ドラゴンスレイヤー11
逃げ去っていくリザードマンの背中を目で追う。
「これって財団に報告した方がいいかな……?」
前方の巨大な奴はともかく、後ろで一切に動き出した奴に関しては、ほぼ間違いなくリザードマンが呼び出したのだ。
リザードマンにそういう能力があるのかは分からない。当然、それを財団が知っているのかも同様だ。
「……まあ、とにかくだ」
今は報告するにせよ、無事に帰って自分で出来るようにするのが最優先だ。
一瞬後ろを見る。小さい方の――というか本来の大きさの――サラマンダーたちはまだこちらに到着していない。
対して正面。のそのそと、這うようにしてこちらに向かってくる巨大サラマンダーに意識を向けると、奴が不意に立ち上がった。
「!?」
と言ってもワニのようなその体が突然リザードマンのような二足歩行に移行した訳ではない。
前足を地面から離し、後ろ足で全身を支えて尻尾でバランスをとる。特撮怪獣みたいな姿勢を一時的にとるだけ。
だが、その一時の二足歩行がシャレにならないものであることは、崖下を流れる溶岩より更に鮮やかに赤い光と火の粉が漏れ出しているその口の中で十分すぎる程に分かる。
「くっ!」
と、認識すると同時に飛び下がる。
案の定、その口の中の輝きは想像通りの姿=火炎放射となってこちらに吐き出された。
「ッ!!?」
思わず顔を左腕で覆うと、その表面に激痛と、一瞬遅れて熱がやって来る。
致命傷は避けた。炎に晒された時間は一秒に満たない。だがそれだけで、左腕の籠手は一瞬で表面が溶け出し、それがカバーしきれない部分は皮膚がずるずると縮れてなくなっている。
もし全身が浴びていたら――その時は、そんな事を気にする暇もなく死ぬだろう。炎に寄ってか、それによって炎に包まれ、のたうち回るうちに溶岩に落ちるかして。
「でかいと射程も長いな……」
吐き捨てる感想――何とか冷静さを取り戻すため。
左腕の痛みを訴える脳みその部分を無理矢理黙らせ、タクティカルベルトのポーチに手を伸ばす。
その姿勢の通り、特撮怪獣の如き火炎放射を放った直後のサラマンダーが、体勢を元に戻してこちらににじり寄る。流石にあの図体を立たせたまま移動するのは難しいのか、二足歩行になるのは火炎放射を使用する瞬間だけのようだ。
「なら……」
にじり寄りながら、奴が再び火炎を放たんとする。
四足歩行だと見た目以上に素早く、一気に俺の懐まで飛び込もうとする勢いで肉薄してきて、同時に口の中が輝きだす。どうやら二足歩行での火炎放射はより遠くに火炎を飛ばすための技らしい。接近する時にはただ上体を起こしてその場で放つ姿勢を見せている。
「そこっ」
二度目の火炎放射。その兆候をみせたそいつから更に飛び下がりつつ、ポーチから取り出した一弾を放る。
即座に発生する爆発。そしてそいつを包み込む白煙。
スモークグレネード。冒険者でも使用できるそれは、一瞬にして発生した煙で奴から俺の姿を隠した。
当然、奴の姿も隠れる――ただし一瞬だけ。
「そこだな!」
モンスターと言っても野生は野生だ。当然、人間の武器の知識などない。
そして野生であるが故に、未知の攻撃に対する対処は早い。
一瞬のうちに煙から背を向けて四つ足で走り出す。体の動きに合わせて左右に激しく揺れる尻尾が、煙の切れ目から見えてきて、俺はそれを追って走り出した。
もし奴がその場で構わず火を吐いていてもいいように距離をとったが、結果から見ればその必要はなかった。
未知の攻撃に恐れて180度の方向転換=唯一火炎放射が可能な顔を後ろに向けての逃走に切り替えた今、奴はただのでかいトカゲとなった。
そして煙に包まれたとはいえ、ここは一本道だ。
「逃がすか!」
煙を突っ切って奴を追う。狭い一本道。これまでは不利な条件であったそれが、今や最高の道しるべとなった。
煙から逃れて、安全――少なくとも奴はそう思っているだろう――崖下に逃げようとするサラマンダー。
「おおっ!!」
振り下ろした一撃は硬いものに叩きつけたような手応えを寄越し、しかしそれでも奴の尻尾を根元からバッサリと切断していた。
「ギィィッ!!!!」
トカゲと違って尻尾が切れるようになっていないのか、或いは切れる場所ではなかったのか、奴が絶叫を上げる。
切断された尻尾がその場に転がって、それでもお構いなしに逃げようとするサラマンダーは、突然切り立った崖から溶岩へと突っ込むように軌道を変えた。
やはり溶岩に逃れようという腹か――そう思った時には、既に奴は溶岩のすぐ上まで駆け下りていき、そして再び絶叫した。
「ギィィィィィィィッ!!!!」
慌てて溶岩から離れるように崖を駆け上がる。切断された尻尾の断面が黒く焦げているのを見たのは、奴が再び崖の頂上付近まで戻って来たところでだった。
推測:恐らく本来のサラマンダーは溶岩の熱にも耐えられる。
しかし、その耐性を持っているのは奴の肉ではなくその表皮か、硬い鱗か、いずれにせよ表面の部分であって、むき出しになった中身はその限りではない。
「へへっ、お帰り」
再び崖を登り、俺の前に現れたサラマンダー。
再会した敵を見るや、その口に再び灯る炎――だが遅い。
「させるかよ!」
突進し、奴を飛び越えざまにその口へ一撃。ゴルフのように足元スレスレを掠めた一撃は、奴の上あごをしっかりと斬り飛ばしていた。
失われた尻尾側への着地。振り返りざまに見た奴の姿に、声を上げたのはその映像を見ていたオペレーターだった。
「やった!」
ワニの口のようなそれは、上側が大きく切り裂かれていた。
そしてその切れ目から吹き上がる炎の噴水。溶接の火花のように舞い上がったそれが、上あごに出来た傷から奴の両目の間まで一気に走り、それによって溶かされたように、奴の顔に当たる部分の鱗や肉が崩れ落ちていく。
「ギィッ……ギ……」
自分を焼き殺した火炎の中で、それを吐きだす口から漏れたその音が断末魔だったのだろうという事は、炎の勢いとシンクロしてその巨体が動きを止めた事からも明らかだった。
(つづく)
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続きは明日に




