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ある出戻り配信者の顛末  作者: 九木圭人
ドラゴンスレイヤー
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ドラゴンスレイヤー15

「落ちた……」

 断崖から下を覗き込む。

 目が痛くなるような赤と、実際に目を襲う水蒸気によって長い時間見てはいられないが、それでも落ちていった火鼠の姿は見えない。


「やったか……?」

「炎に耐える鼠です。あれだけで斃せたとは……」

 オペレーターの言葉には俺も納得していた。

 先程のサラマンダーのように、傷口から染み込んだ溶岩によって……という可能性もあるが、それでも死体を見るまで安心するべきではないだろう。


「……まあ、とにかくだ」

 今ここで谷底の溶岩を見ていても仕方がない。

 とりあえずの危機を脱した今は、別の問題に目を向けるべきだろう。

「……これ、本当に渡れるのか?」

 つまり、燃える木の横で横たわっているだけの石造りの廃墟を橋代わりに出来るか否かという点。

「まあ、他に道もないしな……」

 ついでに言えば、先程リザードマンも通過していた。

 よって、安全は確認されているとも言える。

 ――勿論同時に、それが不安定な状態に留めの一撃を加えたという可能性もある。


「……」

 もう一度谷底を覗き込む。

 元々それなりの規模の建物だったのだろうその崩落した廃墟は、基礎の部分なのか或いは地上階の部分なのかは分からないが、溶岩の中に下の方が沈み込んで熱せられているのは間違いなさそうだ。

 上を見上げる。地面が突然裂けたのか、或いは構造物や樹木の重さに耐えかねて陥没したのかは分からないが、地表にあったかつての建物は、しっかりとこの谷を対岸まで埋めているように見える。

「石だからな……よし」

 覚悟を決めるしかない。

 いや、最初からやるべきことはわかっていたのだ。

 やるべきこと、やらなければいけないこと。ここで投げ出して逃げるなどと言う事は出来ない。俺一人の動画でも無論の事、今回は他に大勢の人間が関わっている。

 ならするべきことは、安全に渡れると自分を納得させる根拠を見つけてくることだ。そしてそれは成った――石だから簡単に溶けたりせずあの溶岩の下、本当の谷底までしっかりと到達しているだろう=橋代わりに渡っても問題ないだろう。


「よし……」

 意を決して足を踏み出す――前に、念のため近くに転がっていたリザードマンの死骸をその上に放り投げる。

 既に力の抜けたその体は重いが、それでも何とか引きずって足場の上へ。当然ながら、全くそれでは足元が崩れる様子はない。

「……」

 その死体を蹴り落し、今度こそ進む。

 恐る恐る一歩。更にもう一歩。

 すぐ隣で燃えている樹木の、その痛い程の熱気から逃げようとすれば、恐らくもっと熱いだろう谷底に真っ逆さまだ。


 幸い俺が踏み出しても鐘楼の残骸はびくともせず、滑ることもなさそうだ。

 一歩一歩慎重に、一分一秒でも早く対岸へ――矛盾する二つの考えが頭の中で一歩ごとに交互に現れ、同じぐらいの声でそれぞれ訴え続ける。

「画的にはね、下を見た方がいいんでしょうが……」

 そのパニックになりそうな内心を誤魔化すために声を出す。

「ちょっとそれしたら動けなくなりそうなので……」

 努めて軽い雰囲気を出すように笑ってみるが、その目的が透けて見えるぐらいにぎこちないものになってしまってすぐにやめた。


「熱いな……」

 代わって漏れる感想。

 下からは溶岩の熱気、それによって熱せられている石の橋。すぐ横で表面を焼かれる樹木。

「オーブンの中ってこういう感じなんですかね……」

 もう一度、無駄なあがきのように感想を一言。

 痛いような熱気に晒されながら更に足を進め、鐘楼から何かの外壁へと移る。

 そしてそこからは数歩で対岸の地面だ。


「よし……っと!」

 渡り切った瞬間の安堵感は、実際に体験しなければ分からない。

 ここにちゃんとした橋を通すから協力しろという依頼が来たら、例え放映権が与えられなかったとしても喜んで受けるだろう。


「さて、ここで」

 その渡り切った記念――という訳ではないが、マナブイを一本設置する。

 それからすぐ正面に伸びているトンネルへ。

 入ってすぐに上り坂になっているそこを進んでいくと、ようやく溶岩の熱気から解放されるような気がした。

 実際、身を晒されないだけで随分熱は和らぐ。そして一度熱が――というかそこで起きた戦闘の興奮が――落ち着くと、代わりに現れるのは滝のような汗を回収しようとする体の訴える乾きだ。

「今のうちだな……」

 この先もまだダンジョンが続くかもしれないし、またモンスターの襲撃を受ける可能性も十分にある。ならば水分補給は出来る時にやっておくべきだろう。


「んっ……し」

 とはいえ、ここで全てを使い切る訳にはいかない。

 900mlの半分ぐらいまで飲み干したが、まだまだ名残惜しい口を何とかボトルから引き離す。

 ハイドレーションパックならもっと持ち込めるか――頭の中に浮かぶその考えを、余計に重量がかさむ、と脳の反対側から反対意見が出る。

 そんなこんなをしているうちに、上り坂だったトンネルは終わりを迎えた。


「ここは……」

 これまでの集大成のような空間。

 即ち、左手側が崖になり、先程までより遠くに溶岩の流れが見える、ちょっとした広場。

 ここも天井は避けているが、先程までのような落下物はなく、落ちる代わりに耐えず吹き上がっているのは崖とは反対側に広がっている温泉の池。

 もう少し温度が低ければ、具体的に言うと沸騰するような温度でなければ、もしかしたら温泉地としてやっていけるかもしれないような凄まじい熱気を発するそれは、まるで水を張った鍋の底のように絶えず気泡を生み出しては霧のような濃度の水蒸気を裂け目に送っている。


「恐らくもう少しで地上です」

「ああ、だといいな」

 オペレーターの言葉に応えながら、手はマナブイに伸びる。

 適当に広場の真ん中辺りへ。あまり崖っぷちでは落下の危険があるし、防水とはいえ灼熱の水蒸気をずっと浴びせ続けるのは多分あまり良くない。


 そう思って差し込んだ瞬間、オペレーターの声が緊迫したものに変わった。

「高速で接近する反応が一つ。待って……ッ!備えて!崖を登ってくる!!」

「ッ!?」

 反射的にそちらに向き直り腰間のものに手をやる。

 左手の親指が鍔にかかった瞬間、半ば予想していた姿が崖の向こうから飛び込んできた。


「やはりな……」

 鯉口を切り、闖入者(ちんにゅうしゃ)に向かい合う。

 再びの火鼠。体を包む炎は未だ消えず、貫いたはずの眼球は、その事をそれ自体が覚えているかのように爛々と輝く赤い光を俺に叩きつけていた。


(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません

今日はここまで

続きは明日に

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