ドラゴンスレイヤー8
「久しぶりだね」
「……どうも」
その顔合わせの後、ドクター高野が宍戸オペレーターと言葉を交わしていた。
「あの事件以来ですね」
「そうか……思えば昨日の事みたいだけどね」
そこで、二人は俺の存在を思い出したようだ。
ドクターの方が先に口を開いた。
「ああ、言っていなかったか。私は八島に来る前には、エイギルにいて、彼女とはそこで知り合ったんですよ」
「まだ新人の頃の私とね」
オペレーターが付け足す。
「サーデン湾事件の後、所属していた配信者やスタッフは散り散りになったけど、こうして同じ業界にいる人と再会するのは、多分初めてだ」
ドクターのその言葉にオペレーターは小さく、しかし感情の――それもあまり明るくない感情の――籠った声で続けた。
「アウロスに行ったスタッフなら、何人か知っていますけどね」
「……まあ、仕方がないさ」
サーデン湾事件の際、エイギルと共にコラボ案件でそこにいたのはアウロスだ。
そしてエイギル消滅後、急速に勢いを伸ばしたのもアウロスだった。
――まあ、だからと言ってそれだけでアウロスを責める訳にも行かない。
話を聞きながら、俺はそう結論付けたのだが、かつての同郷二人のそれは違うようだった。
「……分かっているとは思うけど、アウロスには気を許さない方がいい」
流石に他の人間に聞かれるとまずいからだろうか、ドクター高野は声を落として、俺とオペレーターだけに聞こえるようにそう囁き、それからちらりと周囲を見て続けた。
「連中は利用できるものは何でも利用する。……他人の命もね」
それが何を意味するのか、意味が分からないなんてことはない。
サーデン湾事件でエイギルは壊滅した。所属していた有力配信者を複数、マナの爆発で失った。そしてその後、エイギルから流入したスタッフと、彼らが持っていたエイギルでのノウハウを得たアウロスは急成長を遂げ、業界最大手となった。
その上での言葉だ。
「それって――」
「まだ憶測だ。だが……そう疑えるだけの話はちょくちょく聞くよ」
それだけ言うと、彼は人差し指を自分の唇に当てた。
そんな話のあった翌日、俺たちは再びレテ城にやって来た。
「それじゃ、気を付けて」
「ああ。今日もよろしく」
ゲートの手前でいつも通りオペレーターと言葉を交わし、陥落してまだ日の浅い城へ。
装備品には今回も大量のマナブイを含めている。どうせ未知の領域に入るのだから、パスファインダーもやっておこう――単に後進のためだけではなく、最悪道に迷った場合にそれを辿って帰れるように。
「「本日はよろしくお願いします」」
城に到着後、予定通り向こうで合流した八島の部隊と共に、この前の脱出時と同様の進路をとる。
曲がりくねった道を抜け、周囲の雑木林が急に開けて平野に出る。前回はここで博士たちと別れたが、今日はその先、彼らが辿ったかもしれない道を東に向かってしばらく進む。
「よし、ここだ」
先頭を行く國井さんが後続の俺たちに合図した。
雑木林が開けたはずだったが、その辺りは再び森が現れ始めていて、その向こうには鋸の刃のようにギザギザに切り立った山脈が聳えている。
あの向こうにアークドラゴンがいる――嫌でもその意識と、映像で見せられた圧倒的戦闘能力に身が引き締まり、それと似た感覚だが緊張に体が硬くなる。
「ふぅ……」
それに気づいて深呼吸を一つ。どれほど効果があったのかは分からない。
なに、心配はいらない。要は考えたり想像したりする時間があるからそうなっているだけだ。ダンジョンに潜ってしまえば、そんな事気にする余裕は何もなくなる。
そんな風に頭を切り替えて、周囲に広がる森の中の細道を進んでいく俺たち。
程なくして道は不意に途切れ、ちょっとした広場に出た。
そこの真ん中辺りには焚火の痕跡が残され、まだ新しいそれが先客のいることを物語っている。
「誰か来たんですかね?」
同じものに気付いた松沢さんがそう漏らした。
多分俺も声を出せば同じような感じなのだろう、緊張を紛らわせるために努めて平静を装っているそれ。
それに応じたのは当然ながら同じものを見つけていた國井さんだった。
「先客がいるようだが、やることは変わらない。それに……おそらくこの先客は戻っていない。それが“まだ”なのか“もう永遠に”なのかは分からないが、もし何か発見した場合はすぐに連絡しろ」
そう言って自らの無線機を指す。複数部隊で同時に攻略する必要上、お互いの情報に差異が生じないようにするのは大事だ。その理由で同じものは俺にも貸与されていた。
「それではこれより、この洞窟内に侵入する。時計合わせ、現在時1140」
言われた通りに時計に目をやり、時刻を合わせる――と言っても数秒の差しかないが。
「洞窟を突破してアークドラゴンの住処を包囲し、一斉に攻撃を行う。当然ながら向こうも生物だ。失敗した場合、この作戦に二度目はない。各自気を引き締めて当たれ」
そう纏めると、國井さんの部隊が先頭に立って中へと入っていく。
続いて村上さんの部隊が中へ。
「はいどうも、皆様初めましての人は初めまして、そうでない人は昨日ぶりです。(株)植村企画所属、潜り屋一条です」
ここから俺も配信開始。というか録画開始だ。
「今回はですね、八島総警さんとのコラボ企画という事で、この洞窟を通ってギルベス山に向かい、あのアークドラゴンをやってしまおうという命知らず企画でございます」
ざっと概要を説明してから、先行部隊が消えた洞窟の方に改めて目を向ける。
「さあ、それでは私も入っていこうと思います」
レポーターはここまで。中に入れば、ひたすらにダンジョンだ。
その世界に一歩踏み込む。
狭い入口。それから当たり前だが薄暗い一本道。
その緩やかな下りになっている一本道を進んだ先で、不意に道が開けた。
「おお……」
思わず声が漏れる。入口から僅か数m先で待っていたのは、観光名所になりそうな広い地底湖だった。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
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