落城19
「あ……」
気の抜けたような奴の声が、妙にはっきりと耳に届く。
それ程深く突き入れてはいない。拳一つ分もないだろう。
だがそれでも、奴の動きを止めてその場に仰向けに倒すのには十分な威力だった。
「……終わりだよ」
血振りを一度。切っ先に纏わりついた血が、斥力場と振られる遠心力とではじけ飛ぶ。
「ッ……!」
奴が何か言おうとして俺を見上げて、しかし言葉にはならなかった。
奴のファンはどうしているだろうか、この結末を受け入れただろうか――そんな事が不意に頭をよぎる。
「……LIFE RECOVERYを使った時点で退くべきだった。あれはその為のものだ」
ぼそりと漏らしたのは、姿の見えないそいつらへの意識だったのか。
或いは、自分の手によって人が死ぬことを忘れたかったからか。
まあ、どちらでもいい。こうしなければならなかったのだ。
やらなければやられていたのはこちらだったのだ。
「「……」」
一瞬、辺りが静まり返った。
攻城戦の後の城の混乱も、周囲にまだ隠れているだろうモンスターたちも、一切騒がないタイミング。戦闘で過敏になっている神経はそれを随分オーバーに受け取っているらしい。
「オペレーター、状況は」
音を求めるように尋ねる。返事は間髪入れずに返って来る。
「八島の配信を捉えました。そちらに二人向かっています」
「ッ!!」
聞き間違いではない。
八島の二人が来る。今回のメンバーから考えて、誰が来てもここからの連戦は厳しい。
「終わっていたか」
その結論に達したのと、その声が城の方からやってきたのは同時だった。
筋骨隆々たる偉丈夫。
赤備えの当世具足に似た防具に身を包み、腰に大小を提げた男。
スキンヘッドの下の鋭い目が、俺と風巻とを一瞥する。
「……ッ」
國井玄信。八島、そして日本最強と呼び声高い配信者がそこに立っていた。
――よりにもよって最悪の人選だ。
「……」
だが、だからと言って黙って通す訳には行かない。隣にいるもう一人=軍曹村上と同時に相手にするのは自殺行為でしかないが、まだ荷馬車との距離は近い。
生存のための判断:今必要なのは腕ではない。
刀を降ろしながら彼の方に目を向ける。
なんとかしてここでの交戦を避けろ。上手い事退いてもらう方向に持っていけ。
こちらに敵意はない。この男=風巻が襲い掛かって来たから仕方なく迎撃したのであって、我々は城の戦力ではないし、これ以上不必要な戦闘を行うつもりもない。
なんとかしてそれを伝えるにはどうしたらいいか――それに興奮冷めやらぬ脳細胞をフル動員する。
「……とりあえず、その男を回収させてください」
先に沈黙を破ったのは國井の方だった。
敵意はない。君とやり合おうとは思わない――そんな雰囲気を漂わせる、ともすると説得するような口調。
隣にいた軍曹に目配せすると、彼はこちらの返事を待たずに倒れている風巻を引きずって横にいる國井の方に戻り、自身のボディアーマーのポーチから止血剤を取り出し、慣れた手つきで応急処置を終えた。
と、同時に俺と彼とを見比べた後にニッと笑みを寄越す。
「凄いな、彼のコメント欄がお祭り騒ぎだ」
恐らく彼のオペレーターが伝えているのだろう。
「まあ、仕方ないだろうさ」
ファンは多そうだしね――相方のその言葉にそう付け加えて答えながら肩を竦める國井。
それから今度は、彼が俺への言葉を引き継いだ。
「心配しなくても、今やり合うつもりはない」
内心を読んだようにそう言って俺に両方の掌をひらひら見せている。
「我々の目的は攻城戦で、撮れ高も十分だ。これ以上、無駄な戦いは避けないと、ね」
それが本音かどうかはいまいち量りかねた。だが、そう言ってくれるのなら俺にとっても願ったりだ。
そしてそれが偽りではないと表すように、回収した風巻を担ぎ上げる。
両手は塞がった。現代の武蔵とさえ呼ばれた剣腕はこれで振るえなくなる。
「……そうしてくれると助かります」
思わずそう言った時、俺は自分の背中が水を被ったように濡れている事に気が付いた。
「こちらこそ、彼を放してくれた事感謝します」
担いだ男を一度揺さぶってそう漏らす。
「……あまり無駄に人が死ぬのは避けたいしね」
そう付け加えると、それを合図とするように軍曹が先に踵を返した。
「では我々はこれで。出来れば次は味方で」
「こちらこそ」
二人が踵を返して戻っていく。
今度こそ終わり。
そう思った瞬間、体から力が抜けた。
代わりにどっと押し寄せてくる疲労感と共に背後に目を向ける。
まだ近くにいると思っていた荷馬車は、既に随分小さくなっていた。
(つづく)
今日は短め
続きは明日に




