落城16
奴が落ちてくるまでの一瞬、俺の頭に浮かぶ二つの選択肢=避けるか受け止めるか。
「ちぃっ!」
判断は前者。後ろに跳び下がり、直前まで自分がいたところに振り下ろされる刃が数cm先を落ちていくのを目で追い、それを確認するのと同時に刀を唐竹割りに斬り下ろす――即座に踏み込んでの横薙ぎに移行した相手のそれを撃ち落とすために。
カッという金属同士の音が響き、一瞬火花が散る。
「ぐうっ!」
奴の刀身が斬撃を中断されて下に落ち、すぐさま構え直そうとしたところでお互いの鍔元が接した。
「「……ッ!」」
鍔競り合いの形へと持っていく。お互い得物は日本刀型で、これまた互いに斥力場の生成を断っている。
鍔競り合いにおいて、互いの刀身を弾き合う斥力場の展開は予期せぬ傷を負う可能性が高い。今は切れ味よりもコントローラブルである必要がある。
互いに刀の形をした棒でもって攻防を続ける。今は斬れないとはいえ、当然ながら刃部には手を触れない。それをした瞬間斥力場を展開すれば、それだけで触れている指を切断できるのだから。
「……まだ敵とは名乗っていないがな」
奴の刀を逃がさぬように、また自由にさせないように力の向きや体勢を絶えず調整しつつ投げかける。
だが同時に、頭の中ではこの問答の終わりなど見えている。
「名乗ったのと同じだ。ここにいて、あの荷馬車は先に進んだ。人のいない場所に」
まあ、状況証拠は十分だろう。
ではなぜそんな真似をしたのか――そこにはたどり着いていないのか、或いはあえて触れていないのか。
「何故だと思う……ッ?」
「売名……かな!」
まあ、妥当な見立てだろう。配信者にとって名前を売るのは何より大事だ。
財団との関係を明らかにしていない以上、二大大手が城攻めをするなら逆張りすれば目立つと考える者がいてもおかしくはない。
――それが出来るのかどうかは不明だが。
「そうかい……」
そこで奴が押し込もうと力を込めた。
それを受け流し、腕で押し込もうとしたことで開いた脇に叩き込むべく奴の柄をかち上げようとしたその瞬間、奴は大きく一歩跳び下がった。
と、同時に構えが崩れている。右手一本で右肩の上に担ぎ上げたその刀を、そのまま袈裟懸けに斬り下ろさんとして再度踏み込む――その直前の所でこちらの動きが間に合った。
「オラッ!」
小さく一歩踏み込み、その勢いを乗せた前蹴りを奴の鳩尾へ。
「ぐっ……!」
確かな手応え――この場合は足応えかもしれないが――を感じ、それが嘘ではないと分かる奴のくぐもった声。
奴が吹き飛ぶ。
そのまま尻もちを搗くように転がり――その勢いのまま後方に一回転。更にそれで勢いを増したかのように高く飛び上がって距離をとる。
「成程な……」
一瞬にして間合の外に逃れたそいつと構えて対峙。こちらは中段、相手は左手を前に突き出しての変形右片手上段。
今の攻防で分かった事=機動力や運動性能では奴に分がある。
ではこちらの勝ち目は?少なくとも剣術そのものでは俺の方に利があると見ていいだろう。
そしてその事は、恐らく向こうも分かっている。
「……続けるか?」
一応ここで終わらせる方向に持っていけるか試す。
顔を見せて名を売るという目的は最初の攻防と今の鍔競り合いで達成したと言っていいだろう。
アウロスのホープ相手に切り結び、挙句一発入れた――おまけに最初に所属と名前を名乗っているとあれば、俺のような零細配信者にとっては十分な露出だ。
なら後は無事にここを脱出するだけ。
仮にここでこいつを倒したとして、後続にはまだ余力があるだろう攻城組が存在する。
分けても、現役最強の呼び声高い國井玄信とは全快の状態でもやり合いたくはない。知名度は大事だが、あくまでそれはこちらが生き残っているという前提で、だ。
「今の攻防で分かっただろう?このまま続ければ、俺かあんたのどっちかが死ぬ」
奴にも危険があるという事をしっかり伝え、かつ俺が死ぬかもしれないという可能性も示す。奴とて自分から襲い掛かっておいて「死にたくなければ引き返せ」=「お前は俺には勝てない」と言われて素直に引き返すつもりはないだろうし、その気があっても引っ込みがつかなくなっているだろう。
「……正直に言うとな、俺はそんな事は望んでいない」
だからそう追加する。お前と俺と、どちらも死ぬのは嫌だろう?だったら無用な争いはこの辺で終わりにしよう――そういう方向に持っていくことを期待しての説得。
「俺はこんなところで死ぬのは御免だ。だから――」
「悪いが、そうはいかないね――」
だが、返ってきた答えは無情な、そして業界を知らない人間からすれば狂気そのものだった。
「――まだ今回の撮れ高が足りないもんで!」
宣言と同時に投擲された苦無が俺の顔面を狙って突っ込んでくる。
危うく身を縮こまらせて回避すると、それを狙っていたかのようにもう一発。今度は真横から同じように放たれた苦無が俺を狙っている。
「!!」
あと少しでも反応が遅れていれば、間違いなく無事では済まなかっただろう。
何とか視界の隅に捉えたそれを刀身で弾き、再び飛び込んでくる相手に向き合う。
「シャァァァッ!!」
気勢と共に放たれる横薙ぎ。直前に大きく地面に身を倒し、足元を払うような一閃だ。
「ッ!」
間一髪のところで跳んで躱すと、フルスイングした勢いで右手が大きく開いたまま、奴はその刀に引っ張られるようにして横へ。
ほぼ直角に近い動きで俺の横にすっ飛ぶと、再び構えた刀で今度は一直線に突き。ビリヤードの如く構えたそれを突進のスピードで突き出してくる。
「くっ!」
その刺突を刀の鎬で受けて軌道を逸らし、奴の勢いを利用する形で背後へ回り込む。
「獲った!」
回避とすれ違い、そして方向転換。それら全ての流れに乗せた斬撃を奴の背中に叩き込む。
その背中に真一文字――そのはずだった斬撃は、しかしピュッと音を立てて空を切る。
「なにっ!?」
奴は跳んだ。
信じられない動き=人の頭より高く飛んでのバック宙。
「くっ!」
前に一歩踏み出しながら振り向きざまに斬り下ろすと、再びお互いの刃が音を立てて切り結んだ。
「今ので十分だろ」
「まだまだ……!!」
今度は鍔競り合いを嫌って奴の方から跳び離れた。
「視聴者も盛り上がっている。あんたを倒さない手はない!」
再びの斬撃。切り結んだ直後に飛び下がって苦無。
視聴者はきっと、この戦いを楽しんでいる。奴が特別狂っている訳ではない。配信者というのは本来こういう仕事だ。
配信者はエンターテイナーだ。そして暴力は、自らの安全が確保された暴力は、古来より人類の娯楽だ。
「いいよ、あんた」
「あ?」
奴が笑い、そして上機嫌で嘯く。
「俺の視聴者は皆喜んでいる」
何もおかしな話ではない。ダンジョン配信とはつまり、突き詰めれば剣闘士の決闘と同じか、或いはもっと過激な暴力の娯楽。
こいつのファンは、普段はきっと普通に学生なり社会人なりやっているだろうごく普通の善良な市民たちは、まさに望んでいるのだ。
俺とこいつの戦いを。俺がこいつに殺されるその瞬間を。
(つづく)
このところ投稿時間が安定せず申し訳ございません
次回こそ本日19時頃の投稿予定です




