落城20
改めて周囲を確認。
國井達が退いた今、周囲にはハーピィの残骸と、まだ湿っている風巻の血を吸った草以外に何もない。
「はぁ……」
改めて一息。ようやく危機は去った――少なくとも目に見えている範囲は。
「オペレーター、攻城戦の様子は?」
実際に聞きたいのはそれではなかった――というか、それについては既に陥落したと分かっている――が、それでも言わんとするところは理解してくれた。
「既に全ての配信が終了しています。そちらに向かう配信者もありません」
どうやらこれで後顧の憂いは去ったと考えてよさそうだ。
「了解。荷馬車の方に合流する」
そう伝えて踵を返す。よくこれで逃げ切れたと思うほどにゆっくりなペースで進む荷馬車に追いつくのに時間はかからなかった。
「一条さん!無事だったのですね!!」
ソルテさんと犬養博士が、近づいてくるシルエットを認めると同時に迎えてくれた。
「ええ、とりあえず攻城部隊の追撃はなんとかなったようです」
答えながら、荷台に複雑な紋章のようなものが描かれた幌がかかっている事、周囲を固める面子に見知らぬ顔が増えている事に気付く。
向こうもそれに気づいたようで、俺の方を向いて会釈した。
同じように会釈を返す。俺が何者なのかについては、ソルテさんと同じようないで立ちのその新顔二人には既に伝わっていたようだ。
「こっちは私と同じ里のエルフです。モンスターに対してメガリスの気配を遮断する幌を届けてもらいました。彼らの先導で、これからこの積み荷を集落まで運びます」
彼等の集落がどこにあるのかは分からないが、とりあえず危機は脱したのだろう。彼らの表情は、説明してくれるソルテさんも含めて皆安堵を浮かべていた。
「ありがとう一条さん。私たちは彼等と一緒に集落に向かい、そこで研究を続けようと思います」
犬養博士がそう付け加える。
たった今モンスターの襲撃を受けたばかりだというのに、随分熱心な事だ。
「一条君聞こえる?今財団から連絡がありました。研究チームの無事を確認できたため、ここで護衛を終了していいとのこと」
どうやら何とか俺に与えられた仕事は全うできた。
なら、後は戻るだけだ。
「了解。なんとかなったな」
「ええ。……本当に、お疲れ様」
労ってくれる彼女の声は、俺と同じかそれ以上に安堵した様子が手に取るように分かった。
「護衛は終了という事ですか?」
犬養博士からの確認。
「ええ。今財団から宍戸オペレーターの方に連絡があったようです」
「こちらにも同じ内容で連絡が来ました。今回は本当に助かりました」
博士が改めて頭を下げる。
達成感はあるが、風巻が突っこんできたルートを考えれば無駄にこちらで仕事を増やした=彼等には余計な心配をかけたとも言える訳で、少し申し訳ないような気もするが、まあ結果オーライだ。
「では、私はここで。それでは道中ご無事で」
まあ、とりあえず俺に与えられた仕事は全うした。
彼らに見送られ、また彼らを見送って俺は踵を返す。
今現在俺たちがホーソッグ島で最も人跡未踏の地にいるのだ。当然ながら帰るのにはゲートまで戻らなければならない。
別れ際、ソルテさんが俺の方に改めてやって来て言った。
「そのネックレスがあれば、今日のうちなら城のモンスターの生き残りには襲われないはずです」
言われてネックレスをつまむと、貰った時よりも光は多少弱くなっているように思えるが、それでもまだしっかりと緑色に光っている。
あの状態の城にまだ生き残りがいるかは分からないが、それでも有難い話だ。
「助かります」
「いえ、こちらこそ、危ない所をありがとうございました」
今度こそお別れだ。
「オペレーター、使えるゲートは?」
「前回と同じ仮設ゲートが使えます。ただ……」
「ただ?」
一瞬返答に間が開いた。
そしてその一瞬の後、まるで周囲の誰かに聞かれると困ると言わんばかりに声のボリュームを一段落としてオペレーターは続けた。
「……単独でゲートに近寄らないようにしてください。城には機構の監督班がまだいるはずです。こちらから連絡しておきますので、彼等に合流してください。……正直、アウロスがどう動くか分からない」
「……了解」
運ばれていく風巻の姿が脳裏によみがえる。
軍曹村上の応急処置を受けているし、マナが機能している状況では回復手段はある。恐らく死んではいないだろう。
だが、それでも誰もかれもが水に流してくれるとは限らない。
アウロスに気を許し過ぎるな――オペレーターの言葉を再び反芻しながら、俺は頂上部を失ったレテ城の方へと歩きだした。
※ ※ ※
「ふぅ……」
フィルターのすぐ近くまで吸っていた煙草を灰皿の上に落とす。
一筋の煙が薄っすら立ち昇り、空調の風に煽られて霧消する。
背中を伸ばすように背もたれに身を預けると、ギシッという音に合わせて背骨が鳴った。
「ん~……」
そのままの姿勢で伸びをする。
とりあえず、一件落着だ――そう自分に言い聞かせながら、頭上の照明に目を細める。
「アウロスの奴、斬っちゃったねぇ……」
ぼそりと漏らしたその言葉を聞く者は誰もいない――だからこそ言ったのだが。
個人的には安心した。当然だ。今の私の担当配信者にして、今日まで毎日顔を合わせて二人三脚でやって来た。その彼が無事に窮地を脱したのだ。
それに正直、痛快と思わない事もない。
あの風巻という配信者に恨みはないし、彼に何の罪もないのも事実だ。
だが、情報収集のために見ていた彼の配信における視聴者のコメントを見れば、つまり、そいつらが二人三脚で今日までやって来た私の相方をどう評し、どうなることを望んできたかを考えれば、それとはほぼ真逆の結末に至ったことを表現する言葉は、多分痛快が一番適切だ。
「そこだよねぇ……」
次に生じる問題について漏らした言葉は、一人きりのブースに小さく響いた。
「よし……」
体を起こす。次の煙草に火をつける――これからの仕事のための、私のメンタル保護デバイス。
「……ふぅん」
未だ画面に表示されているのは風巻のチャンネル。
そこに流れていったコメントを確かめる。
想像通りのそれを見て、私は自分の肺に煙を送り込むと、湧き上がった感情と共に一息に吐き出した。
※ ※ ※
「一条君、戻る前に言っておくわ」
オペレーターが、再びボリュームを落とした声で囁いた。
「今後、結構な誹謗中傷を受けると思う。勿論気にする必要はないけど……ちょっと覚悟しておいた方がいいかも」
頭に思い浮かぶ理由:明確なのが一つ。
「風巻の件?」
「……そういうこと」
小さくため息を一つ。彼女に聞こえたかは分からない。
「……了解」
答えて通信を終える。
「まあ、仕方がない」
漏らしたその声は、そよ風に沸き立つ雑木林にかき消された。
(つづく)
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