格からリーチは刀を持った俺を更に上回り、割って入る隙を与えない。

「……」

 一歩、また一歩と追い詰められていく。

 背後から立ち昇る痛いぐらいの熱気。ぼこぼこと沸騰する池はすぐ後ろ。

 ここに落ちて無事で済まないのは目の前のこいつだけではない。


「ッ!!」

 だからこそ、それを背中に一気に踏み込む。

 捨て身の突入。奴のフック気味の右を刀身で受け、即座に右手を柄から離す。

 即座に飛んでくる奴の左。それを右手で抜いたダガーで受ける。

「ぐうぅっ!!!」

 急接近する体。

 奴の纏った炎が再び俺を焼こうとする。


「らぁっ!!!」

 その炎に足を突っ込んで蹴り離す――奴ではなく、俺が飛び下がるように。

「ッ!!」

 と言って、大して距離をとる訳でもない。要するに体勢を整えるだけだ――刀を手放し、ダガーを奴の崩落した顔面に突き刺すために。

「しゃぁっ!!」

 一瞬、奴の反応が過剰になった。水を恐れるあまり、ダガーに対しても大袈裟に動いたか。

 目の前の敵を振り払うような大振りの一発=それまでよりも躱しやすい。


「ッ!」

 奴のその一発をくぐって躱す。

 視界から消えた敵に対して慌てて振り向こうとする奴の、その旋回の済んでいない背中側から、逆手に持ったダガーを振りかざす――崩落した顔面の、そのむき出しの筋肉に向かって。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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