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再起動6

 魚人は尚も近づいてくる。ガチガチ、ガチガチと牙を鳴らして。

「……」

 対するこちらは無言。

 そのまま音を立てずに半歩。

 ガチガチと牙が鳴る。陸での動きはのろい魚人だが、それはあくまで普段の話だ。

 敵を見つけ、それに攻撃を加えようとする際は、鱗の生えそろった二本の足は人間のそれと遜色ない性能を発揮する。


「……」

 その魚人の間合まで、あと一歩。

 そこまで縮まった瞬間、俺は小さくもう半歩踏み込んだ。

「ッ!」

 抜き打ち一閃。こちらに差し出されるような形になっている奴の(えら)の辺りに一太刀を加え、短く濁った声を上げたそいつから引き抜くや否や右に踏み込んで奴の頭蓋と首の境目に振り下ろす。


「ギェッ――」

 短い断末魔を残して、かぶと煮に出来そうな形に頭が落ちた。

 残された体がその事に気付かず一歩歩き、それから現実を受け入れて崩れ落ちる。

「よし」

 己の手=コンバットグリップの右手と、柄頭から指一本分上を握っている左手に目を落とす。

 鮫皮と柄糸の代わりに滑り止めに溝とシボ加工の施された強化プラスチックとゴム製の柄から伝わってくる手応えは、間違いなくかつてのそれと同じもの。


 血振りを一度だけして刀身を確かめる。

 斥力場(せきりょくば)生成ブレード――刃部分をこの世界で採掘されるマナに反応する物質を使用した合金にすることで、強化人間の使用時に体内のマナに反応して刃に斥力=物質同士が遠ざけ合う力を生み出し、これによって傷口を広げて切り裂く強化人間用の剣は、ほんのりと刃部を赤く光らせている。

 マナを流している間だけ刃部が僅かに変形して鋭角になることで切断を可能にするこの合金の刀=通常時は刀の形をした金属棒が、一部の例外を除いて日本の国内法が適用されるこの島での銃刀法の抜け道となっていた。この地で振り回してよいとされる武器で、かつ日本国内での扱いは模造刀のそれに準じる代物だ。


 背後を確認し先程の魚人たちが同胞の死に感付いていないことを確かめてから納刀。

 再び予定通りのルートを進み始めた俺の前に、もう敵の姿はなかった。

「さて、間もなく目的地だ」

 自分に言い聞かせるように口走る。

 トンネルを抜けて直ぐ、砂浜から内陸に向かう上り坂が現れた。

 この坂を上った先には本日の目的がある。


 そしてその認識を強くするように、配信に載らない秘匿回線を通してオペレーターのアナウンス。

「目標、捉えました。ゴブリンが六。徘徊騎士は確認できませんが近くに反応在り。現在マナ濃度の変化により周囲にフォグを観測。警戒してください」

「了解」

 コンソール上のフォグ。即ち、どこに何がいるのか完全には見えていないという事。

 それを頭に叩き込んでこちらも秘匿回線で応じながらそっと鯉口を切り、坂の頂上の手前、むき出しの岩肌に伏せる。


 眼前に広がっている僅かな雑草だけが疎らに茂っている荒れ地に、恐らく漁師小屋か何かがあったのだろう、石造りの建物の残骸が一つ、木製の朽ちた柱が何本かだけ生えている石壁だけとなってぽつんと佇み、その手前にゴブリンたちの群れ。一切毛のない苔色の頭に、不釣り合いに大きな鷲鼻ととんがった耳を備えた頭がここから見えているだけで六。つまり報告にあった者は全てここにいる。

 そして幸い、まだこちらに気付いてはいない。


「……よし」

 そっと体を起こし、音を立てないように坂を上り切る。

 漁師小屋の残骸を正面に見て10時方向へ腰を落として忍び寄る。

 連中はいまだ気付いていない。落ち着きもなく手にした棍棒を弄ぶ者や、目の前の石壁に立小便する者ばかり。

 中に一人弓を担いでいる者がいるが、矢は背中の矢筒に全てしまい込まれている。

 そして経験が、あれは大した脅威ではないと告げる。ゴブリンは人間の子供位の体格と知能を持ち、杖代わりにしたり暇そうに肩に担いでいる棍棒や小動物位なら射貫ける弓を使う事が出来るが、ゴブリンの弓兵は射撃が下手糞というのが配信者たちの共通認識だった。


 つまり、実際の戦力にカウントしていいのは棍棒を持っている五匹。

 中には革製と思われるスリングと野球ボール大の石を腰に巻いた縄に挟んでいる者も見える。こちらについても経験が言っている――弓矢よりこちらの方が遥かに厄介だ、と。


「……」

 腰をかがめ、足音を殺して近づいていく。

 そのままにしていろ。連中の背後から仕掛けたい俺にとっては好都合だ。

 大きく迂回しながらも連中との距離が詰まっていく。

 いざとなれば強化人間の特権=マナによる身体能力強化の恩恵を活かし、一匹だけの弓兵がその小さな弓に矢をつがえて放つ時間で連中の懐に飛び込める。


「捕捉遅れました!小屋跡の石壁の裏に反応!ゴブリンより小さい!」

 その距離まであと一歩もないところまで肉薄した時、崩れかけた石壁の向こうから、のそりと這い出てくる影が視界の隅に映るのとオペレーターの一気呵成の報告とは同時だった。

「チィッ!!」

 視界の隅で何かが蠢く――大概それがいいものではないというのはこの世界でも同じだ。

 石壁を乗り越えたのは巨大な蜘蛛。キャッチャーミットより一回り大きなそれが、木の枝みたいな八本足で器用に壁のこちら側に現れた。


 それだけならただ気持ち悪いで済むだろう。

 だが問題はこの巨大蜘蛛=アイスパイダーは、その名の通り葡萄の房みたいに無数の目が組み合わさって出来た本体で侵入者を発見すると、蜘蛛とは思えない凄まじい金切り声をあげるという事だ。

 そしてその習性は、今回もまた遺憾なく発揮されたのだった。

「ギャッ!!?」

「ギィッ!」

 ゴブリン共が飛び跳ねんばかりに驚いて反射的に振り向いた先にいる俺を見つけるぐらいの大声が、辺り一帯に響き渡った。


(つづく)

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