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ある出戻り配信者の顛末  作者: 九木圭人
ドラゴンスレイヤー
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ドラゴンスレイヤー2

 だが、実際的な問題が出てきたのは、それから数日の事だった。

「取りやめ……ですか?」

 昼下がりのいつもの社内、いつもと違うのはオペレーターの他に社長もいるという事。

「ああ、彼等もアウロスを敵に回したくはないのだろう……」

 社長の声は沈んでいる。

 まあ、無理もない。先日持ち上がった新興の配信者グループからのコラボ案件、それが今朝になって急遽取りやめになったのだ。


 社長の言葉は、そして先方がしり込みする理由は、感情はともかく納得は出来るものだった。

 アウロスのホープを斬った――どういう経緯だったかは置いておくとして、結果だけ見ればそれが全てだ。

 風巻本人が何を思っているのかは分からない。だが、うちやコラボ予定だった配信グループのような中小零細が、天下のアウロスの不興を買うような真似はしたくないだろう。

 仮にアウロス自身が何も言わないとして、人気商売において――それが理不尽なクレーマー以外の何者でもなかったとしても――悪評を恐れるというのはそこまでおかしな話ではない。

 現に俺の動画には今日も飽きもせず誹謗中傷のコピペが貼られているのだ。


「……何とか、手を打たねばなるまいね」

 だから社長がそう言って、俺の動画のコメント欄を見た時、何をするつもりなのかはなんとなく想像がついた。




※   ※   ※




 城攻めから一週間。

 あれ以降社内は随分と賑やかになった。

 無理もない。これまで永らく誰も立ち入れなかった島の北側への道が開けたのだ。

 攻城戦に参加した者達の評価は内外共にうなぎ上り。後に続けと他の者達も競って北側の探索動画を連日投稿しており、その成果は上々と言ったところだろう。

 ――まあ、それも今だけの話だ。


「「乾杯」」

 そうした新天地開拓の企画の立ち上げと攻略に参加した者達の祝福、負傷した風巻への労いもそこそこに、私はアウロス本社の第一企画室長と、都内のフレンチレストランにいた。

 都心の夜景を見下ろす高級ホテルの最上階。どの席も所謂やんごとなき方々が占めていない席はない。

 光の海のような都心を見下ろす席で、向かい合った第一企画室長=三条佳乃女史は仮面のような厚化粧で私を見ていた。


「まずは、新天地開拓おめでとう、と言ったところかしら」

「ありがとうございます」

 答えながらグラスの中身で唇を湿らせる。

「……それで、どうかしら?」

 それだけで、何の話かはすぐに分かる。今日の本題だ。

「ええ、問題ありません。当初の予定通り行きましょう」

 アウロスは元々芸能プロダクションだ。

 つまり、ダンジョン配信のような終わりの見えている業界にいつまでも注力する必要はない。


 そう、終わりの見えている業界だ。


 島の北側への道が開かれたという事は、既に視聴者の興味を引ける場所が半分を切ったという事だ。

 島の土地は無限ではない。

 今のように競い合って配信を続けていれば、そう遠くない未来に未知の土地はなくなり、残るのは何も目新しい物のない、即ち衰退以外に存在しない時代がやってくる。

 そんな泥船に拘る必要は何もない。

 しかし同時に、そこまでに獲得した視聴者を捨てるのは惜しい。


 ならば?答えは一つしかない。

 人は娯楽を欲する。そして暴力に替わる程の娯楽と言えば、いつだってセックスだ。


「頂いた資料は全て確認いたしました。彼等なら問題ないかと」

「そう、なら良かったわ。向こうも張り切っているみたいだし」

 配信者も顔が必要だ。その認識は何も国内だけではない。

 K-age。アウロスと提携関係にある韓国の芸能プロダクションが売り出した四人組男性配信者グループ。

 彼らもまた我々と同じ考えの元に次の戦略を考えていた。

 即ち、ダンジョン配信の次にはアイドルに回帰する。という考え。ダンジョン配信業界の現状には日韓にそれほどの差はない。故に彼らも所属配信者の選抜基準にはタレント性を求めていた。


 幸い、この国には韓国と言えば何にでも食いつく層は存在するし、いくらでもプッシュしてくれるメディアにも困らない。

 となれば、手を組むのは必然と言える。

 ――今日までのアウロスフロンティアは、言わばそのための地均しに他ならない。

 その地均しが終われば、その時こそ我々の時代だ。

 私はそこで、初めて私に相応しい地位を得る。


「……ここからが本番よ」

「ええ、存じております」

 グラスに残っていたワインに口をつける。

 一体、眼下の夜景を構成している無数の労働者のうち、このボトル一本より高い月収の者がどれぐらいいるのだろうか。

「……良いワインですね」

 それを味わえる立場というのも――それを伏せて呟くと、三条女史は誇らしげに微笑みを浮かべた。

「ギヨーム2世、ここの契約シャトーでごく少数作られている貴重なものよ」

「成程……」

 残りを干す。

「幸先のいい」

 征服者――我々が目指すところ。

 その素晴らしい名を冠したワインは、滑るように滑らかに喉を転がり落ちていった。




※   ※   ※




 果たして、社長の打った手は見事な効果を発揮した。

 といって、大したものではない。あの時見ていたコメント欄と、それまでの諸々に対し植村企画の名で公式に声明を発表。誹謗中傷に対して法的手段に訴える用意があることを表明した。

 これに対し誹謗中傷していた張本人とみられるアカウントが脅迫であるとSNS上で騒いだことでちょっとした炎上騒ぎになり、騒ぎが大きくなるにつれてアウロス側も「レテ城攻略及び風巻空斗の交戦について一切問題化するつもりはない」という旨の公式声明を出した。


 運が向いている、と言う事か。

 これはつまり、暴れている過激なファンへの自粛を促し、そしてあの一件について「怒っていない」と宣言したようなものだ。

 つまり、俺を敵ではないと認めてくれたという事だ。


(つづく)

今日はここまで

続きは本日19時頃投稿予定です

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