ドラゴンスレイヤー14
「ギッ――」
それはあまりに一瞬だった。
巨大な何かの影、それが件のリザードマンを押し潰した。
「いや……」
押し潰したのではない。
襲い掛かり、押し倒して――そして喰らっている。
引き裂いたような口から伸びているナイフのような牙が、リザードマンの腹を食い破って中身を引きずり出している。
四足歩行の獣――無線の情報に合致する。
溶岩を挟んだ対岸で広がるその光景。それだけの距離があってもわかる牛よりも大きいそれが、一撃で抵抗を奪ったのだろう哀れな獲物を貪っている。
「なんだ……?あいつは……」
無線連絡にあった巨大な四つ足。溶岩に突き刺さって表面を燃やされている大樹の、そのゆらゆらと揺らめく焔の向こうのその姿をようやく正確に捉えたのは、奴がたった今仕留めた獲物から、血にまみれた顔を上げた時だった。
「鼠……だと?」
まさしくそうとしか言いようのない姿。
前足は短く、その巨体に対して細長い尻尾。そして引き裂かれたような口から生える上下一対の長い牙は、まさしく絵に描いたような鼠の姿そのもの。
サイズを間違えている以外完全な鼠そのもののそのモンスターは、炎の向こうにあってなお浮き上がって見える真っ赤な目でこちらを睨みつけ、サイズに続いて鼠らしからぬ咆哮を上げて跳ね上がった。
「ッ!!?」
奴が視界から消える。
いや、そんなはずがない。姿を消すことなど出来るはずもない。
「ギィッ!!!」
驚くべき経験:リザードマンの耳障りな声も役に立つ時がある。
反射的に声の主の方に目をやり、それからそいつの視線を追って顔を上げる。
燃え続ける大樹。炎の塔と化したそれを、重力など存在しないかのように、奴は駆け上がっていく。
「ギッ、ギィィッ!!!!」
「ギィィィッ!!??」
他のリザードマンたちもそれを見つけ、声を上げながら一斉に駆け出す。
分かり切っていること:あの鼠とリザードマンの関係=捕食者と非捕食者。
各々が持っていた剣や槍や斧を放り出し、蜘蛛の子を散らすように走り出すリザードマンの群れ。
「くっ!」
その中に混じればよかったなどと思った時には、既に鼠がこちらに駆け下りてくる瞬間だった。
「――ッ!!」
飛び降りてくる巨大鼠を間一髪で躱す。何とかリザードマンの二の舞は防げた。
「うぉっ!」
だが、そこまでだ。
無我夢中で飛び込んだ先は、ぐらぐらと音が聞こえてきそうな崖っぷち。
後ろは無論、左右にも逃げ場のないそこで、突入を外した巨大鼠と向かい合う事になる。
「くっ……」
鼠の牙がこちらに向く。全身が灰色のその巨体の中で、唯一病的なまでの白さ。
そしてそれ以外の灰色の塊の表面がゆらゆらと揺れているのに、その時になって初めて気づいた。
「なんだ、こいつ……」
「表面が……燃えている……?」
同じ物はオペレーターにも見えていたようだ。
見間違いではない。奴の石綿を彷彿とさせるダークグレーの体毛は、その先端に炎が揺れている。
だが、奴はそれを気にする風もない。
気付いていない?いや、そんなはずはない。だって、その巨体のほぼ全てを、表面で揺れる炎は包み込んでいるのだから――当然、こちらを睨みつけている目の周りも。
「こいつは一体……」
その燃える巨体がこちらを見据えて、上半身を起こす姿勢をとる。
その正体に先に気付いたのはオペレーターだった。
「これが……火鼠……」
火鼠。燃えている鼠だから火鼠。
そういう安直なネーミングか――最初に頭に浮かんだそれを書き換えるのに一瞬を要した。
火鼠。それそのものよりも、子供の頃に聞いた昔話でかぐや姫が貴公子に求めた火鼠の皮衣の方で聞き覚えのある存在。
決して燃えない皮衣。まさにぴったりの怪物が、目の前で牙をむいていた。
その怪物が逃げ場を失った獲物を仕留めんと一気に距離を詰めてくる。
「ッ!」
幸運=奴は跳びあがる。ヘッドスライディングのように、その牙を真っ先に俺に突き立てんと上から飛び込んでくる。
一瞬での交錯。こちらを左右から抑えに来た腕の下をすり抜けるようにこちらもヘッドスライディング。
結果:急制動が必要になった奴よりも、飛び込んだ勢いをそのまま立ち上がるのに活かせた俺の方が僅かばかり復帰が早い。
そしてその一瞬の差=奴のトマトみたいに真っ赤な眼球に剣先を突き立てるのに十分な差。
「ギョオオオオオオオオオッッ!!!!」
凄まじい叫び声と、ダンプカーでも投げ飛ばしそうな馬力での首での振り払い。
それに逆らわずに刀を引き抜き、反対に勢いを利用して内陸へ跳ぶ。
「シャァァッ!!」
着地と同時に奴の巨体を支えている右足の腱を横薙ぎに払った。
思っていたより軽い手応え。外したか――いや、確かに斬っている。
斬られた右足が跳ね上がるように縮められ、反対側の足が僅かに撥ねる――溶岩が覗ける崖っぷちで。
「ッ!!?」
奴の無事な方の足が一瞬空中を蹴った。
地面を取り逃がしたその足に次のチャンスは訪れなかった。
「ギッ――」
奇しくも先程自らが殺して喰らったリザードマンの断末魔と同じような声だけを残して、巨大な火鼠は崖の向こうに消えていった。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
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